仮面ライダーハーメルンジェネレーションズ THE SECOND CROSS   作:マフ30

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■戦姫が駆ける

 

「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ」

「「おお~」」

 

 オープンテラスカフェの一席に座っていた朔月と沙夜は店員が運んできた二種類のフルーツパイに目を輝かせていた。

 買い物や調査をひとしきり終えて、帰路についていた二人が偶然目にしてしまった期間限定特製スイーツ二種の立て看板。

 チョークで描かれたイラスト付きの看板をしばし見つめていた二人が同じタイミングで互いの顔を窺い、力強く頷いてお店に足を伸ばしたのが十五分前の出来事だ。

 世界を救う使命を背負う仮面ライダーである彼女たちだがそれ以前に普段はただの女子高生。そして、女子高生とは大抵が【期間限定】や【スイーツ】の前に無力なのだ。

 

「では朔月、こちら御禁制の品です」

「フフフ……苦しゅうない。お主にも褒美じゃ」

 

 妙な小芝居を繰り広げながら二人は自分が注文したスイーツを半分に切り分けて二人でシェアしていく。こうすれば複数ある期間限定のスイーツを一気にコンプリートできる。女子高生のテクニックである。

 

「ん~おいしい!」

 

 口いっぱいに広がる香ばしいパイとシナモン多めのリンゴのさわやかな甘みに朔月は満面の笑みを浮かべる。沙夜もその対面でカスタードクリームと洋梨の見事な調和のとれた甘味にほっこりと微笑んで頷いていた。

 

「……ありがとうございます、朔月」

「へ?」

 

 しばしスイーツを堪能していた二人だったが突然、沙夜の方からぽつりと神妙そうな声色の一言が放たれた。

 

「さっきの買い物もこんな風に仲良くなった友人とお茶をするのも私にとっては初めての体験で……とても楽しい時間をくれて、だからちゃんとお礼を言っておかないとと思いまして」

「沙夜……そんな風に言ってくれるなら私も嬉しいよ。ただ」

 

 プレゼントされたヘアピンによって露わになった片目はまだどこか泳ぎがちだったが沙夜は努めて朔月の瞳を見つめながら感謝を伝えた。

 他者からすれば何を大袈裟なと思うかもしれない。けれど、沙夜にとっては紛れもなく朔月が経験させてくれた出来事はどれも夢のような時間だった。

 

「ただ……沙夜ってもしかして、ぼっちな人なのかな?」

「ぼっ!? ち、違います!」

「いや~あんまりにも浮世離れしたところあるから、まさかと思ってつい」

 

 海よりも深い慈しみに溢れたような眼差しでちょっと遠慮気味に投げかけられた質問に思わず沙夜はスイーツとセットで頼んでいた紅茶を吹き出しかけた。

 もちろん朔月も悪気があったわけではない。

 見た目や所作がとても同世代とは思えない非日常の塊でかつ生真面目な天然気味の沙夜が堅くなりすぎないように場を和ませようと気遣って出た言葉だった。

 

「ちゃんと通っている高校や御守衆には友人や知人はいますし、同性の友達とはなかっただけで外食は永春くんに連れて行ってもらって何度か経験済みですから、決して友達がないないタイプじゃありませんから!」

 

 興奮して顔を赤くしながら弁解する沙夜だったが多少自覚のある痛いところを突かれたためか思わずいままで別段口にしていなかった少年のことまで口走ってしまった。

 そして、そんな気になる単語を青春真っ盛りなJKのスタンダートである朔月が聞き逃すはずもなく。

 

「ちょっと待って永春って誰!? 彼氏? 彼氏かぁー!?」

「ああ……なんていうか、その……はい」

 

 家庭的な事情もあり自身についての色恋に関しては殆ど興味を持っていない朔月だが友達の恋愛事情は別腹とばかりに目を輝かせて詰め寄った。

 結果、迂闊にもボロを出してしまった沙夜はウキウキの朔月に永春との関係を根掘り葉掘り聞かれることになってしまった。

 何事もない平和な昼下がりの午後を過ごす二人であったがこの数十分後に事態は急変することになる。

 

 

 

 賑やかなティータイムを切り上げて、朔月と沙夜が見回りを兼ねて護衛のために章太郎を迎えに彼が通う学校へと向かっていた時だった。

 沙夜が早朝に放った式神から学校付近に怪人と思わしき異形が出現したと言う報告が齎された。

 

「朔月こっちです!」

「ちょっと待って沙夜! この方角じゃ学校へは遠回りになるよ!?」

 

 急ぎ現場へ急行しようと走り出した二人だったがどういうわけか沙夜は全く見当外れの方向へと進んで行ってしまう。

 速度を落とせばすぐに小さくなってしまう沙夜の背中を追い掛けながら朔月は彼女の意図が読めずに不安を抱く。

 

「よし、人気はありませんね。ハヤテ!」

【■■■■――!】

 

 やがて誰もいない寂れた散歩コースと思わしき場所まで辿りついた沙夜は高らかに愛機の名を呼ぶ。すると携帯してい金属板に埋め込まれた術式が始動、転移術にて式神ビークル・ハヤテチェイサーが二人の目の前に召喚された。

