TS逆行したら才能に満ち溢れてた 作:黒髪赤眼すこすこ侍
逆行
『アオイ、打ち上げに寝過ごすなよ?』
『分かってるよ。じゃあまた後で、レオ』
そう言ってホテルの自室のドアを開けた俺は、疲れもありすぐにベッドに横になった。寝転がって一息つくとおしりの辺りに違和感を感じた。
スマホや財布を入れっぱなしにしたままであったため、取り出してサイドテーブルに置こうとしたが、調べたい事があったことを思い出し端末に電源を入れた。
いくつか操作して開いたSNSアプリのトレンドには、ある配信者に関連するワードがズラりと並んでいる。それだけでもその人の影響力がどれほど大きいのかよく分かる。
なぜなら、今日、その配信者が結婚式を挙げ、披露宴を生配信したのだ。
「やっぱりリアルタイムで見たかったなぁ…」
早速作られていたネット記事を読んだり、色々な人の呟きを見ていると、配信を見れなかった事への後悔が出てくる。
時刻は15時すぎ。現在いるスイスと日本ではおよそ8時間の時差がある。本来ならばホテルで有意義に配信を見ようとしていたが、1週間前より始めた実験がなかなか上手くいかなかったため、つい先程まで測定をしやっと有効なデータがとれた。
なんとか配信中にスパチャは投げられたが、内容は今の今まで全く知らなかったのだ。
SNSにはあの演出が凄かっただとかあの著名人が出てきて驚いたなど、まだ配信を確認していない身からしたらネタバレっぽいものがいくつもある。
その内の一つに、速報値としてある数字が書かれていた。
「前日分とTwitchを入れずに約2億か」
件の配信中に投げられたスパチャの総額が2億円。
前日から動作確認と待機所の役割として開いていた配信分と、別の配信ツールでの分を含めずに稼いだ額がそれだ。
1回の、それも3時間に満たない配信でのスパチャとしては余裕で日本最高を更新。なんなら昨年の年間総額世界1位をも上回っている破格の数字である。
正直、だいぶヤバい数字だと思う。以前に冗談半分で言っていた10億円には届いてないが、今後どんな人がこれを超えられるのか。この人のファンやら荒らしやらが普段から言っている「最強」が、事実として示された。
伝説を作って欲しいという気持ちも確かにあったが、ここまでになるとは思いもしなかった。
ふと時間を確認すると、友人と別れてから1時間も経っていた。この後はプロジェクト成功の祝いとして食事会がある。それまでに少しだけ仮眠を取っておこうと考え、スマホを枕の横に置いた。
目を閉じれば程よい眠気が襲ってきて、直ぐに眠れそうだ。
眠りに落ちる直前、教授から言われていたある事を思い出した。
「海外に留学するか、助教として迎えてもらうか、早く決めないとな」
所属している研究室の教授は良くしてくれるし、どちらを取ってもお金は気にしなくていいと言ってくれた。両親が他界し、身寄りのない自分に良くしてくれた人だ。感謝してもしきれない。
海外の大学もポストが空き次第助教に推薦してくれるらしい。
自分のやりたい研究がやりやすいのは海外だが、日本でも近い将来に大型の加速器が作られるだろうし、それまでは今と同じように海外に遠征すればいい。なんなら兵庫県でも実験は出来そうだ。
4月には結論を出さなくてはいけない。後悔をしないようにこの後の食事会でも相談してみよう。
そこまで考えていると遂に眠気に耐えられなくなってきた。
眠りに落ちる直前に思い浮かんだのは、もしかしたらと淡く期待した、しかし不可能なことだった。
(……10億、見たかったなあ——)
グイッと。
急に体を動かされた衝撃で意識が浮上した。
なにやら大きなものに掴まれているらしい。それに持ち上げられたと思ったが直ぐにどこかに降ろされた。
周りを見ようとしても身体が思うように動かず、目も開けられない。音もどこか遠いように感じる。
「産声が……この子、息をしていません!先生っ」
「早く集中治療室へ!」
(金縛りか?初めてなるけど、聴覚にも影響するんだ。なんか誰かに呼ばれてるっぽいし、もしかして寝過ごした…?)
とりあえず返事をしようと声を出そうと思うが何かが詰まってる様な感じがして、上手く発声できない。
「ぁぅー」
「あっ!呼吸を始めました!」
「ふー、一先ずは大丈夫ね。この子は泣かないタイプみたいだね」
どうにかこうにかして出した声はまるで生まれたての赤ちゃんのようであったが、それまで胸につっかえていた様な感覚がなくなり、息が通るようになった。
そしてまた何かに掴み上げられる感覚に襲われた。次に降ろされたのは暖かく、どこか懐かしいところだった。
「生まれた時からママを心配させるなんて、お転婆なお姫さまね」
「うー?」
(この声、女性か?でも誰だっけ……昔に聴いたことあるような…)
やっと開いた眼に映るのは、真っ白で眩しい光景。ホテルで寝る前に電気は消したはずだが、誰かが呼びに来てつけたみたいだ。
(誰だか分からないけど、みんなごめん…もう少しだけ寝かせて…)
集合時間に遅れた申し訳なさを感じながら。
この安心する場所で再び眠りについた。
あれから1週間、何故か視界がボヤけていたり、音が聞こえにくかったり、身体が動かせない状態が続いた。なんかヤバい病気にかかったかと思ったけれど、水みたいで少し甘い飲み物を与えられ続けられたから入院してる訳ではなさそうだった。
が、しかし。
体の感覚が元に戻ってきた今日になってようやく理由がわかった。
それは今もなお抱きかかえてもらっている女性を、また、自分のものらしき身体を見ればわかる。
記憶に残っている姿よりも少し若い、それで色鮮やかな美しい金糸の髪と。
透き通る様な青い瞳は、自分にも遺伝し誇りにしていた色で。
21世紀において、一応は物理学の最先端を研究していた身としては信じ難いことであるが。
俺、
オマケに女の子になって。
次話より少し時間が飛びます