8/18改稿
『かつて気高かったあなたの為に、そして何よりこの子の為に、私はあなたを殺すわ。×××』
“――大丈夫よ。
『先に逝って待っていなさい。いつか彼岸で、再び語らいましょう』
“――栞ちゃんはやらせない。たとえあなたと刺し違えてでも、この子だけは守って見せる!!”
『結婚とは、一生を共にする神聖な契約、かぁ…………』
“――ごめんね。栞ちゃん。できる事なら、大人になるまで、守ってあげたかったんだけどなぁ……”
◆◇◆
夢を見た。最悪の目覚めだ。あの夢を見た後の寝覚めが最悪なのはいつも通りだけれど、今日は実に悪い予感がする。
目覚めた後も記憶に残っている
そして、その現象を、自ら封じてしまった
(私、そろそろ死ぬわね)
――臨海学校が終わったら、盛大に遊ぼう。
その思考こそが死亡フラグだと、自分でも薄々、理解していたと思う。
◆◇◆
「どうだ? 栞。一杯やらんか」
夜、唐突に旅館の外へ私を呼び出した千冬先輩は、日本酒の一升瓶と盃を手に月を眺めていた。
頷いて、隣に座り、同じように月へと視線を上げる。
「今日はずいぶんと、はしゃいでいたな」
どことなく嬉しそうな声音の千冬先輩から盃を受け取り、酌をしてもらう。
――千冬先輩の言う通り、今日の私はいつになくはしゃいでいた。死の匂いを何となく感じ取って、理性のタガが緩んでいたのだろう。少々大胆すぎる水着で臆面もなく海に出て、友人たちとの戯れ以上に、それなり以上に親しい友人、しかも一人は男相手に痴態を晒している快感を悦んでいた。
普段なら、その快感よりも友人を
「また、夢でも見たか」
「はい」
溢れそうになった盃を慌てて口に運んで一気に空け、瓶を受け取って酌を返す。
自分の盃にも注ぎ直し、水面に映った月を一瞥。空の月を眺めながら、舌の上で酒を転がす。
数分ほど、そうしていただろうか
「ISが、憎くはないのか?」
唐突に、千冬先輩はそう言った。その震える声に思わず視線を飛ばすと、握っている盃も震えていた。
「憎かったら、なんなんですか」
無口無表情の仮面を取り去り、私の本音の一端を代弁する別の仮面を引き出す。
「ISを憎んで、どうなるんですか?」
責めるような目で千冬先輩を睨み付ける。
「それ、は…………」
初めて聞く私の本音に、千冬先輩は言葉を失い始めていた。
しかし震えは止まっている。私の言葉を聞かなくてはならない、という意思が優っているのか。
「
――――それとも、千冬先輩が、何かしてくれるんですか?
言って、水面に映った月を飲み乾した。
「そうか…………」
――――何も出来ないな、私には。
そう、心の声が聞こえた気がした。それを責めはしない。私が両親を何より大切に思っているように、千冬先輩は家族を、弟と、親友と、その妹を大事に思っている。彼らを守る為に千冬先輩が私に刃を向けたとしても、私はそれを責めはしない。
「でも、両親の次ぐらいには好きですよ。千冬先輩の事」
「私も
それはつまり、たぶん、私が篠ノ之束を殺そうとするなら千冬先輩が私を殺しに来るという事で…………
まぁ、とっくにわかっていた事だ。
――篠ノ之束を殺すには織斑千冬の協力が不可欠で、織斑千冬に篠ノ之束を裏切らせるだけの力が、私には持ちえない事など。
まぁ、篠ノ之束が白騎士事件の主犯であるという確証もない今、論じる事ではないけれど。
◆◇◆
いつもの部屋とは全く違う匂いに、物理的に眠れない夜を過ごした翌朝。私達が世話になっている旅館の近くにある海岸で、臨海学校の本来の目的である解放空間での実機演習並びに解放空間用装備のテストが開始されようとしていた。
IS学園も確かに海の上に浮かんでいるので解放空間ではあるのだが、インフラや交通の便の問題で本土からそれほど距離はないし、何より船も飛行機も結構頻繁に通るエリア(無論、これも物流の便がいい場所にIS学園を建設したためだ)だからやはり超長射程/広域攻撃装備の運用には場所と時間の制限が大きいのだ。よって、それらの装備テストをまとめて行うために設けられているイベントが臨海学校である。
「本日は班ごとに分かれて各種装備のテストを行う。専用機持ち共は専用パーツ等が送られてきているから他の生徒と別れてそれらのテストを行う事。班分けと各班のテスト内容、及び使用可能区画は事前に配布した資料の通りだ。何か質問があれば担当教員に質問をするように。それから篠ノ之、貴様は残れ。では各自、散開」
