・月に一度程度の頻度で行われる栞と雛菊の完全同調の終了30分前以前に、栞に対する好感度が一定以上の一夏が栞の部屋に入る
8/18改稿
――扉を開けた瞬間、漂ってきたのは、まるで意識を犯すかのように、余りにも甘美な甘い匂い。
――そして、温かくも涼しくもない何とも言えない温度の中で、ベッドの上に裸で眠る司の姿。
思わず硬直し、あらゆる思考が吹っ飛んだ脳内に先の匂いと不思議な音楽が侵食する。
人間の五感の中で唯一情動と直結している器官である嗅覚を介し、感覚器から直接快感を流し込まれるような感覚。
そこに聞こえてくる謎の音は、まさに催眠術のように俺の意識をトランス状態に落とし込んでいく。
体調を悪くしているという栞が心配で見舞いに来たという本来の目的が、瞬く間に思考から消え去る。
薄れていく理性の中で、「(この時は)誰も部屋に入らせないでくれ」といつも司が千冬姉に言っているのはこういう事だったのかと理解するも、司の姿を見て硬直、もとい、その均整の取れた肉体と何よりも目を引く豊かな乳房に魅入ってしまった時点でもう手遅れだ。
一時薄れた理性の隙間に、比喩でなく人の意識を犯す薬物の作用は深く深く浸透する。常習者である司用の濃度に調整されたそれを、全く耐性の持たない俺が嗅いでロクに抵抗できるわけもなかった。
肉体は思考の制御を離れ、ゆっくりと音を立てずにドアを閉める。
外気の流入が収まったことにより、さらに匂いが濃密になって意識を犯す。
怪しげな暗さを演出する暖かなオレンジの光と、意識をトランス状態に誘導する不思議な音、そして何より、ベッドの上に鎮座する、美しい女の肢体。
扇情的な黒いレースのショーツのみを身に着けた司の姿は、どこか神聖なもののようで、それでいて、まるでこちらを誘い込む食虫植物か何かのようにも見えて――――
――――どちらにせよ、尊いからこそ穢したいし、罠とわかっていても誘われたいのだと囁いている心の声は誤魔化せなかった。
だから俺は、まるで夢遊病患者のようにベッドの上の司へと歩み寄り、その下着に手を――――――――
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「ただいまー」
「あ、パパだー! いらっしゃいパパ、ゆっくりしていってね!」
――――ぐはぁっ!!
玄関を開けた途端の無邪気で残酷な娘の言葉に、俺はたった一撃でノックアウトされてしまった。
別に単身赴任でもないのに我が家に帰ってきて「
やめよう。深く考えると鬱になる。
突然胸を抑えた俺を不思議そうな目で見つめている娘の向こうから、くすくすと笑いながら現れるのは、先月また妊娠が発覚した愛しい愛しい妻、栞の姿。なのだが、
「あら、
いかにも面白そうに、娘の台詞になぞらえた出迎えの言葉をくれるこいつはやっぱりサディストだ。いや、まぁ、今更確認する事でもないんだけど。
「あぁ、大丈夫。今回はしばらくいられるよ。お前の妊娠祝いって無理言って三日力づくで開けてきたんだ」
そう、ならいいわ。と、栞は優しく微笑んで、「よかったわね~」と娘の頭を撫でる。撫でられている娘の方も、今日から三日間父親と一緒にいられるという事でとてもうれしそうだ。
年に十回ぐらいしか家に帰れず、滞在時間にして二百時間も満たないにもかかわらずこんなにも娘がなついてくれているのは、やはり母親である栞の教育がいいからなのだろう。
(――まぁ、栞は親という物への思い入れが特別強いからな)
――――だからこそ、あの日俺にレイプされて
後悔はしている。それこそ首を掻き斬りたいぐらいに。実際、これまでの人生の過半を捧げてきて復讐という目的を失った栞が心神喪失状態に陥った時など、本当に自殺を図りかけたぐらいだ。
――しかし、どんなに後悔をしても、それ以上に、愛しい人がこうして生きていてくれることが嬉しい。
「じゃあ、行ってらっしゃい。折角パパが帰ってきてるんだから、寄り道しないでまっすぐ帰ってくるのよ?」
かつての無口無表情無感情などまるで幻だったかのように、少女から女性へと成長した栞は、優しい母の笑みを浮かべて娘を送り出す。
「は~い。ママ、パパ、いってきまーす」
昔の母親によく似た、将来美人になる事が約束された娘は、その母の愛情を一身に受けてとても素直な優しい子に育ってくれている。
「あぁ、行ってらっしゃい」
俺がいなくともこの家はきちんと回っているんだ、と思うと少しどころではなく寂しくなるが、俺の行動がこの情景をほんの少しでもよりよくできるなら、なんだってするのが今の俺の生きる意味――――
――パタン、ガタンッ!
