8/18改稿
「行くぞ、一夏。栞の手を煩わせるな?」
ギラリ、と殺意の籠った箒の目が光る。
その身に纏うのはここしばらくで見慣れた深緑色のカラーリングを持つ機体、ではなく、今日、臨海学校に乱入してきた束さんから渡された、真紅の機体、赤椿。
展開装甲とかいう技術によって、武装換装なしであらゆる状況に対応できる
勿論、司の事もあって束さんの事を蛇蝎の如く嫌っている箒は最初、その機体の受領を拒否した。
あまりに強く否定され、それこそ
――なんでも、本日実機演習を行っていたアメリカの第三世代機《
しかも、悪い事に、その機体、作戦呼称“福音” は競技用リミッターが掛けられていない軍事用IS。その最高速度は並のISを遥かに凌駕し、高機動パッケージを使った第三世代専用機ですら追随することも困難な2450km毎時(≒マッハ2)。
真下と言っても、こっちにまっすぐ向かってくるわけではなく、通るのは海岸から数キロ先の地点である以上、専用機よりもさらに劣る速度しか出せない教員用の機体は交戦する事すら困難、というかほぼ不可能なのだそうだ。
そんなわけで、俺達専用機持ちが集められ、対策会議が行われることになった。
戦力的に言うなら当然栞がベストなんだが、本人の精神状態が心配であるという以前に、雛菊は高機動パッケージが存在しないから福音に追いつく事が出来ないらしい。正確には、瞬間最高速度なら時速三千を叩き出せるけど、それはあくまで瞬動術+個別連続瞬時加速によるものだから持久力という言葉とは無縁。
なので栞は後詰、つまり作戦が失敗して撤退するとき、追撃してくる福音を撃退するための予備戦闘員として配置されることとなり、残りの俺たちの中からメンバーが選ばれることになった。
その中で、まず確定したのは意外なことに俺だ。何でも、軍事用ISのエネルギー量というのは競技用のそれを遥かに超え、具体的にはシールドエネルギー換算六桁を突破しているらしい。よって、栞でもない限りまともに削り合うのは自殺行為。直撃すればさらにその十倍でも一撃で消せる刃を持つ俺がメインアタッカーとなる。
続いて、第二世代機なので単純に性能の低いシャル、燃費重視型で性能的には一段落ちる鈴、重装甲で速度にはやや劣るラウラが脱落。第三世代の高機動タイプで、今回のテストに高機動パッケージも持ち込まれていたセシリアが俺の援護兼、交戦時に白式がエネルギー枯渇なんてことにならないように足代わりを担当する。はずだったんだけど…………
チラリ、と箒の方を見る。そんな視線をどう解釈したのか、箒は事情気味に笑った。
「あの人の事は嫌いだが、
不機嫌そうに言いながらも、その声にはどこか喜色が混ざっている事が感じられる。
浮かれている、んだろうか。気持ちは、分からないでもない。俺だって、自分がISを動かせるという事実を知った時には似たようなことを思った。これでようやく、千冬姉の力になれるかも、と。
――作戦が決定しかけた時、再び束さんが乱入してきた。
そして曰く、赤椿ならパッケージなんてなくとも十分な速度が出せる。イメージインターフェースにかなりの容量を喰われているくせに、高機動パッケージを装備すると肝心の第三世代兵装が封じられるイギリスの欠陥機なんかより、ずっとこの作戦には向いている、と。
それを聞いてしばし葛藤していた千冬姉は、箒自身にも参加の意思の確認を取り、何を思ったかその作戦を承認。
そして、今に至る。
「うん? どうした、一夏」
「いや、さっさと終わらせてさっさと帰ろう」
何となく危うい感じがして、でも、どこがどうおかしいのかわからなくて、俺は何も言えなかった。
…………そして俺は、この時の自分の判断を一生後悔することになる。
◆◇◆
「あれか」
[画像照合、一致。対象、《銀の福音》と識別。
音速の二倍もの速度で飛行してくる巨大な翼を携えた機体を見ながら、俺はそのデータを思い出していた。
――アメリカ・イスラエル共同制作、
あくまで他国に対する示威行為の為だけに存在しているその他のISとは違う、“他国がISによる攻撃を行ってきたとき、即座に反撃して相手の国土を殲滅する”
競技用の機体は安全保障上の問題から競技用リミッターを解除した最大出力には耐えられない
もっとも、近距離に持ち込めば出力の格差は絶対的な差ではないので、本来なら一番厄介な“相手の異常なシールドエネルギーの多さ”を零落白夜で一撃必殺できる俺なら、絶望的な戦いという訳ではない。
肝心の福音自体の特性は、第三世代機としては非常に珍しい、完全な単一武装特化タイプ。