 

「わっ!? これってあの夜に沙夜が乗ってたバイク?」

「はい。流石に衆人環視の中でハヤテを呼び出すのは憚られるので……私の後ろに乗ってください。急ぎましょう」

「う……ん?」

 

 颯爽と白いカスタムバイクに跨った沙夜に促されてその後ろに乗ろうとした朔月の耳に背後から唐突にもう一つのエンジン音が響き渡った。

 

「え? ウソ……なんでこれが?」

「いつの間に? 朔月、このバイクに心当たりが?」

 

 振り返った朔月は目を疑った。

 まるで幻のように忽然と現れた漆黒のカウルを持つバイク。

 それは間違いなく朔月たちが毎夜招かれて死闘を繰り広げるノーアンサーが作り出した戦場に配備されたプライドスティーラーだったのだ。

 

「ノーアンサーの仕業? ううん……いまはそんなのどうでもいい!」

 

 事態は一刻を争う。

 あの妖しげな少女の考えに疑問を持たないわけではないがいまはもっと大事なことがあると朔月は躊躇わずにプライドスティーラーに跨るとマリードールを懐から掴んだ。

ネックレスとなった白い女神像を細い鎖を力任せに引き千切る。瞬間、淡い光が集まって朔月の腹部に黒いベルトが現われる。

 

「変身!」

 

《 Silver 》

 

《 戦いは止まらない 何故?

  運命は変わらない 何故? 》

 

 朔月が銀の光に包まれるのと同時に沙夜もまたブレスレットの偽装を解いた怨面を被ると精神を研ぎ澄ませて呪文を唱える。

 

「オン・カルラ・カン・カンラ――白鴉の怨面よ、お目覚めよ」

 

 弛まぬ集中、研ぎ澄ます戦意。

 白い肌には無数の蛇が這うような赤い痣のような紋様が浮かび上がる。

 

「クゥ……ア、ァ――――変身」

 

 力は怨念。

 怨念は力。

 全身を苛む数多の怨念無念の疼きを耐えきって望月沙夜は覚悟を以ってその言の葉を唱えた。白く輝く旋風の中で彼女は超人へと姿を変えていく。

 やがて光と風が弾けた時、少女たちは鋼の愛馬へと騎乗して仮面の戦士へと変身を完了させていた。

 

「いきましょう!」

「うん!」

 

 ビャクアの号令で二人を乗せたマシンはエンジンを轟かせて駆け出した。

 ハヤテチェイサーは白亜の機体を荒馬のように力強く奔放に。

 プライドスティーラーは銀姫が跨ったのに呼応してフロントカウルに死神を彷彿とさせる襤褸を纏った鉄仮面のクレストと銀色のラインを浮かび上がらせて風を切る。

 

「すごいのをお持ちだったんですね!」

「借り物?みたいなものだけどね!」

「そうなんですか? だけど乗る姿、サマになっていますよ」

「ホント? だったら、今日は私たちダブルライダーで気合入れていこう!」

「はい!」

 

 疾走する愛機たちの上でお互いを鼓舞し合いながら二人の戦乙女は悪しき魍魎が跋扈する戦場へと急行した。

 

 

 

 

 小学校付近にある森林公園はダムドたちが溢れ返り白昼の地獄と化していた。

 奇声を上げてゾンビのように公園の利用者たちへと襲い掛かるダムドたちに人々は悲鳴を上げて逃げ惑うしかない。だが、そんな絶望の時に終わりを告げるように鋭い二色の爆音が乱入してくる。

 

「たぁあああ!」

「ハイヤァアア!」

 

 漆黒の弾丸と真白き突風がダムド達を弾き飛ばす。

 大ジャンプして公園の敷地内へと突入したプライドスティーラーとハヤテチェイサーは機動力に物を言わせた縦横無尽の突撃でダムドの群れを蹴散らす。

 そして、銀姫とビャクアは騎馬武者よろしくバイクに乗ったまま得物である細剣と大鎌を振るい恐怖という概念が欠如して亡者のように殺到するダムドを次々に切り払っていく。

 

『地獄へようこそ、仮面ライダー』

「くっ……あなたは!?」

『久しぶりね。貴女の可愛い悲鳴が聞きたくて遊びにきてあげたわよ』

 

 しかし、逃げ遅れた人間を守りながら必死にマシンを操り、剣を振るう銀姫を邪な稲光が襲った。間一髪でプライドスティーラーから飛び降りてこれを回避した銀姫の視線の先には因縁の相手バケミヅキが殺意を漲らせてゆらりと立ち塞がっていた。

 

「朔月、いまいきま――!」

『ウォガアアアウ!!』

 

 そして、既にハヤテチェイサーから降りて大鎌を駆使して白兵戦を展開していたビャクアの前にも新たな刺客が放たれていた。

 筋肉が詰まったような屈強な黒い体に隈取りのような銀の模様が走った鬼のようなボスダムド・オーグレンスダムドである。

 

「私は大丈夫! 沙夜は沙夜のやれる限り暴れちゃえ!」

「分かりました。ご武運を!」

 

