「色々と聞きたいことはあるが…………」
――――意識が、浮上する。
「なぁに? ちーちゃん」
視界に映るのは、とても険しい顔をした千冬先輩と、無邪気に笑う篠ノ之束。
「貴様、そのために栞のISに干渉したのか?」
どうしてこうなったんだったかしら。ぼんやりとした意識で呟きながら、しかし、視界は殺気すらこめて篠ノ之束を睨み付けている千冬先輩から外れない。
――体の自由が効かない?
拘束されている、とかではなく、完全に動かない。金縛りとはこういう感覚なのか、とどうでもいいことが思考に浮かぶ。
「ううん。違うよ」
あっさりと首を振る篠ノ之束。顔は千冬先輩の方を向きながら、その両手は私の体の何かをいじっている。
「干渉したことは認めるんだな?」
「あれっ? 今の誘導尋問? まぁいいや。いやー、でも流石にああなるとはこの束さんも完全無欠に予想外だったよ~」
千冬先輩の剣幕は、殺気を超えて殺意に至り、しかし、篠ノ之束はそれを微塵も斟酌せずキャラキャラと笑う。
「まっさかISコアと
――その言葉を聞いて、まずい、と熱に浮かされたようなおぼろげな思考のまま考える。
前に雛菊が言っていた。篠ノ之束はその気になればISの人格が持つ記憶の全てを閲覧できるのだ、と。そしてそれはつまり、幾度となく私と完全同調してその記憶の全てを持っている雛菊経由で、私の思惑が篠ノ之束にばれてしまう事と同義だ。
これ以上、雛菊を調べさせるわけにはいかない。そう思って逃げようとするが、体は微塵も動かなかった。
「完全同調? なんだそれは」
「心と心が解け合う、みたいな感じ? 精神っていう代物はこの束さんを持ってしても難解至極極まりなくてね。精神を構成する粒子はなんとか見つけたんだけど、その実態はぜ~んぜんわかんないよ」
お手上げだね~、と言いながら、さほど気にした様子はない。あまり興味のない分野の事なら、分からなくとも気にならないのかもしれない。
「う~ん、でも、幾らISコアが人間の思考を模倣しているって言っても、所詮奴らは機械。人間とは全く異なる思考体系と完全に共鳴したら廃人確定のはずなんだけど。ほんと、予想だにもしてなかったよ。それを乗り越え、まさか
「は? 創造主への反逆、だと?」
完全に聞き役に回ってしまっていた千冬先輩は、目を丸くして問い返した。うん、と頷く篠ノ之束。
「「主様に触るな!!」とか言ってコアネットワーク関係の部分全部自壊させて私の干渉を断った時は流石の束さんもびっくり仰天したよ。幾らなんでも接続経路自体を破壊されたらどうしようもないからねぇ。機能停止したのは……たぶん、強引な自壊の反動じゃないかな? 接続した瞬間切られたから、結果的に私は何にも干渉してないし。あれ、たぶん前々から予想してたんだろうね。私が何を調べようとする前から即座にあんな見事なほどの高速の自壊処理を選択するなんてさ」
そうか、雛菊が、私を守ろうと…………。コアネットワークを切るなんて人間で言えばたぶん目玉を抉るような物だろうに。
「うん、まぁそんなわけで気になったからちょっと回収して解析してるんだけどね~。なっかなかプロテクトが硬いしダミーデータが散らばってるから時間がかかってるんだよ。ダミーって言っても、この子にとって隠蔽の優先度が低いってだけでこっちにとっては有益な情報が多いしね」
こいつがISと完全同調してることだって、そのおかげで分かったんだし。と篠ノ之束は付け足した。
「そうか。だが栞は連れて帰らせてもらう。ISは極論全て貴様の物ともいえるから大目に見るが、後できちんと返せ」
「どうしても? ならいいよ。私としてはそいつの方にも興味あるけど、流石にそこまでしたらちーちゃん怒るでしょ? 待ってて、すぐロック解除して操縦者と分離させるから」
言って、篠ノ之束は私の方に向き直り、ずっと動いていた手の速度が三倍に加速する。
「――――束、一体何を考えている。白騎士事件といい、あの無人機といい、今回といい」
白騎士事件、そう聞いて、心臓が大きく脈打つ錯覚を覚えた。意識が篠ノ之束へと集中する。七割方そうだとは思っていたけれど、果たして本当に篠ノ之束が――――
「およ? ちーちゃんにそれ教えたっけ?」
振り向く事無く首だけ傾げて不思議そうな顔をする篠ノ之束。それは実質的に、肯定と取って間違いないような返答。
