ブレイドアーツ(一夏VS栞:一夏視点)、蒼雫零落(一夏VSセシリア:一夏視点)、その無謀を知れ(栞VSセシリア:栞視点)の三部構成。
あと三話(第八話)で導入編が終わる、かな? 書いてみて区切りが良ければ(あるいは悪ければ)8話から原作で言うところの鈴編に入れるかも。
7/16改稿
8/18再改稿
◆◇◆前哨戦・ブレイドアーツ◆◇◆
「ふ~…………」
――大きく息を吐いて、精神を集中する。
あれから一週間。月曜の放課後。つまり、待ちに待った試合の日。
一向に効果の見えてこない司監修のISの訓練と、こっちは結構結果の如実な箒とのIS知識の勉強、そして、勘を取り戻すための剣術の稽古。俺は、自由時間のほとんどをそれらに費やして今日に備えた。
目を見開いて、顔を上げると、不安そうにしている幼馴染の姿が映る。
それに苦笑を返して、大丈夫、と口の動きだけで答えた。
俺、司、オルコットの三人で総当たり戦を行う、変則的なクラス代表決定戦。変則的な、というのは勿論、司がどんなに勝ってもクラス代表にならないという一点だ。
三試合の内、最初に行われるのは俺対司の戦い。その辺は大人の事情とやら、と最初に説明されていたけれど、今となってはその理由は明白だ。
「織斑先生、まだ届かないんですか?」
俺が落ち着いていると見てほっと一息ついたのも束の間、すぐにまた不安げな様子に逆戻りした箒が千冬姉に話しかける。
――予定時刻を十分以上過ぎても、未だに俺に渡されるはずだった専用機は届いていない。
司との練習で、俺がPIC訓練以外をやらせてもらえなかった理由は、「他の機体の癖を付けない為」という事だった。だから、機体さえ届けばもっと他の事もできる、と期待していたのだが、結局試合当日、試合開始時刻になっても俺の専用機は届いていない。
その事について司は何も言っていなかったが、それは知っていたからなのか特に何の理由もないのか、まだあの無表情の顔を読むのは俺には至難だ。
ただ、少なくとも千冬姉はそれを解っていたんだろう。
だからこそ、専用機を本当の意味で専用機にするために必要な“
ちなみにその後は俺とオルコット、司とオルコットという順。こっちの方はどういう理由かよくわからないが、箒に言わせれば「先に司とオルコットを戦わせたら自信がへし折れるからではないか?」だそうだ。在りそうな理由だった。
あの後知った話だが、司はU-18で世界トップ4に入る若手最強の一角なのだそうだ。それを教えてくれたのはたまたま話す機会があった三年の先輩で、ついでに、この学園の生徒会長もその四人の一人。しかもその人は代表候補生どころか国家代表だ、と。
『専用機持ちとはいえ、並の代表候補生ごときが挑むなんて蛮勇にもほどがあるわよね』
その先輩はそう言っていた。ついでに、俺がオルコットと戦うのも蛮勇と言われたが、俺が挑んだのではなく千冬姉に強制されたのだから蛮勇ではなく無茶振りだ。だからと言って負ける気はないが。なお、俺と司が戦うことについてはノーコメントだった。
「織斑くん織斑くん織斑くん!」
と、僅かに思考を過去に飛ばしていると、何やら俺の名前を連呼しながら副担任の山田先生が、俺達のいる第一アリーナのAピットに駆け込んでくる。
「ようやく届いたか」
やれやれ、と何故か疲れた顔をする千冬姉。何か心辺りでもあるのだろうか、と思考の端っこで考えながら、待ちに待った専用機との対面に、俺は心躍らせた。
「はい」
プシュー、ガコン、と気密シールドの開く音が聞こえる
「これが織斑くんの専用機。その名も――」
ゆっくりと開く隔壁の向こうに鎮座していたのは、鮮烈な“白”。
「――
(この機体は、俺が乗る為にある)
不思議な確信が、自然と足を動かし、半ば呆然としたまま自動的に行動していると、いつの間にかIS、白式を装着していた。
――途端に、感覚が大きく広がって、あらゆる束縛から解放された快感が全身に奔る。
初めてISを、偶然触れた打鉄を起動したときにも感じたあの感覚。訓練で再び乗った時には感じられなかったそれが、しかし今回は何倍にも増幅された歓喜として流れ込んできた。
「分かっていると思いますけど、まだその機体は
「下手をすると今は、訓練機より弱い、ですよね」
山田先生の言葉に頷きを返す。
だが、まだ専用化がなっていない、誰が使ってもいい機体であるにもかかわらず、やはりこれは俺の専用機なのだ、と奇妙な確信が心の中にあるのも確かだった。そして同時に、その状態でも――――
「そうだ。カタログスペックを見る限りその機体の性能は高いから訓練機より弱いなどという事はないだろうが、くれぐれも、一次移行前に落とされるなよ? 司もその辺りは分かっているだろうが、あまり
それは怖いな。と大げさに身震いをして、ピットの向こう、アリーナの先に見える、司がいるはずのBピットを見据える。
「織斑一夏、白式。いきます!」
三人が十分に離れたのを確認して、スラスターを全開、最大加速でアリーナの上空へと飛び出す。直後、Bピットから飛び出してくるのはここ一週間で見慣れた若草色の機体。
[敵機捕捉。画像データをデータベースより照合します。一致件数一件。データ、表示します]
