宿題
「まずい。まずいねぇ」
平田叶恵はニヤリと笑った。カレンダーが叶恵を騙していない限り、夏休みはあと一週間である。計画通り、宿題は終わっていなかった。
「ふふーん」
叶恵は迷わず心に電話をかける。5コール目で、向こうは電話に出た。
「もしもし心ー? 元気ぃ〜?」
『元気だよ。叶恵の大声には負けるけど』
「ごめん、電話用の声量じゃなかったかも」
『対面でもそんなに大きくなくて良いと思うけど。それで、何の用ですか?』
「わかってるんだろ相棒。一緒にやろうや、夏休みの宿題を……!」
『切りまーす』
「あ〜ん待ってよ〜。ワタシ一人じゃ集中力続かないんだよー、ちゃんと自分で解くから、監視しててー!」
『監視は大袈裟すぎ! いいよ、一緒にやろ。私もまだ終わってないし』
「ほんとに!? ありがとー! じゃあ今から行くね」
『え、うち? しかも今から?』
「……半分冗談。無理だったら別の日でいいよ」
『うーん、もうお昼も食べたし平気だけど。じゃあ今から来るのね? 部屋片付けとくよ』
「話が早くて助かるわ〜。じゃあ、2時くらいに行くね」
そう言いながら時計を流し見る。あと30分程度だ。
『おっけー。お母さんにも言っとく』
「じゃ、後でねー」
叶恵は電話を切る。心と叶恵はもう何年も互いの家を出入りしている仲なので、遊びに行くとなれば実行まではほとんど時間がかからない。
叶恵はトートバッグに宿題などの荷物を詰め終わると、家を飛び出した。
「……まだ早いな?」
まだ早かった。叶恵の家から心の家には5分あれば辿り着く。しかし約束まで20分くらいある時に出発してしまった。
「ちょっと散歩してから行くかー」
叶恵はぶらぶらと、心の家とは反対の方向へ歩く。近くの公園の方に回って住宅街を一周すれば10分程時間を潰せるはずだ。
公園の前まで来た時、その向かいの家に晴海が住んでいることを思い出し、叶恵はその家に目を向ける。『南条』の表札の隣には、ツルの伸びた植物の鉢が置かれている。
「あ、アサガオかな」
叶恵は近づいて観察する。手入れが行き届いており瑞々しい。
その時、
「かっかか叶恵ちゃん!」
と、上方から声が降ってくる。叶恵が声のする方を向くと、二階の窓から顔を覗かせる晴海の姿が確認できた。
「あ、晴海じゃーん! 元気ー?」
「う、うん!」
「家の前でごめんねー、これ見てた。晴海の家の?」
「わたしのだよ。アサガオ、わたしが水やりしてるの」
「そうなんだ、すごい! ワタシなんて植物すぐ枯らしちゃうからさ〜」
叶恵は小学一年生の頃学年の課題で育てたアサガオに全然水をやらなかったことを思い出しながら苦笑いする。
「叶恵ちゃん、どこか行くの……?」
「あ、そうそう。心ん家に遊びに……宿題しに行くんだー。晴海宿題終わった?」
「……うーん、まだ残ってる……」
「じゃあ一緒に来る? 心に聞いてみよっか」
「ほ、ほんと? 急に良いのかな……」
「ワタシもさっき行くって決めたし多分平気だよ」
叶恵はさっさと心に電話をかける。
「もしもし心ー? うん、あのさ、晴海に会ったんだけど、うん、そう、一緒にいい? うん、おっけー、じゃあ後でねー……。おっけーだってー! 行こ行こー!」
「わかった! 準備するから、待ってて……!」
晴海は窓を閉めて、部屋の奥に消えて行った。急に静かになった空間で叶恵は思う。
「下と上で話すの、めっちゃ声響くなっ!」
晴海が来るまで、でかい声で喋りすぎたことを反省して待った。