視点は今まで通りですが、この作品における二巻編の主人公はシャルロットです。
理由は、まぁ、前話のラストを読んでくれた人なら理解してもらえると思いますが、シャルロット・デュノアというキャラに対する贖罪的な感じですね。
あと、箒の初バトルも書きます。具体的な戦い方はこの話を書いている時点では決めてませんが、セシリア編の頃から延々栞にIS剣術を叩き込まれた箒は近接オンリーならかなりの腕前に成長しています。
8/18改稿
放課後、今日は予定ができたと言ってどこかに行ってしまった司と別れてアリーナに向かう。
セシリアは少し前に申請していた新武装のテスト、鈴も代表候補生としての用事だとかで外れているので、一緒に行くのは今日IS学園にやってきたばかりの編入生にして、世界で二人目の男性操縦者、世界でたった一人、俺と同じ事情を共有してくれる同胞である、シャルルただ一人だ。
ったんだけど…………
「私と戦え、織斑一夏」
アリーナについてISを展開するや否や、もう一人の編入生――いきなり俺の事を認めないとか何とか言って殴りかかってきたかと思えば、ものすっごいキラキラした目で司に「お姉さまと呼ばせてください」とか言いだした、傍迷惑な不思議系銀髪眼帯少女――ラウラ・ボーデヴィッヒが喧嘩を売ってきた。
「嫌だ。理由がねぇよ」
「貴様にはなくても、私にはある。貴様、教官の弟として足を引っ張るだけでなく、その軟弱さでお姉さまにも手間を取らせているそうだな」
――その言葉に、ふつふつと、怒りがこみあげてくる。勝手な言い分だからではない。図星だからだ。
確かに三年前、俺はモンドグロッソの最中に誘拐され、それを助けるために千冬姉は決勝戦をすっぽかして不戦敗になった。
せめて俺が誘拐された証拠が残っていれば事情を考慮する余地はあったのかもしれないけど、俺は千冬姉がやってくる直前に解放されていて、直前まで押し込まれていた建物にも証拠になるものは何もなく、俺の証言以外に俺が誘拐されたという根拠になるものが見つからなかったのだ。結果、日本国の代表として国の威信を背負う存在でありながら、大会そのものを冒涜したとして、公式戦への出場権を永久剥奪すらされていた。
そして今、司に指導を受ける事で、司自身が自分の腕を磨くための時間を大きく削っている。
「一夏」
そっ、と肩に置かれた手にはっとして、無意識に拳を握りしめていたことに気付く。
そのままゆっくりとシャルルは俺を下がらせると、ボーデヴィッヒを正面から睨み付け、嘲笑した。
「で? 八つ当たり? 十五にもなって、身長に違わず随分お子様なんだね、ドイツの専用機持ちは」
ピキリ、とボーデヴィッヒの表情が固まる。俺は、いつも優しげな柔らかい微笑を浮かべているようなシャルルの、余りに意外な表情に唖然としていた。
シャルルはそのまま言い募る。
「それとも何? 君は一夏が織斑先生の弟だってことをなかったことにできるのかな? あるいは、“まだ二ヶ月ぐらいしか練習してないんだから弱くて当たり前”の一夏が君に負けたなんて程度の事が、司さんがコーチをやめる理由になるのかな?」
弱くて当たり前、と言われたことに思わず反論しかけるが、弱いのは事実なのでどうしようもない。
実際、俺のIS学園に来てからの戦歴は0勝1分け1中断その他負けだ。本番に強い性質と周囲から太鼓判を押されているのに、その二回の本番は一分け一中断。しかも後者はどっちかっていうと負け。
練習ではもっと酷く、専用機持ち以外の一年生にすら、機体性能で大きく水を開けながら負けている。……その人たちはほぼ代表候補生かそれに準ずるレベルなので、仕方ないと言えば仕方ないとセシリアには言われたが。
そんな現実に落ち込んでいる俺をよそに、シャルルは更に酷薄な表情を浮かべて止めを刺した。
