異星の少女は未来(いま)を生きる   作:矢田悠進

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妖怪

 晴海の声に反応して、その黒いもじゃもじゃした物体はごそごそと動き出した。

「う、動いてる!」

 半回転したもじゃもじゃは晴海とススキをじっと見つめる。そう、もじゃもじゃには目が付いていたのだ。パッチリと開かれた丸い二つの目が、二人をじっと眺めている。さっきまで公園の中の方を向いていたが、晴海の声を聞いて振り返ったようだ。

「お前たち、オイラが見えるのか?」

「しゃ、喋った! す、ススキちゃんあれなあに!?」

 年上なのに、晴海はススキの背後に隠れながら、ススキの肩をぶんぶん振り回して尋ねる。

「はるちゃん痛いよ〜。あれね、妖怪だよ」

「ご、ごめんね。それで、えっと? 妖怪って言った?」

「うん。お話しに行こうよ」

「ええ!? お話!?」

 ススキは臆することなくもじゃもじゃに近づいていく。もじゃもじゃの方も何か行動する様子はなく、看板の上にのんびり座ってススキの動きを見ている。晴海だけがビクビクしながら、道路を渡ってもじゃもじゃの下へ行った。

「ほう……」

 もじゃもじゃはススキを一瞥して目を細めた後、晴海に視線を移す。

「お前、妖怪と会うのは今日が初めてか?」

「ひっ、わたしですか……?」

「そうだ。そんなに怯えなくても、オイラは何もしないのだ。安心してお喋りしておくれよ」

「そ、そうですか……。えっと、妖怪と会うのは初めてです……」

「そうかそうか。今まで不思議なモノが見えたり聞こえたりすることもなかったのか?」

「はい……今ススキちゃんに言われてあなたが見えたのが、初めてです、こういう不思議なものは……」

 見えると言えば、晴海のコードは住宅などの障害物を透視して先の道路にトラップがないか確認できるというものだが、怪異が認識できるなんて代物ではないはずだ。同じ「道が見える」と「お化けが見える」は全然違うのに、どうしてこうなってしまったんだろうと晴海は頭を抱える。

「ススキちゃんは? ススキちゃんはこういうの昔から見えてるの?」

「うん」

 晴海が振った質問にススキは即答する。

「ちっこい方、お前は……」

「なに? もじゃもじゃの妖怪さん。すすきはね〜、ずっと妖怪が見えてる人間なんだよ。すごいでしょ?」

 ススキは食い気味にアピールする。この子の中では大々的に自慢できるスペシャルなことなんだろうな、と晴海は思う。

「ほうほう……そりゃすごいちびっ子の人間さん、なのだ」

 もじゃもじゃもススキに合わせて大きく相槌を打つ。晴海はいくつかの会話を通して、少し妖怪という存在に慣れてきたので、もじゃもじゃに質問をしてみる。

「あの……あなたのお名前は? どんな妖怪さんなんですか?」

「オイラは『公園で子供が怪我をしないように見守る妖怪』なのだ! 名前はない」

「こ、公園で……」

「怪我しないように見てくれてるの? もじゃもじゃの妖怪さん優しいね」

「わっはっはっ、優しいとは面白いなちびっ子。オイラはただそのために生まれたから何も考えずそうしているだけなのだ」

「すすきね、ちびっ子じゃなくてすすきって言うんだよ」

「ほう、ススキか。お前は?」

「わたしは晴海です……」

「晴海とススキだな。よろしくなのだ」

「よろしくお願いします。妖怪っていっぱいいるんですね……わたし『公園を見守る』っていうのは初めて聞きました……カッパとか一つ目小僧とかそういうのしか知らなくて……」

「んん? わっはっはっ! そうか、晴海は今、初めて出会うんだもんなあ、第二地球の妖怪に」

「第二地球の……?」

 資源の枯渇した地球から人々が移住した先の星が、晴海たちの住む第二地球だ。環境は第一の地球と酷似しているが、明確に違うのはコードとトラップの存在だ。もじゃもじゃの口ぶりからすると、「妖怪」というものも二つの地球で異なるようだ。

