仮面ライダーハーメルンジェネレーションズ THE SECOND CROSS   作:マフ30

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■遊行

 怪物たちが跋扈していた夜が嘘のように静かで平穏な朝が来た。

 ゆっくりと陽が昇り始めた時刻。

 街並みを包む色彩が暗闇から淡く澄んだ青に移り変わる頃に朔月は目を覚ました。

 

「やば……すごく寝れた」

 

 むくりとベッドから上半身を起こしながら、朔月は顔にかかった髪を掻きあげ呟いた。

 日頃から早起きして活動することが習慣となっている彼女にとっては今日の起床時間は普段とさして差はない。

 彼女が独白するすごくとは睡眠量ではなく質の面だ。

 良い夕食に、良い出会いの恩恵かとても熟睡できたという実感がある。

 

「あれ? 沙夜?」

 

 視線の先にあるもう一台のベッドは既にもぬけの殻だった。

 布団と寝巻として貸してもらった服が丁寧に畳まれている。

 

「私も起きちゃおう」

 

 今日の予定について特に話し合ったわけではないが自分だけ二度寝に興じるというのも気がひけたので朔月も自分の制服に袖を通して部屋を出た。

 まだ早朝ということもあり家主たちの眠りを妨げないように物音に気を付けながら朔月が一階の店内スペースにまで足を伸ばすと探していた相手は店の外にいた。

 その手にはトランプのケース程の大きさの木箱が握られているようだ。

 

「……よし」

 

 店の軒下にいる沙夜は念入りに周囲を窺い、新聞配達など近くに誰もいないことを確認すると手に持っていた木箱の蓋を外した。中身はどうやら不思議な文字や模様が綴られた御札のようだった。

 

「ん……朔月?」

「おはよー沙夜」

 

 木箱の中の御札で何かを始めようとしていた寸前で沙夜は気配を感じ取ったのかピタリと制止すると窓越しに店内を覗き込み朔月の姿を見つけた。

 

「おはようございます。ごめんなさい、起こしてしまいましたか?」

「ううん。私も普段から朝早い方だからさ」

 

 申し訳なさそうにしている沙夜にヒラヒラと手を振りながら答えると朔月も店の外へと出る。朝露煙るひんやりとした空気が微かに残っていた眠気をすっきりと取り除くようだ。

 

「それより何していたの?」

「これですか? 偵察用の式神です。人目が多くなる前に飛ばしておきたかったので」

「式神? なんか友達から借りた漫画雑誌でそんな単語を見たことあるような……どんなの?」

「では僭越ながらご覧じろ。あ、大きな声は控えてくださいね」

 

 興味津々で首を傾げる朔月に沙夜は人差し指を口元に立てて小さく笑うと真剣な面持ちに切り替えて、右手に握る木箱の御札にそっと左の指を添える。

 

「発」

 

 凛とした一声を合図に御札に書かれた文字模様が黒から朱へと変わった。

 

「散」

 

 再び沙夜が短く唱えると木箱に収められた御札がまるで生命を吹き込まれたように次々に空へと舞い上がっていくではないか。

 無数の御札は自動で折り鶴に変わりながらあっという間に空の彼方へと飛び立っていったのだ。

 

「わぁ~飛んでいっちゃったよ!?」 

「範囲は限られますがこれでこのお店を起点に周囲でおかしなことが起きてもすぐに知ることが出来ます」

「すごいもの見ちゃったよ。沙夜のいる世界ってあんなのあるの?」

「フフ。御守衆の技術職人組謹製です」

 

 化神の捜索や追跡の必需品である仕事道具に目を輝かせる朔月に沙夜は自分が作ったわけではないがほのかに得意げな笑みを浮かべてその機能を説明した。

 化神に加えてその背後に魔人教団が暗躍している以上、いつもとは勝手は違うが式神を通じて怪人の出現などへの対応が少なからず早まることだろう。

 

 それから二人は泊めてもらったお礼を兼ねて店の掃除を行い、権兵衛たちが起床してからは朝食の支度を手伝って賑やかな朝を迎えた。

 

「うう~……ホントは学校休んでお姉ちゃんたちライダーの使命の手伝いしたいのになぁ」

「こらっ、なに言ってるのさこの子は。ちゃんと授業受けてこないと章太郎にもう私たちの話聞かせてあげないよ?」

「分かったよ。いってきまーす!」

「よろしい! いってらっしゃい。気をつけてね」

「あ、そうだ! 朔月姉ちゃん、ヴァンダル・リーグって知ってる?」

 