その武装は、両翼計二十四門の、それぞれが独立稼働スラスターを兼ねるレーザー砲門、福音の第三世代兵装《
そして、二十四門の独立稼働スラスターという言葉の通り、それらのスラスターは全てが個別、且つ自在に駆動し、他のISを凌駕する圧倒的な全方位機動力を持つ、おそらく現行IS最高の回避能力を誇る機体、だそうだ。
IS学園入学前に司が一回戦ったらしいが、「慣熟訓練がもう少し進んでたら負けてた。今なら燕返しも避けられるかも」との事。千冬姉を除けば何人か戦った国家代表にも避けられたことのない燕返しを、だ。所詮暴走だからその動きは大きく劣化しているだろうけど、その回避能力の高さは油断できない。
当たらないのなら零落白夜はただのブレードにも劣るし、当てやすさという一点において、自分のPICを消してしまう零落白夜はただのブレードにも劣る。しかも使用回数制限付きだ。
そうこう考えているうちにあっという間に距離が縮まっていく。ブーストエネルギーの節約の為に赤椿の背中に乗っていた白式を分離させ、風圧を切り開くイメージでPICを展開し、スラスターを最大稼働。居合抜きをイメージした左逆袈裟で福音に斬りかかる。
――瞬間、風の壁が叩きつけられたかと思うような絶大な風圧を発生させながら、ほぼ直角に移動して斬撃を回避する福音。
現行IS最高の回避能力は、暴走してすら伊達ではないらしい。
「私があいつの足を止める。一気に仕留めろ! 一夏!!」
箒が握っている赤椿の二刀、《
だが、当たらない。俺の斬撃を躱した時のように機敏な角度でその弾幕を迂回し、ついにその、本物の鳥の翼のような、あるいは鱗持つ龍の翼のようなスラスター兼砲門が多数のレーザー弾を吐き出す。
更に回転して縦横無尽に移動しながら次々に放たれる銀の鐘の嵐。
一気に殺し切るよりも確実に削る事を重視した、単騎による立体十字砲火。
余りにも数が多すぎてロックオン警告もエネルギー感知もまるで役に立たないその弾幕の中を、視界に表示される弾道予測をもとに比較的密度の狭い空間に突っ込み、直感に任せてそのいくつかの射撃を回避。それでも避けきれなかった一発を零落白夜なしで切り捨て、辛うじて無傷で切り抜ける。白式にとってシールドエネルギーとはそのまま零落白夜の発動可能回数だ。どんな少ないダメージでも、受けないに越したことはない。
「この距離からでは埒が明かんな」
言って、箒は福音すら凌駕する速度で瞬く間に距離を詰め、インファイトに移行する。斬撃や刺突と同期して射撃を放つその二刀の特性は、インファイトであっても後退という回避手段を潰す効果がある。
しかし、それでどうにかなるなどというのは、それこそ軍用機を舐め過ぎという物らしい。
「ええいうっとうしい! ハエか何かかこいつは!」
インファイトに移行した箒から距離を取ろうとすらせず、軍用ISの潤沢なエネルギーに任せてショートレンジで銀の鐘をばらまく福音。
福音の攻撃もさることながら無秩序に放たれる箒の攻撃に近づきかねている俺を他所に、その至近距離からの弾幕の嵐に耐えかねた箒が、ついに自分から距離を取る事を選択した。
「まともにやっては一撃すら当たらない、か。二方向からの同時攻撃だ。お前の攻撃を避けたところを私が斬る。その隙に合わせろ」
「あ、あぁ。了解!」
一呼吸すら置く事無く一方的に告げて、再び箒は福音へと突撃、俺の突撃支援の為に中距離から控えめな弾幕を放つ。
(あえて回避させて次を確実に当てる一撃目、止めを確実に当てるために動きを止める二撃目、か)
三発目で確実にしとめるための三連撃、と考えれば、ある意味二人掛かりの燕返しだ。
――なら、俺がやるべきこともそれになぞらえて考えるべきだろう。
箒の攻撃を軽やかに、縦横無尽に空を舞って回避しながら俺の方へも的確に弾幕を展開してくる福音へと、雪片の切っ先を向ける。
ごちゃごちゃ考えている頭を一度真っ白に塗りつぶし、剣の切っ先のように研ぎ澄ます。
IS学園入学以来幾度となく見てきた司の斬撃を脳内に思い描き、イメージが機体に反映されていく。
そして、ほとんど無意識のうちに準備されていた瞬時加速を点火。
あえてPIC領域から外している雪片を数度振り抜き、一瞬だけ展開した零落白夜で進路上の射撃を消滅させる。
俺の動きに合わせて福音を誘導しようと苛烈な射撃を加える箒を、どこか遠くの世界の住人のように視界の隅に移しながら、刀身にPIC力場を集束。
慣性を増大した一撃で邪魔になる最後の一撃を切り裂き、ブレードの間合いまで接近してきた俺に反応した福音が、回避行動を取ろうとする瞬間――――
「はぁっ!!」