君臨、という言葉が連想されるほど、堂々と正面に浮かぶそのIS。
そのほっそりとした腕部と胴体装甲は、正しく機械仕掛けの鎧。そしてその背中に機械仕掛けの
一般的なISの、“脚部と腕部に機能を集中させ、胴体装甲を有さない”という常識から外れた異形の機体だが、IS世界大会モンドグロッソの部門優勝者をヴァルキリー、総合優勝者をブリュンヒルデと呼ぶことを考えると、むしろ司のその姿こそが正しいISの在り方にすら見えてくる。
[日本製・第二世代機《
第三形態ってのは初めて聞いたな、と思いつつ、視界の端に表示されている武装一覧から実体ブレードを展開。
一覧と言いながら一つしか表示されていない事とか、初心者にいきなりブレードオンリーなのかよとか、普段の俺ならツッコミを入れたのだろうが、白式の魅せてくれる解放感と戦闘前の緊張感で大分ハイになっていた俺は、むしろそれぐらいの方が丁度いい、と獰猛に笑った。
――同時、瞬くような光を発し。俺の持つブレードよりも二回り以上大きい、2.5mを超える巨大な刀が司の右手に召喚される。
[武装確認。特殊実体ブレード《
何となく使い方がわかる思考操作で、Y/Nと表示されているYの方を選択。即座に視界の外縁部にそのデータが表示され、音声による自動解説が入る。
[《菊一文字・九十九式》内部にPIC展開機構と峰部にスラスターを備えた、日本刀タイプの大型実体ブレードです。登録データ上での攻撃力は、ブレードカテゴリで《零落白夜》に次ぐ第二位。――カタログデータと自機防御性能を元に最大ダメージを算出。算出完了。予測最大ダメージ657。極めて致命的な威力です。絶対に被弾は避けてください]
初めて知ったあのブレードの仕様はともかく、告げられたそのぶっ飛んだ攻撃力に思わず噴き出した。
俺の乗っているこの機体、白式のシールドエネルギーは800。実際には競技用の数値であって、これがゼロになってもシールドバリアが消滅するようなことはないが、試合の勝ち負けはこの数値で決まる。そして、あのブレードはクリーンヒットすればその80%以上を一撃で削り落とすのだそうだ。
んなアホな…………。
[管制室より、カウントダウン開始確認。5、4、3]
絶句している間に、試合開始の時間が間近に迫っていた。
慌てて俺が剣を正眼に構えると、ハイパーセンサーで著しく強化された視界の中で、司が僅かに目を細める。
「それ、似てる」
[2、1]
何に? と聞き返す間もなく、試合が開始して――
[0。カウントアウト。試合、開始します]
「まず、一手」
――――次の瞬間、四つもの残像を残し、司がその刃の殺傷圏内に踏み込んできていた。
「のわぁっ!?」
反射的にスラスターを全開、真上に跳び上がってその斬撃を回避する。その時、俺の脳裏によぎったのは先ほど聞いた菊一文字の圧倒的過ぎる威力と、
(一発なら当たっても即死はしないけど、二連斬されたら結局ワンコンボキルだよなぁ……!!)
初めての訓練の日に見た、先輩の機体を一瞬で落とした超高速の二連斬。
安心するのも束の間、まるで予想通りに、しかし想定よりはだいぶ遅い速度で刃の切っ先が返され、先ほどよりもさらに接近してきた雛菊の斬撃が真下から襲い掛かる。
一瞬の逡巡。
迷った事でさらに避けられる可能性が下がり、迷いを切り捨て直感に従ってスラスターを全力噴射。正面へと突撃して雛菊の頭上を超える。背中を向け続けるのはヤバいので、即座に体を回転させて司の方へと向き直った。前進から後退へスイッチするスラスター制御をミスって一瞬速度が大きく低下するが、追撃はない。
むしろ空中を蹴るように大きく後ろに跳び下がり、くいっ、くいっ、とこちらに手招きをしてきた。
打ちこんで来い、という事だろう。が、
(隙が、全く無い……!!)
俺の感覚はあくまで剣術の感覚でISのそれではないが、それでもわかる。片手でゆるく刀を持って棒立ちしているだけのあの状態、いわゆる“無形の構え”ですらないただの自然体で、すでにその防御は絶対だ。
――しかし、考えてみればそんなことは当たり前だった。向こうは遥か高みにいる圧倒的強者なのだから。
手を出したら即座に切り伏せられる。そう絶叫する剣士としての感覚をねじ伏せ、剣術の踏み込みを意識してスラスターを全力稼働。オート設定のPICが俺のイメージを元に慣性を自動操作して、不完全とすらいえない出来ながらも、想像を二回り上回る加速を吐き出す。
「練りが甘い」
しかし、司はいともたやすく振り抜こうとしたブレードをつかみ取り、そのままブレード越しにPICを働かせて、俺を背後へと投げ飛ばした。
アリーナの壁に衝突しそうになり、慌てて体勢を立て直す。まだ向こうから仕掛けてくる気はないらしく、司の操る雛菊はアリーナの中央に君臨している。
その姿が、いつか見た、暮桜を纏う千冬姉の雄姿に重なり、僅かな憧憬を覚える。
が、
「はぁ……」
と、溜め息を吐かれてしまったのは、そんな俺の内心が見抜かれたからなのだろうか。
「その迷いを、両断する」
――――一拍後、再び残像を残して迫ってきた司に、ぶつけられた剣気に、俺は本能的な恐怖を覚え、反射的に剣を振り抜いた。
◆◇◆
――――キィン、キィキィン、キィン!