 四人で朝食を済ませてから沙夜は権兵衛に付き添って厨房で仕込みの手伝いを行っていた。諸事情により、調理関係の手伝いは難しいと判断が下されてしまった朔月は学生の本分を全うして小学校へ向かう章太郎を見送る係だ。

 

「聞いたことないよ? 何なのソレ?」

「そっか、朔月姉ちゃんも知らないか。前に燐兄ちゃんと恵理也兄ちゃんがそんな組織の怪人とも戦ったことがあるんだ」

「魔人教団の他にもそんなのが……教えてくれてありがとう。沙夜と一緒にその人たちのことも調べられたら調べてみるよ」

「うん! がんばってね!」

 

 こうして朔月は章太郎から気になる話を聞きつつ、まだ未練そうにしている彼を笑顔で小学校へと送り出した。

 

 

 

 

 起床が早かったこともあり、その後の喫茶Hamelnの午前はゆるやかだった。

 その間、二人はお店の雑用をしつつここ数日分の新聞などから昨日章太郎が教えてくれた連続失踪事件について調べてみたものの行方不明者の名前や人数が分かるぐらいが精々で有益な情報は得られなかった。

 

「ねえ、沙夜。ちょっと考えたんだけど怪人退治とかで忙しくなる前に着替えとか買いにいかない?」

「着替えですか? 確かに状況によっては何日かこちらに滞在することになるとは思いますが何もそこまで……幸い二人とも学校の制服ですからどこを出歩いても悪目立ちしませんし」

 

 何から何まで藤堂家に頼るのも不味いと切り出された朔月の提案だったが沙夜の方はイマイチ反応は鈍かった。これは沙夜が図々しいというわけではなく、御伽装士として化神を追って時に人里離れた寒村や僻地に何日も籠ることもある職業病の一種が発動していたからである。

 

「いや、だからさ……何日も泊まるかもしれないから、替えがないとヤバいでしょ?」

「はぁ……?」

「下着とかは流石に何日も使い続けは出来ないでしょ? 身につけないって選択肢はノーだからね」

 

 気乗りしない様子の、もとい意図を理解出来ていないと言った感じの沙夜に朔月は内心驚くばかりだった。御伽装士なるものはそんなにストイックな集団なのかと愕然としたがふと望月沙夜という女の子の人柄も少しずつ分かってきていたこともあり、念押しとばかりに小声で再度尋ねてみた

 

「あ」

 

 間の抜けた声とはこういう声だろう。

 そして、自分のものぐさと慎みの欠如を朔月の指摘で自覚した沙夜はとても恥ずかしそうに赤面して声にならない悲鳴を絞り出していた。

 

「うん。大丈夫、昨日ちゃんとお風呂入ったからいまはまだ清潔だよ、私たち。だったら次のステップへと行こうじゃないか? いいね沙夜?」

「は、はい。ご指導ご鞭撻よろしくお願いします」

「ちょっとそれは重いかなー」

 

 自分の両肩をガッシリと掴み相変わらず恥で顔を真っ赤にしながら項垂れる沙夜に苦笑しながら、朔月はよし!と気合を入れると権兵衛に事情を伝えて東京の街へと繰り出した。

 

 

 

 街に出た二人はまず化粧品店や、ランジェリーショップを巡って最低限必要な物を買い集めた。その際、熱心にスキンケアを勧める朔月にたじろぐ沙夜がいたり、何気なく沙夜が選んだブラジャーのカップ数に度肝を抜かれる朔月がいたりしたが、そこは割愛する。

 そして朔月に手を引かれる形で次に訪れたのは、大型のアパレルショップだ。

 各フロアごとに様々なジャンルの服が取り揃えられたその店は、数階建てのビル丸ごとを占拠するほどに大きかった。客の入りも上々のようで、女子たちの楽しげな声が響いてくる。

 普段自分が近づくことさえしない空気に当てられ、沙夜は後ずさりした。

 

「こ、こんなところに行くんですか、朔月。もっと小さいお店とかでもいいのではないですか? 路地裏の呉服店とかそういうところで!」

「呉服店て、いつの時代の人? もう、折角なんだから色々試してみなきゃ。沙夜に任せると黒づくめとかにしちゃいそうなんだもん」

「そ、そんなことは……あるかもしれません、が」

 

 ファッションにまるで興味がないという訳ではない。が、どうしても機能性を重視してしまう沙夜はこういったキラキラ女子たちが集うような場所に寄ることが極端に少なかった。あるとしてもショッピングモールの服飾専門店くらいだ。

 なのでこういったところには気後れが勝つ。しかし朔月にガッチリと手を掴まれている都合上、逃げることはできない。鍛えている沙夜ならばその気になれば振り払うことは可能なのだが、新しくできた仲間にそんなことをする訳もない。