――なんて平和な事を思っていられたのも、娘が閉じたドアの向こうに消えるまでだった。
ドアが閉じる音がした瞬間、瞬く間に懐の内側に踏み込んできた
だがしかし、回避してはいけない。
これは確認なのだ。かつて、身勝手な行動(絶対に入ってはいけないというのを無視して勝手に見舞いに行ったことまでは、間違いなく俺の意思だ)で栞の人生を破壊してしまった俺が、今でも栞の為にこの命を使い潰す覚悟があるのか、それを確かめるための。
数秒、そのまま停止して、微動だにしない俺の様子に満足したのか、栞はナイフを収めて、怖いぐらいに綺麗な笑みを浮かべた。
「お帰りなさい、一夏。ずいぶん遅いお帰りね」
この場合の“遅い”というのは、滅多に返ってこない、というのと同義だ。
先にも言った通り、親という物に特別思い入れの強い栞は、年十回も帰ってこられない、日数換算でも十四日も家に滞在しない俺の現状を許していない。その理由が仕事だろうが何だろうが、だ。
いや、許してくれているからこそ実力行使に出てこないというのがより正確か。
「滅多に帰れないのは悪いと思ってるし、単純に俺だって家族に会えないのは辛い。けど、これは、俺に課された義務だから。それを果たすまでは、どうにもならない。必ず近いうちに整理をつけて、その後は――――」
――白式に選ばれた、ISの未来と束さんの遺産への
実際、収入云々とかいう問題ではなく、俺がその義務を果たさないことは絶対に世界が許さないだろう。そうなれば塁が及ぶのは、あの日以来ISを動かせなくなって身を守る力を失った栞と、そもそも力なんて全くない娘だ。
「その後っていつ? それを言い続けてもう何年たったと思っているの? 七年よ七年。近いうちって何年後? この子にまで父親がいない寂しさを味あわせるつもりなの?」
だが、そんな理屈で栞は納得しない。
当たり前と言えば当たり前だ。なにせ、
そんな栞の、娘の前で仲のいい家族をやっていた時の澄んだ瞳とは全く違う、様々な負の情念が入り混じった混沌のような瞳を見据え、真摯な声音で俺は答える。
「……早くて、一年。最悪でも五年以内には片を付けられる」
恐らくこうなるだろうな、と思って、ここ一週間かけて頑張って見積もりを出してもらったのだ。五年、というのはかなり余裕を持ったスケジュールだが、栞の場合そのタイムリミットを一日でも過ぎるとガチで殺しに来る可能性があるので楽観的な予測は立てられない。
「そう。信じるわ」
七年越しにようやくすることができた俺の宣言に、栞は一瞬のタイムラグもなしで頷き、柔らかい笑みを浮かべて嬉しそうに抱き着いてきた。夫婦という互いの関係以上に、俺の側に負い目があるからこそ裏切れないのだと確信して、
ほとんど反射的にその頭を撫でる。
栞が俺に向けている感情は、女が男、妻が夫に向けるそれというよりも娘が父に、妹が兄に向けるそれに近いので、彼女はこういった触れ合いをとても好むのだ。
とても気持ちよさそうに表情を弛緩させて体をくねらせるその姿に数秒見とれて、いつまでも玄関先に突っ立っているのもあれだから、と栞を抱き上げる。
「ねぇ、朝ご飯はもう済ませたの?」
抱き上げられた状態で、栞は妖艶にしなだれかかってくる。首元にかかった吐息に、危うく股間が反応しかけた。
「いや、まだだ。やっぱり、家に帰れるんだから手料理が食べたい」
内心の動揺を押し殺し、いつものように答える。単純な味なら外でいい店に言った方が上だが、愛しい人の手料理という心の栄養とは比較にもならない。
「そう、じゃあ、シャワー浴びて待っててくれる? 丁度上がる事にはできるようにしておくから」
言って、栞はすとんと床に下りる。その発言に、俺は呆れた。