「――――それとも、一方的に姉と呼んでいるだけの、今日初対面を迎えたばかりの他人である君が、一夏のコーチをやめるよう、司さんを説得できるとでも?」
「き、さ、まぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!」
アルビノの白い肌を真っ赤に染め、氾濫する怒りと殺意で以てボーデヴィッヒがその機体を唸らせる。
最早俺の事など眼中にないであろうその姿にシャルルは一瞬不快気に表情を歪めると、能面のような無表情で黄金の機体を奔らせる。
司の武装展開に匹敵するであろう、僅か一瞬の閃き。展開と同時に、おそらくはノーロックで射出された二発の散弾がボーデヴィッヒの黒い機体、シュヴァルツェア・レーゲンを捉える。
「邪魔だっ!!」
一瞬、空中で停止する弾丸。運動エネルギーを失った鉄の小球はISのシールドバリアに何らダメージを与えることなく弾き飛ばされ、ほんの僅かその突進の速度を緩めるだけに終わる。
「へぇ」
一瞬、感心した笑みを浮かべ、シャルルはラファールによく似た黄と橙の機体、ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡを空へ飛び立たせる。
重厚な装甲の割に鈴の甲龍より一回り以上速いレーゲンの突撃を、まるで闘牛士か何かのようにひらりと躱し、ろくに体勢も整えないまま再び散弾を不規則な時間差で四連射。不安定な体制とは言え、今度はFCSの恩恵を受けているその射撃はかなりの精度を持ってレーゲンの機体の側面を狙い――
「は?」
――かざされたレーゲンの手の向こうで、その全てが空中に停止していた。
その光景はまるで司の白羽取りのようで、しかし決定的に違う。
司のアレはブレードの周囲で巻き込むように停止させるが、ボーデヴィッヒは銃弾の軌道を一切曲げることなく眼前の空間に真っ向から止めた。白羽取りとは言うが、PICを内蔵する菊一文字のような媒体を使って行使距離を稼ぎでもしない限り、銃弾を止める位置は自分の真横や斜め後ろになるのが本来の形なはずなのに。
一瞬の停滞。
直後に振り返ったレーゲンの肩のレールカノンがシャルルに向かって放たれ、シャルルはこともなげにそれを回避しながら、瞬く間に武装を転換してマシンガンとグレネードを放つ。
今度はそれを停止させる事無く、地面を蹴って飛び上がったレーゲンは機体側面から六本のワイヤーブレードを射出。それぞれが不規則な動きでシャルルのラファールを狙い、シャルルは通常のラファールより二基増設されたスラスターの機動力で高速退避しその追撃を回避。
しかし、幾ら初期第三世代型に匹敵する性能を持つラファールにスラスターを増設したところで、後退と前進の速度差を埋めるには至らない。ワイヤーブレードの射出元であるレーゲンがそのまま追走することでワイヤーブレードは離れるどころかより近づいてラファールを絡めとろうとする。
――一瞬の閃光、一瞬の剣閃。
比喩でなく瞬く間に展開された二本のブレードが飛来するワイヤーブレードをからめとるように叩き、気付いた時にはすでにその手には二丁のアサルトライフル。司の菊一文字の展開も文字通り一瞬だが、その司すら鳳仙花の展開にはわずかにタイムラグがあるのに対し、シャルルは様々な武器を自在に切り替えているにもかかわらず、司の菊一文字の展開速度と遜色ない一瞬で武装変更を完了させている。その一点だけでも、俺なんかとは練度がけた違いだ。何せ俺は武装が一個しかないにもかかわらずあの数倍以上遅い。
――世界で二人目の、って言ってたけど、たぶん俺よりずっと前から分かってて、何かの理由でようやく今になって表に出る事ができるようになったんだろう。と思った。俺より後に分かったのに才能だけであれだったら、本気で俺の立つ瀬がない。
