ピンポーン。
到着した叶恵は躊躇いなくチャイムを押す。
『はいはーい』
「来たよー」
『今開けるね』
やがて玄関の扉が開き、心が顔を見せる。
「いらっしゃあい」
「おはよー! 元気そうだねえ」
叶恵は心の肩をぽんぽんと叩き、案内されるまま中に入っていく。晴海もそろそろと後に続く。
「お、お邪魔します……!」
「どうぞどうぞ」
叶恵は脱いだ靴を揃えて家にあがると、左に見えるドアの奥を覗き込む。そこはリビングで、大抵心の母がいるところだ。
「あ、結衣さんこんちはー!」
「あら叶恵ちゃんいらっしゃい。と……後ろの娘は……?」
結衣の方からドアのところまで歩いてきて、晴海に笑いかける。
「な、南条晴海です……! あの、これ、お菓子……」
「まあ、わざわざありがとう」
「ワタシもポテチ持ってきました!」
「ふふ、ありがとう。後で持っていくわね」
結衣はもらったお菓子を奥のキッチンまで運んでいく。
「じゃあ、私の部屋二階だから、そっちで宿題しましょう」
「え〜心ほんとに宿題するの〜?」
「叶恵が言い出したんでしょ!」
「へいへいへーい」
心の部屋にはちゃぶ台が用意されており、三人はそこに目一杯宿題を広げた。真ん中には結衣が盛ってくれた、ポテチとクッキーのお皿がある。冷房オンで冷たい麦茶もあり、快適である。
「心は英語のワークがあとちょっと、晴海も数学のワークが残り少し、なんでワタシだけどっちも半分くらい残ってるんだ〜?」
「はあ。終わりそうなの?」
「まあ叶恵さん天才だからね〜、本気出せば終わるー」
「じゃあもっと早く本気出せー」
「ふふ」
毎年恒例のやり取りをする心と叶恵を、晴海が笑いながら眺める。
「は〜めんどくさ!」
叶恵はドタンとちゃぶ台に突っ伏す。
ズルッと叶恵の数学ワークが前にずれる。
ワークがお菓子の皿を押し込む。
お皿が叶恵の正面に座っていた晴海の宿題を押して……。
「わっ、わわわ!」
晴海の麦茶のコップが机から落ちる!
「うわ、ごめん!」
「あっ、大丈夫!?」
叶恵も心も、麦茶が溢れたことを確信する。
しかし、そうはならなかった。むしろコップは……。
「「浮いてる!?」」
「ひぃぃ……! ごめんなさいぃぃ」
お茶が溢れることはなく、コップごと宙に空いている。それを見た心と叶恵は声を揃えて驚愕する。だが晴海には、浮いているようには見えていない。
(フデコちゃん……!)
『取っちゃ駄目じゃったかの……?』
筆箱から上半身の像だけが伸び出ているフデコが、華麗にコップをキャッチしている。気まずそうな表情のフデコと、引きつった顔の晴海はバッチリ目が合っているが、心たちにフデコは見えず、声も聞こえない。
「ほんとに浮いてる!? 浮いてる!」
「あ、その、えと……」
『も、戻すじゃ……』
(え、戻すの)
ヌル〜っとフデコはコップを机に置く。
「うおっ!? 動いた! ねえ!」
「うご動きましたね。わた私も見ました」
「えっ、えっ」
「晴海も見たでしょー!?」
「見た、というかその……」
「もしかして……晴海がやってる?」
驚きのベクトルが違う晴海を見て、心が指摘する。
「晴海……まさか手品師だったのーー!?」
そして叶恵が、一見馬鹿っぽく見えて一番自然な考察を加える。
「手品……じゃなくて……」
「すごーい! どうやるのー?」
「ちょ、叶恵。ぐいぐい行きすぎ……」
「わたしッ!!」
晴海はとうとう堪えきれなくなって、大きな声を出す。
「わたしの手品とかじゃなくてわたしのお友達がキャッチしてくれただけなのッ!!」
パッチィィン!
