異星の少女は未来(いま)を生きる   作:矢田悠進

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転校生 その3

「うん、とりあえず早見さんのほうは目立った異常は無さそうね」

 養護教諭にそう言われ、心は左手を改めて動かしてみる。自分でも違和感がない。強いて言えば、血の通った手のひらが見えていることが喜ばしい。

「でも少し疲れてるかな? どうする? 途中からになっちゃうけど授業に参加するか、次の授業まで休んでいても良いよ」

「えっと……」

 保健室備え付けのベッドを流し見る。カーテンが閉められているが、そこには晴海が寝ている。

「じゃあ……もう少し、ここにいても良いですか?」

 授業に戻るとすれば音楽室に向かうことになるわけだが、そこまで音楽の授業に思い入れはない。

「うん、わかった。ところで先生はちょっと用があって10分くらい席を外すけど大丈夫? 何かあったら職員室に呼びに来て?」

「わかりました」

 保健室の先生はそう言って部屋を出ていく。保健室には、心と晴海だけになった。

 心は椅子に腰掛けたまま、部屋中を見渡す。健康に関する壁新聞がいくつか貼ってあるが、読む気は起きない。そわそわ気持ちが落ち着かず、貧乏ゆすりが止まらない。たまらず立ち上がって、晴海の眠るベッドに向かう。

(う〜ん……南条さん大丈夫かな……すごい気になる……見ちゃダメかな……隙間から少しだけ!)

 ちょっとだけならと、少しだけカーテンを開けて中を覗く。

 晴海は朝から浮かべていた苦悶の表情ではなく、柔らかな顔をして眠っていた。

「うん。大丈夫そう……かな」

 パチッ。その時、晴海の目が開く。

「わっ、あっ」

「えっ、あっ……!」

 当然、目が合ってしまう。

「あ、おはよう南条さん! ……これ朝も言ったな……えっと、気分はどうですか? ……これ先生が言うやつだな……」

 こっそり覗いて終わるつもりだったので焦る心を尻目に、晴海は上体を起こす。

「えっと……ここは……」

「保健室です。南条さん、お昼休みに倒れちゃったから……」

「あっ……」

 晴海は視線を落とす。そして、今の状況を整理するように一呼吸置いてから、再び顔を上げる。

「あの……早見さん……だよね」

「あ、うんうん。早見だよ。ごめんね勝手に覗いちゃって。寝てると思ったからテンパっちゃって。私も座りますね」

 心は椅子を引っ張ってきて、ベッドの隣に置いて座る。そんな心の顔色を伺うようにして晴海は一言、

「ごめんなさい……本当に……」

 と呟く。心はできるだけ柔らかい声で、

「大丈夫ですよ。気にしないでください……!」

 と返す。

「で、でも、すごく怖かったでしょ……?」

「ううん、びっくりはしましたけど、そんなに怖くはなかったかな……」

 自分でも意外なほど肝が据わっていたと思う。でも、恐怖が表に出なかった理由はそうではなくて……

「だって、南条さんすごく辛そうだったから。一番、怖がってたようにみえたから。力になりたいと思って」

「え、わたし……? そう……でもやっぱり、早見さんには迷惑かけたから……どう謝罪すれば良いか……」

「も〜、本当に大丈夫だよ? 南条さんだって悪気があってああなっちゃったわけじゃないでしょ? それにほら、私元気だし!」

 心は左手をグーパーしながら首を振り振り髪の毛を揺らす。

「なら良かった……うぅ……ほんとに、良かった……」

「わわっ、泣かないでください! よ、よしよし」

 ぽろぽろと大粒の雫を落とす晴海を見て、心は思わず彼女の背中をさする。

「うぅ……ひっぐ……うう、うわぁん……秋穂ちゃん……うっぐ」

(アキホちゃん!? 誰ッッッ!!)

 しかしそれを尋ねる空気でもないので、黙って晴海が泣き止むのを待った……。

 

「ご、ごごごめんなさい本当に。なんだか涙が止まらなくて」

「ううん。南条さん、今日きっと頑張って学校来たんだね……」

 こういうことは言っていいのか、心にはわからない。でも、晴海は彼女のだせる精一杯で、今ここにいるということは何となく伝わったので、そう声をかけた。

「秋穂ちゃんは、前の学校で、一番仲の良かった友達なの……」

 晴海は腫れた目で心の方を見ながら、ぽつぽつと語りだす。心も、その静かな声に耳を傾ける。

「前のって言っても小学校だけど。中学に上がるときに、この辺に引っ越してきたんだ……」

 それで誰も晴海のことを知らなかったのか。違う地域の小学校に通っていながら、中学になってからは一度も登校していないのでは、「幻」と呼ばれるのも当然と言えば当然だ。

「私のコードは『透視』……物を透かしてその奥を見る……でも透けて見えるのは自分だけで、誰が見ても透明になる『透過』じゃないはずなの……」

 突然、コードの話に変わって困惑するが、心は頷きながら、話についていく。晴海も整理のついていない頭でなんとか心に伝えたいことを喋っているのだろうし、何よりコードについては一番気になっていたところだ。