 予め図られていたように分断された銀姫とビャクア。

 しかし、二人の仮面ライダーは微塵も戦意を揺らがすことなく目の前の敵に果敢に立ち向かっていく。

 

 

 

 

「ボスダムド……相変わらず得体の知れない敵ですね」

『ガァアアアゥウ!!』

 

 化神バケミヅキと対峙する銀姫を案じながら、ビャクアは眼前で殺意の矛先を自分に剥き出しにするオーグレンスダムドに意識を集中する。

 雲薙ぎの大鎌をゆらりと上段に構えると未知数な敵の詳細を注視していく。

 腰を落とした低姿勢で四肢に力を漲らせて、いまにも飛び掛かってくるかのように荒い呼吸でこちらを威嚇してくる様は鬼というよりも飢えた獣を想起させる。

 

「……」

 

 オーグレンスダムドの鋭利な鉤爪の微かな動きさえ見逃さずにビャクアは敵を観察する。

 どんな攻撃手段を有しているのか?

 どんな異能を隠し持っているのか?

 どんな攻め手で仕掛けてくるのか?

 本質的に先手必勝の傾向が見られるビャクアであるがただの猪武者というわけではない。

 人間の常識の埒外にある化神との戦いに身を置く都合、敵を識ることの大切さを彼女はよく解っていた。

 

『オオォォォォッ!!』

 

 一秒が長く感じるような重苦しい膠着状態に痺れを切らしたのかオーグレンスダムドが唸り声を上げて先に動いた。地面に大きな足跡が作られるほどの豪脚を以ってビャクアに飛び掛かり鉤爪を振り上げたのだ。

 

「……!」

 

 ビャクアは自分に強く言い聞かせるようにジッと構えて敵が自分の間合いに侵入する機を待った。既に大鎌の切っ先は高々と掲げられている、オーグレンスダムドの爪を紙一重で回避して、返す刀で得物を振り降ろせば冷酷な湾刃は肉も骨もお構いなく異形を裂くだろう。

 

『ウガァァァァッ!』

「これは……なんの!!」

 

 戦いには何が起こるか分からない。

 ビャクアはそれをいまこの瞬間に何度目か振りに実感する。

 オーグレンスダムドが仕掛けたのと同時に巻き起こった突風とその奇怪さにいち早く勘付けたのは敵を観察していたお陰だろうか。

 

「やあああっ!」

『ガアアアゥゥ!』

 

 操り纏った風(・・・・・・)により彼女の見立てより深く間合いへの侵略してきたオーグレンスダムド。

 その恐ろしげな鉤爪にまで風が帯びていることを見抜いたビャクアは咄嗟に大鎌を投げつけ、徒手空拳へと切り替えて迎撃した。

 オーグレンスダムドの爪は妖風を帯びたことで真空波よろしく大鎌を輪切りにしてしまったのだ。

 

「ハイヤ!」

 

 まともに食らえばひとたまりもないオーグレンスダムドの殺傷力。だが、ビャクアは怯むことなく白兵戦で相対する。激突に至るまでの長い静が嘘のように両者の間には激しく慌ただしい殺戮が繰り広げられていく。

 武器破壊を成功させて卑しく笑う敵が着地した瞬間を狙い澄まして死角から浴びせ蹴りを叩き込む。

 不意打ち気味の一撃は残念ながら凌がれたが相手の攻めの勢いも削げたと彼女はすぐさま起き上り反撃に備える。

 

『キシャアア――!!』

「甘い! はあっ!」

 

 荒々しくも正確に急所を狙って放たれる斬撃に等しいオーグレンスダムドの爪攻撃をビャクアは滑らかに円を描くかのような剛柔兼備の腕運びで捌いていく。そして、僅かな隙を見出して重ねた手刀をオーグレンスダムドの脇腹へと打ち込む。

 

『ウギャ!?』

「退魔七つ道具が其の壱――天狗の羽団扇!」

 

 斧を叩き込むような一撃を食らい敵がよろめき悶えている間にビャクアは新たな退魔道具を召喚すると羽団扇を逆手に握り、蹴りを織り交ぜた動きでダムドの爪と切り結ぶ。

 

「このまま一気に鬼退治といきましょう!」

 

 神通力によって強化された羽団扇は鋼鉄さえ容易く切り裂くオーグレンスダムドの鋭い爪や風による戦力増強の異能にも屈することなく火花を散らしながら競り合う。

 戦いは剛力では劣るが素早さで勝るビャクアが持ち前の短刀術と格闘の合わせ技で着実にカウンターを一撃、また一撃と加えだし徐々に優勢へと傾き始めていた。

 

『ハオオオオオ――!!』

「くあっ!?」

 

 だが、オーグレンスダムドも譲らない。

 ボスダムドとしての意地があるのかは定かではないが煙幕代わりに羽根を巻き散らせ、渾身の一撃を見舞おうとしたビャクアを大声という名の衝撃波で吹っ飛ばした。

 

「この……ッ!」

 

 火花を上げ痛々しく地面に体を打ちつけて転がるビャクアに追い討ちをするべくダムドが地を駆ける。

 立ち上がっての反撃では間に合わないとビャクアは痛みを堪えながら咄嗟に足払いを放つ。けれど、オーグレンスダムドは有り余る闘争本能の賜物か伸びてきた長い足を飛び避けるとそのまま一回転して前宙踵落としのような攻撃を繰り出してみせた。