「シャワーって、まさか朝からいきなりか?」
思いっきりジト目で見つめると、栞はほんの少し頬を赤らめて口を尖らせた。ヤバいぐらい可愛い。
「仕方ないじゃない。溜まってるんだもの。一人でやってもあんまり気持ちよくないし」
ダメ? とほんのり目を潤ませた上目づかいに、脊髄反射で頷いた。そもそも、ただ呆れているだけで拒否する気なんてなかったのだし。
「じゃ、朝食期待してる」
エプロンを身に着け台所に消えていく栞の後姿を見送って、荷物を置きに自室に向かった。
「しっかし、なぁ…………」
そして、十全に防音のなされた自分の部屋に荷物を投げ出し、思わずぼやく。
九割以上俺の意思ではなかったとはいえ、あんなことをしてしまった以上責任を取るのは当然だ。まして、妊娠までさせてしまったのだから。
だが、それでも…………
――今、俺の妻をやってくれている栞が、かつて俺が恋した栞と全くと言っていいほど別人であるという事実は、どうあっても変えようがない。
――あの姿がただの仮面だったのだと知ってすら、俺がかつてのあの栞の事を好きなのだという事は、俺にはどうしようもない事だ。
GOOD ED-彼女の願ったベストエンド-
・司栞(織斑栞)
一夏の嫁。恐怖のヤンデレ。どれぐらい怖いかというと、眼球にナイフを突きつけるあれをもしも回避してしまうと直後ガチで殺しに来る。白式の生体再生が無かったら最低四回は死んでいた。反射的に防御してしまった場合でも、恐ろしく不機嫌になってしばらく口をきいてくれなくなる。
一夏によって妊娠させられてしまった事で、親子という物に恐ろしく憧憬の強い彼女は、子供に対する責任に縛られて自分の命を浪費することができなくなった。
それにより、これまでの人生の半分とこれからの可能性の全てを捧げた復讐という目的を失った彼女は一時精神崩壊状態に陥り、そこに雛菊が、栞に取り込まれることも覚悟でバラバラになった栞の精神の深層に侵入。父親の記憶を表に引きずり出すことに成功した。
そして、数ヶ月の昏睡から栞が目覚めた時には、すでに亡国機業は壊滅し、篠ノ之束は寿命に散っていた、という顛末。
現在は一夏と夫婦関係だが、一夏に対する感情はあくまでも依存であって愛ではない。今までの自分のあらゆる所業に対する罪悪感のはけ口として彼の存在を求めているだけである。
なお、罪悪感と言ってもそれは、全てを欺き恩人すら殺そうとしていたというだけの、多分に主観的な罪である。復讐の成就の為にも味方を増やしたかった・敵を増やしたくなかった栞は他人を陥れるようなことはしていない。
現在は子の存在などによって狂騒状態になっているが、ソレが、償える余地がある、許される(自分を許せる)余地がある以上いずれは立ち直って一夏への依存からも脱却する。その後の一夏との関係がどうなるかは、その期間に稼いだ好感度次第
・織斑一夏
白式の本来の機能を解放し、IS達の王となった掛け値なしの世界最重要人物。
篠ノ之束の遺産であるコアNo.000へのアクセス権を有する四人のうちの一人であり、そのコア人格と交渉して技術開示を求める交渉権限を持った、たった一人の人物。
栞の事は愛しているが、その実、本当に好きなのは今の栞ではなくかつて栞が演じていた仮面の方。
仕事が忙しすぎて触れ合う時間がほとんどないとはいえ、七年の結婚生活で愛着が湧いてはいるのだが。
・篠ノ之束
箒の恋路を邪魔する存在として栞を排除しようとするも、一夏と箒に「余計なお世話だ!」と一蹴され、千冬に諭されて、「自分の大切な人たちにとって都合のいい世界を作る」という目的が間違っている事を自覚する。
最後はクロエを合わせた四人に看取られて、それなりに幸福な終わりを迎えた。