 それに少し、楽しみではあった。

 服を買うという友達同士でならよくありそうなお出掛けですら、沙夜にとっては遠い世界の出来事であったから。なので純粋な憧れと期待に胸を膨らませているというところも、無くは無かった。

 キラキラしい雰囲気に当てられて若干足は震えていたが。

 

「レッツゴー!」

「あああああ」

 

 引き摺られるようにして入店する。即座に色とりどりの衣服とそれを着こなしたマネキンが出迎え、沙夜はそれだけで帰りたくなった。

 

「うーん、流石に大きいお店だと目移りしちゃうな。沙夜はどれがいい?」

「こ、ここここのコートで!」

「いやそれ店の一番入り口にあった奴だし。それに男物だし」

 

 早く帰ろうと沙夜は近くにあった物を適当に手に取る。

 それを見てやはり沙夜のセンスに任せてはおけないと、朔月は奮起した。

 

「よし、やっぱり私がコーディネイトしてあげる! さっきご鞭撻とか言ってたし、拒否権はないからね!」

「ううう、やはりそうなりますか。お、お手柔らかに……」

「オーキドーキー! さぁ行くぞ!」

 

 そして朔月にとっては愉快な、そして沙夜にとっては地獄のファッションショーが始まった。

 

 試着室を占拠し、朔月は自身と沙夜を着せ替え人形にしていく。

 

「さぁまずはフリフリ量産型コーデ! やっぱり可愛く女の子らしくね!」

「ピピピ、ピンクすぎます! それに、あ、足が……!」

 

 最初に朔月が選んだのは俗に言う量産型コーデという物だった。その名の通り量産されてそうなくらい多くの女子が身につけるガーリーなファッションである。

 沙夜が着せられたのはフリルとリボンがたっぷり添えられたピンクのブラウスに白黒チェックの可愛らしいスカートだった。しかもミニ丈で、太ももの大部分が露出している。足は短めの白ソックスとロリータパンプスで、ヒールを履き慣れない沙夜は足をガクガクといわせていた。髪もリボンでツインテールに縛られ、全体的に幼げな出で立ちとなっている。

 その隣の朔月もやはり甘めなコーデ。ただしこちらは沙夜と対になることを意識したのかホワイトとパステルブルーだ。足元も似た感じだが、頭には白いヘッドドレスを乗せていた。

 

「可愛いー! ちょーキュート! 沙夜は身長高いからクール系が似合うかもだけど、振り切ってこっちにしても全然アリだね!」

「いやスカートが短すぎます! ここまで足を出す必要はありますか!?」

「えー、大手を振って足を出せるのなんて若い間だけなんだし、存分に出していこうよー」

 

 部屋着やトレーニングウェアならまだしも、往来で生足を出すほど沙夜は露出に慣れていなかった。

 甘すぎる服装に赤面しっぱなしである沙夜と違い朔月は平然としている。というのも、朔月の趣味ど真ん中であるからだ。現実には古着屋などにお世話になっている為、実際に持っているのは数着だけだが。

 

「それに、こ、これじゃいざという時動けませんから!」

「えー、沙夜の生足スラッとしていて素敵なのに。でもミニスカじゃそうかもね。仕方ない、次はもっと活動的なのにしよっか」

 

 そう言って朔月は次のコーデを選び、試着室の中に沙夜を連れ込んでもみくちゃにする。

 

 次に二人が身を包んだのは朔月の言った通りスポーティなファッションだった。

 

「題して夏真っ盛り! そうだ海に行こうコーデ! これなら激しく動いても平気でしょ?」

「ま、また足が出てます! それに今度はおへそまで!」

 

 動きやすさという免罪符によって沙夜が着せられたのはオレンジのキャミソール、そしてダメージ加工が施されたジーンズ生地のホットパンツだった。しかしそれらはやたらと布面積が少なく、キャミは胸元だけを覆い、ホットパンツはかなりローライズだ。そのおかげで沙夜の鍛えられ引き締まった腹筋が丸出しとなっている。足元は赤いサンダルで、今度は足を隠す物がソックスすら無かった。

 髪をシュシュでポニーテールにされた沙夜は身体を隠すようにして朔月へ抗議する。

 

「こ、これほとんど水着みたいな物じゃないですか!!」

「じゃあ水着と思えば恥ずかしく無いでしょ?」

「た、確かに……いやどんな理屈ですか! それに私は水着であってもこんなおへそ出る奴無理ですから!」

「じゃあこっちがよかった?」

 

