異星の少女は未来(いま)を生きる   作:矢田悠進

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第一章 学校に行こう
『トラップ』


 人類が新たな生活領域を求めて移住した星、第二地球。

 正体不明の超常現象『トラップ』により行手が阻まれる通学路を、異能の力『コード』で突破するという、一見子供たちにとって暮らしにくい星に思える。とはいえ、この星で生まれ育った者はそれが常識と思っているので、苦痛に感じることは意外に少ない。

 

 心が詩真と言い合ってから一ヶ月ほど経って、今は五月の下旬。

「おはよーん」

 運動靴が履きかけの状態で、トントンとつま先を合わせながら叶恵が玄関から飛び出てくる。心は門前で叶恵の足元を見ながら、

「おはよ。靴履いてから出て来たら良いのに……」

 と半分呆れ顔で言う。

「えー? こっちは一秒でも早く心に会うために急いでるんだからね?」

「へ、変なこと言わないでよお……。ほら行くよ」

 二人が他愛もない雑談をしながら五分ほど進むと、今日一つ目のトラップが行く手を阻む。目の前の道路は、すっかり窪んで深い谷となり、底は見えない。そして、その谷以上に目立つのは端から端を繋ぐ、一本の綱だ。

「これさー、綱渡りのプロだったらコード無しで突破できるよねー!」

 叶恵はへらへら笑いながらそう言った。

「どうなんだろう。でもこの綱触れるし、無理じゃないのかも。って、トラップが見える子供で綱渡りのプロって、そういないでしょ!」

 言いながら、心はしゃがみ込んで綱の部分を人差し指でツンツンする。ざらざらとした、綱特有の触り心地だ。

「これ、落ちたら超怖くない?」

「本物の崖じゃないから、底まで行って死んじゃう……なんてことはないにしても、落ちる感覚はあるって言うしね……」

 そう、実はトラップにはまっても死なないのだ。針山に飛び込んでも体には刺さらない。竜巻に呑まれても吹き飛ぶことはない。綱渡りに挑戦してこけても、地下深くまで落ちて行くことはない。

 トラップにぶつかると何が起きるかと言えば、この世界から一時的に姿を消してしまうのだ。全てのトラップは本質的には抜け出すことのできる落とし穴のようなもので、見た目ほどの脅威ではない。トラップに当たるとスッと姿が消え、当たった本人はトラップの中で、海の中を漂うような感覚と共に時を過ごす。そして、トラップが発生する時間帯を過ぎるか、コードでトラップが消去されると、こちらの世界に戻って来ることができる。

「フシギだよね〜。綱には触れるから完全に幻ってわけでもないのに、いざおっこちたら謎空間に入っちゃいました〜、ってなるわけだから」

「いっそのこと穴だけ開いてれば良いのに。そこに落ちたら謎空間。で良くない?」

「あっはは、確かに確かに! バリエーション豊富にしなくて良いっての!」

 トラップの発生原因はわかっていないので、この愚痴が誰に向けてのものなのかは本人たちもわからないが、とにかく二人は文句を言って盛り上がる。

「ま、サクッと行こう!」

「はいはーい」

 心は水筒の蓋を開け、中の水を飲みまくる。ひんやりとした感触が体の中を流れていく。下へ下へと移りゆく感覚が心地よい。

 十分に飲んだところで、むずがゆい感覚が下腹部を襲う。

「すうう……」

 めいっぱい息を吸って、大きな声と共に吐き出す。

「『行かせてくださぁぁぁい!!』」

 そして景色は塗り替えられる。谷も綱もなくなり、代わってアスファルトの道路が現れる。

 ふと、心はあるものに気づいてあっと声をあげる。さっきまでトラップのあった道路に、少女が座り込んでいる。小学生のようだ。

「言ってるそばからはまってる子いるしっ!?」

 と驚く叶恵と一緒に、心は女の子に駆け寄る。

「大丈夫ですか?」

「う……、トラップに落ちちゃって、怖かった……」

「もう大丈夫ですからね。立てますか?」

「うん……」

「えっと、トラップは認識できるのか……じゃあコードは使えますか?」

「まだ……」

 残念ながら、自分のコードが如何なるものかは、トラップが認識できるようになると同時にわかるものではない。トラップと対峙していくなかで、偶然的に見つかることが多く、何か法則があるかは解明されていない。