 

「ぬぅうう! 驚きました……怪人ならぬ怪物と見ていましたがこんな芸当が出来るとは!?」

『ウゥ……ォオオオオオ!!』

「がはっ!?」

 

 上段で両腕を交差してギリギリで防御を間に合わせたビャクアだったが彼女はまるで空手道の技に酷似した動きをするようになったダムドに驚きを隠せなかった。腕の骨が軋むのを感じながら堪える彼女の腹へと間髪入れずに丸太をぶつけられたような衝撃の前蹴りが突き刺さる。

 

「ハア……ハア……油断していたつもりはなかったんですがね」

 

 化神とはまた別種の異常性と底知れない多彩な力を個々で有するダムドの脅威を思い知らされたビャクアは同時にそんな正体不明の怪人と渡り合ってきた銀姫の――朔月ことを想った。

 

「想像以上の難敵とずっと戦っていたんですね朔月は」

 

 自分は正しく仮面ライダーなのか?

 彼女を取り巻く環境と戦いの異質さから戸惑いと苦悩を漏らしていた普通のどこにでもいる同世代の女子高生。彼女は見方によっては沙夜にとって叶わない憧れで、とっくの昔に決別した存在のような物だ。本来戦いや怪物たちとの命のやり取りなどとは縁遠くなければいけない人間だ。

 

「胸を張って良いに決まっています。自信を持って良いに決まっています……でなきゃおかしいですよ、朔月」

 

 昨夜に自分の隣で悩みを話してくれた彼女を、不安を教えてくれた朔月を想い返してビャクアは自身の戦意という火に薪をくべ直す。

 彼女はきっと本当なら自分が身を置くような血生臭く怪異溢れる世界とは無縁の人間のはずだ。

 そんな普通の少女が仮面ライダーにされて、あろうことか同じ少女たちと殺し合いをさせられている。正体も分からない怪物とも命のやり取りを強いられている。

 理不尽塗れの境遇にも挫けずに気丈に頑張っているのだ。

 戦い以外はいまのところお粗末なほど未熟な自分がこんなところで足踏みしているわけにはいかないのだ。

 初めて出来た同世代の女子で仮面ライダーな友人である朔月のためにも負けられない。

 

「ダムド……鬼退治と言ったのは訂正します」

 

 羽団扇を逆手に構えて、ビャクアは向かい風の中で強く立ち上がる。

 

「ここからは鬼狩りの始まりです。御伽装士の底力、思い知らせてあげましょう」

『ガアアアァウウッ!!』

 

 オーグレンスダムドが動き出す前にビャクアは仕掛けた。

 放たれた矢のように一直線に走り出す彼女を再び鬼の口から放たれた気息の衝撃が襲う。

 ビャクアは衝撃波に羽団扇で巻き起こした白旋風をぶつけることで対抗する。二つの強烈な力が衝突すると周囲の大気が震えて、木々が騒ぎ立てた。

 

「――!?」

『ウガアアアァゥゥッ!!』

 

 衝撃波を相殺することには成功したビャクアだったが気息と風が激突した余波をまともに食らったのか糸が切れたマリオネットのように前のめりに崩れ落ち始めてしまう。

 それを好機と見たオーグレンスダムドは一気にビャクアの頭蓋を踏み砕こうと力一杯に全身を弾ませた。

 

「一手……誤りましたね」

 

 地に伏したビャクアの頭部をオーグレンスダムドが踏み潰そうと上空から降りてきた間際で逆転の風が吹いた。

 

「ムゲンの真似事ではないですが――」

 

 羽団扇を大きく振るい地面に目掛けて烈風を起こしたビャクアはその勢いで浮き上がると紙一重でオーグレンスダムドの異形の足を回避。そのまま相手の動きを封じて土台にするかのようにオーグレンスダムドの膝に足を掛けた。

 

「ハイヤアアアァ!!」

『ア、ガ――ッ!?』

 

 閃光魔術(シャイニングウィザード)、炸裂!!

 回避も防御も叶わない状態から繰り出されたビャクア渾身の膝蹴りがオーグレンスダムドを横一閃に薙ぎ払う。それは別の世界にて単騎で戦う我が道を往く戦友との交流で会得した思いがけない切り札だ。

 

「仙術・羽根幻朧」

 

 顔面をいびつに変形させて悶絶するオーグレンスダムドにビャクアは勝負を仕掛けた。

 羽団扇に神通力を漲らせて一振るいすると純白の羽根がどこからともなく溢れ出し周囲一帯を羽根吹雪が包み込む。

 

『ガア……ァア、ア!?』

 

 どうにか持ち直したオーグレンスダムドは羽根吹雪の渦中にて目の前の光景に絶句した。

 夢か現か幻か、ダムドの視界には無数のビャクアが出現して自分を取り囲んでいたのだ。それが彼女の見せる幻覚だとは気付かずにオーグレンスダムドは殺られる前に殺れとばかり両腕の鉤爪を狙いもつけずに無我夢中で振り回して抗戦するがどう足掻こうと手遅れだった。

