日が西に傾いて、空が夕焼けの橙色から夜の青色にグラデーションされる頃に、叶恵と晴海は早見家を後にする。
「じゃあ心、また明日ね〜」
「お邪魔しました……!」
「うん、急に呼んじゃってごめんね二人とも」
「全然平気だよ〜、かわいい猫に会えたしね〜」
「そうだね……あれ、そういえばフデコちゃんは……」
「ご主人〜!」
晴海の声を聞きつけて、フデコは屋根から飛んでくる。
「あ、フデコちゃんそんな所にいたんだ。何してたの?」
「詩真と遊んどった!」
「くっそぉ……猫みたいに扱いやがって」
いつの間にか姿を現した詩真は、器用に心の肩に登って、恨めしそうにフデコを睨む。その様子を見て叶恵は詩真をからかう。
「あれ〜、詩真ニャンそこ似合うにゃーんねー?」
「うるせー! お前らに見下ろされてるのがムカつくだけだ!」
「わ、詩真さん、乗るのはいいけど暴れないで!」
「ふふ……二人とも仲良さそうだね」
「一人と一匹じゃないかの?」
「二人だ!」
詩真はあくまでも一人と数えてほしいようだ。
「こいつ全然猫って認めようとしないんじゃ」
「そーなの? 詩真ニャン、あなたは猫だよ?」
「叶恵てめぇ、猫推し強すぎるだろ! ったく、付き合ってられねえよ」
詩真はぴょんと心の肩から飛び降りて、どこかへ走り去ってしまった。
「行っちゃったね。わたし達も帰ろうかな。お腹空いちゃった!」
「うん。また明日ね、晴海!」
「また明日!」
晴海は小さく手を振って、フデコと歩いて行った。
「叶恵は? 帰らないの?」
「帰るよー。でももうちょっと心と話したいことがあって〜」
「何?」
「なんか最近色々あったからさ、前とはちょっと変わったこともあると思うんだよね」
「うん」
「心はもう、水を飲んでおトイレ我慢しなくても、コードが使えるのかなって」
「……そうだね。使えるかも。むしろ、使えるって強く思えば使えるってことが、分かっちゃったよね」
「やっぱり? なんか寂しいね」
「寂しい……?」
「毎日騒いで走って学校行くの楽しいからさ〜、それがゆっくり歩いても大丈夫になるのって、ちょっと寂しいよー」
「な、なにそれー! 私が快適に学校行ける方が良いでしょー?」
「あっはは! そのとーりだね、ごめんごめん!」
叶恵はわしゃわしゃと心の頭を撫でる。
「や、やめろー!」
「よし! じゃあ帰るね! バイバーイ!」
「バイバイ」
駆け足で去って行く叶恵が見えなくなるまで、心はぼんやりと手を振っていた。
「……そっか。私もう、水筒持っていかなくてもいいのかな。うん、必要ない気がする。すごくする」
だが翌日。
心は朝から爆走していた。
「ひぃぃ何あれ何あれぇ!」
走りに合わせて、水筒からはガリガリと氷がぶつかる音がする。
「ぎゃっはっは! このトラップ怖すぎる〜!」
叶恵は爆走に加えて爆笑していた。
「ま、まってぇ〜……」
晴海もへろへろになりながら、必死に二人についていく。
三人の後ろからは、巨大なザリガニが迫っている。建物の2階ほどの高さがあるのが、ものすごいスピードで追いかけてくる。
「うっ、うっ、こいつに遭う前のトラップで水飲んじゃったから、走るたびにお腹に刺激が……漏れるっ!」
「心〜、なんで水筒持ってきたのー!」
「ルーティーン! これないと一日始まらないでしょ!」
「こ、心ちゃあん……このザリガニ、やっつけて……」
「やるしかないかあ! 止まったら追いつかれそうで怖いけど!」
心は急ブレーキをかけて振り向き、ザリガニと向かい合う。
「ひぃ怖っ! 全くもう、朝から迷惑なんだから」
心は一気に空気を吸い込む。
「学校くらい……大人しく……」
そして、元気な声を、響かせる。
「『行かせてくださぁぁい』!」
(終)