7/16改稿
8/18再改稿
1.復讐者の生き方
『大丈夫よ。
――抱きしめてくれた、その暖かさを覚えてる。
『栞ちゃんはやらせない。たとえあなたと刺し違えてでも、この子だけは守って見せる!!』
――血に濡れてなお、頼もしかった背中を覚えてる。
『ごめんね。栞ちゃん。できる事なら、大人になるまで、守ってあげたかったんだけどなぁ……』
――最後の最後まで、その瞳から光を失ってなお、私の事を気遣ってくれた、その微笑みを覚えてる。
――――その一幕が全て、決められた台本通りの狂言だったと知ってなお、幼い心に焼き付いた惨劇は私を蝕む。
――――あれから十年が経っても、未だに私は、悪夢から覚める事が出来ていない。
◆◇◆
「八十七日ぶり。新記録ね」
嫌な夢を見た。そう、心の副音声で呟いた。
周囲を見渡すと、今私がいるのとは別にベッドがもう一つあり、ここが二年過ごした寮の自室ではないことに気付く。
私はコネも能力も実績もあり、ついでにちょっとした事情持ちなので、施設の寮では二人部屋を一人部屋に改装して使わせてもらっているのだ。
(成程ね。ここしばらく見なかったあの夢を見たのは、環境が変わったストレスのせいだった、と)
それとも、ここしばらくの忙しさがとりあえず解消されて気が緩んだのだろうか、と首を傾げながら、意識を覚醒状態へと引き上げる。
私は正直かなり寝起きは良い方で、生まれてこの方目覚ましなんかに頼ったことがないのがひそかな自慢なのだけれど、あの夢を見た朝だけはすっきり爽快な目覚めとはいかない。低血圧の人は毎朝こんな気怠い思いをしているのかと思うと少し同情すら湧いてくる。
……同情なんて感情を抱けるぐらいには、私の精神状態も回復してきたようだ。
軽く頭を振って、改めて周囲を見る。
見慣れてはいないけれど、それなりに見覚えはある。一回二回でなく来た場所のはず。そう考え、鮮明になってきた思考がようやく答えをはじき出す。
(IS学園の、学生寮、ね)
という事は、今日はIS学園の入学式か。と状況を理解した。
(本当、お節介よね。まぁ、私にとっても都合は良いんだけど)
父の側近だったとは思えないほど善良で素直な性格の後見人の顔を思い浮かべ、軽く溜め息。今回は偶然違ったけれど、あの人の行動は本当に有難迷惑なことが多い。
ちなみに、あの人が私の意図を読み取っているという可能性はない。五歳の頃に死んだ実の両親よりも長い十年もの付き合いだ。もし気付かれていた時の反応ぐらいは簡単に予想できる。
――私が、両親の仇を討つことだけを支えに生きているなどと、あの人はこれっぽっちも知りやしないのだ。
人前では見せない皮肉げな笑みを浮かべながら、ようやく完全に回復した思考能力で、朝の支度を始めた。
◆◇◆
――教室のドアを開けると、そこは、異界だった。
(うわぁ……)
その異様な雰囲気に、危うく無口無表情無感情のキャラ設定が崩れかけ、慌てて意識を引き締める。
どこが異界だったのかというと、私がこれから一年間通うことになる一年一組の教室が、だ。
入学式の終了後、混雑を避けてゆっくりと来たので、もう座席は八割以上が埋まっていた。そしてその八割以上のうち、一人を除く全員が中央最前列に座っている、このクラスで、いや、
(……ただでさえ目立つ男性操縦者を一番目立つ最前列中央とは、新手のいじめか何かかしら)
と、自分で考えてから即座に否定。要するにあれだ、男に後ろを取られたくない、のだろう。ここは本来女の園なIS学園で、ここに通う生徒の大半は中学、あるいは小学校から全寮制女子校育ちの男慣れしていない生徒ばかりだ。突然自分たちの中に割り込んできた異物に背後を取られることを忌避する人間は少なくないだろう。
織斑一夏の方へ、つまり教室前方へ向けられる多数の監視ないし観察の目が視界の端に入り、教室の前のドアから入ったことを大いに後悔する。思わずうんざりした気分が表情に出てしまいそうな気がして、半秒目を閉じて精神統一。無口無表情無感情と三拍子そろったキャラ設定を順守し、できるだけ気配を消してその正面を素通りする。
が、現実は非情だ。よりにもよって私の座席はその男子生徒、織斑一夏の隣なのだ。分かっていたが。