「じゃあワタシたちと一緒に行こうかー!」

 少女のコードは未発見と聞いた叶恵がそう提案する。

「うん……!」

 というわけで、この日は三人で登校することになった。力を持つものが持たないものを助けるのは当然のことである。ここらの子供が通う中学校と小学校はごく近距離なので、小学生と中学生という組み合わせで登校することも珍しくない。

 

 三人で歩いている間、主に女の子と話していたのは叶恵だった。さっき助けた時はとっさに声をかけたが、基本的に心は年下の子が苦手だった。距離感が掴めないのだ。その上年齢に限らず人と打ち解けるのが遅く、はじめのうちはですます口調になってしまう。小学生にもその態度なので、余計に距離ができてしまうようだ。一方で叶恵は見ての通り、誰とでもすぐ仲良くなれるタイプだ。心にべったりなので、とても仲の良い人が多いというわけでは無いが、それでも心より知り合いも多いし、年下と仲良くなるのも早い。

「お姉さんはいつコードが使えるようになったの?」

「私はそうですね……四年生の、冬?すっごい寒い日でした」

「あー、あの日の心めっちゃ面白かったな〜。途中でトイレ行きたくなっちゃったのにいつもより多くトラップでてきてさー。それで何個目かのトラップの前で急に叫んだんだよね」

「そうだったね……。たしか、『先に行かせてくだーい』みたいなこと言ったらコードが発動したんだったっけ」

「いや違う違う。涙目で『なんで邪魔ばっかりするんですかぁ! 私は早く学校に行きたいんです! さっさと先に行かせてくださぁぁあい』って感じだったよ?」

「も〜、すごい具体的に覚えてるんだね。恥ずかしいわ」

「お姉さん、さっきも『行かせてください』って叫んでたよね?」

 女の子が心の顔を覗き込みながらそう尋ねてくる。

「え、あれトラップの中まで聞こえてるの?」

「うん! トラップの中暗くて怖かったけど、お姉さんの声が遠くで聞こえてね。その後ばーっと明るくなって道路に戻れたんだ!」

「そうでしたか……! 大声なら『うわああ』とか『ぎゃああ』とかなんでも良いんですけど、セリフの方が叫びやすいから『行かせてください』って言うことが多いんですよ」

 雑談をしながら歩き続けると、やはりトラップにでくわす。ある道路にさしかかったところで、ガクンと辺りの気温が下がった。

「寒っ!」

「ううっ、吹雪ですか……!?」

 目の前は真っ白で、その空間だけ吹雪いているという奇妙な光景だ。心は急いで水筒を飲もうと蓋をあける。そして飲む。いや、飲もうとしたが中身がでてこない。

「あ、凍った」

「ええ!? どーすんの? ってかその水筒ダイジョブ?」

「ううん」

「違う道行く?」

「もうすぐ着くのにまわり道するのは嫌だなあ」

 心は少し考える。突破できないトラップに対する対策は基本的に迂回。時間はかかるがいつかは学校にたどり着く。しかし、心は違う方法を思いついた。

「ああ! 大丈夫大丈夫。寒いし、二人は下がってて」

「なにが大丈夫なの」

 心配しつつも、女の子に寒い思いをさせるわけにもいかず、叶恵は寒さを感じないゾーンまで後退した。

 心は数十秒、身震いしながら道の端をうろうろしていた。

「うーん、この辺の寒さがちょうど良い……」

 さらに数十秒、心は立ち止まっている。

「こ、心ー? 平気ー?」

「えっと……あ!」

 心の表情が明るくなる。

「水筒は凍ったけど、寒いことは不幸中の幸いだよ」

 そう呟くと、心は

「水を飲まなくても、この気温で充分……尿意は湧いてくるから……!」

 と、「尿意」という言葉に多少頬を赤らめながら、叫んだ。

「『寒ぅぅい』っっっ!!!」

 吹雪が収まり、幻影の雪は消え果てる。

「よし、このまま行くよ」

「お、お〜! 行こっか」

 叶恵は少女の手を引き、心に続く。吹雪のトラップを通過したとはいえ、水筒は凍ったままだ。「感覚」が消えて能力が使えなくなる前に、できるだけ進んでおきたい。

「お姉さんたち、いっつもこんなにいそいでるの?」

「んー、最近はそうでもないかなー」

「昔はトイレ目指して走ってたけど、最近は慣れてきた気がする」

「心ってトイレ我慢大会強そうだね」

「そんな大会嫌ですぅ!!」

 なんだかんだで、その日も無事学校に到着した三人だった。

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