打ち合わされる剣撃は、数十、いや、百にも達しただろうか。
練習の時に何度か見たような変幻自在の剣舞ではなく、ただただ高速な無数の剣撃が、時に正面から、時に横から、時には上や下、果ては背後からも絶え間なく襲い掛かってくる。
息を吐く間もない連撃、とはこの事だろう。
最初は、一つ一つの攻撃をきちんと見て対処できていた。だが、次第に加速していく剣撃の乱舞に、最早、考えるなどという余計な行為を挟んでいられるほどの余裕は存在しなかった。
だからこそ逆に、思考を交えない反射的な行動は、思考を戦闘と関係ない全く余分な方向に向ける猶予を作り出す。
――――その迷いを、両断する。
半ば自動的に動く肉体から乖離し、肉の枷から解放されたかのような澄み切った思考に響くのは、試合開始直後には口にしなかった司の件の決め台詞。
事ここに至って、ようやくその意味を理解する。それはつまり、「考えるな、感じろ」という事だったのだろう。直感型の人間がごちゃごちゃ考えていても仕方がない。勿論何も考えず剣を振るえばいいという訳ではないが、一回一回の動作、一発一発の剣閃にごちゃごちゃ思考を交えても、無駄に剣を鈍らせるだけだ、と。
――カチリ
と、そう気付いた瞬間、何かがかみ合う音がして。
[
目の前に現れた実行のボタンを、反射的に選択していた。
――瞬間、まるで時間が停止したような錯覚とともに拡張される感覚。膨大な処理能力のほとんどを
視界が光に包まれる。
いつの間にか剣撃は止んでいて、真っ白い視界の中で僅かに、形状を変容させていく白式の様子が見えた気がした。
「これが、俺の、専用機」
拳を握りしめ、そこに視線を落とす。その手に握られたブレードも、どこか見覚えのある姿に、俺が憧れたその人の象徴そっくりに姿を変えていた。
[白式
「千冬姉の……!!」
今が試合中だとか、気を抜けば瞬殺されるとか、そんな色々なことがすべて吹き飛び、思考が歓喜に支配される。
最も尊敬する“あこがれのひと”。今まで守られてばかりだったけれど、いつか守れるようになりたい目標。
それは、なんて――――
「零落、白夜っ!!」
カッ、と目を見開いた司から、気絶してしまいそうなほど強烈な剣気が叩きつけられ、思考が現実に引き戻される。
珍しく感情の色が現れたその目に宿るのは、嫉妬。
自分よりも遥かに弱い、碌な努力も積み重ねていないぽっと出の男が、ただ血縁だというだけでその刃を握っている事への怒り。
それを理解して、途端に手に握った刃の重さが増したような気がした。これは決して、俺だけの刃ではないのだ、と。
「その輝きを、両断する」
「やって、みやがれ!!」
位置もタイミングも計らせない
◆◇◆本命・蒼雫零落◆◇◆
「やっぱり栞ちゃんは凄いですね!
試合を終えてピットに戻ると、何故か山田先生のテンションが上がっていた。山田先生に圧される千冬姉というのはなんというか、意外を超えて新鮮だ。千冬姉に目で合図をされて、用意されていたIS用のエネルギーパックを使用し、白式のエネルギー回復を始める。
よく考えれば、千冬姉が司の師匠だったとは言っていたけど、その後も代表候補生をやっていたであろう山田先生の方が司との付き合いは長いんだよな。その期間の差がこの光景なのか。
「幻惑の舞踏と燕返し、って、やっぱあの残像と最後の三連攻撃ですか?」
「はい。あの残像機動の名前は幻惑の舞踏、英名でフェアリーステップ。雛菊の非常に高いPIC出力と世界最高峰の高速・精密制御により、ISのハイパーセンサーによって加速された思考の中でなお、相手に残像を見せる事のできるほどの攪乱機動。栞ちゃんと雛菊の
マジか、と声にすら出ないほどに驚いて、いつの間にか隣に来ていた箒と一緒に硬直した。二人とも驚いた点は同じ。千冬姉にも真似できないという一点だ。
「零落白夜は自分のPICも斬ってしまう特性上、暮桜はスラスター出力に重きを置いていたからな。致し方あるまい」
え゛。
「当たり前だ。エネルギー消失なんて特殊な単一仕様能力、効果対象を区別できるわけが無かろうが。言っておくが、仮にあそこで栞が本気で殺しにかかってこなかったとしても、お前の腕では無刀取りされて自分の剣で自滅していたぞ。零落白夜にPICが効かなくとも柄と実体剣部分には効くからな」
無刀取りされて自滅というのはともかく、自分のPICも消滅させてしまうという事はつまり、零落白夜の発動中は、司も得意にしていて、俺に結構詳細に教えてくれた、慣性軽減による高速斬撃ができないってことか。意外に使いずらいんだな。
単に、使っていた千冬姉が超人だったからその辺の弱点が露見しなかっただけらしい。