続いて展開されたのは大きなミサイルランチャー。展開と同時のノーロックで発射された二発のミサイルは、間もなくFCSによるロックが完了したことで回避行動を取るレーゲンの方へと方向を転換し始め、
「ちっ」
という舌打ちと共にレーゲンの手がかざされた直後、軽い爆発とともにミサイルが分裂、八発の小型ミサイルがレーゲンの周囲を包み込むように襲い掛かる。
そして当然、正面からは再び武装を持ちかえたシャルルのスナイパーカノンによる射撃。
レーゲンは不意を突かれたにもかかわらず、一瞬の停滞も躊躇もなく正面に突撃し、レールカノンで弾丸ごとシャルルを撃ち抜く。
逆に不意を突き返された(後で司に映像を見てもらったら、不意を突かれたから当たったのではなく、シャルルが放った弾丸をロックオンすることでラファール側のロックオン警告を鳴らさせなかった機転によるものらしい)シャルルはその口径に相応しい威力を誇るレールカノンの弾丸で大きくシールドエネルギーを減じ、レーゲンは置き去りにするように低速で放ったワイヤーブレードで八基の小型ミサイルを撃墜する。
そして、
「っ、捕えた!」
バランスを崩して速度の落ちたラファールへとレーゲンが肉薄した瞬間、まるで空中に磔にされたかのようにシャルルの動きが停止した。
よく分からないが、至近距離でレールカノンとプラズマ手刀を突き付けられている事を考えるとかなり絶体絶命っぽい。
助けに行った方がいいか? と一瞬思うけど、始まるきっかけはどうあれ一応模擬戦のようなものだ。蚊帳の外だった俺が手を出すのは問題なような気もする。
そんな事を考えていると、完全に追い詰められた体のシャルルが、唐突にニヤリと笑った。
「ドイツ第三世代兵装
得意げに、つらつらと語りだすシャルル。その内容が進むほどに、真っ赤に染まっていたボーデヴィッヒの表情が青くなっていく。
「っ!! 貴様、その為に!!」
青い顔からさらに一転、顔を憤怒に染めてボーデヴィッヒがプラズマ手刀をシャルルの顔面に突きつける。
その反応で、俺もようやく気付く。先ほどのシャルルのイメージに合わない挑発的な言動が、レーゲンの性能を実際に戦って調べるための本当の挑発だった、という事を。おそらくは、今月にある学年別トーナメントの前にその対策を練る為に。
「悪いね。でも戦いっていうのは宣戦布告から始まるものじゃないんだよ
「っ!!」
ギリ、と十分距離の離れた俺の所まで聞こえてくるほど、ボーデヴィッヒは強く歯ぎしりをした。あいつが軍人だという事は俺も知らなかったが、戦いの専門家である軍人が、企業のテストパイロット如きに踊らされ、あまつさえ戦いの心得を語られるというのはかなり屈辱的な事らしい。
「だがっ――――」
「ここで大破させて出場できなくしてやれば、かい?」
激昂したボーデヴィッヒがその両腕を振り下ろそうとした直前、シャルルは武装展開を解いて肩をすくめた。シャルルの言う通り過剰攻撃を狙っていたのか、ボーデヴィッヒの動きが硬直する。
「それはつまり、次戦ったら僕が勝つという敗北宣言と取っていいのかな? あぁ、ちなみに今回は降参だよ。この状況から流石に勝てる気はしないからね」
試合に勝ったのは確かにボーデヴィッヒだったが、勝負に勝ったのは、たぶんシャルルだったんだろう。
逆立ちしても俺にはできない芸当だった、色んな意味で。
◆◇◆
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ~…………」
と思ったら、更衣室に戻ってきたシャルルは壁に手をついて頭を落とし、大きな大きなため息を吐いた。
「お、おい、シャルル、どうしたんだ?」
「ごめん、今話しかけないで。できれば一人にして。僕、今、全っ力で自己嫌悪中なんだ」
シャルルの声が暗い。というか空気が重い。かなり戦ってるときは余裕そうに見えたけど、実は一杯一杯だったらしい、大した役者だ。
