異星の少女は未来(いま)を生きる   作:矢田悠進

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叶恵の『コード』

 別のある日。叶恵が朝起きると、通信端末に心からメッセージが届いていた。

『風邪を引いたから学校休みます……』

 とのことだ。「心ーっ!? 大丈夫かーっ!?」と、熱があるかとかその他の症状とか色々聞きたいが、それは抑えて返事を入力する。

『おっけー。お大事にね!』

 メッセージを送信すると、端末をベッドに放り捨てる。

「うー、今日はひとりか」

 叶恵は、ブルーな気持ちで朝食や支度を済ませて、家を出る。

 曇り空な表情の叶恵とは裏腹に、お日様はニコニコと良い顔を見せている。その熱を感じて、叶恵はスッと背筋を伸ばす。

「さて、今日はワタシのコードを使うかあ!!」 

 と、大袈裟な独り言を、ドヤ顔で発する。しかし続けて、

「まあワタシ、コード無いけどね」

 と悲しい事実を噛み締めるように呟いた。

 

 残念ながら叶恵のコードは「未発見」、もしくは「無し」のまま終わる可能性もあるが、とにかく全く能力が使えないので心が居ない時は登校するのが面倒だ。トラップが認識できるようになってから四年ほど経つが、未だにコードが使えない。発動条件を満たしていないのか、それとも本当に「ない」のかはわからない。そもそも自分の能力がどんなものでどう使うのかなんて、どうすればわかるのだろう。みんなに聞いても「ビビッと来る」とか「偶然」とか曖昧な答えしか返ってこない。正直、見つけることはもう諦めている。心についていけば良いし(だから一緒に行動しているというわけでは決してないが)今日みたいな日は、最悪学校をサボってしまえば良いだけだ。心に頼っているから見つからないという捉え方もあるが、心がいるのに彼女のコードを使用しないというのもおかしな話だ。難しいところである。

「むーん……」

 家が見えなくなる辺りまで進んで、一度立ち止まる。まだトラップには遭遇していない。その代わり、人にも遭遇していない。

「誰かいないかなー……」

 叶恵は人を探していた。さらに言えば、コードが使える子供を探していた。登校するなら、先日の少女のように誰かについて行けば良いのだ。

 しかしそのまま歩き続けると、不幸にも先にトラップに出会ってしまった。

「なにこれ汚い〜。底無し沼??」

 目の前は一面沼だ。

「えいっ」

 道路脇に転がる石を投げ込んだら、ヌルヌルとゆっくりしかし確実に沈んでいった。

「きもー……迂回しよっかな……」

 しゃがみこんで泥を眺めていると、そこへ待ちわびた学生が歩いて来る。叶恵と同じ中学の制服を着崩した、背の高い男子だ。

「おっ! そこのお兄さ〜ん!」

 叶恵は立ち上がって手を振り、その男子を引き止める。

「ん? なに?」

「美少女とデートしない?」

「……」

「うーそ、うそうそ。お兄さんコード使えるー? 学校まで連れてってくれない?」

「最初からそう言え……」

 悪い癖がでた。初対面にしてはふざけすぎたかもしれない。制服姿だし怪しまれてはいないだろうが、ドン引きはされている。

「あとお兄さんって呼ぶのやめろ。なんかキモいわ」

「えー、名前知らないし。なんて言うの? ワタシ平田叶恵」

「藤井だ。あとお前、何年生?」

「いち〜」

「俺三年だかんな?」

「おっ。さーせん。めっちゃタメ口だった!」

「まあいいが……」

 悪びれもせずそう言う叶恵に対して、藤井はすでに呆れていた。

「で、なに? 手詰まりなの?」

 藤井は目の前の泥沼を指差しながら叶恵に問う。

「手詰まりっていうか、コード使えないから誰かについていくしかないんすよー。いつもは友達といるから大丈夫なんだけど今日お休みだから……」

「なるほどな。連れてくのは全然良いけどよ、俺のコードこれだけど平気か?」

 そう言うと、藤井の体がふわりと浮き上がった。

「すごーい! 飛んでる〜!」

「鳥みたいにスピードは出ないからよ、飛ぶっていうより浮くって感じだな。これでふわふわと沼の向こうまでいける」

「楽しそう! はやく行こ!」

 目を輝かせて叶恵は藤井にずいと詰め寄る。

「待て待て。お前その……スカートは平気かって」

「ふぇ? ……あー。先輩のえっちぃ」

「ひっどいなお前! こっちが心配してやってるのに!」

 実際、藤井のコードで無防備に女子を飛ばすとスカートがめくれたり誰かに覗かれる可能性がある。藤井はそれを懸念していた。

「えっへへ、冗談ですよ。じゃあめくれないようにちゃんとおさえて飛びますね。だからよろしくお願いしますっ!」

「そうか。じゃあ先飛ばすぞ」

 ゆっくりと数センチずつ、叶恵の体が地面から離れていく。

「おー! 浮いてる!」

「このまままっすぐ移動させるから、スカートよろしくな」

「はーい」

 叶恵は空中で腰を少し屈めて両手でスカートをぴったりとおさえる。

「そういえばあんまり高くないね」

「あぁ? そんなに高くしたら危ないだろ。針山のトラップとか越える時じゃないと高くしねえよ。今はトラップも平坦だし、ちょっと浮いてれば十分だろ。行くぞ?」

 その一声を合図に、叶恵の体は前に進む。

「うぉっ!? あっはは! スピードは思ったより速いや! うひょー!」

「うるさい……」

 沼を越えた叶恵の体は、アスファルトの道路にゆっくりと着地する。そして、後を追うように藤井が沼を飛び越えてくる。慣れた姿勢で、まるでジャンプしただけのように軽々しく浮遊していた。

「大丈夫だったか? まあ明らかに大丈夫そうだが……」

「うん。ちゃんと着地まで上手くいったよー! 自分で飛ぶのももちろん上手だったけど、人運ぶのも上手いね〜」

「そうか? あんまりやらないからちょっと不安だったが良かったぜ」

「不安な中飛ばされていたッ!」

「へへっ。お前がもうちょい礼儀正しかったら丁寧に運んでたかもな」

「ひぃ〜、なにそれ! 丁寧にやってよー!」

 

 二人はそのまま軽口を叩き合いながら、いくつかのトラップを飛び越え、学校まで一緒に歩いていった。

「よし、無事到着〜!」

「やれやれ……誰かと歩くのは気ぃつかうな……」

 一年生と三年生では教室の階や昇降口の位置が違うので、門をくぐると二人が行くのは別ルートだ。

「じゃあ先輩! ありがとうございました!」

「おう」

 叶恵は一年生の昇降口へ、藤井は三年生の方へ行こうとするが、叶恵が不意に立ち止まって振り返る。

「ねえ先輩」

「あ? なに?」

「ワタシ、ウザかった?」

「はぁ? なんだよ急に……。別にウザくはないだろ。賑やかだったが」

「そっか。いやあ、ついウザ絡みしちゃうからさ〜!」

「自覚あるのかよ! じゃあ直せ!」

「あっはは」

 藤井が冗談まじりに突っ込むと、叶恵は笑みを浮かべる。

「じゃあ今度こそ行きますね、ホントにありがとうございました!」

「おう。またな」

 藤井は去っていく叶恵の背中を少し眺めてから、振り返って歩き出す。

(『ウザかった?』か。ま、あのノリは苦手な奴には合わないかもしれないが、俺は正直楽しかったかな)

 藤井は今日が楽しい日になる予感を感じながら、教室に向かうのだった。

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