異星の少女は未来(いま)を生きる   作:矢田悠進

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おがわら病院

 その日の午後。心は病院にいた。

 家から徒歩5分程度の場所にある、かかりつけの小さな病院だ。受付に保険証などを提示し、角の椅子にちょこんと腰かけ診察の順番を待っている。今日の病院は混雑しておらず、待合室には、心の他にもう一人が部屋の中央にあるベンチに座っているのみだった。さらに、診察室から声が聞こえているので、一人診察中といったところだろうか。これなら15分ほどで心の順番が回ってくるだろう。

「ずびっ」

「あら早見ちゃんこんにちは」

「あ、凜子さん。久しぶりですね」

 小川原凜子。ここ小川原病院院長の一人娘だ。まだ学生だがよく院内にいる。つまり不登校がちだということはすぐわかるが、詳しい理由は心にはわからない。

「お風邪かな?」

 凜子は心の隣に座る。お尻が椅子についた振動で、ほんの少し揺れるポニーテールがかわいらしい。

「そうです……。朝から熱があって、それは大分下がったから来たんですけど、鼻がひどくて。ずびっ」

「そっか。おしゃべりする気力はある?」

「え、おしゃべり? まあ平気ですよ。午前中ずっと寝てたしお昼も少し食べたから案外、元気です。ん、病院来てるのにそれも変かな。元気じゃなくはないです」

「そっかそっか。じゃあ私とちょっと話そうよ。暇なんだ」

「暇なんですか!? バイト中かと思ってました」

「んー、でも私は掃除係でさ、とりあえず一通り終わってんだ。それに見て、空いてるからこうして小声で喋る分には誰にも迷惑かかんないしさ。大人も優しいから怒られないよ」

「へ、へえー……」

 この病院大丈夫か? と思ったが、大丈夫だから成り立っているのだろう。

「とにかく私は自由なのさ。早見ちゃんは……もう中学生?」

「はい。先月から中学です」

「早いな〜! 初めて話した時はあんなに小さかったのに!」

「あれ私が何歳の時ですかね」

「えっと、私が中2の時だから……小1だ! いやぁ〜あの時の早見ちゃんは可愛かったな〜……! あれはまだ私が週に四回学校に行っていた時期の話……!」

 二人はその日のことを思い出す。

 

 凜子14歳。学校が面倒くさくなってきたので週一でサボることに。暇なので父の営む病院の手伝いでもさせてくれないかと申し出たが、「院内の手伝いはまだ早い」と言われたので、建物の外の掃除をしている。病院に来る患者さんには愛想良く挨拶をしているが、「なぜこの時間に子供が?」という顔をされる。お父さん、よく私がここに立ってること許可したな、と思う。まあ、医者として人気あるし、ちょっとガキが掃除してるくらいで評判落ちないんだろう。そう思って落ち葉はきを続ける凜子に、最初に話しかけたのが、早見心・小学一年生だった。

「おそうじしてるのー?」

 まだまだ幼さたっぷりなのに好奇心旺盛で、何事にも突っ込んでいく。ちびっ子特有の勢いと明るさで、心は凜子に声をかけた。

「そうだよー?」

 凜子はにこやかに落ち着いてそう答えたが、脳内は悶絶していた。

(かわいすぎるッッッ!!)

 

「ん〜、あの時の早見ちゃんは天使だった。私ゃガチで惚れちゃったね」

「自分で想像しても正直可愛いです……!」

 二人はにやけ顔で回想から戻ってくる。

「んーでも、あの日は早見ちゃんは何しに来てたんだ?」

「え? うーん……覚えてないです。6年前だし小さかったからあやふやですね。その後どうやって仲良くなったかもあんまり思い出せないですもん」

「そんなもんだよねえ。あの日に一気に仲良くなったっていうより、その後もたまに会うたび話してたから、いつの間にかって感じかな」

「凜子さん、私を見つけ次第ぐいぐい来ますもんね」

「気軽に喋れる年下の子はあんまりいないから楽しくって」

「ふうん……」

 この病院には小さい子も良く来る。なにも私じゃなくても良いんじゃないかな? と心は思ったが、嫌味に聞こえるかと思ってやめた。お掃除中の凜子さんに話しかけたのが私だけだったんだろう。

