次の日。いつも通り合流した心と叶恵は少し緊張していた。
「昨日サボったの、怒られるかな……?」
「大丈夫じゃな〜い? いや、大丈夫じゃないかも……」
二人とも、学校に連絡せずに休んだのは休んだのは初めてなのでビクビクしている。だが叶恵はそれよりも気になることがある。
「…………ね、ヘレネに電話したの?」
「……うん。したよ」
「なんて言われた?」
「私達が見たものの正体はヘレネさんにも分からないって。それで……」
「それで?」
「明日……つまり昨日の明日だから今日、試してみるって言われたの」
「試す? まさか同じことをする気?」
「多分そうだと思う……止めようかと思ったけど電話切られちゃって……」
「自分からトラップに飛び込む気かなー」
「……危ないよねえ」
「あ! 二人とも!」
前方から晴海の声がする。見ると、フデコと一緒にこっちに手を振っている。
「晴海おはよ〜」
「お、おはようじゃないでしょ! 心配したんだよ!」
「ごめんね晴海。色々あってさ……」
「後からでも来てくれたらよかったのに……!」
晴海は二人がサボったことに少し腹を立てていた。そこにフデコも出現して非難してくる。
「そうじゃそうじゃ! ご主人は友達おらんのだから、二人が来なかったせいで教室でぼっちじゃったぞ!」
「ふ、フデコちゃんそれは言わないで……」
「うぐ、ごめん」
罪悪感がじわじわと膨らむ。とはいえ昨日は全く学校という気分ではなくて……。
と。三人が歩く先に、見覚えのある人物が佇んでいた。ヘレネだ。白のワンピースは可憐だが、だらりと脱力して道のど真ん中で立ち止まる彼女からは、普段の華やかさは感じられない。目には生気がなく、心達の方をまっすぐ見つめているようでもあり、どこも見ていないようでもあった。
まだ10メートル程距離があるが、声が届く所まで近づいたので、心は声をかける。
「あの、ヘレネさんですよね! そこで何してるんですか?」
「あれやっぱりヘレネ? さっきから見えてて気になってたんだよね〜」
「遠くに誰かいて怖いなって思ってたけど、知ってる人だったね……」
叶恵と晴海も、異様な空気を纏って佇むヘレネのことを気にしていた。
そんなヘレネは、いつもよりも低い声で返事をする。
「こんにちは、みんな……」
ゾワっと。なぜか背すじが凍った。しかも、フデコが人間組より鋭く反応した。
「おい! 全員それ以上進むな! 今日のヘレネ殿はなんだか変じゃ……!」
フデコが両手を広げて制するので、三人も立ち止まらざるを得ない。はっきりと発声すれば会話はできる……それくらいの距離を取った状態で、ヘレネと心達は向かい合う。
「ねえ心さん。昨日はお電話ありがとうね。そして、見たもの全てを話してくれてありがとう。辛かったでしょう?」
「それは……辛いと思うのが正解か分からないんです……あれが何か分からないから。だからヘレネさんに電話したんです」
「なるほどね。それでさっき、私も同じことを試したわ。そして全てを理解したのだけれど……ヒントをくれたのは心さんだから、最初に心さんに答えを教えてあげるべきだと思って、ここで待ってたのよ」
「そ、それは嬉しいんですけど、私達今から学校だから、放課後とか他の時間じゃ駄目ですか?」
「はぁ……もういいのよ。今から全部を説明することだけど、学校なんてもう行かなくていいのよ?」
「ええ……そんなことはないと思いますけど」
「ああかわいそうに。大丈夫。答えを聞けば、学校なんて……それ以外にも全部のことから解放されるのに」
「ええ……」
無茶苦茶なことを言うヘレネに困惑するが、相変わらずフデコが真剣な反応を見せる。
「おい、心殿……少なくともヘレネと話をつけないと、学校に行けないかもしれん……」
「な、なんで? どうしたのフデコ?」
