一体この現象は何なのか。それを説明するには、心達が今いる現在からおよそ400年遡った、22世紀の話から始めなければならない。
その時代、人類は未来を手にするための選択を迫られていた。地球の資源は使い果たされ、環境問題は深刻化。人口は増え続け、星全体を通して飢餓状態であった。もちろん、テクノロジーの発展により快適な暮らしを維持している者もいたが、そんなことができるのは先進国の富裕層だけだった。
そこで人類は、一つの大きなプロジェクトを本格的に稼働させた。以前から検討されていたことではあったが、必要性が最大まで高まり、世界が協力して急ピッチで進められたその計画は、惑星移住計画である。ターゲットとなった星は月と火星。これでまた豊かな暮らしは戻って来ると思われたが、そう上手くはいかなかった。足りなかったのだ。月と火星の人口はあっという間に限界に達した。開発が進めばもっと住める状態ではあったが、移住した人々がこれから繁栄していくことを想定すると、余裕を持っておかなければならない。そういう意味での限界だった。この計画で救われた人類などほんの一握りで、さらなるプロジェクトが要請された。
次に進められた計画は、宇宙ステーション開発案だった。居住空間として十分な設計を持つステーションをいくつも宇宙に飛ばして、そこに移住していくというシンプルな案だ。このアイデアの利点は、ステーションを追加開発していくことで、空間を拡張し続けることが可能である点だ。
このプランも順調に進んだが、その一方でもう一つのプラン実行を主張する人間もあらわれた。彼らの主張は、どんなに遠くでも人が住める星をもう一つ見つけてそこへ移住する、というものだった。これは、宇宙ステーション計画には「自然」が無いということへの抵抗から生まれた計画、というより思想だった。たしかに、宇宙ステーションには地球にあるような大地や空や海、ヒト以外の生物などは無い。地球から一部を持ち出し、人の手で育成していくプランだったが、完全な自然ではなくなってしまう。これは生命の尊厳を傷つける生き方だとして、新しい星の探索を始めた人々のことを、やがて尊厳派と呼ぶようになった。
人類は宇宙ステーション派と尊厳派の二派に別れていったが、そうではない人々もいた。より正確には、そうではない人々ばかりだった。ステーションにしろ別の星にしろ、ロケットで宇宙に旅立たなければいけないが、タダでは行けない。つまり、結局救済されていくのは、富を持つものから順番なのだ。貧富の差が激しく、世界全体が貧困だった当時、地球に残らざるを得なかった者は数多くいた。
さて、尊厳派についての話に戻るが、彼らは無事に星を見つけた。最新の技術を駆使して、地球によく似た環境の星を発見、急ピッチで移住の準備を進めた。そして、機械の星、宇宙ステーションに人が住み始めた頃、尊厳派の人々も地球を出発したのだった。
そうして移住した先の星が、心たちが暮らす『第二地球』である。