一応とはいえ私は護衛なのだから、最前列中央の織斑一夏と、最前列窓際の篠ノ之箒の間という、護衛対象に最も近い位置に配置するのは正しい事だし、当然私も事前に納得はしていたのだけれど、この状況を見るとそれを諒解した過去の自分を殴り倒したくなる。
引きつりそうになる口元を抑え込みながら割り当てられた席に座る。
――と、同時に左から飛んでくる殺気。
反射的に身構えそうになる身体を緊急停止させ、鞄から一冊の本を取り出す。
大分抑えられたとはいえ未だに飛んでくる殺気に困惑しつつ、本を読むふりをして彼女についての情報を思い出し、現在の状況の整理に努める。
たっぷり五秒かけて、ようやく思い出した。この異界じみた空気に圧されて大分私も鈍っていたらしい。
(……間に座って視線を遮っただけで殺気とか、勘弁してよね、ほんと)
IS学園って席替えやるのかなぁ、と現実逃避気味に思いつつ、開いている本のページに意識を落とす。隣から微弱とは言え殺気が飛んでくるのは居心地のいいものではないけれど、原因がはっきりとわかっていれば意識的に無視すればいいだけだ。
――篠ノ之箒、篠ノ之束の妹で、織斑一夏の幼馴染。(中略)織斑一夏に恋心を抱いており、重要人物保護プログラムによる転居後も度々彼の名を口にしているなど、若干の依存性がみられる。
つまり、護衛だからといって下手に織斑一夏と親しくなると、このヤンデレ疑惑な少女に後ろから刺される、という訳だ。まぁ、彼女の性格からして実際には正面から斬ってくれるだろうからさほど苦労はないが、織斑一夏だけでなく篠ノ之箒も、
どうにかして、篠ノ之箒と織斑一夏、両方の好感度を上げる接触の仕方を考えなければ。
そんな事を考えていると、視界の端にこちらを見ている男子生徒の顔が映った。
一瞬対応を考えて、まぁ好感度稼ぎにはなるか、と本からそちらに視線を上げる。
何か用ですか? という感じに首を傾げると、何故か感極まった目で見られた。意味が分からない。訳が解らない理由で強い感情を向けられるのは、相手が男だという事もあって微妙に恐怖だ。
一体何の用だろう? とそのまま首をかしげていると、視線の先で開き始めたドアから、見覚えのある顔が出てくるのを見つけた。
この空気で声を発する気にはならないので、軽く会釈で挨拶。
教室内の異様な雰囲気に表情をひきつらせ、思いっきり腰が引けた自信なさげな様子で入ってきたのは、国のIS訓練施設での先輩。やまや先輩こと
見ての通りメンタルが弱いという致命的な欠点があるものの、純粋な戦闘スキルなら現代表を超える、もう一人の日本最強(公式戦の出場権を失っている織斑千冬は除外)だ。私の射撃スキルの師匠でもある。
やまや先ぱ……山田先生が代表候補生を引退してIS学園に就職してからは会う機会も少なくなっていたのだけれど、施設の先輩の中でも、特に私を可愛がってくれた(シゴく、とかの悪い意味ではない)先輩なので、こうして頻繁に会えるようになるのは純粋に嬉しい。
思考の端で施設でのやまや先輩との思い出に浸りながら山田先生をじっと見つめていると、唐突にその瞳に感涙の涙が浮かぶ。
謎の反応に首を傾げようとして、すぐに気付いた。
今のこの状況、誰もが織斑一夏を注視し、誰一人として教師が入ってきたことを気にしていない、下手をすれば気付いてすらいないかもしれない中で、唯一まともに反応を返してくれた私の行動に感激しているようだ。
理解した直後、なんだかさっきも見た反応な気がすると感じて、織斑一夏のそれだと思い至る。やはり、このプレッシャーで私の思考力も落ちているらしい、この程度の事に気付かないとは。
そんな事を私が考えているとは思いもせず、先ほどの様子から一変、山田先生は気合いの入った様相で教卓の前に立った。
パンパン、と教卓を叩いて注意を引くと、山田先生は大きく息を吸って、元気よく挨拶を告げる。
「え~と、初めまして……じゃない人もいますけど、みなさん、初めまして。私がこのクラスの副担任で、このクラスでのISの座学系教科を主に担当させてもらう、山田真耶です」
しーん…………。と、漫画なら空中に表示されているような反応。教卓を叩く音で「何事か?」と一旦集まった視線は、「なんだそんな事か」とばかりに再び織斑一夏へと戻っていく。