 一方おさげに麦わら帽子を被った朔月は同じくホットパンツだが、上は白いチューブトップにシースルーのTシャツを重ねていた。半透明な生地に覆われてはいるが肌面積は更に広く、どちらの方が露出が多いかは意見が分かれるところだ。

 

「う、ぐぐ、確かにそっちはそっちで……というかそんなに暑くも無いのにこんな服装してたら明らかに浮くじゃ無いですか! 目立つのはノーです!」

「ちっ、バレたか」

「バレたかじゃないんですよ! 次こそは露出度の低い物にしてください!」

「しょうがないなぁ」

 

 渋々朔月は従って別の服を用意する。

 

 次に試着室のカーテンを開けた時、二人はポーズを決めていた。

 

「今宵も昏き夜が訪れる。それは遍く罪が蔓延る闇の刻……」

「さ、されど邪悪は栄えない。それを裁く使徒が穢れた地上を浄化せん」

「我が名はダークムーン!」

「我が名はふ、フルムーン!」

「「人に仇為す罪悪は、我ら夜の化身が成敗する!」」

 

 どどーんと効果音が鳴りそうな口上付き決めポーズを、一人はノリノリで、もう一人は顔を赤くしながら披露していた。

 そんな二人が着ていたのはいわゆるゴスロリだった。黒を基調としたフィッシュテールのワンピースに、十字架を施したリボン付きカチューシャ。やはり黒のパンプスに網タイツ。胸元を強調するハーネスベルト他、シルバーチェーンに指抜きグローブと、まさしく厨二病女子ど真ん中の地雷コーデだった。それぞれ差し色がダークグリーンかワインレッドかという差はあるが。

 新月の使徒ダークムーンを名乗った朔月は右目に眼帯をつけて特に乗り気だった。

 

「ふっ……決まった」

「こ、これはこれで別の羞恥が……!」

 

 満月の使徒フルムーンを名乗った沙夜の方は服の赤に負けないくらい赤面していたりしたが。

 

「どうしたの、沙夜。もっと闇の使者っぽい雰囲気出さなきゃ」

「いや無理ですよ。なんで朔月はそこまでノリノリにできるんですか」

「ククク、我は闇の者……変身後の姿的にも……」

「私からすれば陽の者ですけどね、充分に」

 

 オリジナルで考えた名乗り口上を述べた後も姿見の前で色々なポーズを取って遊ぶ朔月を、沙夜はどんより疲れた表情で見つめた。

 中でも朔月は気に入ったアイテムがあるようだ。

 

「この眼帯かっこよくない!? ガチで欲しいかも! いいなぁ、将来付けようかなぁ。自分好みにオーダーメイドしたりして」

「そんな機会がありますかね……?」

 

 言いつつ沙夜は、ワンピースの裾を掴み上げた。

 

「というか、これ……高くないですか? 生地とかドレスみたいにしっかりしてますし、アクセサリーに至っては金属ですし……」

「あ、これは遊んでいるだけでハナから買う気はないよ」

「じゃあ今の時間なんだったんですか!?」

 

 ガーンとショックを受けあんぐりと口を開く沙夜。そんな彼女をスマホのシャッターに収めながら、朔月は言った。

 

「楽しかったでしょ?」

「え?」

「こうやって着せ替えして、遊んで、はしゃぐのが。誰かと一緒ならなんだって、それこそ時間の無駄だって楽しい。馬鹿みたいに笑って後からアレは無かったなーって後悔して、それでも顔がニヤけちゃう。私は、そんな時間が人生で一番好き」

 

 そう言って朔月は沙夜に向かってはにかんだ。

 朔月は知っている。沙夜が寂しい青春を送ってきたことを。昨日の会話で僅かに知っただけだが、それでも自分では耐えきれないような日々を過ごしてきたことを。だからこうして、自分なりの楽しい時間を教えてみようと思い立った。それが昨日、沙夜に送ってもらった言葉への返礼になると信じて。

 

「沙夜は、楽しくなかった?」

「そ、れは……」

 

 沙夜にとって同性にここまで振り回されるのは初めての経験。慣れないことばかりで目を白黒させて、疲れてしまいそうな時間だった。

 だが、どう思ったかといえば――

 

「……楽しい、です」

 

 ――そう素直に言えた。

 

「こういうの初めてで、怖くもありますけど、でも、やっぱり楽しいです。朔月と一緒に、ええと、はしゃげるのが」

 

 答えて微笑する沙夜。紛れも無い本心だ。修行漬けの青春を送った自分としては目が回るような、でも新鮮な時間。

 楽しいか楽しくないかと言われれば、答えは決まっていた。

 自分が望んでいた言葉に朔月はホッと笑みを浮かべる。

 