慣性を極小に反転させた神速の斬撃が振り抜かれる。
零落白夜は発動していないのも関わらず、泡を食ったように荒い起動でその一撃を回避する福音。
そこに、重力加速度を得て箒の赤椿が高速の強襲、エネルギー刃を宿した空裂の斬撃からの、雨月の刺突。
零距離から射出される幾筋ものレーザー砲撃に怯んだ福音が、苦し紛れに銀の鐘の射撃を放つ。
そして、俺は極小の慣性をそのままに刃を反転させ、その射撃ごと叩き斬ろうと零落白夜を発動し――――
「危ねぇっ!!」
ハイパーセンサーの全方位視野に映った
その一発が飛んでいくはずだった先にあるのは、一隻の船舶。この辺りには海上封鎖が駆けられていて、本来いかなる船舶も侵入してこないはずなので、おそらくは密漁船だろう。
だが、分かっていても、体は動いてしまった。
「一夏! 何をしている! 密漁者なんぞを庇って――――!!」
福音を仕留める格好の機会を、奇襲だから通じたのだと思えば、もう二度とないかもしれない機会を放り捨てた俺を、突然の俺の奇行の意味を理解した箒が激しく叱咤する。
理屈ではわかってる。封鎖された地域にわざわざ侵入してきた密漁船なんかより、福音を確実に撃墜してその後の被害をなくすことの方が大事なのだと。でも――――
「そんな悲しいこと言うなよ、箒。犯罪者だから死んだって構わない、なんて――――」
――そこで割り切れないのが、この時の俺の限界であり。
「っ、わ、私は――――」
「っ!! 箒! 後ろ!!!」
そんな、敵の目の前でのんびり口論をしていた俺たちの事を、特に、俺の言葉にショックを受けて硬直していた箒を暴走する福音が放っておくはずもなく。
――――慌てて飛び出して箒を庇った俺は、消しきれなかった十四発の連撃を受け、撃墜されてしまったのだった。
◆◇◆
織斑一夏が撃墜されたらしい。
その知らせを、私は合宿場近くの海岸で聞いていた。
即座に雛菊を展開し、ハイパーセンサーの視力でどうにか目視できる、彼方の福音を見つめる。
「司栞、雛菊。出ます」
地面を蹴って勢いで大きく上空に跳び上がり、そこから重力加速度の助けも受けて斜めに急降下。織斑一夏を回収して撤退してくる赤椿を眼下に眺めながら、追随してくる福音へと刃を向ける。
「――――両断する」
自己暗示のように決め台詞を呟き、空中で菊一文字を振り抜く。PICによって強化された斬撃の風圧が爆風のように拡散して気体分子のほとんどを撥ね飛ばし、そこに再度空気が供給される前に個別連続瞬時加速を発動。限りなく真空に近い空間において発生した絶大な推力は瞬く間に雛菊に音速を突破させ、ついには時速二千キロの大台を突破。
通常のISのFCSの対ISロックオン可能最大距離である一キロの外からゼロコンマ四秒で来襲してくる私に、所詮機械の脳味噌でしかない福音は、機械でしかない故にノーロック射撃という攻撃手段を持たず、決して対処しえない。
「堕ちろ」
残り百メートルで幻惑の舞踏を発動。福音の捕捉能力を完全に振り切って肉薄。その巨大な翼の根元に菊一文字の刀身をあてて――――
「一枚、取った」
機械制御故に雑にもほどがあるPICの波長を瞬時に逆算。絶対防御内部に力場を浸透させ、
記憶しているロジックに存在しない現象だったのか、一瞬硬直する福音を見て内心で怒りを覚え、もう一方の翼も両断。
今度は辛うじて反応した福音が、銀の鐘を暴走させて翼を爆発させようとしたため、切り落とすと同時に離脱。
「ナターシャは、もっとずっと強かった」
――――あなたは、自分の主を馬鹿にしてるの?
口走った言葉は、挑発であると同時に本心でもある。あの時戦ったナターシャの実力なら、おそらくあの時よりも遥かに慣熟訓練の進んだ今、この私ではリミッターがかかっていても勝率は二割が精々。リミッターが無ければコンマ1%を大きく割り込むだろう。
だというのに、この福音は、余りにも脆すぎる。
――引導を渡してあげましょう
内心で呟き、翼を失った、最早何の武装も持たない福音へと瞬時に肉薄し、
『っ!? 篠ノ之束!? 主様に、触るなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
――雛菊の絶叫と共に、私の意識は暗転した。
『申し訳ありません、主様――――』
・
適正な装備さえあれば使用できる操縦者は少なくないので固有戦技ではないが、幻惑の舞踏などと並ぶ司の得意技。瞬動術と違って一定の場所に留まらなくてもいいのでかなり自在に運用でき、これを多用する司本来の戦闘スタイルでは、アリーナ等の閉鎖空間で時に時速二千キロ超を叩き出す。