本来の私ならここで、恩のある先輩を助けるために拍手の一つでもするところなのだが、生憎今の私は無口無表情無感情という設定なので、半分涙目で助けを求めてくる山田先生に、マイペースにただ会釈を返すのみである。
そのままじーーっと見つめられても、首を傾げる事しかできない。というか私がこのキャラになったのは山田先生と会うより前からの事なのだから、ここで助け舟を出してくれる性格でもないとわかっているはずなのだけれど、忘れてしまったのだろうか。
「え、え、えっと、皆さん、まずは事前に配布してある連絡事項のプリントについての質問を受け付けたいと思います。何かある人は挙手してください! プリントを忘れてしまった人には周りの人が見せてあげてくださいね」
しーん、とまたもや無反応。そして私もキャラ作りのため沈黙。
完全に四面楚歌の状況に、再び私に助けを求める目を向けてくる山田先生。
(いえ、周囲の全員に背を向けられているんだから四面楚歌はふさわしくないわね。八方塞がり、かしら)
思考は無為な事を考えながら、特に質問はない、との意を込めてこくりと頷く。「私に任せて」の意味だと思ったのか、期待に満ち溢れた目で見てくる山田先生。
しかし私は助けない。己に課したキャラ設定に従い、「ん?」と首を傾げる。
その反応に、愕然とした表情を浮かべ、軽く絶望に打ちひしがれる山田先生。
というか教師が生徒に助けを求めてどうするんですかやまや先輩。山田先生じゃなくやまや先生って呼ばれちゃいますよやまや先生。
(まぁ、ある意味これがやまや先輩の持ち味なんだけど…………)
頼りになるときと頼りにならない時のギャップが萌える、なんて言っていられるのはあくまで同じ訓練生の先輩後輩だからであって、教師になってまでそのままでは、正直困る。なんというか、これからもことあるごとに助けを求められそうな、私が。
いや、それは私を過大評価しすぎでやまや先生を過小評価しすぎか。頼りになる雰囲気になるのは少ないけれど、本当に頼りにならなくなるのもそんなに多くはなかったし。
――今回はその、多くはない例の一つのようだけど。
「はぁ…………」
と、ため息を一つ。これだけやまや先生が無様を晒してくれれば、私のキャラ設定的にも助けて不自然な事にはならないだろう、と自分に言い訳を一つ。いい加減焦れてきたので、事態の収拾を開始。
ビシィッ! と効果音が付属しそうなモーションで勢いよく挙げた右手で天井を指さす。
織斑一夏に集中していた教室中の視線が、そのすぐ隣で突然奇行を始めた私に集中する。何せ、挙手ではなく天井を指さしたのだ。無理もない。
ほへ? と声が漏れそうな顔をしているやまや先生が相変わらずヘッポコなことに溜め息を追加。コマ送りのような緩急の極端な動作で、挙げた右手を勢いよく右に振り下ろす。
伸ばされた指の先にいるのは、突然隣で奇行を始めた私にぎょっとした目を向けている織斑一夏。驚きのあまり、おそらく反射的に立ち上がって、織斑一夏は、まるで訳がわからないという表情で自分を指さした。
「お、俺!?」
求められる役割をまるで理解しないまま注文通りの反応をしてくれる一夏に、「何とかしろ」と無言の副音声を載せて大きく頷く。
「え、え~と…………」
な、何をすればいいんだ! と全力で混乱している織斑一夏を凝視。またまた期待通り過ぎる反応に内心ほくそえみながら、「はぁ……」とわざとらしく声を漏らして再び大きなため息をつく。
そして織斑一夏を指さしていた手を再び天井に向け、今度こそ本命のやまや先生の方へと向ける。
ときどき私がこういう奇行をするという事を知っていたやまや先生は、私の意図を察し、唐突過ぎる謎の展開の衝撃からクラスメイトが回復する前に声を張り上げた。
「はい!! ホームルームの残りの時間は皆さんに自己紹介をしてもらいたいと思います。まずは丁度立っているので織斑くん、お願いしますっ!」
ありがとうございます! と感動した目を向けてくるやまや先生に、それでいい。と大きく頷き、織斑一夏を睨みつける。
「お、織斑一夏、機織りの織に
そこまで一息で言って、織斑一夏は固まった。再びクラスメイトの視線が集中している事に気付いたのだ。しかも今度は自己紹介というイベント中、先ほどよりも数段その視線の温度は高く、よって圧力も強い。
