なお、栞の強さは楯無ぐらいを想定しています。
7/16改稿
8/18再改稿
俺が彼女を見た最初の印象は、「昔の千冬姉っぽいなぁ」という物だった。
抜身の大太刀のような鋭い気配。しかし、不格好なとげとげしさはなく、なんというか、斬るべき物を知っている、というイメージ。
まるで感情を読み取れない無機質な表情と機械的な仕草も、余計な事に割く熱量など持っていない、と全身で示しているようだった。
――まぁ、その後の奇行で、一気にどんなキャラなのかわからなくなったんだけど。
◆◇◆
千冬姉ともなんか仲好さそうだったし、ちょっと話してみたいなーと思いつつ視線を向けると、授業が終わるなり本に熱中していた司さんは即座に反応して目だけをこちらに向けた。
さっきも思ったけど、やっぱりこの子滅茶苦茶視野が広い。
「織斑一夏だ。よろしく、司さん。俺の事は一夏って呼んでくれ」
教室中から向けられるプレッシャーを努めて無視しながら、引きつっている顔でできるだけの友好的な笑みを浮かべて、右手を伸ばす。
顔を本に向けたままの視線が、俺の右手を穴が開くほどに凝視している。日本人が握手なんて珍しい、とでも思っているんだろうか。残念ながら、俺に女の子の表情を読むスキルはない。
「司栞。さんはいらない。名前はやめて。何か用?」
伸ばした右手をスルーして、此方に振り向く彼女。IS学園の生徒は大半が女子校育ちだから男と接することに抵抗があるのかもしれないけど、ちょっとショックだ。
「千冬姉と仲良かったみたいだけど、知り合い?」
「弟子みたいなもの」
「は?」
えぇっ!? と、俺にシンクロするように、教室中から奇声が上がる。
え? 特殊とはいえブレード一本で世界を取ってしまったために「凄すぎて全く参考にならない」と言われたあの千冬姉の?
信じられない、と俺が目を丸くしていると、流石にそれでは説明不足だと思ったのか、ぽつりと呟いた。
「『届く翼と斬れる剣があるなら、それ以外は余分に過ぎない』」
ISに詳しくない俺でもそれぐらいは知っている。それは千冬姉の名言(迷言)で、さっきも言った「凄すぎて全く参考にならない」千冬姉の凄さを端的に表しているとして最も有名なセリフの一つだ。
「それが、私の雛菊のコンセプト」
ポツリ、と、司は言葉を付け足した。
自分で言ったその事の凄さを、本人は理解できているのだろうか。疑わしくなるほど、何の感慨もなさそうな声音だ。
それはつまり、「凄すぎて全く参考にならない」織斑千冬の伝説を本気で後追いしているという事で……
「だから、弟子ってわけか」
「知られている限り、世界でも同タイプの操縦者は二人だけ」
だからこそ、大いに納得した。確かに、自己紹介でも
「凄いな」
思わず漏らした感嘆に、返ってきたのは「何をあたりまえの事を言っているの?」とでも言いたげな、無表情というこの上ないドヤ顔。衝動的にこみあげてくる笑いをこらえるのに、俺は結構苦労した。
実際この子がどれだけ強いのかはともかく、それを真剣に目指しているという一点だけで、心の底から尊敬の念が湧き上がってくる。俺がずっと憧れて、ISを動かせると知った日に少しだけ夢想したその夢を、この子は本気で目指しているのだ。
「それで、」
なるほど。だから千冬姉に似てるって感じたのか。と納得して頷いていると、司は唐突に逆側を振り向いた。毎度毎度――というには付き合いが浅すぎるが、そんな雰囲気――一々唐突だ。
その先にいたのは六年ぶりに出会った俺の一人目の幼馴染、篠ノ之箒。世間的に言うなら、天才科学者篠ノ之束の妹だ。
六年前と変わらない、鋭い刃のイメージ。司と比べると何でもかんでも斬り裂くようなとげとげしい荒削りの印象があるけれど、あちらは実用一辺倒すぎるので“美”としてはこっちが上だろう。
「何の用?」
何か用事でもあるのか、司の後ろに直立していた箒の視線が、問いかけた司ではなく俺を射抜く。
微妙に殺気が混じっている気がしてちょっとビビった。俺、なんか悪いことしたっけ?