「第一地球の頃から言い伝えられている妖怪は、あくまで伝説上の存在もしくは、本当にいた『生き物』かのどちらかなのだ」

「……」

 晴海は大昔から語り継がれる妖怪達に思いを馳せる。ススキは話に飽きたのか、公園の敷地内にしゃがみ込み、アリの行列を観察している。

「一方で第二地球の妖怪は、人間さんからこぼれ落ちた思念の集合体なのだ」

「こぼれ落ちた……思念?」

「ちょっと難しいか。例えばオイラは、この公園で遊ぶ子供たちの保護者さんたちの『子供に怪我をしないでほしい』という思いや過去に怪我をした本人の『もう怪我はしたくない』という気持ちが集まって生まれた妖怪なのだ」

「……少し、わかったかも」

 もじゃもじゃはさっき「公園で子供が怪我をしないように見守る妖怪」と名乗った。彼は公園の利用者の、安全に対する思いが集まった存在なのだ。

「でもそれって意外と、昔の妖怪に似てますね。人の思いが集まって作られた妖怪っていっぱいいる気がします」

「ほう? 雷さまがへそを取るという伝承は、雷雨の日にお腹を冷やさぬようにという思いから出来たとか、そういうことだな。しかしそれはフィクションとしての怪異が生まれただけなのだ。この星のオイラたちは、実際に今ココにいるのだよ」

「そっか……でも……うーん、なるほどぉ」

 晴海はふっと浮かんだ「第一地球の妖怪さん達だって本当にいたかもしれないじゃないか」という浪漫のある反論を飲み込む。ここで重要なのは、思念の集合体という第二地球固有の存在の通称が妖怪であるという情報だから。

「ところで晴海、それは放っておいてよいのか?」

「へ?」

 もじゃもじゃに指摘され、晴海は自分の体に目をやる。足元にはしゃがんでいるススキがいた。

「ススキちゃん何してるの?」

「わー」

 ススキは公園の真ん中は走っていく。

「ん? わあ! なにこれ!?」

 晴海の履いているスウェットパンツに、セミの抜け殻が3つも付いていた。

「も〜、ススキちゃんが付けたのー!?」

「ぬけがらあー!!」

 ススキはキャッキャと笑いながら公園をはしゃぎまわる。

「とってぇ……」

「どれ、オイラがとってやるのだ」

 泣き目の晴海に、黒くて長い手が伸びてくる。もじゃもじゃには伸縮自在の手が備わっていたようだ。

「わ、すっごい伸びるんですね」

「そうだ。これで公園のゴミを拾ったり木の枝を端に避けたりするのがオイラの能力なのだ。どれ、とれたぞ」

 抜け殻は無事に回収される。

「ありがとう、妖怪さん……あ、お名前……さっきお名前は無いって……」

「ふむ……別に名前は無くても思いの塊としてここにいることはできるから、決めていないのだ。そうだ、よかったら付けてくれないか?」

「わたしが? じゃあ……」

「だめー! すすきが考える!」

 再び晴海ともじゃもじゃのもとへ戻ってきたススキは、晴海から命名権を獲ろうとする。

「そう? じゃあススキちゃんに考えてもらおうかな。それでもいいですか?」

「……なるほどちびっ子。ススキだったな、お前が付けてくれ」

「わーい。えっとねー、えっとねー」

 ススキはもじゃもじゃを観察している。晴海も改めて相手をよく見る。黒くて長い毛の塊。一本一本が太いので毛というより紐や綱の方が近いかもしれない。全長はバスケットボール2つ分くらいか。そして伸びる腕。それらを全部踏まえた良い名前は……。

「うにーー!!」

「「え?」」

「じゃあたこ! たこーー!」

「うに? たこ?」

 ススキの雑な名前の案に晴海たちは困惑する。

「……ウニタコ!!」

「海から離れろ! オイラは陸に住んでるんだぞ!」

「でもうにとたこみたいに見えるもん! 今日からウニタね!」

 もじゃもじゃはウニタになった。

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