ならばその視線の圧力に負けた織斑一夏が再び硬直することも当然の流れであり、
「それだけ?」
ここでまた流れを破壊されてもたまらないと、私がフォローするのも恐らくは予定調和なのだろう。
「以上です!」
えっ!? それだけ!? と期待はずれの流れにズッコケているクラスメイトをよそに、間髪入れず素早く立ち上がる。こう言うのは流れと勢いが大事なのだ。
さっと振り向き、視線を一週させ、意味ありげにこくりと頷く。
「
再び、今度は織斑一夏の時以上に盛大にズッコケるノリのいいクラスメイト達。
これで完全にクラスを自己紹介な空気に誘導できたので、私の役目は終わり、と席につきながらやまや先生に黙礼する。
なお、続きはwebで、というのはネタでもあるがガチでもある。私は日本の代表候補生の中でも最強の存在。つまり“現代表と同世代で争った、能力の成熟した大人たちよりも強い”。
十五にして国家代表の水準に踏み込んだ私は、U-18に絞るならば世界で五指に入る若手の最有望株であり、故に当然、メディア露出は非常に多く、ネットで公開されているプロフィールもかなり詳細だ。
思いのほかネタの受けが良かったことに満足し、次の自己紹介者になるはずな隣の篠ノ之箒の方に視線を向けた。
直後、頭に軽い衝撃。反射的に振り向く。
「相変らずだな。司」
そこにいたのは、いつの間にか気配もなく歩み寄ってきていた
「
こつん、と叩かれた頭の感触が何となく懐かしくて、僅かに口元を緩める。
織斑先生も似たようなものを感じ取ってくれたのだろうか、微かに表情を柔らかくして、数歩横に退いたやまや先生に代わり教卓の前に立った。
「自己紹介の途中だが失礼する。私がこのクラスの担任の織斑千冬だ。教科は主に一学年の実技を担当する」
とまで言った織斑先生は一息つき、視線を一周させると、「嫌なものを見た」とばかりに、うんざりした色を少しだけ瞳に浮かべた。
初代モンドグロッソ覇者にして、競技者としては引退した現在でもなお。世界最強と名高い織斑先生。しかし、彼女は世界中に熱狂的なファンを持つ一方、そういう熱狂的なファンの熱烈なラブコールが苦手なのだ。
見てしまったそれを誤魔化すように、織斑先生は早口かつ強い口調で言葉を続ける。
「私の仕事は、殻をようやく割ったか割っていないかのひよっこである諸君を、この一年間の間に自分で餌を取れる若鳥に仕上げる事だ。私の言う事はよく聞き、よく理解しろ。理解できなければ理解できるまで叩き込んでやる。ただし連帯責任で、だ。逆らってもいいが、その場合相応の覚悟をしろ。良いな? 良いなら返事をしろ。良くなくても返事をしろ。私からは以上だ。では次、篠ノ之。自己紹介を続けろ」
わーきゃー言われるのを嫌ったのだろう。強制的に手番を篠ノ之箒に回し、織斑先生は教卓の前の位置をやまや先生に譲った。
(流石にこれは同情するわね……)
ちらり、と左隣を見る。
織斑先生の登場によって教室の空気は
先ほどのような圧迫感はないが、アウェー感は今の方が数段上。席順の関係とはいえ、織斑先生直々の指名によりこの状況で自己紹介をしないといけない篠ノ之箒は中々に憐れだった。
「篠ノ之箒だ。出身中は――――」
数瞬同情して、注意を切る。
主要人物の
だから、三年越しにようやく再びの縁が回ってきた織斑先生の姿を、私はただただじっと見つめていた。
――――全ては、復讐の為に。
――亡国機業か、篠ノ之束か。どちらにせよ、
ちなみに、織斑先生のインパクトに全てを持っていかれていたからか、彼女の篠ノ之という姓、稀少性も相俟って、この世にISを生み出した天才科学者篠ノ之束の血縁であるという事が容易に推察できる名前に、反応する生徒は一人としていなかった。
ただし、そんな意図が織斑先生にあったのかは不明である。
あとがきには原則、この小説の独自設定の簡単な解説を記載します。
此方を読まなくても大丈夫な程度には本文中で解説する予定なので、気にしない人は無視してくれてかまいません。
また、さらに詳細な設定(ネタバレ有?)を一話部分に載せていますので、興味のある方は最新話まで読了してからそちらをご覧ください。
後、これについて解説してほしいという要望があれば本編中で十分な情報が開示された時点で解説を載せられるかもしれません。