「いや、六年ぶりに再会した幼馴染と少し話をしようかと思ったんだがな」
それでなんで殺気を飛ばしてくるんですか箒さん。という俺の声なき抗議は届かない。
「そう」
司が頷いて、二人の視線がこちらを向く。決定権は俺に委ねられた。
少し考える。現状、どっちと話をしたいかと言えば、おおよそ半々。一番聞きたかった千冬姉と司の関係は聞けたので、別に残りの時間を箒と旧交を温めるのに使ってもいい。
けど、
「三人で、じゃダメか?」
二人の顔色を窺いながら、折衷案を返す。
俺から話しかけたのに一方的な都合で話を切り上げるのは失礼だろう。まず間違いなくそんなことを気にしそうにない相手だけど、こういうのは心がけだ。
だからといって、六年ぶりの再会を祝ってくれる(?)幼馴染との会話を断るのも気が進まなかった。
特に異論はないらしく、司は箒の顔を見上げる。
箒はわずかに迷ってから、頷いた。
「そうだな。確かに、割り込んだのは私だ。司、でいいのか? 私は篠ノ之箒だ。名前で呼んでくれ」
「名前でもいい」
俺の時は名字で呼べと言われたのに、と地味にショックを受ける。いや、男相手と女相手の対応の違いなんだろうけど。
「では栞と呼ばせてもらう。それで、織斑先生の弟子らしいが……」
「正確には違う。“織斑千冬の直弟子”周りがそう呼んだだけ」
違うのかよ。尊敬して損し……いや、周りから認められているってことの方が凄いのか?
「そうか。だが織斑先生は前回のモンドグロッソで引退して、ドイツから帰国してすぐIS学園に入学したと記憶しているんだが」
そうだったのか。千冬姉はあんまり家に帰ってこなかった仕事の事とか全然知らないんだよなぁ。IS学園に就職してたってのも今日知ったし、昔馴染みとはいえ他人の方がよく知ってるってどうなんだろう、とちょっと真剣に悩んだ。
そんな俺の内心はさておき、箒が言いたいのはつまり「三年前のモンドグロッソより後には長期で教わる機会がなさそうなのに、いつの間に弟子と言われるほどの仲になったんだ?」という事なのだろう。
それに対する司の返答は至ってシンプルだった。
「三年前に、四ヶ月だけ」
つまり、三年前、小学校卒業したばかりの十二、三才ですでに、自分はIS操縦者だったのだ、と。
だが、たぶん俺よりISを知っているからだろう、箒は納得いかないらしく、訝しげな表情で問い返した。
「十三で、か?」
「私は十二で専用機」
即答で返されたその答えに、箒が絶句する。突然周囲の雑音が止んだ気がしたが、たぶん錯覚ではない。元々かなり注目を集めていたし、聞き耳ぐらい立てているだろう。
ISは、世界でたった467機しか存在しない、極度に数が限られた兵器だ。俺は寡聞にして知らないけど、その467個だって研究とか訓練とか色々あるから、全てが正面で運用されているわけではないだろう。
なのに、司は十二歳で自分専用の機体を与えられた。467分の1を割く価値があると認められた。
「私だけじゃないから、それほどでも」
何でもないように司は答える。だがしかし、それは――
そこまで考えて、いや、と俺は首を振った。
改めて尊敬と、憧憬と、少しの嫉妬を込めて、司と目を合わせる。
女性としてはかなり長身の千冬姉と違い、司は女性としても小柄な方だ。スカートの裾から覗く脚は、体操選手か何かと思うほど引き締まっている。しかしよく見れば、肌は綺麗に手入れされてはいるようだが指の形はいくらか歪だし、本当に真剣に努力してきたのだろう、というのがわかる。
そんな、俺の目線を、何か勘違いしたのだろうか。司は首をかしげて、言った。
「IS、教えてほしい?」
心の底を見透かすような深い瞳の輝きに、ドクン、と心臓が高鳴る。
言われて初めて自覚する。全くその通りだ。俺は、千冬姉に追いつくために、同じ道のもう少し近いところを走っている司に、教えを乞いたいと思っていた。
そしていつか対等の立場に立って、一緒に千冬姉を目指したいと、そう、感じている。
「先輩には恩がある。弟に返すのも悪くないし、」
言って、司は仄かに笑った。
――――なんというか、ヤバい。
何がヤバいのかわからないまま、俺はしばらく固まっていた。
◆◇◆
「待ってください! 納得がいきませんわ!」
おぉ、気が合うな。え~と…………白人さん。俺も納得がいかん。さあ俺と一緒に反対運動を――――
「大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ! わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」
前言撤回。気が合いそうにない。
が、ISの登場によって女尊男卑に大きく偏った今の世の中、あながち珍しい意見でもない。気に入らないとは思うが、それだけだ。
「いいですか? クラス代表とは、クラスで最も優秀な人間がなるべき。実力から行けばイギリスの代表候補生にして入試主席であるこのわたくしがクラス代表になるのは必然」
(は!?)