「えへっ、ならよかった! じゃあ次は~」

「ま、まだやるんですか!? それはちょっともういいかなって思うんですが!!」

「何言ってるの! 着替え倒さなきゃもったいな――」

 

 まだ暴走しようとする自分を引き留める沙夜に振り返って、朔月はふと思う。

 沙夜は長い前髪で目を隠していた。このファッションショーに興じている間もずっとだ。

 髪型をいじっている間、恥ずかしそうに顔を覆い隠していたものだから前髪には触れずにいたが、そう言えばまともにまだ素顔を見ていない。

 一度そう気付くと、気になってしまう。

 

「……ねぇねぇ沙夜」

「は、はい? なんでしょうか」

「ファッションがいやならさ、もっと簡単に変えられる物を変えていい?」

「へ?」

「……えいっ」

 

 沙夜が呆けた隙を狙って、朔月はさらさらの髪に手を通すと一息に上げてしまった。

 すると、予想以上に整った顔が目に映る。

 

「わあっ……!」

 

 静かな知性と意志を感じさせる紫水晶のような瞳。スッキリと通った柳眉に白い肌。見えていた顎や唇からも、美人であることは予測していた。だが実際の美貌は、遥かに格上。まさしく大和撫子と言うのに相応しい美少女だった。

 

「ひゃあっ!?」

 

 突如として己の視界を広げられた沙夜は、パッと離れて前髪を直してしまう。そんな沙夜に朔月は即座に詰め寄った。

 

「可愛い可愛い可愛い! えー何それ! すっごく可愛かった!」

「や、やめてください……そんなことありませんからっ」

「いやいやめっちゃ綺麗だったよ! なんで隠しちゃうの、絶対もったいないって!」

 

 沙夜の美貌に朔月はビックリし、それ以上に興奮した様子で力説する。

 

「人と目を合わせるのが億劫で……それに今更顔を晒す勇気が……」

「化神相手なら一切物怖じしないのに」

「それとこれとは別ですから!」

「えー、でもそんなに綺麗なのにぃ……うーん……あ、そうだ!」

 

 少し悩んだ後閃いたようにぽんっと手を打った朔月は、そのままどこかへ行ってしまう。

 

「え、ちょっと、朔月!?」

 

 置いて行かれた沙夜だが、試着室に残った制服などを放ってはおけない。仕方なくその場で待ちぼうける。その間他の客にゴスロリ姿を見られているようで落ち着かず、俯いてはモジモジと心細げに指を合わせたりしていた。

 やがてたったか駆け足で戻ってくる朔月。その手には何かを持っていた。

 小さなそれを沙夜に向かって差し出す。

 

「はい、沙夜!」

「え、これは……」

 

 それはヘアピンだった。シンプルなデザインで、色は変身後の姿を彷彿とさせる白。特別な品では無さそうだ。

 

「ヘアピン、ですか」

「そう。これを、こう!」

 

 朔月は片目が上がるよう前髪を掻き分け、それが落ちてこないようヘアピンで留める。露わになった一つだけの紫瞳が、光を浴びて宝石のように煌めいた。

 

「あ……」

「両方いっぺんが無理ならさ、せめて片っぽだけでも、どうかな? 折角綺麗なんだし、私は見てみたいな」

 

 それでも無理強いはしないと、苦笑する朔月。

 沙夜は新鮮な視界に呆然としていたが、やがて困ったように口の端を少しだけ上げて微笑した。

 自分一人では到底思いつきもしない発想だ。それを軽々と行えてしまう彼女が、やはり眩しかった。前髪というフィルターを半分失っているから、余計に。

 

「駄目?」

「……仕方ない、ですね。他ならぬ朔月の頼みですから。……この世界にいる間は、そうしてみましょうか」

「やった!」

 

 この提案を受け入れれば、少しは近づけたりするのだろうか。

 頷く沙夜に朔月は小さく飛び跳ねて喜んだ。ガッツポーズを決めた後は、再び沙夜の手を取る。

 

「それはもうお会計済ませてきたから、プレゼントね! じゃあ今度は何着ようかな~」

「え、やっぱりそっちも続けるんですか!?」

「もっちろん! うーん、今度こそ高身長に似合うモード系かなぁ。いやパンキッシュも捨てがたいな。いっそのことコスプレとか……!」

「も、もう堪忍してくださいぃ……」

 

 しかしもう反抗するだけの気力もなく、沙夜は朔月に引き摺られていくのだった。

 