「そして、燕返しの方ですが、これの英名であるトライ・エッジが海外における栞ちゃんの二つ名にもなっている、栞ちゃんの代名詞ともいえるもう一つの固有戦技なんですね。雛菊の高いPIC出力と菊一文字の内臓PICを最大発揮して、“相手の防御/回避を誘発する超高速斬撃”“ブレードを通してPICで絶対防御を直接削る事で、相手を吹き飛ばさずに大きなダメージを与える浸透斬撃”“慣性軽減による高速斬撃を命中の瞬間に慣性増大に切り替える事による最大斬撃”の三連撃であらゆるISを必殺する、一撃必殺を持たない栞ちゃんが必死に考えて作った必殺剣です。これも勿論織斑先生でも真似できません。特に、零落白夜は自分のPICも消してしまうので」
特に、『織斑先生でも真似できません』の所で誇らしげに胸を張る山田先生。サイズの大きめな服でもまるで誤魔化せていない大きな胸が眼福――――というのは置いておくとして。
詳しい事はよくわからないけど、つまり、防御させるための一撃目を棒立ちで受けた俺は本来その燕返しとやらを使う価値もない相手だという事か。なるほど。
…………やめよう。自分で言っていて悲しくなる。
「……まぁ、そんな事を言っている山田君が教えた射撃はそこらの三年にも劣りかねないんだがな」
うんざりした顔でそう呟く千冬姉の言葉で、山田先生が固まった。司の剣の師匠は千冬姉だけど、銃の師匠は山田先生だったらしい。というか、
「あの機体、銃載ってるんですか?」
同じことを思った俺より一手速く、箒がそんな疑問を口にする。思いっきり落ち込みまくっている山田先生はスルーだ。
箒の言う通り、実際俺たちは、ここ一週間毎日訓練に付き合ってもらったのに一度も見たことがない。というか、司が千冬姉と同タイプだと聞いてブレード一本しか積んでないと無意識に思い込んでいた、という方が強いかもしれない。
「司はまだ、爆発物による飽和攻撃を無傷で切り抜けられる域にはないからな。ミサイル迎撃用のアサルトライフルが一応載っている」
千冬姉は特に何の感情も付加することなく、当たり前のようにそう言った。
という事は、逆に言えば千冬姉は爆発物による飽和攻撃を無傷で切り抜けられるという事だ。非常に今更な話だけど、改めて考えるとちょっと凄すぎる気がする。
共感を求めて箒の方を見てみるが、俺よりずっとISに慣れているであろう箒には、千冬姉の規格外さは今更だったようだ。なんかやっぱり家族である俺よりも、他人である箒の方が千冬姉を理解している気がして落ち込む。
「へぇ……っと、山田先生、充填終わりました」
「あ、はい。じゃあそのまま出ちゃってください。すぐに試合開始になりますから武装も展開しておいてくださいね」
解りました。と頷いて、ピットから再び飛び出す。さっきの戦闘で結構精神的には疲れてたけど、戻って少し話をしたことで大分回復している。むしろさっきの戦いで体に熱が入って、試合前より調子がいい位だ。
深呼吸を一つ。意識を完全に戦闘に切り替えて、右手に雪片を展開する。
「意外に長く持ったようですわね、織斑一夏。さぞ手加減してもらったのでしょう?」
その直後、向かい側のピットから、蒼を纏ったオルコットが姿を現した。
[敵機捕捉。画像データをデータベースより照合します。一致件数一件。データ、表示します]
「否定はできないけどな。司より弱いからって、お前に勝てないなんて一体誰が決めたよ」
その姿を見て、まず思ったのは「小さい」という事だった。もちろんサイズという意味ではない。単純に身長も司よりオルコットの方が上だし、胴体装甲がある分腕部も脚部もコンパクトな雛菊の方が幾らか小柄だ。
しかし、そのプレッシャーは比べ物にならない。強いプレッシャーを受けすぎて感覚がマヒしてるからなんだろうけど、精々俺と同格ぐらいにしか感じられないほどに。
[イギリス製・第三世代機《ブルー・ティアーズ》。戦術タイプ:高機動・中長距離支援砲撃型。初期武装数3。詳細データの登録はありません]
「ふ、ふふ、ふふふふふふ。誰が決めた、ですって?」
格下の挑発が気に障ったのだろう。オルコットの顔が引きつり始め、その手に機体カラーと同様の蒼いライフルが出現する。
[武装確認。大口径BTライフル《スターライトMk.Ⅲ》詳細データの登録はありません。管制室より、カウントダウン開始確認。5、]
「そんな当然の事、誰かに決められるまでもありませんわ!!」
その表情に憤怒を浮かべ、その手に携えた巨大なライフルの銃口が俺の方へと向けられる。相対する俺も、雪片を構えて突撃の姿勢だ。戦いの場でも相変わらず、随分激しやすいんだな、と頭の端っこの冷静な思考は、オルコットの姿を冷やかに観察している。
直後に鳴り響くアラート。初めて聞く音に一瞬混乱するも、視界の端に映ったサインでその意味を理解。
[敵機、ロックオン警告。カウント1]
「“BLUE――」
(あっちは長距離射撃でこっちは近接格闘! なら、開始と同時に突っ込む!!)