「人間様の信念はまだ平気なのか……思念体であるわっしはヘレネから出てる……なんじゃこれは、なんだか不気味な力に縛られて、身体の震えが止まらんのじゃが……」
フデコの指先は小刻みに震えている。晴海と叶恵は、心と同様身体に異変はないようだが、この状況に戸惑いの表情を浮かべている。
「ねえ、私の話、聞いてくれる?」
ヘレネが改めて尋ねてくる。心は返事を躊躇った。フデコはどうしたんだ。すでに取り返しのつかないことになっているのだろうか? そんな心を見て、叶恵が口を開く。
「ヘレネの話聞いてみよう。ワタシ、思念体とかよくわかんないけど、フデコが晴海の大事な友達ってことは分かるんだ。そのフデコがやばそうなのは〜……やばい。変にヘレネを突っぱねて、フデコが消えちゃったりしたら、学校サボるよりまずいと思う」
「叶恵ちゃん……わたしは……」
「叶恵殿は優しいのお……ご主人、わっしのことは気にせず」
「よし、晴海。遅刻する覚悟はいい?」
「心ちゃん……うん、わかった。フデコちゃん、わたしはあなたを見捨てたりしないから。今、すごく辛そうだし、ヘレネさんのお話を聞いて解決するなら、それが一番だと思う」
「ご主人……」
「決まりだね。……ヘレネさん!」
「……」
「私が見たものと、ヘレネさんが知ったこと……その答え合わせ、今ここでしてくださいっ!」
ヘレネは空を見上げて深呼吸をすると、「全て」を語りだした。
「まず、そもそもどうして『生を讃える歌』が不可思議なビジョンを見せたのかという話からするわ。前にも少し話したけれど、『歌』はこの星の超常現象の正体を解き明かすことを目的としていて、その機能はコードと同じく、トラップの発生に呼応して発動するように、グレートマザー教会が代々作ったものよ」
「しかし盲点だったわ。トラップの存在が一番大きい地点で『歌』の力も一番大きくなる……ふふ、そうね。トラップの内部の奥深くが、一番強力。もう少し考えれば分かりそうなのに、教会の誰も気がつかなかったわ。心さんに感謝ね」
ヘレネは恍惚とした眼差しで心を見つめる。
「そう、トラップの奥で『歌』は真価を発揮したのよ。つまり私達が見たものは、トラップの、コードの、そして世界の真相なのよ! 心さんが見たものは、宇宙に浮かぶ巨大な構造物。それから、荒れた世界で生きる、自分によく似た少女とその終わり……そうだったわね?」
「そ、そうです……だいたい合ってます」
心はもう一度よく思い出す。宇宙船の中には人が住んでいた。彼らは「地球で死んだ人々」のことを想っているようだった。そして、次に見たものは実際に死んでいく人々……自分らと同じ名前を持つ彼女達は一体、今ここにいる私達とどんな関係があるのか……。
「心さんが見たものが具体的であるとしたら、私が見たものはより抽象的だったわ。核心的、の方が近いかしら。とにかく、私はこの星の真実を掴んだのよ」
そう語るヘレネの目は多幸感に溢れていたが、破滅へと向かうような目でもあって、心達に恐怖を与えた。
「ふふふっ。じゃあ教えてあげるわね。この星の真実を。この星は、この星にある全てのものは、偽りの存在なのよ」
「…………」
「……はあ?」
人生を諦めた人間のような台詞に対して、心も叶恵も反応に困る。
「ああ、ああ、そうよね。あなた達には丁寧に教えてあげるわね。じゃあ私と一緒に辿り着きましょう? 心さん、この星はどんな星なの?」
「えっと……ここは、第二地球は、元の地球に人が住めなくなったから、何百年か前にみんなで移住してきた星ですよね?」
「そういうことになってるわね。でも全員じゃないわよね。他の人達はどこに行ったのかな? 叶恵さん」
「ワタシも参加していいの? 宇宙組だよね。確実に引っ越せる宇宙ステーションに住むか、遠いけど自然がある第二地球に引っ越すかで割れたんじゃなかったっけ」
「そうね。それが私達が信じている歴史。でもそれは、全くの嘘なの」