 その後も魂の抜けた沙夜を連れたファッションショーは長らく続き朔月による撮影会なども行なわれたが、結局予算的な面から考えてTシャツやワンピースなどと合わせやすい安価な数着のみを買った。そして、朔月がプレゼントしたヘアピンも。

 沙夜は宣言通り、店を出た後もそれを外すことはなかった。

 

 

 

 

 買い物を無事に済ませた二人はファストフード店で簡単な昼食を済ませた後で本格的にこの世界で暗躍している魔人教団や化神たちの企みについての調査を開始した。

 手掛かりとなりそうな連続して起きている失踪事件について聞き込みをしてみたが成果は乏しかった。

 警察や探偵が相手ならば街ゆく通行人も真剣に質問に答えてくれるのだろうが傍から見ればただの女子学生な朔月と沙夜の問いかけに親切丁寧に答えてくれる者は少ない。学校の課題で~という方便を用いらなければ不審がられてあべこべに通報や補導されていたかもしれない。そこで朔月は次の手を考えた。

 

「えーっと……ここだね。さ、入ろう」

「は、はい」

 

 途切れることなくドアが無数に並んでいる清潔だがどこか無機質な通路をしばらく進んで朔月は足を止めた。その後ろには不安と興味でそわそわした様子の沙夜がついていく。

 二人が訪れたのは近場にあったネットカフェだ。

 路上での情報収集が難しいのならばインターネットの力を借りようと言う訳だ。

 朔月も沙夜ももちろん自分の携帯を持っているが別の世界から転移してきた影響からかネット機能や通話が使用できないのは現代っ子たちには少々厳しいものだ。

 

「ペアシート空いていてよかったね!」

「これがネットカフェ……もっとこう薄暗くて息苦しい場所を想像していたのですがすごくすごいですね」

 

 勝手知ったると言った様子で2~3人用のシートに腰を下ろしてくつろぐ朔月。

 複雑な家庭事情もあり、地元のネットカフェで一夜を明かすことも少なくない彼女とは対照的に人生初体験の沙夜は露わになった片目を輝かせて舞い上がっていた。

 

「昔はよく知らないけど、最近のお店はどこも綺麗で居心地いいよ。シャワーもあるし、場所によっては朝ごはん出してくれるところもあるしね」

「もうホテルじゃないですか!? 恐るべしネットカフェ……」

「フフフ……これでまた一つ、沙夜を私色に染めてやったぜ」

 

 芝居掛った口調で悪い笑顔を浮かべながら軽快にキーボードを叩いて調べ物を行っていく朔月。初のネットカフェにカルチャーショックを受けて、コロコロと忙しく表情を変えていた沙夜はしばらくすると寄り添うように朔月と隣に身を寄せて共にディスプレイを眺めた。

 

「とりあえず、ネットの掲示板やSNSで事件に繋がりそうな単語を検索して調べてみるよ」

「朔月は私の知らないことをたくさん知っていますね。尊敬します」

「ちょっと大袈裟じゃない? 沙夜だってきっかけがあれば簡単だよ」

 

 片目が晒されたことで喜怒哀楽が更に分かりやすくなった沙夜が向ける誠実な言葉に朔月は苦笑した。自分からしてみたら式神など怪人退治の仕事道具を自在に操る彼女の方が立派なものだろうにと考える。

 

「いいえ、だからこそです。私はそのきっかけすらからも逃げ癖がついていましたから」

「え?」

「章太郎くんや権兵衛さんと打ち解けるのもそうです。私が何を話せばよいのかあれこれ苦心して考えている間に朔月は簡単にお二人と仲良くなっていました。ずっと、誰とも目を合わさず、ただ化神を倒す役目を果たしていればいいと人として生きることに手抜きをしていたツケの大きさを痛感しています」

 

 滔々と語る沙夜の姿に朔月は思わずPCを操作する指を止めてしまった。

 自分と同世代の女子がこんなに虚ろな眼差しをしてそんなことを言う。仮面ライダーになってしまったのが小学生の頃で一人前になるためにそこからずっと修行の日々だったと簡単に聞かされていた朔月は沙夜が背負ってきた御伽装士というものが彼女にとってどれだけの重荷だったのかを感じ取り、漠然と羨んでいた自分に後ろめたさを覚えた。

 けれど――。

 

「でも、良かったでしょ?」

「はい?」

「ここに楽しいこともくだらないこともたくさん知っている友達がいますぜ?なんてね」

「……朔月」

「大丈夫。沙夜が気後れしていても私が勝手にいろいろ覚えさせちゃうんだから」

「ええ、そうでしたね。頼りになる友達ができて嬉しいです」

 