そう考えて極端な前傾姿勢を取っていた俺の思惑は、
[0。試合開始]
「――TEARS”!!」
試合開始と同時に、アーマースカートから切り離された四基の端末と手にしたライフルによる、五連同期射撃という盛大な歓迎を受けた。
◆◇◆
「くっ、この、当たりなさい!!」
「誰が当たるか!」
いい加減苛立ちが頂点に達したのか、なんか理不尽な事を言ってくるオルコットに怒鳴り返し、必死に多方向からの五連攻撃を回避する。
――そう。多方向からの、だ。
試合開始と同時にセシリアが機体から切り離した四基の独立端末。機体の名前と同じ《ブルー・ティアーズ》という名前を持つその兵器は、本体から離れてアリーナを縦横無尽に飛び交い、四方八方からの射撃を浴びせてくる。
火薬に点火するだけな実弾兵器と違い、射撃時にエネルギー充填を必要とするレーザー兵器は発射までに僅かにタイムラグがあるので、なんか感じ取れるようになった気配みたいなの(後で聞いたら、これは周囲のエネルギー変位とやららしい)を元に回避行動を取る事で今の所ほぼ完全に回避は出来ている。
だが、まるで反撃に移れない。その機会が、糸口が全く見えない。
向こうの攻撃とこっちの回避がほぼ拮抗している現状があくまで、今の俺の全力を回避に注ぎきっているが故の結果だからだ。そしておそらくは、俺の奇襲に備えて攻撃に全力を注いではいないと思われる、オルコットの判断に俺が救われているというのがおそらくは真実だ。
白式の武装がブレード一本である以上、勝つためにはこの攻撃をかいくぐって相手の懐にまで踏み込む必要がある。ほぼ完全に避けているとはいえ、ほぼ完全ってことは完全じゃないわけで、このままではじり貧だ。
どうすればこの状況を打破できるのか、理屈では分かっている。
――例えば気配察知だけではなく、ハイパーセンサーの全方位視野できちんと一つ一つの攻撃を認識して、もっと紙一重で避けるようにする、とか。
――例えば、別にオルコットの攻撃は司のそれと違って一撃に致命的な威力があるわけじゃないんだから、何発か当たってでも強引に踏み込む、とか。
但し前者は、司が箒に散々仕込んでいた「生身とISの投射面積の違い」がまだ曖昧な俺には難しいし、後者はただでさえ零落白夜がシールドエネルギーを消費する諸刃の剣である以上、あまりとりたい手段ではない。理屈ではその方法で勝ちに行けると考えているが、感性ではそれは自殺行為だと感じている、と言い換えてもいい。
だから、とりあえず全力回避してオルコットの射撃の癖か何かでもつかめないかと消極的な方針を取ってしまっているわけなんだけど……
「埒が、明かない!」
正面から飛来してきたBTライフルの射撃を、タイミングを合わせて雪片で切り捨てる。
こういうISのエネルギー兵器は“レーザー”と言われているが、実際には光学兵器でも何でもない、むしろ実弾より少し弾速が遅い位の兵器なので、やろうとすればこれぐらいは俺にもできる。のだが、
[ダメージレポート:シールドエネルギーダメージ18。実体ダメージはありません]
(斬る位置が近すぎた!)
斬撃の為に足を止めたのを好機と狙ってくるビットの射撃を回避しながら、心の中で自戒する。
弾丸が鉄の塊である実弾銃と違い、エネルギー性質の射撃は斬り払っても拡散するだけだ。勿論射撃の指向性をほぼ殺し切れるから防げないわけじゃないけど、斬り払う位置が近過ぎると、今のように指向性を失って全方位に拡散するエネルギーでこちらにもダメージが入ってしまう。
勿論、零落白夜を使えば完全に
「あぁ、もう、ちょこまかと!!」
射撃を切り払われたのが癇に障ったのか、オルコットは顔を真っ赤にして射撃のテンポを上げてくる。実弾と違って、チャージ時間を短くすれば結構自在に威力と連射性の調整ができるのがレーザー兵器の特性の一つだ。
それでも本来は、想定されている出力というのがあるので、それ以外の数値に設定すると効率や精度が大きく落ちるはずなのだが、あれはそういったノイズなどがほぼ見られない。どうも、想定出力域の広い汎用思想で設計されたライフルらしい。
しかし、元々五方向からの多角射撃を回避していたのだ。うち一つのテンポが三割ほど上がったところでさほど困難はない。
それに何故か、
ついでに言うと、ビットの方は真下~真後ろ~後ろ斜め上辺りの位置を特に好んで撃ってくるので、最初はやりにくかったが、慣れてくるとむしろ、“足止めの為の左右前から/本命の後ろ側から”と分類できるので避けやすくなってきている。
しかし逆に、分かるからこそ思考を本命の方に費やしてしまう。試合に勝つことを考えれば、足止めの方を突破して近づくことこそを優先しないといけないのに。
――あるいはそこまでわかってやっているのだろうか。だとしたら大した戦術家だ。流石は代表候補生。流石は専用機持ち。開始時点からほとんど距離が縮まっていない。下手すると広がってる気すらする。
(……に?)
自分自身の内心の呟きに、何か引っかかりを覚えて高速で思考を回転させる。体は先の司の時同様、気配を察知して反射的に回避している状態だ。これに体を任せすぎると、さっきやらかしたように回避方向を誘導されてハチの巣にされかねないのであんまり長時間は危ないけど、複数の事を同時に考えるのは苦手なので仕方ない。
(ん? そういえばなんで動かないんだ? 動く必要がない? いやいや、必要があるとは言わないけど、ビットと同じように自分も動いて撃った方が、常に定点から射撃するより有利なはず、だよな。)
実際、さっきの射撃の斬り払いだって、本体からの射撃だけは常に一定の位置からだから短時間で弾道が読めたというのが大きいのだから。
ただの慢心? 頭に血が上って忘れてる? どっちもありえなくはない、オルコットの様子を見る限り大いにありそうだ。けど
――基準になる自分の位置が固定されていないと、遠隔誘導兵器をうまく制御できない、とか?
空を飛ぶ、というのは、本来人間には備わっていない感覚だ。地面に立っていれば影の位置で簡単に彼我の距離とその大きさは分かるけど、空中では相手の大きさぐらいしか判断材料がないので距離の把握が遅れやすい。たまたま俺には適性があったらしいけど、大半のIS操縦者は、まずその感覚がつかめなくて飛行訓練で何度も墜落や激突を繰り返すと教本に書いてあった。
なら、対照物との距離を掴みにくい空中で、自分以外に四つも自在に動く端末を制御するっていうのは、そんなに簡単な事なのか?