気に入らないながらもとりあえず一理はあるので黙って聞いていたオルコットさんの言葉に、声すら出ないほど絶句する。
(え? この子が首席? 司は?)
入試主席っていうのは入試の成績のトップ、つまり学年で一人しかいないはず。
ってことはつまり、彼女が首席だってことは司は首席じゃないってことだ。同率一位という可能性もないではないけど、その言い方からして、おそらくオルコットさんの単独トップ。
……どうもIS学園ってとこは俺が思った以上に魔窟で、代表候補生っていうのは俺の想像を三段飛ばしで追い抜いていく超人共の巣窟らしい。
どうしてこんなことになったのかというと、まぁそこまで難しい話じゃない。
あの後、二時間目の授業が終わってから俺は箒に呼ばれ、屋上にて六年間ぶりの幼馴染と昔を懐かしんだ。
で、その次の授業。座学なのに織斑先生が前に立っているのはなぜだろう、と多くのクラスメイトが首をかしげている中、織斑先生はクラス代表とクラス対抗戦の事を話し始めたのだ。
クラス代表とは、要するにクラス委員長にバトル方面でのリーダー要素を足したようなものだ。直近で言えば、五月に各クラスの代表間で行われるクラス対抗戦に出場するらしい。
そんなわけなので、多分クラス代表になるのはおそらくクラスで、もしかしたら学園でも最強クラスだろう司になるんだと思っていたのだが……
そこで、何故か俺が挙げられたことから歯車が狂った。
まぁ、織斑先生の言い分である「自薦他薦は自由と言った。推薦された者に拒否権などない」というのはまあ一理あるし、そもそも織斑先生の決定は絶対だ(という雰囲気がある)が、そこで納得しなかったのがオルコットだ。
どうも彼女、上の発言で分かる通り滅茶苦茶プライドが高かったらしく、入学前に配られた事前学習の教本をあまつさえ電話帳と間違えて捨ててしまうような間抜けな俺がクラス代表になる事が我慢ならなかったようなのだ。
「それを、物珍しいからなどという下らない理由で極東の野蛮人に等にされては困りますわ!」
そして、オルコットがこのように激昂する今に至る、と。
「わたくしはこの極東の島国までIS技術の修練にきているのであって、猿をヘッドにサーカスをしに来たのではありません! 大体、このような文化としても後進的な国で――」
言いながら、自分でテンションが上がってきたのだろう。オルコットの言い分が滅茶苦茶になっていく。
俺の事を馬鹿にされるのは、まぁ仕方ない。事実俺はISに関しては素人だし、その前だって千冬姉に守られていただけだ。
(だけど、日本を馬鹿にするのは、違うんじゃないか?)