 

「退魔七つ道具が其の弐――裂空の快刀」

『イギャアアアア!?』

 

 凛とした声が白の世界に響くと煌めく刃が背後からオーグレンスダムドの胸部を突き刺し破る。

 

「オン・カルラ・カン・カンラ! いざ! いざ! いざッ!!」

『ガア……アアアア、ァァ!?』

「退魔覆滅技法――乱鴉の太刀!!」

 

 まるで羽根吹雪に覆われた世界を数限りない輝く剣閃で塗り替えるように縦横無尽の乱れ斬りがオーグレンスダムドを粉微塵に切り捨てた。

 やがてビャクアが仙術を解くとオーグレンスダムドの残滓は夥しい量の羽根吹雪と共に断末魔さえ残すことなく忽然と消え去ってしまっていた。

 

「これにて、落着……ではないですね。次へ行きましょう」

 

 快刀を納めて残心を終えたビャクアは少し気の抜けた独白を呟きながら周囲を見渡すとバケミヅキと戦っているであろう銀姫と合流するために気力を入れ直してまた走り出した。

 

 

 

 

「しつこい……って文句付けて良いよね。二回目だけど」

『ふふふっ、安心しなさい。ここで因縁もキッチリ付けてあげるから』

 

 バケミヅキと対峙した銀姫は、細剣を油断なく構えながら相対した。

 沙夜から教わったことで正体を知った、穢れからなる外道の怪人こと化神。その一体バケミヅキ。この世界に来てから初めて銀姫が相対した因縁の怪人でもある。先日は油断の隙をついて一泡吹かせたが、その辛酸をよく憶えているらしい。今回は最初から苛烈な敵意を剥き出しにしていた。

 

『私はねぇ、痛めつけるのは好きだけど……されるのは嫌いなのよッ!』

「それは良い趣味をしてる……ねっ!?」

 

 軽口を黙らせるように奔った電撃。それが戦端だった。

 己目掛けて放たれる電流に辛うじて反応した銀姫は飛び退くように躱す。しかし即座に、バケミヅキのスタンガンには次の紫電が閃いた。

 

『また踊ってもらうわよ!』

「くっ、近づけない!」

 

 雷の連射が銀姫を襲う。開いた距離から一方的に迸る電撃は、最初の邂逅めいていた。であるなら、解決策も同じ。

 

「……やぁっ!」

 

 タイミングを見計らい、銀姫は細剣を投げた。再び電撃を防ぐ避雷針とするべく。

 狙い通り二人の中間に放り込まれた細剣は電気を吸い込み防いでみせる。そこまでは先の再演。

 だがバケミヅキは嘲るような声で嗤った。

 

『ふふふっ! 二度同じ手が通じると思っているの? だとしたらとんだ能なしね!』

 

 笑い声が響くと同時に、バケミヅキは触手を伸ばした。

 

「! しまった!」

 

 触手は細剣を地面に落ちるより早くキャッチして、そのまま絡め取ってしまう。銀姫は唯一の得物を奪われた形になった。

 

『ふふっ、これでもう、防ぐ術は無いわねぇ!』

 

 背後へ細剣を足元へ捨て踏みつける。これで細剣はもう使えない。そして電撃攻撃を再開する。

 

「うぎっ!」

 

 何度かは躱すが相手は電気。幾度も放たれる稲妻を回避しきれず、銀姫は何発かを受け止めることになった。全身に走る痛みと痺れ。決して愉快ではないそれに、銀姫は口元に苦悶の表情を浮かべる。

 

「く……あぁっ!」

『ふふふふっ! あぁ、いいわぁその声! もっと聴かせて頂戴!』

 

 銀姫の苦しむ声にバケミヅキが歓喜する。人の不幸で育ち、人の肉を喰らう定めである化神にとって人の悲鳴は、本能的に響く物なのだろう。

 だからか、一瞬だけ電撃がブレる。

 

「っ、ああぁぁっ!!」

 

 その隙を銀姫は見逃さなかった。電撃を躱していた脚を無理矢理ねじ曲げ、バケミヅキに向かって飛び込む進路へ変える。一目散の直進。真正面からの突撃だ。

 分かりやすい突進だ。また電撃が襲い来るだろう。銀姫もそれは覚悟していた。しかしこのまま雷に打たれ続けても勝機は無い。一か八かに賭けるしかなかった。

 

『なんですって!? ――なんてね』

「はあぁぁ……ぐっ!?」

 

 だがバケミヅキに肉迫する直前、銀姫を伸ばされた触手が絡め取った。触手はあっという間に手を巻き込み、簀巻きのように銀姫を拘束してしまう。身動きの取れなくなった銀姫をバケミヅキは嘲笑った。

 

「ぐうっ!?」

『馬鹿ね、わざと見せた隙に決まってるじゃない』

 

 先程見せた電撃のブレは、敢えてバケミヅキが作り出した隙だった。

 

『あれだけの屈辱を飲まされたのだもの。私手ずからでくびり殺してあげなきゃ気が済まないわ……!』

 