 けれど、それだけじゃ終わらせない。

 ライダーは助け合い。

 昨日、章太郎が叫んでいた言葉を思い返して朔月は躊躇わずにこう沙夜へと言葉を届けることが出来た。これもライダーの助け合いだと心の中ではにかんで。

 

「あ、沙夜! このスレの書き込み、ここ何日かの行方不明になった人たちのこと結構いろいろと書いてあるよ」

「本当ですか?」

 

 ようやく見つけた有力な情報の発見に二人は食い入るように画面を見つめた。

 スレの内容は知人が突如音信不通になったという書き込みから端を発して、都内での行方不明や失踪者の話題が様々に書きこまれていた。

 ひやかしや捏造、筋違いな誹謗中傷など多少脱線する書き込みも見られたが概ねそのスレは行方不明者の情報提供を乞うものと対象者の詳細が多く見つかった。

 

「どこまで本当かは判別が難しいですがこの様子だと老若男女関係なく、既に少なくない人数があの螺旋の塔の出現に呼応して姿を消しているようです」

「じゃあ、昨日の夜に私たちがこっちの世界にやって来なかったら章太郎も……」

「恐らく。けれど、どういう基準で攫われているのかが謎です」

「……待って、もしかして」

 

 書き込みをスクロールして目を通している中で数多の行方不明者に関する情報に含まれた一つの共通点らしき存在に朔月は気付いた。

 

「ただの偶然かもしれないけど……行方不明になった人たち、不幸なことが起きてるっぽい?」

 

 朔月の指摘を受けて沙夜が書き込みを見返してみると確かに姿を消した人物たちには直近や過去などの差はあるが職を失った者、家族を亡くした者、恋人と別れた者など何かしらの辛い出来事を経験しているケースが多いようだった。

 

「章太郎くんも幼い頃にご両親を亡くしています。決めつけるのは早いですが朔月の言う通り辛い境遇にある人物が誘拐の対象になっているのかもしれません」

「だけど、章太郎はちっともそんな素振り感じられなかったよ?」

「……」

 

 結局、SNSを介した情報収集もこれ以上の成果は得られなかった。

 そこで二人は多少の危険を承知で噂の螺旋の塔を見に行ってみようと今後の方針を決めてネットカフェを後にした。

 

 

 

 

 朔月と沙夜がネットカフェで情報収集をしていたのと同じ頃。

 件の螺旋の塔は異彩な雰囲気をこれでもかと醸し出しながらも東京に暮らす人々の誰にも注目されることなくそびえていた。

 そんな強力な認識阻害の結界を施された塔に近づく一人の男がいた。

 高級感のある漆黒のスーツを身に纏ったスキンヘッドの英国人のようだった。

 

「俺の趣味とは合わんが悪くない仕事じゃないか」

 

 やがて男は窓も出入り口も見当たらない塔の間近まで歩み寄りその外壁に手を触れた。すると壁の一部に人間一人が通り抜けられるほどの穴が開き、男は迷うことなく塔の中へと入っていった。

 

 塔の内部は見た目からは想像できないほど広くまるで中世の古城のような趣があった。

 だが塔内に漂う空気はとても冷たく重い。

 まるで亡者の住処のようだ。

 けれど、獣のような獰猛さと冷徹な戦士の佇まいを持ち合わせたこの男は怯えるどころかまるで観光に興じるように口笛を吹いて周囲を見渡していた。

 

『動くなっス。どうやってこの塔の中に入ってきたのか知らないっスけど、ここは人間のオッサンが入っていい場所じゃあねえっスよ!』

 

 しかし塔の中に入った男は早々に手洗い歓迎を受けた。

 雀蜂のような化神バケジャクホウの腕から伸びる馬上槍のような巨大で鋭い針の切っ先を喉元に突きつけられたのだ。

 

「デカいだけで品のない針をいますぐしまえ。化神ってのはどいつもこいつも慎みってもんがねえのか?」

『なっ!?』

「それとも俺と刺し合ってみるか?」

 

 一突きで人間の胴体に巨大な風穴を作ることも容易であろうバケジャクホウの針を眼前に見せつけられても男は微動だにしなかった。

 それどころかニヒルな口調で軽口を飛ばしながら、片手の二指を針に見立てるとバケジャクホウの巨大な針を突いて見せた。

 

『ふざ――!?』

 

 バケジャクホウが怒声を発すよりも前に彼女の肉体から出た破壊音がその意識を乱した。

 男はたった二本の指だけで、それも目にも止まらぬ早業でバケジャクホウの脇腹と腕の針、更に背中に生えた翅に抉るような穴を開けていたのだ。

 この男を偶然に迷い込んでしまった馬鹿な人間と思い込んでしまったバケジャクホウは愚かだった。男は人間なのではない――魔人の中の魔人なのである。

 