勿論それをサポートするための何かは入ってるだろうけど、今現実として、オルコットは機体の向きを変える以外の動きをほとんどしていない。いや、それどころか、周囲に浮かせるだけで個別誘導していなかった最初を除けば、
それは、つまり、恐らく、
(あいつは、ビットを動かしている間自分の機体を動かすことができないのか!)
――なら、逆に言えば、自分の機体が動かざるを得ない状況で、ビットからの攻撃はない!
結論がまとまって、思考が自分の内側から外側へと復帰する。
案の定、回避を誘導されていたのだろう、丁度ビット四機がかなり巧みな配置で周囲を取り囲み、最低でも二発の被弾は確定した状況だった。
一瞬の逡巡。あまり長考して時間を消費しても仕方ないので、その一瞬で思いつけた策を即座に採用する。
――PICで空気抵抗を斬り裂いて、真空中を高速で駆け抜けるイメージ。
直感的に出てきたイメージは、過去最高の加速で白式を空に浮かぶ蒼の機体へと突撃させる。
回避は完全に度外視だ。本体のライフルと違って威力の低いビットの射撃は、数発クリーンヒットしたところで、致命傷には程遠い。
いきなりの特攻で不意を突けるかと多少期待したが、オルコットに動揺の色は窺えず、むしろ先ほどまでの焦りが消えてニヤリと余裕の笑みを浮かべている。
恐らく、いつかは破れかぶれの特攻を仕掛けてくると予想していたのだろう。不意を打たれたという様子はまるで見えない。
が、俺の策、もとい、奇策はここからだ。
まだ距離のあるうちから右手を大きく振りかぶる。おそらくは、再び射撃を切り払って突撃してくると思っているのだろう。
鳴りやまないロックオン警告を無視し、
「お、らぁっ!!!」
――雪片弐型を、ぶん投げるっ!
勿論、FCSも何もない、どころかPICの働かせ方も雑なただの投擲にISを打倒する能力なんてない。打ち払うのも回避するのも極々簡単だろう。
が、
「正気ですの!?」
それはオルコットが、自分の機体を移動できたらの話だ。
突然の俺の特攻に対し、冷静にビット射撃の弾道を修正していたオルコットの反応が一瞬遅れる。
この状況では迷い続ける事が一番の悪手だとわかっているのか、あるいは単に反射的に処理を継続したのか、忌々しいほど正確に、四発の射撃が背中を撃つ。スラスターの稼動に影響が出たらヤバいが、そこは運を天に任せる。白式の装甲強度はそう低くなかったはずだし、ビット射撃の威力は低いから勝算は高かった。
[ダメージレポート:シールドエネルギーダメージ総計150。実体ダメージは極軽微です]
そのアナウンスに、賭けの一つには勝利したことを知り、思考を前方に集中させる。
「武装を捨てるとは、随分と思い切った真似を!」
ビット制御を最速で完了させたことにより、辛うじてブレードの回避が間に合ったオルコットが、大きく姿勢を崩されたことに歯噛みする。
彼我の距離はすでに半分を大きく割り、ライフルでの迎撃は、精々あと一回。レーザー兵器は衝撃が弱いから、気合を入れて突っ込めばそのまま懐に入り込める。逃げに徹されたとしても、オルコットが全然動かなかったことや機体の支援砲撃型というコンセプトから、
これなら、いける。白式のシールドエネルギーはまだ半分近くある。多少被弾しても零落白夜でぶった切るだけの分は残るだろう。
そう、確信した瞬間、
「ブルー・ティアーズが四基しかないと、一体誰が言いましたか」
オルコットの機体のアーマースカート部分から、二発のミサイルが発射される。そして同時に、機体の周囲に光が乱舞。六基のビットが新たに展開され、王女を守る近衛騎士のように整列する。
(六基同時制御!? 四基ですら機体と同時制御できなかったのにか!?)
いや、違う。自分で言ったじゃないか。『最初の一回以外、四発同時はあっても五発同時はない』それは逆に言えば、
「Dust to dust. Ash to ash. 土くれはおとなしく――」
最大加速で突撃する俺を真正面から迎え撃つ誘導ミサイル二基。撃たれたタイミングがかなり早いから、避けること自体は可能だ。が、避けてもそのまま七発同時射撃で鴨撃ちにされる。
「――土に、お還りなさい!!」
そして、これまでの攻防でも少なからずシールドエネルギーが減っている白式がその攻撃を受ければもうほとんど虫の息。それに何より、
(クソッ、剣を投げたのは早まったか!)
見えていた勝算が露と消えた今、最強の切り札たる零落白夜、それを発動するための雪片を失った事はあまりにも重い。
そう、絶望しかけた瞬間、
――――この程度で、諦めちゃうの?