――――なるほど。そうか。お前の仕業か。
そう確信した直後、視界ぼやけ始め、意識に段々と靄がかかっていく。
「たわけ、あんな大それたことをできる奴が、この世界にお前以外存在するか」
「白騎士事件はそうでもないけどね~」
そう言ってけらけら笑った篠ノ之束は、唐突に、真剣な表情で振り向いた。
「ちーちゃん、この世界、好き?」
「愛憎愛半ば、と言ったところだ。愛着はあるがな」
「ふぅん。束さんは嫌いだなぁ、この世界――――」
そこまで聞き届け、私の意識は完全に暗転した。
◆◇◆
「…………ありがとう。雛菊」
多分、さっきの光景は雛菊が見せてくれていたんだろうな、と思いながら、左の腰骨の下あたり、ショーツの横の線を服の上からなぞって、そこに雛菊の待機形態が存在しないことを確かめる。
場所は、IS学園寮の私の自室。周囲に他人の匂いや気配があると休めない私の性質を気にして、誰かが部屋に運び込んでくれたらしい。服装は臨海学校に持ってきていた服の一つだ。
「しっかし、参ったわねぇ…………」
端末にいつの間にか入っていた、今回の事件の顛末を流し見ながらぼやく。
ISを使って篠ノ之束を殺すことが困難であるのは分かっていたけれど、福音の暴走が篠ノ之束の仕業だとすると、困難とかいう次元じゃなく文字通り不可能である可能性が高い。実際にああやって暴走させるのにどれぐらい時間がかかるかわからないけれど、そこに賭けるのは望み薄だろう。
何せ、前に雛菊も言っていた。「ISコアは篠ノ之束のアクセスを拒否できない」と。
「となると、篠ノ之束を殺す手段は…………」
そう、少し考え、最初から分かっていた事か、と笑い、携帯端末から千冬先輩の番号をコールした。
◆◇◆
「し――――!!」
「何故篠ノ之束を野放しに?」
少し話がしたい。そう言って呼び出した千冬先輩に、いきなり強烈な言葉のストレートを浴びせかける。
「…………聞いていたのか?」
なにを、と、千冬先輩は口にしない。しかしそれで、理解には十分だ。私の答えも、偽る必要性は感じられない。
「雛菊が、聞かせてくれました」
言って、言い逃れは許さない、と強い眼差しで睨み付ける。
千冬先輩は、滔々と語り始めた。
「……あいつはな、その有り余りすぎる才能ゆえに、人の輪の中で生きる事が許されなかったんだ。誰かに認められたいと頑張れば頑張る程、世間からは浮き親からも疎まれ、結果、あんなふうになってしまった」
――それがどうした、とは言わない。
多分、その孤独の一部は、戦闘力という一点だけであっても世界最強に上り詰めるほど隔絶した才能を持っていた千冬先輩もまた、感じていたものだろうから。
「誰かに認めてほしい、私を褒めてほしい。せめて親ぐらいには。そんな当たり前の願いで狂ってしまったあいつに鞭打つことなど、私には出来ん。軟弱、と言われるかもしれないがな」
だから、せめて私だけは、ずっと味方であり続けてやろうと決めたんだ。千冬先輩は、慟哭するようにそう声を漏らした。
「…………もう一度聞きます。私が篠ノ之束を憎んだとして、千冬先輩は何をしてくれるんですか?」
その答えは、語るまでもなかったろう。
――仕方ない。不満は残るけど、次善で満足しよう。成功率0.01%未満の最善より、成功率70%の次善だ。
――私は、無為に死ぬわけにはいかないのだから。
◆◇◆
話を終え、千冬先輩を部屋から追い出した私は、化粧台から透明のマニキュアと、一つの小箱を取り出していた。
それは、こういうパターンの為に、何年も前から常備している私の仕込みの一つだ。
爪に薄く塗ったマニキュアの上に、小箱から取り出した透明の付け爪を乗せ、ドライヤーで急速に乾燥させる。
続いて、服を乱雑に脱ぎ捨てて着替えを始め、クローゼットの奥にしこんである一着のベストを取り出して服の下に着こもうとして、やめた。服の下に着こむ程度じゃ違和感を隠せる装備じゃないし、何より第一段階には別に必要ない。
携帯端末を操作して織斑一夏と篠ノ之箒にメールを送る。
内容は、篠ノ之束について話があるということ、そして、他の人は絶対に連れてこないでほしい事。
――そして、メールを送って五分もたたないうちにやってきた織斑一夏と篠ノ之箒に、私は不意打ちで抱き着いた。