 先の戦いでしてやられたバケミヅキはどうしてもその溜飲を下げずにはいられなかった。故にわざと近づくように誘導し、触手による拘束へ誘い込んだのだ。

 そのまま徐々に力は強まっていき、銀姫の身体を持ち上げ押し潰さんと締め上げていく。

 

「あ、ぐうっ……!」

『ふふふふっ! いいザマね。悲鳴が濁るのは少し残念だけど、それは死語の貴女を嬲ることで精算をつけるわ!』

 

 半面の下で苦悶の表情を浮かべ、悶える銀姫。

 そうこうしている内に、どんどん締め付けは強くなる。銀姫は足をバタつかせ抵抗を試みるが、それも徐々に弱まっていった。

 

「ぐ……だめ……やっぱり、私なんかじゃ……」

 

 意識が薄れていく中で、銀姫は弱気に呟く。

 元の世界において朔月は、殺し合いの参加者の一人に過ぎなかった。それがこの世界に来て、憧れていたヒーローのようだと讃えられて、すっかりその気になってしまっていた。自分でも、誰かを守れる騎士になれるのでは無いか、と。

 ……だがやはりそれは、幻想だった。結局自分は踊らされた愚か者に過ぎない。故にこうして出しゃばったツケを今、払わされているのだ。

 銀姫はそう絶望し、苦痛の中意識を手放そうとする。

 しかしバケミヅキの放った言葉がそれを止めた。

 

『貴女を始末したら、次はあっちの御伽装士ね。その次は、攫い損ねたあの子にしましょうか』

「――っ! 沙夜……章太郎……!」

 

 銀姫の瞼の裏に浮かぶは、この世界に来てから出会った人たち。

 こんな自分でも憧れて、世界を守るヒーローの一員として認めてくれた少年、章太郎。そんな彼を家族のように大切に想っている叔父、権兵衛。

 そして、沙夜。どこか普通じゃなくて、戦うときは毅然として、けれど感情豊かな少女。

 美人で、でもものぐさで。一緒に笑って、はしゃいで。ほっとけなくて、頼りになって。まだ聞いていないことがある。まだ話していないこともある。もっとずっと、仲良くなりたい。同じライダーとして。それとは関係の無い、ただの友達として。

 

「く……あ、あぁ……!」

 

 そんな彼女たちに危機が迫る。

 それだけは、

 

『……何? 急に力が強く……!?』

「ぐ、ああああぁぁぁぁっ!!」

 

 それだけは、どうしても認められなかった。

 両腕の力を振り絞った銀姫が触手を内側から押し広げていく。そして充分に広がったところで触手を掴み、力任せに引き千切った。

 

『ぎ、ぎゃああぁぁぁっ!?』

 

 突然自分の一部を失ったバケミヅキは痛みに悶え後退る。解放された銀姫は着地すると、荒い息をつきながら細剣を拾い上げた。

 

「はぁ、はぁ……これが仮面ライダーだとか、なれたとか、今の私じゃうまく答えは出せない」

 

 朔月はまだ、自分のことを仮面ライダーだと胸を張って言えなかった。今この世界ではヒーローとして振る舞えても、結局元の世界に戻れば殺し合いだ。そんな自分が騎士として振る舞って良いのか、迷いはある。

 仮面ライダーがどういう存在なのかも知らない。章太郎に見せてもらった動画だけではまだ分からなかった。表面的な憧れは抱けても、その本質を理解するには経験も知識も足りない。あるいはそれが分かるときにはもう、何もかもが手遅れな未来だってあり得た。

 

「だけど!」

 

 それでも銀姫は叫ぶ。

 

「今は戦う! 生き残る為でも殺す為でも無い。大切な人たちを、世界を、守る為に戦う! それが今の私の答えだ!」

 

 仮面ライダーとは。ヒーローとは。相応しいのか、否なのか。分からない。分からないことだらけだ。

 それでも確かな事実は一つあった。

 自分には、戦う力がある。

 今は、それだけでいい。覚悟も意義も、今は、まだ。

 

『おのれぇぇぇぇ!!!』

 

 予想外の反撃を受けて、バケミヅキは怨嗟の声を上げた。もうこれ以上遊ばせてはいられない。生意気な小娘を仕留めるべく、残った触手を広げ稲妻を閃かせる。

 対して銀姫は怒りもなく、ただ決意を以てバックルに縛り付けられたマリードールをなぞった。

 

《 Silver Execution Finish 》

 

 歪んだ電子音声が鳴り響く。手にした細剣を八双に構え、銀の光を漲らせる。そしてそれを振り上げ、切り下ろした。

 

「はああぁぁぁっ!!」

 

 切り裂いた軌跡が刃となってバケミヅキへ奔る。それにバケミヅキは渾身の電流を放って受け止めようとした。

 

『こんなものォ!!』

 

 目を瞑りたくなるほどに激しい電撃。銀の斬撃と電流は鬩ぎ合う。

 一瞬の拮抗。その後、どちらもが弾けるように消えた。

 

『ハッ! 貴女の必殺技なんて所詮その程度よ!!』

 

 相手の奥の手を相殺し、バケミヅキは勝ち誇る。だがそんな彼女に、もう一度聞こえる音があった。

 