「あ~もう、何言ってんだよ僕、あれは幾らなんでも後味悪すぎるよ~。確かに話術も戦術の一つだけどさぁ」
これは本当にさっさと着替えて一人にしてあげた方がいいかもしれない。と思っていると、俺がまだ残っているにもかかわらず、どうでもいいのか忘れ去っているのか、ぶつぶつと独り言を呟き始めた。
「でもなぁ。ボーデヴィッヒさん軍人なだけあってすっごい強いしなぁ。操縦者自身もそうだけど機体もかなり強かったから、やっぱりああでもしないと勝てないしなぁ。う゛~~~~~~」
何だろう。さっき完全にボーデヴィッヒを弄んでいたあの姿がなんか夢だったみたいだ。それぐらい、壁に手をついて死者の怨念のように低い唸り声を上げるシャルルの姿は情けない。さっきみたいな態度や言葉遣いがシャルルのイメージに合わないと思った俺の感覚は正しかったらしい。たぶん、今の罪悪感とか自己嫌悪に唸っている心優しいシャルル少年の姿が本来の物なんだろう。
そう思いながら、その言葉に、俺はふと、気になる事があった。
「なぁ、シャルル」
「へ?」
本気で俺がいる事を失念していたのか、シャルルは間の抜けた声を上げて振り向き、
「っ!!」
何故か慌てて目を反らした。
なんでだ? いや、確かに俺今裸だけど、汗かいたからタオルで全身拭いてるけど。
「え、えっと、な、なななにかな? 一夏」
「なんでそんなに勝ちたいんだ? とにかく何が何でも勝ちたい。勝ちさえすれば手段はどうでもいい。ってタイプじゃないだろ? 今の様子見る限り」
それが疑問だった。
少なくとも俺は、自分的に罪悪感が残るような勝ち方はしたくない。勿論何かを守る戦いなら話は別だけど、自分のプライドとかそういう物しかかかってない戦いなら、後味の悪い勝利より、全力を尽くした敗北の方が好きだ。
世の中には手段とかどうでもよくてとにかく勝つのが好きって奴もいるだろうけど、今のシャルルを見る限り、どうしてもそうは見えない。
そんな俺の疑問を受けたシャルルは、うつむいていた顔を上げ、横顔だけでもわかるすっきりとした表情で語り始める。
「ん~、確かにその通りだよ一夏。実際、僕自身は僕が勝とうが負けようがどうでもいい。こんな、人の心を弄ぶような後味悪いやり方を取ってまで勝ちたくはないよ。もちろん負けるより勝つ方が気持ちいいからどっちかと言えば勝ちたいけどね。ただ――――」
チラリ、とこちらに一瞬視線が向き、何故かシャルルの顔が赤くなる。熱でもあるんだろうか。
「僕は負けてもいいけど、
言って、シャルルは首元のペンダントを指さす。
「ほら、僕って名字で分かる通りデュノア社の社長子息だから、開発部の人とも結構交流があってね。僕が社長の息子だってことを差し引いても随分良くしてもらったし、みんないい人で、
顔を真っ赤にしながら、シャルルはこちらに向き直って満面の笑みを向けた。自分の為じゃなく、支えてくれる人の為に勝ちたい。一緒に戦ってくれる
「だから、あの人たちの為にも、せめて、外の人たちが大勢見に来る学年別トーナメントでだけでも、
――だからこそ、トーナメントでぶつかったときは全力で相手して、例え勝敗がどうであれ、その強さを証明してあげたい、素直にそう思った。
「加減はしないぜ? シャルル」
出来るだけ気取った風で、にやりと笑う。
そんな俺の姿がツボに入ったのか、シャルルはクスリと笑ってから、ボーデヴィッヒと戦っていた時のような不敵な笑みを浮かべた。
「加減したほうがいいよ? 負けた言い訳がしやすいからね」
返ってきたその言葉に、俺は笑った。シャルルも笑った。たぶん五分ぐらい、二人でただただ笑っていた。
「ねぇ一夏」
「なんだ?」
「“シャル”でいいよ。結構お気に入りなんだ、その愛称」
「分かった。今度からそう呼ばせてもらうぜ、“