異星の少女は未来(いま)を生きる   作:矢田悠進

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転校生 その1

 時は六月。心の住む地域も梅雨入りし、毎日のようにじめっとまとわりつくような空気と共に、薄暗い空から雨粒が降り注いでいる。

「おはよーん」

 心がいつも通り平田宅の前に行くと、叶恵はすでに外に出ていた。

「あれ? なんでもう外にいるの? 濡れちゃうし中で待ってれば良いのに……」

「濡れちゃうからだよお。この雨のなか心を待たせるわけにはいかないってね」

「そういうことね。ありがと」

「いいってことよ」

 叶恵は傘をくるくる回しながら歩き始める。

「ちょい! くるくるしたら水飛ぶっ! 結局濡れちゃうっ!」

「あーそっかごめんごめん〜」

「まったくもう。……ところで、よく見ると叶恵の傘、なんか不思議だね」

「不思議? ……あー! これさ、骨が16本あんの! 普通は8本でしょ?」

 心は自分の傘を見る。確かに8本だ。しかし叶恵の方はぱっと見ても8本以上ある。歩きながらでは数えられないが、叶恵の言う通り16本なのだろう。

「コレ丈夫で良いんだよね〜。しかもなんかスタイリッシュじゃない?」

「そうだね! そっちの方が可愛く見えるかも。和傘に似てるからかな」

「和傘かあ……! 言われてみれば、アレも骨が多かったような気がする。じゃあこれは和傘だな」

「それは違うと思う。……でもそんな傘使ってるとは気づかなかったな」

「コレこの前買ったやつだから、まだ五回ぐらいしか使ってないし」

「そうなんだ……」

 少しの沈黙の後、叶恵は心の顔を覗き込んで言った。

「ね。最近体調は大丈夫?」

「体調? うん、元気だよ」

「そ。良かった〜。ほら、先月は風邪ひいて休んでたじゃん? 疲れから来た風邪だって言ってたからさ、今は大丈夫かな〜と思って」

「もう新生活にも慣れて来たし平気平気。そういう叶恵はずっと元気だね」

「当たり前よ! 叶恵チャンから元気をとったら何が残るんだって!」

「いや、別に色々残ると思うけど。でも元気なのは叶恵の一番良いところかもね」

「いや〜、それほどでもあるかブベッ!?」

 心の視界から、叶恵がフェードアウトした。

「か、叶恵え!?」

「うおー、すまん。ハマったハマった」

 すぐ下を向くと、叶恵が上半身だけになって道路に肘を付いていた。下半身は水溜りの中に沈んでいる。トラップだ。

「こりゃーとんでもない罠だね。まわりにある普通の水溜りと同化しちゃって、池のトラップなんて気づかないよ〜」

 バシャバシャともがきながら、叶恵が状況を分析する。

「ちょっと待ってて」

 心は傘を持たない方の手で器用に水筒のフタを開き、少し飲んで閉じる。

「《あぁぁ!!!》」

 心の声に反応し、池のトラップは消失。叶恵の下半身はずずいと地上にでてくる。

「はい、傘。怪我してない?」

「お、ありがと〜。怪我は無いけど……髪が濡れたよ。サイアク」

「傘、手から離しちゃったからね……」

「でも見て。スカートは全然濡れてないや。あれはトラップの水だから、コードで乾いたのかな。上はぐっしょりだ……」

 先ほどまでの元気は失せ、叶恵は学校に着くまで眉をひそめて歩くのだった。

 

 学校に着く頃には、傘を差し続けていた心の制服や鞄も所々濡れてしまっていた。自分の席に荷物を置いて、湿っている箇所をタオルで拭く。

「ねーみて心! 新しいタオル!」

 叶恵が見せつけてきたのは、白い生地にパステルカラーの蝶々が何匹かあしらわれたタオルだ。

「お、可愛いね。でも全然見たことないちょうちょもいる……これなに?」

「これはオオムラサキ! 綺麗でしょ! 私のお気に入りはこのモンシロチョウだけど」

「背景が白いからちょっと地味だね……」

「わかる。他のちょうちょに圧倒されてるよね」

「圧倒……されてるのか? ……あ、私トイレ行ったくるね」

 トイレに行きたくなるくらい水を飲むことでコードを使っている心は、登校したら必ずトイレに行く。これは必須事項だ。

 それはほんの数分の間だったが、用を足した後戻って来ると、教室の空気は一変していた。すでに登校した十数人のクラスメートらは、各々の友達とかたまってざわざわと何かを話している。それは毎朝の馴染みある光景とは何かが違った。雑談しているのではなく、もっと重大なことを話しているようだった。