《 Silver Execution Strike 》

 

『は?』

 

 銀の刃が散り、電撃が晴れた、その向こう。そこには飛び上がる為に足を溜める銀姫の姿が。

 バケミヅキにとっての予想外。誤算。

 それは二回目の必殺技。

 

「はあぁぁ……!」

 

 銀の光を右足に集め、駆け出す。そして裂帛の気合いと共に飛び上がった。

 

「せ……やあああぁぁぁーーーっ!!」

 

 渾身の跳び蹴り。光の矢のようになった銀の輝きは、油断していたバケミヅキの身体に鋭く突き刺さった。

 

『あ、あぁ……そんな……!』

 

 バケミヅキの柔らかい身体ではそれを受け止めきれない。銀の光は深々と突き刺さる。

 そして、貫いた。

 

『悲鳴を、上げるのは……私ィィーーー!!?』

 

 透明な身体はまるで水袋が破けるように弾け、爆発した。バケミヅキの身体は黒い穢れへと還り、周囲に硝煙めいて散る。化神の最期だ。

 光となって貫いた銀姫はその様子を見て、安心したように膝を突いた。

 

「倒せた……けど、二連続はやり過ぎた、かも……」

 

 必殺技の二回連続発動。それがバケミヅキの予想を大きく上回り、決着となった。初めての試みだったがその代償は大きく、負荷からか銀姫は今までにない身体の怠さを覚えていた。

 

「あんまりやりたいものじゃないな……って、まだ戦いは終わっていないや」

 

 それでも銀姫は休んでいられないと思い直し、立ち上がる。

 加勢に。あるいは、次の戦いへ。

 ……と、思ったのだが。

 

「? マリードールが……」

 

 銀姫が目線を落とすと、ベルトのマリードールが光っていることに気がついた。今までに無い状態に銀姫がキョトンとしていると、光の中から小さな何かが姿を現わし宙へ浮かぶ。

 それは車のキーめいた金属片であった。掌に収まるサイズの小さな鍵。持ち手の部分には何かが描かれていそうなスペースがあるが、今は空になっている。

 

「え、何コレ……あ、そういえばノーアンサーが何か言ってたかも?」

 

 この世界に来る前ノーアンサーが何かを仄めかしていたのを銀姫は思い出した。異世界移動のショックですっかりと忘れていたが、確かおつかいだとか採取だとかと言っていた気がする。

 戸惑う銀姫の前で鍵はクルリと回ると、周囲にまだ残る穢れ、つまりバケミヅキの残滓を吸い取り始めた。穢れは掃除機めいて鍵の中へ吸い込まれていき、まるで最初から何も無かったかのように綺麗にしてしまった。

 後に残されたのは鍵だけだ。

 

「え、ええと……あれ、こんな柄だっけ」

 

 銀姫が恐る恐る手を伸ばすと、無地だった絵柄が変わっていることに気がついた。水色に、クラゲのような生物が描かれたレリーフになっている。

 不思議に思いつつ銀姫はそれを回収する。そして、こんなことにかまけている場合では無いことを思い出した。

 

「そ、そうだ! 早く助けなきゃ!」

 

 銀姫は次の戦場目掛けて駆け出す。その手の中で鍵は――化神バケミヅキグレイヴキーは、妖しく輝いていた。

 

 

 

 

 時間を少し遡る。

 朔月と沙夜が外出中、喫茶Hamelnではいつもと変わらない穏やかな時間が流れていた。

 朝の準備を二人に手伝ってもらったこともあって権兵衛はいつもより腰回りが幾分楽な程度にゆとりがあった。

 お客の入りもいつも通り、つまりはまあまあ(・・・・)だったことは喜ぶべきか嘆くべきかは複雑なところではあるが。

 

「……鼻の舌を伸ばした野郎共が溢れ返るよりはマシかね」

 

 店内のテーブルにぽつり、ぽつりと居座る見知った常連客たちには聞こえない声量で権兵衛は呟いた。

 開店から早十年以上が経過した当店は大繁盛もなければ閑古鳥が巣を作るほどに鳴くこともなく営業してきたどこか懐かしい趣がある街の喫茶店で通って来た。

 しかし、近頃は稀に女性客が殺到して大忙しという日が何度かあった。

 それは言わずもがな御剣燐や双連寺ムゲン、黒神恵理也といった異世界からやってきた仮面ライダーの少年たちがアルバイトして店で働いていた期間だ。

 面構えの良い若者たちが給仕をしてくれるというサービスに食いついた近所のマダム達の迫力は凄まじいの一言だった。

 

「あの子らが本格的に店を手伝うとか言い出したら、どうしたもんかねえ」

 

 つまり臨時のアルバイトが少年ではなく少女であればそれと似たことが発生しても可笑しくはない。朔月と沙夜の二人は権兵衛から見ても別嬪だと考える。

 もしも彼女たちが宿賃の代わりにウェイトレスとして働くと店に出ていたのなら噂を聞きつけた商店街や近所の男たちが可憐な乙女たちを一目見ようと自分の店に押し寄せていただろう。