「あれ、凜子さんは今、学生さんですか?」

「うん。大学生〜。もう2年だよ〜」

「へー。あれ、今日はお休みですか? 平日ですけど……」

「そうそう。とは言っても昔みたいにサボってるわけじゃないよ? 大学は時間割が自由だから上手くやればね、平日にも休みの日を作れるってわけ。そんで空いた時間にバイトしてるってわけ」

「なるほど! 大学と中学では全然勝手が違うんですね」

「高校も毎日授業あるよ。大学が人生で一番ヒマだろうね〜」

 凜子はお気楽そうに伸びをする。

「大学って授業以外には何があるんですか? 凜子さんが楽しんでることとかあります?」

「……ある! サークル!」

 凜子は少し考えてから、思い出すと前のめりで答える。

「サークル? どんなサークルなんですか?」

 馴染みの無いコミュニティに心も興味を示す。

「トラップ・コード研究会!」

「とらっぷ、こーど……」

 トラップ・コード。それはつまり。

「この星の未知なる力、トラップとコードについて研究するサークルなんだあ」

「じゃあ何か、機械をいじったり実験したり……」

「それは違うんだな〜」

 凜子は首を振る。

「もちろん、トラップやコードといった『星の力』に対しての科学研究は進んでいるけど……私の所属するこのサークルの考え方は科学とは言えないかもしれない。例えるならそう、それは宗教といっても良いかもしれないが……コードについて科学で導ける法則には限界があって、本質的には人知を越えた神秘の力だって考えてるんだ……」

 一気に怪しげな話になって、心は顔をしかめる。

「あはっ、そんなに怖がらないで! だから星を崇拝しましょうとか、科学で調べるのは無駄だ、とかじゃなくてね。星全体をこの現象から解放はできなくても、気の持ちようで個人個人がコードをコントロールできるんじゃないかって、そういうことを研究してるの」

「ほ、ほう……?」

 大丈夫かそのサークル? と思ったが、誰かに危害を加えないなら、どんなことを考えて実行しようと、ある程度自由だし大丈夫なのだろう。

「ちょっと難しいかな〜? ……気の持ちよう、ってのはさ。トラップとかコードをどう捉えるかなんだよね。だから普通とは別の捉え方をしてみるってのはよくやってるんだ。「考えて遊ぶサークル」って考えてくれちゃっても良いよ?」

「実験して正体を暴くより、自分の頭で新しいことを考えてみるってことですか」

「そうそう。そうだ、一つ私が考えたやつを紹介してあげるよ」

 凜子は心に向き直る。

「いい? コードって、トラップがある時間に使えるでしょ。トラップに反応して能力が発動するって」

「そうですね。常識です」

「コードはトラップに対抗する力だから、二つは反対の存在とも言えるけど、第二地球にしかない『星の力』としては、似ている存在とも言えると思わない?」

「それは……そうかも。どっちも正体不明ですし」

「でしょ? じゃあもし『普通ならコードが使えない時間でも、コードが使える人』が近くにいたらね。自分もコードが使えるようになるって思わない?」

「はい……?」

 少し話がややこしくなる。

「トラップの代わりに、コードに反応してコードが発動するってこと!」

「……あー……。それは、今わかってる条件以外でコードが使える場面を探してるんですか?」

「そうそう! 早見ちゃん頭良いね!」

「で、仮にトラップが無い時間、昼や夜に。何故か、何故かコードが使える人間が近くにいたら。自分もコードが使えると」

「そのとーり! 面白いでしょ?」

「面白いですけど……それは無理ですよね? だってトラップの反応なしでコード使う方法考えてるのに、もうすでにトラップなしでコード使える人が前提にあるじゃないですか」

「……確かに!!」

 凜子は心の指摘を受けて目をカッと見開く。その時、看護師さんの声が院内に響く。

「早見さん。早見心さん、どうぞ」

「あ、呼ばれちゃいました。行かないと。ずびっ」

 心は立ち上がり、自分が風邪でここに来ていたことを思い出す。なんか急に鼻水でてきた。

「あ、そうね。お話ししてくれてありがとう! お大事に!」

「はい。またね凜子さん」

 凜子に手を振り、心は診察室に入った。

 

 結論を言えば、心は疲れから来るちょっとした風邪だった。鼻水を止める薬を処方され、この日はベッドで体を休めて過ごした。

 そして、翌朝にはすっかり元気になり、街に「行かせてください!」の大きな声を響かせながら学校へ行った。

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