はいっ! と元気な声が揃い、一般生徒たちが各々の持ち場に移動していく。きちんとほとんどの生徒が自分の行くべき場所を把握しているし、普段の連帯責任が染みついているのか少しでも迷っているそぶりがある生徒には同じ班の人間が即座に声をかけて連れていくなど、なかなかの練度だ(国のIS操縦者養成機関に比べればやはりアマチュアだけれど)。
一方私達専用機持ちは秘匿の問題もあって離れた場所でテストを行うことになっているので、各自、自国の国旗や企業のマークが描かれたコンテナを見つけてそれぞれに分かれた。と言っても、そもそも専用機が未完成、どころか開発を無期限凍結されている簪(最近名前で呼ぶようになった)の打鉄二式にそんなものがあるわけはないので、彼女は本人の希望でIS学園に残って開発を行っているし、雪片弐型以外のあらゆる装備を、スラスターの換装なども含め拒絶するワガママなコアを持つ白式に追加装備なんてものはないので彼だけは今回唯一全くやる事がない。
で、私はと言えば、現役IS操縦者のブレード使いとしては世界最強、それもダントツのトップであるからして、日本以外からも他国向けに販売する予定がある各種ブレードが山積みになっていた。
が、それらを無視してその横にちょこんと並べられている銃器類に手を伸ばす。こっちは本社から送られてきた鳳仙花の改良案、もしくは鳳仙花とは別のアプローチの対ミサイル用銃器だ。多数のミサイルによる文字通り時間的にも空間的にも逃げ道のない完全飽和攻撃こそが私の最大の弱点なので、使用頻度の低さの割に、この種の装備の性能は私にとって結構死活問題――――
――――ゾクリ
(!?)
特大の悪寒が走る。
とてつもなく嫌な気配、
『主様、お気を確かに』
脳内に響いてきた雛菊の声も微妙に震えている。
だからこれは、気配なんて言うよくわからない曖昧なものではなく、
『ここに、来ます』
「ちーーーーちゃーーーーん!!」
『我らが
「う、っ!?」
雛菊を介してだが他人の精神に感応してしまったが故か、それが“狂人”篠ノ之束だった故か、あるいは篠ノ之束と感応しているという事への嫌悪感か、激しい嘔吐感が胃の辺りからこみあげてくる。
ドドドドドと音を立て、砂煙をあげながらとてつもない速度で走ってきている篠ノ之束を注視している面々の中で、ただ一人、千冬先輩だけが私の様子に気付いて駆け寄ってこようとしているのが見えた。
そして当然、千冬先輩が来るという事はそちらに向かっている篠ノ之束も寄ってくるという事で。
せめてこの不快感だけでもどうにかならないのか、と、嘔吐感に攪乱され、憎悪に染めつくされそうになる思考の中で考える。
『申し訳ありません、主様。私達は篠ノ之束のアクセスを拒否できない関係上、精神遮断も不可能です』
「やっほー! ちーちゃん、久しぶりだねぇ。生身で会うのは何日ぶりかな? 音声通信ならこの間も――――」
「お、ま、え、は――!」
生身とは思えないとてつもない速度で走ってくる篠ノ之束の姿を、千冬先輩の背中が隠す。
そして、
「――――退いてろ!」
千冬先輩が全力で振りかぶった右脚から放たれる蹴りが、これまた生身から繰り出された威力とは到底信じられない速度で篠ノ之束を吹き飛ばす。
「大丈夫か。栞。お前、やっぱり」
言うべきでない事を言いかけた千冬先輩を睨み付け、生身で持ち上げたIS用ブレードを突き付ける。
「昨日、言いました」
その言葉に、千冬先輩は硬直し、言葉を失う。勿論、「ISを憎んで何になるのか」なんて言葉は建前だ。その無理を押し通すために私は生きている。だが、もう一つの言葉は真実だった。
――もしそうだったとして、千冬先輩は何をしてくれるんですか?
「お前の分のテストは夜に時間を作る。部屋に戻って休め。眠れないにしても、落ち着いて横になっているだけでも違うはずだ」
「そうします」
今の精神状態で何ができるとも思えなかった私は、罪悪感に青ざめながらも気遣わしげな目をする千冬先輩に素直に頷いてその場を去った。だから、その後彼らが何の話をしたのかを、私は知らない。
――かくして、長すぎる前座は終わりを告げ、物語は終幕へと、復讐者は自滅へとひた走る。
物語開始直後から少しづつ悪化していった栞の精神状態が、篠ノ之束を前にしてついに決壊しました。
原作三巻編のメインであるところの福音戦を挟み、ここからは怒涛の流れで物語が急速に進行し、最終話「復讐者の死に方」そしてエンディング「彼女の生きた結果」へと物語は収束していきます。どうか最後までお付き合いください。