そう思い、抗議しようとした俺の機先を制するようなタイミングで、他の女子が一手先にオルコットの言葉を遮った。
「あ、あのー!!」
覚えのない顔だ。まぁ、俺はまだクラスメイトの顔を十人も覚えていないが。
「なんですの!?」
言葉を遮られたことにオルコットが激昂するが、なんかやたら一途そうな目をしたその子は微塵も怯まない。
「オルコットさんが首席ってことは、栞さんは次席ってことですか!?」
信じられない。その子の瞳に宿っていたのはその一念だった。代表候補生はテレビに出る機会も多いって聞いたから、もしかしたら司のファンなのかもしれない。
代表候補生の事なんてまるで知らない俺は、オルコットが司より更に強いのかと思ったけど、俺よりよく知っているであろうこの子には信じられなかったのだろうか。
まるですがるような目で見つめてきたその子に対する織斑先生の返答はシンプルだった。
「司はIS委員会特別推薦枠の入学だから内容が違う」
――試験が違う。だからそもそも比較できない。
「が、IS学園の規定により、委員会特選枠の生徒はクラス代表にはなれないからここで気にする必要はない」
織斑先生の言葉に続き、いつの間にか振り向いてきていた司が少女の方に頷く。
やはり司のファンだったんだろう。少女は感激した様子で席に戻る。
逆に穏やかでいられないのはオルコットだ。司が織斑先生の弟子だと聞いても、十二歳で専用機をもらったと聞いても、「自分が首席なのだから自分よりは弱い」と思っていただろうオルコットの、その自身の根拠の一つが砕かれたのだから。
「つ、つまりそれは、わたくしが彼女に劣るとおっしゃっているのですか!?」
「当然だ。短い間とはいえ、私が仕込んだのだからな」
何やら、教師にあるまじき私情が混じっているように見えるのは気のせいではないと思う。
千冬姉も日本文化は好きだから、文化としても後進的だのなんだのと言われて心穏やかではなかったんだろう。それと、弟子のような相手が舐められていたのが気に喰わない、というのもあるかもしれない。
……自惚れになるが、俺の事も。
「司栞! 決闘ですわ!!」
よほど自分に自信があったんだろう。「お前は司より弱い」そう断言されて、オルコットはブチギレた。先ほどまでの怒気がお遊びに見えるほど濃密な敵意だ。
しかし、司はまるで動じない。受け流す必要すらないとばかりに、座ったまま平然とオルコットを直視する
「挑戦なら受ける」
――身の程をわきまえろ。その無機質で真っ直ぐな目に、そんな副音声を錯覚する。
しかし、その返答に対してオルコットが再び爆発するよりも早く、司の様子に満足げに頷いた織斑先生が場をまとめ上げた。
「いいだろう。では一週間後、司、織斑、オルコットで模擬戦を行い、織斑とオルコットの勝数の多い方をクラス代表とする。異論はないな?」
え? 俺も?
「問題ありません」
「望むところですわ!」
「いいな? 織斑」
ギロリ、と睨み付けてくる織斑先生。「返事ははいかイエスだ」そう、声に出さなくてもその有様が語っている。
「は、はい!!」
その剣幕にビビり、反射的に返事をしてしまってから後悔して。
――結局どうなっても同じだっただろうな、と諦めるのはすぐ後の事だった。
・国際IS委員会特別推薦枠(委員会特選枠)
事情を知るものには「生徒会長枠」と呼ばれることもある、IS学園の特別入学枠。
IS学園において、生徒会長には非常に大きな権限が与えられている。
これは筆頭教師に学園長、職員の大半も日本人で構成されたIS学園はどうしても日本びいきになってしまうので、そのバランスを取るための規定である。
しかし、だからといってその生徒会長に一国の利益を優先する人間が就任されても困るので、その生徒会長になるべき人間をIS委員会が送り込むために主に使われている。
逆に、生徒会長がIS委員会に占有されている事に対するガス抜きとして、クラス代表はある程度自国の利益の為に権限を使っていいことになっているので、その枠を委員会特選の入学者が埋めないようにするという理由から、委員会特選の入学者は原則的にクラス代表になれない。
なお、上記の理由から本来日本人は生徒会長になれない為、楯無はロシアに身柄を移動している。
栞の場合は、一話にあった通り一夏と箒の護衛である。