『ギャアアア!? こ、この……舐めやがって! 生きて帰れると思うなっスよ!』

『あ~ちょっと遅くなっちゃいましたねぇ。控えてくださいなバケジャクホウ』

 

 下層の騒ぎを聞きつけて駆けつけたナイトメアメタローは怒り狂ったバケジャクホウを宥めると男の前に傅いた。

 

『無礼をお許しくださいですぅクルージーン様。この子も悪気があったわけではないのでしてぇ』

「同感だ。侵入者にビビる番犬よりはマシだ。だがなお嬢ちゃん、喧嘩を売るなら相手の値踏みを見誤らないことだ」

『ぐ……ッ!』

「誤解が解けたのならさっさと傷を癒して戦いに備えろ。化神の本領、期待しているぞ」

『い、言われなくてもやってやるッスよ!』

 

 甘ったるい独特の口調で本当に誠意が伝わっているのか疑いたくなるがナイトメアメタローから謝罪を述べられたクルージーンと呼ばれる男は寛大な態度を見せて鋭い眼を細めた。

 魔人教団が誇る最強の怪人集団・死奏剣。

 実力を以ってそのリーダーを務める男がこのクルージーンなのだ。

 桁違いの強さを味わったバケジャクホウもそのプレッシャーの前に素直に引き下がるしかなかった。

 

「それで首尾はどうだ?」

『上々ですぅ♪ 詳細は上でお話ししますねぇ』

 

 塔の最上階にある広間に招かれたクルージーンはナイトメアメタローから計画の進捗状況の報告を受けた。拉致した人間たちを用いたこの世界の侵略作戦である。

 

『……と、このようにエネルギー源である条件に見合った人間の確保できればすぐにでも計画を実行に移せるかとぉ』

「無血での侵略とは何度聞いても随分と思い切ったことを企てたもんだ。だが、本当に可能なのか?」

『はぁい♪ ボクとこのスリーパータワーの機能だけでは悔しくも机上の空論でしたが化神を通じて発見した穢れという存在を応用することで実現を確信しましたのですぅ』

「期待しているぞ。引き続き励め、足りないものがあるなら用意させよう」

 

 報告を聞き終えたクルージーンはナイトメアメタローの計画に不備や抜かりがないことを確認するとあっさりと踵を返そうとした。

 

『おやぁクルージーン様がボクに代わって指揮を執るのではないのですぅ?』

「能力のある部下を信じて仕事を任せるのも上に立つ奴の役目だ」

『それは光栄♪』

「ライダー共がまた紛れこんで抵抗しているらしいがヤれるなナイトメア?」

『――死力を尽くしましょう』

 

 表情のない案山子のような顔でありながら、壮烈な覚悟を宿してナイトメアメタローはクルージーンの言葉に強く頷いた。

 

「よく言った。ヴァンダル・リーグが寄こした駒も惜しまず使え。連中がいくら死――」

「おおっと! 陣中見舞いに来たのだが何やら忙しいようだなァ!!」

 

 クルージーンの言葉を遮って、突然ふてぶてしいほどの大声が割って入ってきた。

 魔人教団(身内)のものでも化神の気配でもない闖入者にクルージーンとナイトメアメタローは同時に殺気を飛ばした。

 

「よろしい! 魔人教団は我々の親愛なる協力者だ! 私の助力を受けるといい!!」

 

 いつの間にか塔内に姿を現したのは素肌にオーバーオールを纏った大柄な男だった。

 剛毅なのか無神経なのか自分たちのことなど意に返さず一方的に喋り立てる珍客にクルージーンは野良犬の糞でも見るような軽蔑した眼差しを向ける。

 

「おい木偶の坊、これからお前の下顎を切り落としてケツに捻じ込んでやる。その前に名前を言ってみろ。せめてもの情けだ安い墓ぐらいは建ててやる」

「ありがとう! だが私に墓はまだ不要である! 我らがヴァンダル・リーグの宿願を果たしていないのでなァ!!」

 

 不愉快な男が不愉快な組織の名前を口にしたことでクルージーンは苛立ちながらも警戒と強め油断というものを自らの内から排除した。

 彼自身も喋ることが可能なほどの上位存在と出会うのは初めてのことだったからだ。

 

「私の名はバーバトラズ! ヴァンダル・リーグのバーバトラズだァ!!」

 

 謎多き組織から放たれた新たなる来襲者。

 不遜にして暴虐な悪意もまたこの世界と仮面ライダーに牙を剥こうとしていた。

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