「でもある日、秋穂ちゃんと一緒に学校から帰ってる途中、突然能力が発動したの。さっきみたいに……。夕方だった。力は秋穂ちゃんにあたって、それで、見えなくなった秋穂ちゃんは、バイクに当たって……死には、しなかったけど、大怪我……」

「わたし、あの時のこと忘れられなくて。お医者さんには、コードの暴走っていわれたけど、また暴走したらと思うと……それに、あの時、透明になった時の秋穂ちゃんの顔……すごく、怖がってた……。それを思い出すと、わたし、もう家から出られなくなってた……」

「そう、だったんですね……」

 つまり。晴海のコードが暴走し、時間外に本来と異なる能力が発動され、友人を負傷させた。それがトラウマで、引きこもりとなってしまった。ということか。

「小5の話よ……6年生の時は、丸一年学校に行かなかった……それで、お父さん仕事の都合って言ってたけど本当はどうかわからない。中学に上がるタイミングで、前にいた街を離れてここにきたの。でも結局、中学生になっても二ヶ月以上、学校には行けなかった……」

「でも今日は来れたじゃないですか」

「そんな良いことみたいに言わないでッ! ……あ、ごめん……ほら、学校には来たけど、こんなことになっちゃって……早見さんを巻き込んで……これじゃやっぱり、来ない方が良かった……」

「南条さん」

 心は晴海の弱々しい右手に、自分の右手を添える。

「私も少し、話していいですか?」

「え? ……うん……」

 心にも、晴海に話しておきたいことがあった。

「あの、私って友達少ないんですよ……えへへ」

「……」

「少ないというか、叶恵くらいしかいないかも……」

「叶恵さん……朝話しかけてくれた人だよね? 早見さんと一緒に」

「そうです! 覚えててくれたんですね! きっと叶恵も喜ぶと思うな〜!」

「あはは……で、でも少なくても良いんじゃないかな……その、わたしなんて独りだし……」

「もちろん、大事なときに頼れる友達が一人いれば良いかなって思うことも多いんですけど、せっかく中学生になったから友達増やしたいな〜って、これ実は私の目標だったんです」

「中学生活の?」

「ですです! でも全然ダメでした! つい叶恵とばっかり喋っちゃうんですよねえ。かと言って、無理して叶恵と話すのをやめるなんてあり得ないし、もういいや! って思ってたんですよ」

「スタートが、肝心だよね……」

「やっぱりそうなのかな。最初に変わらず叶恵と居たから、そのまま叶恵と、って感じだもんなあ。叶恵のことは好きだし何も問題ないけど、目標は達成できなかったなあ。あ、だからそうじゃなくて!」

 心は脱線しかけた話を戻す。

「それで、南条さんが来たからね、私友達になりたいなって思ったの!」

「わたしと……あ……そっか、わたし友達、いないからね」

「あ……まあ、そのようだったのでチャンスかなって。だから、朝急に話しかけちゃったの、ごめんなさい。いきなりでびっくりしたよね?」

「そうだったんだね……ううん、本当はね、すごく嬉しかったの。でも、頑張るぞって思って学校来たのに、やっぱりまだ誰かと話すの怖くて、話しかけられたら慌てちゃって、ぐちゃぐちゃになって、あんなこと言っちゃったの。謝るのはわたしのほうだよ」

「南条さんを慌てさせたのは私だから私が謝るんですー! なんてね。じゃあもうこの件は終わりにしましょ?」

「でも……」

「じゃあ仮に二人とも謝らなきゃいけないとして……。お詫びに私と友達になってくれませんか? 私はお詫びに、南条さんの友達になります!」

「良いの……?」

「……良いの? って言われても……こんなに喋ったら、私達もう友達じゃない?」

「…………うん……!」

「よろしくね、晴海。あ、晴海って呼んでいい?」

「いいよ。心ちゃん……っ!」

 

「お話、終わったかな?」

「わっ!? 先生、いつからそこに……」

「先生10分くらいで戻るって言ったじゃ〜ん。二人ともすごい真剣に話してたから、ずっとここで黙って待ってたんですよ〜?」

 時計を見ると、先生が退出してから20分ほど経っている。10分前には戻って来ていたということか。

「す、すみません」

「気にしないで。二人ともとっても顔色良いもの。充実したお喋りだったでしょう?」

「そうですね。ありがとうございます」

「さて、そもそも次の授業が始まるけど早見さんはどうする? あ、南条さんは駄目よ、体調を診なきゃいけないから」

「じゃあ私は授業に戻りますね」

 心は立ち上がって椅子を元の位置に戻す。

「じゃあ先生、ありがとうございました。……晴海!」

 名前を呼ぶと、晴海は心の方を向いてくれる。今朝と違って、今度はしっかり目が合った。

「また明日ね!」

 そして一言、そう残して保健室をあとにした。

(また明日……か……)

 心の一言を、晴海は脳内で噛み締めた。

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