「嘘? じゃあ何が本当なんですか……?」
「本当は、第二地球なんて無くて、人類は宇宙に移住するか、第一の地球で死んでしまうかの二択だったのよ」
「……そ、それは無茶ですよ。だって私達が、第二地球に住んでるじゃないですか!」
「心さんは見たんでしょう? あれが真実なのよ。人類は宇宙に作った生活圏にしか残っていない。地球に似た二つ目の星なんて理想郷は、見つけられなかったの! 彼らは地球に残された哀れな人達に感謝と追悼をする素振りをしながら自分達は生きている優越に浸って、地球の環境はもう絶望的で、残った人達は次々悲しい最期を迎えているの!」
「その解釈は正直、悪くないかもしれないですけど…‥私達が第二地球にいるっていうこの事実を否定できてないですよ! 第二の星が見つからなかったなら、ここはどこなんですか!」
「ふふふふ……それも説明してあげるわ。そもそもこの星おかしいでしょう? コード? トラップ? 何よそれ。でも今からする話を聞けば全て理解できるわ。『星の力』はこの星が偽りの存在であることを裏付ける証拠になってるんだから」
何が面白いのかヘレネはずっと半笑いである。その不気味さに心は少し後ろに下がってしまう。
「ああん、そんなに怖がらないで。ねえ心さん、あなたは地球に取り残された人たちの未練を痛いほど感じたでしょう? みんなもっと生きたい、幸せになりたい、宇宙に行きたいって思ってたはずよ。でもそれはできなかった」
「……はい。きっと、こ、こ、ココロちゃんもカナエちゃんも、生まれてくる場所か時期が少しでも違えば、もっと平和に生きられただろうし、長生きできたと思います……」
「……ワタシもそう思うな。まあ環境が違えば、なんていつの時代も言えるかもだけど、少なくともワタシ達が見たあの二人は、ずっと辛そうだったよ」
「心ちゃん……叶恵ちゃん……」
二人が見たものを晴海は知らないが、彼女の優しさと賢さをもって、耐え難いものを見たという事実と二人の悲しみを感じとる。
「その辛くて苦しい感情は、あなた達が見た女の子達だけのものじゃなかったのよ。地球に残るしかなかった人々はみんなが多かれ少なかれ、『私ももっと生きていたかった』『私も宇宙に行きたかった』って願っていたのよ。そしてその願いが! 思いが!」
ヘレネはガバッと両手を天に突き上げる。
「集まって集まって生まれたのがこの星『第二地球』なのよ!」
「……っ」
「分からない? 地球で死んだ人達の『生きたい』という気持ちの結晶が、今私達のいる星なのよ。本当に存在している場所ではないの」
「……全然わかんないですよ。全く現実味がないじゃないですか」
「そうよね。全てを見て理解した私がこうして言葉にするのは簡単だけれど、言葉だけで理解するのはとっても難しいことよね。でも安心して、分かるまで教えてあげる。まだコードとトラップの話をしてないもの。ねえ、この星が『生きたい』気持ちの塊だとしたら、その上にいる私達はなんだと思う?」
「えっ……ここが普通の星じゃなかったとしても、とにかく私達はそこを生きてる人間だと思います」
「それも違うのよね……。星がみんなの思いの結晶だとすると、私達は個人の思いの結晶なのよ。向こうで死んだ一人一人の思いがこっちに流れてきて、形を持って動いているだけなのよ」
「そ、そんなこと……」
星だけが幻想というのは納得がいかない。しかし自分達人間でさえ幻想で、ここにある全てが嘘偽りだとしたら、一貫性があるのではないか? 嘘の世界で、嘘の命を生きているが、内側の自分達はそれに気づく術がない。ただ外からは観測されず、内側では互いに嘘を信じ込んでいる、思念の束だとしたら……。
「いえ、でもそんなの、やっぱり信じられないですよ」