「何々? なんかあった?」

 心はハンカチで手を拭きながら叶恵に話しかける。

「おー心。えっと、南条さんが来た、ってだけなんだけど、そりゃこうなるよね。ほらあそこ」

 叶恵がこっそりと指差す先にある席に、一人の女子生徒がぽつりと座っていた。膝の上に手を置いて俯いている。ところどころはねた癖毛が顔を隠しており、表情はわからないにもかかわらず暗くじっとりとした空気が彼女を覆っていた。

「へぇ〜、あれが南条さん」

 心は小声で、南条と呼ばれるその少女をちらと見ながら相槌を打つ。

 南条晴海は、一言で言うと「幻の生徒」であった。その理由は、四月の入学式に配られた名簿に名前が載っているのに、今に至るまでの三ヶ月間一度も登校してこなかったからだ。しかも、どの小学校出身の人も存在を知らなかった。公立の中学校なので、周辺にあるいくつかの小学校から生徒らが集まっているのだが、南条晴海を知る者はいなかったため、「幻」として扱われることになってしまったのだ。

「ね、話しかけに行こうよ」

「……えぇ?」

 心の提案に叶恵は思わず訝しむ。

「まちなよ心。ありゃどう見ても話しかけないでオーラでてるでしょ! 話しかけたらかわいそうだよ」

「そんなのわかんないじゃん」

(わかれ!)

 心は一度決めたことはなかなか曲げない。ずっと一緒にいる叶恵でも、説得するには骨が折れる。

(こーなると強引に止めるより少し丁寧に……)

「えっと、話しかけてどうするつもり?」

「どうって……友達になりたいなと」

「あーー……あーー……」

(小学生みたいな可愛い理由だなあ! ひとつも悪いことじゃないから止められないっ! ただ向こうは全然その気無いと思うんだよなー……心、ときどき鈍い時あるよなぁ……)

「叶恵は嫌なの? じゃあ強要はしないよ。私一人で話してこようっと」

「ちょ、ちょっとまてい」

「ん?」

「やっぱりワタシも行く」

「……いいよ! やっぱり叶恵も喋ってみたかったんでしょ〜。照れちゃって!」

「て、照れてないー!」

(アフターフォローにまわろう……話しかけてみて、もし仲良くなれたらワタシの杞憂。だけどギスギスしたらなんとかフォローして穏便に解決。これでいこう!)

 

 というわけで、二人はそろって晴海の席の前にまわる。

「おはよう南条さん」

「やっほ〜。初めまして〜」

「ひぅ……っ」

 晴海はわずかに顔を上げて一瞬だけ心たちを見るが、目が泳いでそのまま再び俯いてしまう。

「ワタシ叶恵。こっちは心だよ」

「早見心です」

「えっと……なんじょう……はるみ……です……」

「可愛い名前だね〜! 晴海はどこ小?」

 結局、叶恵は心以上にどんどん喋ってしまう。

「小学校は……小学校……うっ……。はっ」

「はっ?」

「話しかけないで下さいっっ!!」

 すっと。教室全体が静かになる。空気は凍りつき、皆の心が重たくなる。氷の魔物がこの教室を上から押し潰しているのか。

「そっ、そうだよね! いきなりベラベラ話されても困るよね〜! マジでごめん! ホント、うん!」

 叶恵は慌てて心を引きずりながら廊下に出る。

 教室のドアを閉めると、ドンと鈍い音がする。静かに閉めたつもりだったが、焦りが伝わってしまったようだ。

「ほ、ほらぁ、だから言ったじゃん……」

「うう、ごめん。て、叶恵に謝るのは変かな。南条さんに申し訳ないや……」

「今まで一度も来てなかったんだし、朝から急に話しかけられたらそりゃキツいよ」

「そっか。そうだよね……」

「まあワタシも、いやもしかしたらワタシの方が喋っちゃったかもしれないから、誰が悪いっていう話じゃないと思うけど……」

「……と、とりあえずそろそろ教室戻ろうか。もうすぐホームルーム始まるし」

「そうだねー……」

 廊下の端から担任が歩いて来るのが見える。二人はすっかりしおらしくなったまま自分の席へと戻った。

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