目が眩むような電光が一撃、晴海の脳天から飛び出して、フデコに墜落する。
「あぎゃっ!」
フデコの輪郭をなぞるように火花が走って、ジュッと物が焦げる音がする。
「思ったより熱いのう……ご主人もう少し信念術を練習した方がいいと思うぞ……んん?」
フデコは視線を感じて振り返る。心と叶恵が、彼女を凝視していた。
「「なんかいる!!」」
「ひゃあ、フデコちゃんが見えるようになっちゃった……!」
「誰この娘! 巫女さん!?」
「この方そのものが浮かんでますね! 何者!」
「わっしは思念体じゃ!」
「ひぃぃ!」
その場は軽いパニックになった。
なんとかお互いを落ち着かせあった後、晴海は夏休みの出来事を全て説明した。ススキのこと、妖怪のこと、フデコのこと、夜空の日のこと……。その間フデコは黙ってそこらを漂っていた。
「……ってことがあったんだけど……信じられない、よね」
「なんでー? 信じる信じる」
「フデコさんが私達にも見えてる時点で、疑う意味ないじゃない?」
「そーそー。ねえフデコって呼んでいい?」
叶恵は早速フデコに話しかける。
「大歓迎じゃ! ご主人の友達殿はお名前なんて言うんじゃ?」
「ワタシは叶恵だよー」
「そっちの二つ結びの方は?」
「心です。早見心」
「心か。強そうな名前じゃのう!」
「そんなことないと思いますけど……あの、フデコさん」
「なんじゃ」
「晴海がさっき話してた、思念体は三つの形の一つ、ってどういうことですか?」
「う、ごめんね心ちゃん。わたしの話わかりにくくて……」
フデコと出会った直後に晴海が聞いた、星の力の三形態については小難しいし本筋と関係ないと判断し、詳しく話さなかったのだ。
「ううん、晴海の話はすごく良くわかったよ! きっと私が気になってることは、晴海が経験したそのすっごい出来事とはあんまり関係ないんだろうし」
「知的好奇心というやつじゃなあ。確かにご主人の話はとっても明瞭じゃったし、三形態の話は必要がない。それを理解する心殿もさすがじゃ……ってお主やめい!!」
フデコは彼女の巫女服(海色アレンジ)を物色していた叶恵の手の甲をぺちぺち叩く。
「うお、ごめんごめんって」
叶恵は大人しく引っ込み、お菓子を食べ始める。
「さてなんじゃったかな……三形態じゃったな。そんなに難しい話ではないんじゃ。人間様の言葉で言うと、『コード』『思念体』『トラップ』は形が違うだけで、この星に広がる『思いの力』としては同質ということじゃよ」
「同質……じゃあ私たちのコードと、通学路のトラップと、フデコさんは形が違うだけで全部同じってことですか?
「味噌と醤油と豆腐的な?」
「そうじゃな。二人とも正解じゃ」
「すごい……心ちゃんも叶恵ちゃんも頭いいね」
「ご主人! 卑屈になるな! ご主人だってこの話を理解してるじゃろう?」
「まあ……」
「ならご主人も頭良いじゃ!」
フデコは晴海に抱きついて頭をガシガシと撫でる。満足するとフデコは部屋の中央に浮き、なぜか心を睨む。
「なんですか?」
「ここは……心殿の家じゃったの?」
「そうですよ。四人いると狭いかもですね。ごめんなさ……」
「いやいや全然そんなことではない。ここまでの話を理解したなら白状するが……この家、なにか強大な思念体がおるぞ」
「えっ!?」
晴海がいち早く反応する。「妖怪がいるぞ!」という状況に慣れているのは晴海なのだ。
「それって……まずいの?」
心は恐る恐る晴海たちに問いかける。
「うーん……ススキちゃんやフデコちゃんみたいに優しい思念体さんもいるから、まずいかどうかは分からないけど、心ちゃんが見えてないのに思念体がいるってことでしょ? それだと怪奇現象が起きても、おかしくないかな」
「うひゃー幽霊屋敷だね心!」
「怖いこと言わないで! それ、どこにいるんですか?」
「それがのう。わっしにも所在がわからんのじゃ。ご主人は見つけたか?」
「ううん。全然気づかなかった」
「じゃあ探しに行こうよ!」
叶恵が目を輝かせて提案する。
「……そうだね。いるって分かってるのにどこか分からないなんて我慢できないもん!」
心は立ち上がる。
「勇敢でよろしい。気配は下からじゃ」
フデコはドアノブに手を掛けて、三人を廊下に促した。