 商売繁盛は良いことだがそんな不純な理由でやってきた連中に自慢のコーヒーを振舞うのは釈然としない。仮想とはいえ複雑な心境の権兵衛であった。

 

「フフン♪ とても美味しいコーヒーでした。お勘定をお願いします」

「ありがとうございます。そう言っていただけると光栄だよ」

 

 レジの前から聞こえてきた若い声色に権兵衛は気持ちを切り替えて伝票を預かった。

 お客に優劣をつけるのはご法度だがそれでも叶うならこういう気持ちの良いお客ばかりならばと思わずにはいられない。この一言を貰えるのは無上の喜びだ。

 声の主は常連客ではなく、ふらりと店に入ってきた見かけぬ顔の若者。日本語は達者だが支払いの際に硬貨を取り出すのに少しまごついている辺り恐らくは外国人だろうか。

 

「観光かね?」

「まあ、そんなところかな。貴重なお話をありがとうございました」

「こんなおじさんの話でお役に立てたのなら嬉しいよ」

 

 人懐っこい性格なのかこのお客はカウンター席に腰掛けてそれなりの量の食事を平らげながら、この周辺には何があるのか?安い宿や銭湯はないのか?など話しかけてきたものだから権兵衛の記憶にも印象深く残っていた。

 日本の文化の何が外国人旅行者の琴線を刺激するのか未知数なのできっとこの若者もそういった趣向の日本びいきな観光客なのだろうと考える。

 

「ごちそうさまでした」

「ありがとうございました。またのお越しを」

「ただいまー!!」

 

 会計を済ませて、若者が観光気分全開なサングラスをして店を出ようとした矢先、入口の扉が開いて元気の良い声が飛び込んできた。

 

「おっと」

「わあっ!?」

 

 ランドセルを背負って店内に走って入って来た章太郎は案の定、外国人客にぶつかり受け止められてしまった。朔月たちの不安とは裏腹に行き違いで章太郎は怪人の襲撃に遭うことなく既にこの時帰宅していたのだ。

 

「こら章太郎! お客さんもいるんだから学校から帰ってきたら裏から入れといつも言っているだろう! 君、怪我はないかい?」

「ご、ごめんなさい」

「気にしないでいいさ。子供なんて元気すぎるぐらいで丁度いいんだ」

 

 権兵衛に叱られてしゅんと謝る章太郎の頭を犬でも可愛がるようにやや乱雑に撫でて、若い客は快晴のような笑顔を残して喫茶Hamelnを後にした。

 そんな印象的なお客が去った後も店には穏やかな時間が流れた。

 しかし、次に店の扉が開きカランコロンと小気味良い呼び鈴が響いた時そんな平穏は終わりを告げるのだ。

 

 

 

 

「驚いたものだな! 君ィ本当にその姿で驚かれないとはなんと見事な幻術か! この私にとっては取るに足らない芸当だが素晴らしいな! 褒めるぞ!!」

『貴方に褒められても全く嬉しくないですがわざわざ説明してくれてありがとうございますぅ。お願いですがもう黙ってくれますか~デリケートな仕事と説明したんですがねえ』

 

 商店街を闊歩する奇抜な雰囲気の二人組の男女に行き交う人々はどよめきが尽きなかった。

 オーバーオールの体格も態度も声も無駄に大きい暑苦しい男とゴスロリファッションの妙齢の女は対極の反応で言葉を交わしながらある場所を目指していた。女性の方は周囲の人日がそう見えているだけではあるのだが。

 

「この店だな! しかし何故、一度取り逃がした獲物に拘る? 代わりはいくらでも探せるのでは?」

『子供というのは純粋ですからね~大人に比べて燃料として良質なのですよぉ』

「成程! まあ、私が出たのだから万事上手くいく何でもよいわ!」

『お願いですからボクの指示に従ってくださいね~違約した場合はクルージーン様に殺してもらいますのでぇ』

 

 噛み合わないやり取りを交わしながら招かれざる客たちは喫茶Hamelnの扉を開ける。

 

「いらっしゃ……なんだあんたたち!?」

「か、怪人!?」

 

 幸か不幸か既に先程までいたお客たちは全員帰ってしまっており店には章太郎と権兵衛しかいなかった。そして、二人は玄関に現れた最悪の来客の姿を見て驚愕する。

 オーバーオールの巨漢とここに辿りつくまで全ての人間の認識を幻術によって歪ませて怪人体の姿のまま堂々と商店街を歩き渡りこの店へとやって来た不気味なナイトメアメタローの異形がそこにあったのだ。

 

『おやおやぁ~お客様相手に無礼なお店ですねえ。ボク怒っちゃいましたよぉ』

 

 ハロウィンの夜道を練り歩く案山子のお化けのようなどこか滑稽な外見をしたナイトメアメタローは甘ったるくも背筋が凍りそうになるような声で愉快そうに言いながらピッチフォークのような杖を章太郎たちに突きつけた。

 

『なぁんてねぇ。おチビさんだけでも良かったのですが折角ですのでお二人様……夢の国へご招待ですぅ』

 

 仮面の戦乙女たちの奮闘を嘲笑うかのように世界を蝕む魔人の謀略は止らない。

 

 

 

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