「そうよね。だって、全員でこの世界が存在しているって信じきってるんですもの。でも、一つだけ私たちが偽物だって教えてくれている存在があるのよ。なんだと思う?」
「な、なんですか……?」
「それこそがトラップなのよ。心さんはこれも見たはずよ。『死を悼む歌』を覚えてない?」
「死を? そういえば、宇宙船の教会のような所で、朝から人が集まって歌ってました。その時、光る道みたいなのが見えて……」
「しっかり見ているわね。偽物の私達に対して、宇宙に住む人々は本物で、ちゃんと生きてる。そして彼らは毎朝歌うのよ。『地球で死んだ人と違って、今日も朝を迎えられて嬉しいです』ってね! それは教会以外にも、宇宙にいった人間達の間に根づいてる。そしてその思想は毎朝この星に届けられて、幻想を破壊するのよ。『お前達の星は偽物だ、お前達は死んだんだ』って、イジワルしてくる。そして幻の寄せ集めであるこの第二地球に穴が開くのよ! それがトラップの正体よ!」
「な……宇宙の人達、そんな悪いこと考えてないと……」
「そういう問題じゃないの。地球人の死を悼むってことは、自動的に私達が死んでるって事実を突きつけてきてるのよ。それが第二地球という幻に亀裂を入れるの」
「毎朝の追悼が……毎朝のトラップに、ですか。じゃあコードの正体は、なんですか」
「コードの正体は……ああ、盲目で哀れな魂……コードこそ私達個人の思いの結晶なのよ。地球からやって来た私達の魂は、コードとしての力を持つ。コードは破壊された幻想郷を必死に直そうとする力なのよ。この星が幻だと警鐘を鳴らすトラップを、こころからの願いの力であるコードがかき消すの」
「そういうことじゃったか……」
トラップとコードの正体を知って初めに納得したのはフデコだった。
「あら? あなたは何なのかしらね。さっきからずっと、雑念の塊のように見えるのだけれど」
「ほーう、さすが全てを理解した女、わっしが見えておるか。わっしは思念体のフデコじゃ。雑念とは少々失礼じゃの。もっと純粋な、思いの集まりじゃよ」
「なるほど。彼女も証拠の一つだと思わない? この星は思念の集まりなのよ。生きたいという思念の星の上に、個人の思念が人の形で生活してる。宇宙人の思念が星を時々破る。思念だけで作られた幻想だから、思念体なんていう妖怪も存在し得るんじゃなくて?」
「わっしは正直、お主の話がしっくりきた。わっしら思念体は直感として、人間様は『信念』とか『信念術』を持っとって、星の方は『未練の世界』に包まれとると知っておったが、それが具体的に何かは理解してなかった。じゃが、『信念』つまりコードは、一人一人の譲れぬ想い。『未練の世界』つまりトラップは生きたいのに叶わなかった人類の未練そのもの。そう、すんなりと理解できてしまうんじゃ……」
「そう。雑念さんの方が身近な話なのかしらね。人のみなさんは理解したかしら?」
一同はお互いの顔を見合う。一様に暗い顔をしている。
「やっぱり、分かんないです。私達は、死んじゃったんですか?」
「そうよ。その魂だけが、ここで偽りの人生を歩んでる」
「そんな悲しいこと……信じたくないですよ」
「そう。やっぱりそうなのね。でも安心して? 私があなた達を解放してあげる。こんな嘘まみれの星とは、お別れさせてあげる……!」
一瞬、ヘレネの背後の世界が歪む。そして次の瞬間、心達に、不可視で強大な力が迫る……!
「危ないッ! ご主人下がって!」
「ええっ!?」
フデコが袖からハサミ刀を取り出して構える。
「ぐうぅっ!?」
刀に重たい衝撃が走る。
視界が眩しい。
「うっ!? フデコちゃん!?」
……。
霞んだ視界はゆっくりと元に戻る。
晴海の目にまず飛び込んできたのは、フデコの武器がボロボロと崩れていく様。そして。
「心ちゃんッ!? 叶恵ちゃんッ!? どこに行ったの!?」
心と叶恵の姿が見当たらず、ヘレネだけが立っている道路だった。