声が、聞こえた気がした。
思いつく、というよりは流し込まれるかのように脳裏に浮かんでくる、この現状から勝利できる一つの方法論。
これは、奇策というより単なる自棄だ。成功率なんて考える事すらバカバカしい。
でも、確かにそこに、一つの手段がある。なら、確率がどうのこうのなんて、関係ない。
むしろ、一つしかない方が迷わなくて済むという感想は、強がりでもなんでもない。延命や先延ばしという選択肢を失った事で、背水の如く死兵の如く、己の全てをそこに注ぎ込める。
(――――まだ余力があるうちに俺を完全に追い詰めてしまった事。それが敗因だぜ、オルコット)
自分を鼓舞するように相手をあざけり、走馬灯のような刹那が終わる。世界が色を取り戻す。
最高速度を維持しながら、意識を集中するのは両の足先。
眼前に迫ったミサイルを、反射的に、教えられてもいないバレルロールで回避する。
しかし、これもまた、第三世代兵装《ブルー・ティアーズ》の一部。遠隔手動誘導のPIC内臓ミサイルは、その程度では振り切れない。
ありえないほどの旋回角で喰らいついてきたミサイルを、
衝撃に反応して爆発するミサイル。一瞬で燃焼し、超音速で膨張する爆風を
相手の攻撃、それも爆発を逆に推進力に仕立て上げるという狂気じみた行為により、急速に斜め下方へと突撃して七連砲撃の大半を回避。
「零落ぅ、」
アリーナ外壁の遮断シールドに弾き飛ばされ、
「っ――!!」
「白夜ぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
振り抜いた。
[シールドエネルギー
◆◇◆幕引き・その無謀を知れ◆◇◆
「さて、織斑一夏は勝ったのかしらねぇ」
初戦で戦った感触では、勝率は四割弱。
――第一に、セシリア・オルコットはビットと機体の同時制御ができない。至近距離で相対位置を固定したまま移動する事すらも。
――第二に、レーザー兵器は衝撃が弱い。
――第三に、ブルー・ティアーズは第三世代機の中でも
――第四に、白式は高機動型メインではあるけれど、姉と比べると才能に劣る織斑一夏に配慮したのか、結構防御が分厚い。
――ついでに、セシリア・オルコットの近接戦闘技能は代表候補生としては目を覆うレベル。
よって、あらゆる攻撃を無視して最短距離を最速で踏破して零落白夜で叩き斬れば一方的に勝てるのだ。
「七割。そう、七割ね。フフフ」
何となく、自分の発言がツボに入ってクスリと笑う。
前に私は言った。「メタ機なら七割勝てる」と。
実際には織斑一夏の戦術眼の未熟さから四割弱に落ちたけれど、おそらく偶然の一致とは言え、あれはまさしくメタ機だ。ブルー・ティアーズの天敵だ。そんな機体を使いながらもし負けようものなら、部屋に戻った後思いっきり爆笑してやろう。そう、心に決める。
そんなくだらない事を考えていると通信が入ったので、即座にキャラを戻して応答した。
『司、先ほど織斑とオルコットの試合が終了した。Aピットに来い』
「分かりました」
そうか、終わったか。何となく終わったような気がしたから「勝ったのかしら」なんて事を言ったのだけれど、本当に終わっていたらしい。
(それにしても、)
これから戦う相手を思い出して、考える。
(――あの程度の腕で“トライ・エッジ”に喧嘩を売ってくるなんて、オルコット家の手の者は、よっぽど耳が遠いのかしらね)
まぁ、今回燕返しは使わないけれど。というか菊一文字すら使わないけれど。
◆◇◆
「ようやく来ましたわね。司栞!」
[敵機捕捉。画像データをデータベースより照合――]
(カット)
ピットからやる気なさげにふんわりと飛び上がって、無駄に高いところに浮かぶ蒼い機体を見上げる。
随分と、機嫌がよさそうだ。何か、ずっと心を包んでいた靄が晴れたような。
一体この短期間で何があったのだろう。織斑一夏に勝ったのがそんなに嬉しかったのか?
[武装確に――]
(カット)
「眠い」
言いながら、ごしごしと目元をこするような仕草をする。もちろん眠いなんて言うのは嘘だが、眠そうな演技はしている。
私の明らかに見下した態度に、セシリア・オルコットは表情を激しくひきつらせた。
やる気のなさを如実に示すかのように、私はのんびりと雛菊のもう一つの武装、対ミサイル用アサルトライフル《
という事は、やまや先輩直伝の私の射撃の腕を、すでにあの二人は聞いているという事か。
[管制室より、カウントダウン開始確認。5、]
「その機体は近接格闘特化と聞きましたが?」
――舐めているのか。とセシリア・オルコットが怒りをぶつけてくる。
――舐めているのよ。と私はその怒りを歯牙にもかけない。
[4、3]
「剣術家は、素手でも強い」
そう。格闘家が己の拳の延長でナイフを振るうように、格闘戦の延長で銃を撃てばいいだけだ。普通、それはショットガンの戦い方だけど、アサルトライフルだってやってやれないことはない。
確かに私がアサルトライフルで中距離射撃戦をすれば、確実にブルー・ティアーズのシールドエネルギーより私の弾が先に尽きるだろう。下手をすると二割も削れない。でも、ようやく専用機をもらえたかどうかのひよっこ供にその程度の縛りで負けるほど、私と雛菊は弱くない。
[2、1]
「必ず、後悔させてあげますわ」
「その無謀を知れ」
ブルー・ティアーズのライフルの銃口が私を向き、雛菊のスラスターがアイドリングを始める。
[0。試合開始]
――カウントアウトの瞬間、青い閃光が薄緑の残像を撃ち抜いた。
「早っ!?」
私の圧倒的な速度に驚愕しながらも、流石に織斑一夏とは役者が違い、冷静にビット四基を切り離してアリーナの外縁へと飛翔させる。
その判断は、分からないではない。確かにどんなに早く動いていても距離を離せば照準を合わせるのに必要な旋回角は極小さくなる。
