ポスター
初日の襲撃こそあったが、夏休み明け初めの一週間は無事に終わった。
「じゃあ、また来週」
「またねー」
いそいそと自宅の門をくぐる晴海を、心と叶恵は見送る。
「晴海って金曜日の帰り道テンション高めだよね」
「お休み嬉しいじゃない。叶恵はテンション上がらないの?」
「んー、そうでもないかなー」
叶恵は退屈そうな顔で歩きだす。
「一人は暇だから学校あった方が好き〜」
「そっかあ」
心は小走りで叶恵に追いつこうとする。だが、あるものが目に入って立ち止まる。公園の脇の掲示板だ。
「叶恵! ちょっと来て!」
「なにー? 面白いもんでもあった?」
「これ見てよ……」
心が指差したのは一枚のポスターだ。A4サイズの紙にはいくつかの情報と、女性の写真が印刷されている。
「わーお綺麗な人だね。外国の人か……」
「そっちじゃなくてタイトルの方見てよ!」
「え、なになに……グレートマザー教会……!?」
「そう。覚えてるよね?」
「うーん、叶恵チャン忘れちゃったなあ」
「嘘でしょ! ほら、月曜の」
月曜日の登校中に錦戸がコードバトルを仕掛けてきたのは二人の記憶に新しい。そして彼がそんなことをした動機は『グレートマザー教会』という宗教が関係していると言っていた。
「あー……思い出したかも。それで?」
「これ、気にならない?」
「ええ……なんなのこれぇ」
叶恵はポスターの写真以外の情報にも目を通す。教会は何かイベントをやるつもりらしい。日時や場所、そしてイベントの内容と、写真の外国人女性の紹介が載っている。
「つまり……このお姉さんはグレートマザー教会の『シスター』さんで、その人がこの町で歌を披露してくれるってこと?」
「そうだと思う。ねえ、行こうよ」
心は迷いなく提案するが、叶恵は聞き入れてくれない。
「やだよ! イイって言うと思った? 怪しすぎるよ。錦戸みたいな奴の集まりって考えたら危ないに決まってるでしょ。なんで歌なんて歌うのか意味わからないし……歌手なのかな? とにかくワタシは行かないからねー」
「でも会場見てよ。ここ、区役所が管理してる小ホールだよ? 怪しい団体だったらこんな所借りられないよ。それに二人でいけば何かあってもきっと大丈夫だよ」
「うーん……しかしねえ……」
「そっか。叶恵が来てくれないなら晴海誘ってみようかな」
「えっ。じゃ、じゃあワタシも行く!」
「そう? じゃあ決定ね!」
ニコニコしている心を見て叶恵はため息をつく。晴海が心の誘いを断るのは想像できない。心も冗談を言う人間ではないし、叶恵が行かないなら本当に二人で行ってしまうだろう。叶恵としてはそれは認められない。
(二人じゃ危険だし……それに、なんか仲間外れみたいでムカつくし)
叶恵は改めてポスターに目を通す。
(えっと……場所は心の言う通り区役所の隣のホールか……日付は次の土曜日で、スタートは……朝9時半!? 早いな……)
「ちょっとでも怪しかったらすぐ帰るからね〜?」
叶恵はポスターから目を外しながら、念押しした。
*
当日の朝9時頃、叶恵は心の家の前に姿を現す。すでに心と、後から誘った晴海が路上に出ていた。
「あ、叶恵おはよう!」
「おっはよー」
「おはよう叶恵ちゃん。トラップは平気だった?」
「うん。すぐ近くだし、この時間はもうあんまりトラップ出ないからね〜」
トラップの発生時間がぴったり登校時間と被っているのは憎らしいことだ。「登校時間をずらして安全な登校を!」という声も昔はあったらしいが、コードで突破できる子も多く、何より朝外に出て実際に学校へ行くことは発育に良いことなので、学校が昼からになったりオンラインになったりという変革は起きなかった。
「じゃあ行こうかー。お、心は水筒持ってるんだね」
「一応ね。叶恵の言う通りもうほとんどトラップはないと思うけど」
歩きだすと、水筒から氷の音が聞こえてくる。
「心さー、結衣さんに止められなかった?」
「えっ。うーん、お母さんには叶恵達と遊びに行くって言ったら、快くOKしてもらえたよ」
「ずるいな〜。ねー、ほんとに行くの?」
「い、行こうよ〜。せっかく近所でやってるんだよ?」
「でもワタシ達はグレートマザー教会の信徒じゃないじゃーん。晴海もなんとか言ってやってよ〜」
「ええっと……もうここまで来ちゃったし、行ってみてもいいんじゃないかなあ……なんて」
「晴海もそっち側かいっ!!」
『ご主人はこう見えて好奇心旺盛なところがあるからのう』
晴海のカバンの中から声がする。フデコだ。
『なあに、怪しいヤツがいたらわっしがとっちめてやるから、安心するんじゃ』
「う〜ん、フデコがいるならちょっとは安心かな〜? でもフデコだって人間の不審者は倒せないでしょ。ほんと、ちょっとでも怪しかったらみんな帰るからね? わかった?」
「もう、叶恵ってば心配性だなあ」
「はぁ……」
心はしっかり者に見えて、意外と子供っぽくて何も考えていないことが多い。叶恵はいよいよ説得を諦めるのだった。