が、それは十分に弾速が速い武器の理屈だ。レーザーという通称の名の通りの本当の光速なら有効だろう。IS用の大型砲ならマッハ10以上を数えるレールガンでも行ける。しかし現実に、その銃口から放たれる弾丸は実弾火砲よりなお遅い。
「1」
「当たら、ないっ…………!!」
幻惑の舞踏すら使わず、欠伸が出るほど密度の低い多角射撃を一つ一つ回避。ビットの一つに肉薄すると、平突きを放つようにアサルトライフルを突き出し、機体速度と合わせて倍以上の運動エネルギーを得た弾丸一発で一つ目のビットを破壊する。
続いて二つ、三つ、四つ。
自分のそれが失策と覚ったセシリア・オルコットは、開き直って八基のビットを同時展開、自分の周囲に滞空させての同時射撃を始めた。八基の制御が限界なのか、予備のビットがそれで終わりなのか。情報不足でそれは分からないが、同時に、それだけで十分だった。
幻惑の舞踏によりISのFCSを振り切りながら瞬く間に肉薄する。例えそれが弾幕武装だろうと、それこそ全方位飽和攻撃でもない限り、私と雛菊相手にロックオン射撃は効かない。そも、本来幻惑の舞踏とは、千冬先輩級の人外じみた直感を持たない私が、FCSを振り切る事で射撃武装を克服する為に編み出した機動であるのだし。
「Oh, my GOD.............」
何か母国語が漏れているセシリア・オルコットを無視してちまちま一基ずつビットを破壊する。本来こんな事するよりも殴る蹴るした方が早いのだけれど、格闘を解禁したら瞬殺してしまうのでその選択は選べない。
そしてビットを全部破壊し終わり、最早戦意の折れている気がするセシリア・オルコットの真正面に停止する。
「じーーーーーー」
無駄に声を出しながら、その手にあるBTライフルを凝視。副音声は「それ、使わないの?」
「使ってどうなるものとも思えませんが……」
ゆっくりと頭を振りながら、セシリア・オルコットは自嘲気味に呟く。そして、深呼吸を一つ。
「――確かに、まだ勝敗が決したわけでもないのに銃を降ろすのは貴族にあるまじき愚行ですわね。何より、相手に失礼ですわ」
呆然とした様子から一変。何かすっきりとした顔で、再び瞳に戦意を燃やし、全速力で後ろに下がりながら彼女は銃を持ち上げて――
「13」
ロックオンする間もなく、一発の銃弾に銃口を貫かれたそれが爆散した。
「“INTERCEPTER”!!」
今度は呆気にとられることなく、爆風に巻き込まれる前に銃を放棄し、恥も外聞もなく音声コールで二本のショートブレードを展開、即座にスラスターを反転してこちらに突撃してくる。
幻惑の舞踏で即座に背後を取り、ほぼ密着した距離からトリガー。振り向きざまに切りつけてこようとするセシリア・オルコットの空気を完全に盗んで、全くの同時に再び後ろに回り込み、至近距離射撃。
その後の当然の結末は最早語るまでもない。
『ブルー・ティアーズ、シールドエネルギー0。試合終了、勝者、司栞』
・《
偏執的なまでに重量バランスや装甲形状、スラスター・PIC出力配分が最適化された機体。更に、武装を菊一文字と鳳仙花の二つに限定し、拡張領域を極限まで削減することで、そもそもの基本性能も非常に高い。中でも、PIC出力、応答速度、ノイズの少なさ、動作の精密性においては世界最高峰。
また、人間の筋肉配置を参考に、腕部マニピュレーターの機能の大半を胴体装甲部に内蔵することで腕部を軽量化し、操縦者に十分な剣術の心得を要求する操縦性になった代わりに、斬撃の速度を底上げしている。
ちなみに第二形態は
・《
PICとスラスターが内蔵された日本刀タイプの大型ブレード。後は素材がPIC伝達率の高い物で作られているぐらいで、そこまで特異な仕様のものではない。
この武装がおかしいのは、基本性能特化の雛菊が使用しているとはいえ余裕で二撃確殺をやってのける、その重量や出力の大きさ。
形態移行に伴って無印⇒
・
アサルトライフル。部品の精度が無駄に高すぎる事、デザインが雛菊準拠な事を除けば特に際立った点の無いごく普通のアサルトライフル。弾丸も市販のIS用の物。後は射撃が苦手な栞の為に照準精度が高い、ぐらいか。元はただの鳳仙花だったが、別に形態移行で変化したのではなく、製造元によるバージョンアップである。
・
第三世代兵装や単一仕様能力など、特定の機体限定の能力以外で、特定の操縦者、もしくは特定の操縦者とその専用機にしか再現不可能な技術の中で、既存の技術の単なる発展ではない単一の技法として認められた技術の総称。
後述の栞&雛菊の
・
栞の固有戦技。その大凡は本編で解説しているので省く。
一夏が残像が四つも発生したように感じたのは、単にISの高速戦闘に脳が慣れていなかった為。普通は多くて三つ、国家代表級の高速近接タイプ相手だと、機動を読みにくいだけで残像が見えるほどではない。
・
栞の固有戦技。その大凡は本編で解説しているので省く。
千冬以外に現時点で防いだことがあるのは、アクア・クリスタルのせいで栞にとって絶望的に相性の悪い楯無だけ。殺傷圏内で撃たれれば各部門のヴァルキリーたちもほぼ100%沈む。なお、千冬は術中にはまったとしても二撃目と三撃目の間にカウンターを返せる。あとナターシャなら避けられるかも。
・
本編と関係ないので省略。ナターシャの技だからって福音が模倣できるわけでもない。名前は余り捻っていないので、興味があればどういう技か自分で考えてほしい。元々は、この話の前身でそれぞれエム(VS簪他)、ナターシャ(VS暴走IS200機)、シャル(第二形態の単一仕様能力)に使用させるはずだった技。長くなりすぎて収拾がつかなくなりそうだったのでやめたが。