TS逆行したら才能に満ち溢れてた   作:黒髪赤眼すこすこ侍

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ワールドツアー

「——流れは以上になります。ご不明な点はございますか?」

「大丈夫です!普段試合を拝見しているので抜かりはありません!」

「葵さんが人気になってから当球団の収入も増えましたからね、本当にありがとうございます」

「恐縮です!」

 

 6月某日。待ちに待った始球式の日がやって来た。

 場所は埼玉の所沢。世間のオタクくん達が文句を言いがちなドームもどきである。これでもアイマスのライブでは「ドームですよっ!ドームっ!」と言われた、壁がないだけのれっきとしたドーム球場なんだけどなあ。世の中世知辛いのじゃ……

 

「ママはいつものバックネット裏にいるからね。頑張ってきて!」

「ストライク送球を見せてあげるよ」

 

 お母さんは契約している年間シートで待機している。私と同じように関係者席で感染する事も可能なのだがそれは断っていた。バックネット裏は1番近くで観れるため態々見えにくい場所に行く必要もないからね。

 

「本日お相手してくれるのは粟山さんです」

「最高に嬉しいです。サイン強請っても大丈夫ですかね?」

「彼の登場曲は八色さんの曲なので問題ないと思います」

 

 粟山さんとは、近い将来に球団初の生え抜き2000本安打を達成するレジェンドだ。相方の外村さんは今シーズンは不調だが、来年度には千葉選手(1チームの総本塁打数)との壮絶なホームラン王争いを繰り広げてくれるはずだ。

 球団職員さんからOKを貰えたので試合後にサインを頂きに行こう。

 

「八色さん、時間です!」

「了解です!」

 

 待機していた通路からグラウンドへ走り出す。登場曲は先日リリースしたニューシングルをかけてもらった。休日という事もあり、満員のお客さんが詰め掛けてくれてるのが分かる。毎日これくらい来てくれたら金銭面で他球団に負ける事はないんだろうな。

 

『本日の始球式を務めるのはソロアーティストとして活動中の八色葵さんです!』

 

 球場アナウンスに合わせて全方面にペコペコお辞儀をしてマウンドに上がった。踏板よりも前はピッチャーの方が投げやすいよう、足を踏み入れてしまわないように注意しないと。

 

『それでは八色さん、お願いします!』

 

 合図が出たのでグローブを構える。投球フォームは近未来において日本人最速を叩き出し、メジャーでも二刀流として大ブームを起こしたあの方を見本にしている。

 2022年シーズンも大爆発してくれたであろう彼の活躍が見れなかった事が心残りではある。肘の手術の影響も無くなって来る頃だろうし、異次元だった2021年よりもパワーアップしてるだろうなあ。

 

 左脚を上げ右脚に全体重をかけてから踏み出し全力で腕を振る。投げたボールはストライクゾーンより少し外に外れてしまったが、粟山さんがお約束である空振りをしてくれた。ワンバンはしなかったしカッコは付いたかな。

 

『ナイスボール!球場の皆様、今一度大きな拍手をお願いします!』

「ありがとうございました!」

 

 監督との撮影会を終えた後は球団職員に接待を受けながら試合観戦をした。結果は絶不調の外村さんの満塁ホームランもあり9対0での完封勝利。

 これで私の現地観戦無敗記録がまた1つ伸びる事に。いつかは途切れるだろうけど出来るならずっと勝ち試合を観たいな。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 7月。夏休みは時間が有り余ってる事もあり世界を巡ってライブ三昧の日々を過ごす。有難い事に多くの企業がスポンサーとして名乗りを上げてくれたのでワールドツアー自体は黒字の見込みだ。

 チケットも最低価格1万円という割高設定なのに全て掃けてしまった。グラミー賞の影響力を強く感じる。流石は音楽界の最高栄誉だ。しゅごい……

 

「葵、お疲れ様」

「生放送だったからマイケルが放心しないかドキドキだったよ」

「突然新アルバムの見所を聞かれない限りはヘマはしねぇよ」

 

 アメリカでのツアーを終え、移動日を明日に控えた今日は現地のテレビ番組に出演していた。

 共演者は白人ラッパーとしては異例の人気を博しているエムエムさんだ。そのうちニコニコ動画では「エムエムさんが教えてくれるシリーズ」が流行るんだろうな。

 

「明日からはイギリスだったか?小学生なのに忙しい奴だな」

「時間が限られてるからね。本当ならアメリカも30公演くらいはしたいんだけど」

「4公演はクソ少ねぇわ。この国民が暴動を起こさなかった事にたまげたぜ」

「そもそもアメリカがデカすぎるんだよ。1週間の弾丸ツアーでダンサーやバックバンドの人達はヘロヘロになったもん」

 

 ツアーの順番はアメリカからヨーロッパへ渡り、オーストラリアを巡って日本に帰ってくる予定だ。その合間におじいちゃんに会いに日本に戻らなくてはいけないので夏休みに暇な日は存在しない。

 その関係でバックダンサーやバンドはそれぞれの国にいる人達を紹介してもらっている。会場の設置や片付けの人員も相当数居るので人件費はヤバい事になった。スポンサーが居なければ日本国内のみのツアーか、チケット代を爆上げする事になってただろうな。

 

「葵ちゃん、5人分だけ今日乗れる便が出たらしいけどどうする?」

「じゃあ前乗りしちゃおうか。他の2人は?」

「高野ちゃんには今急いで準備してもらってるよ。真由美ちゃんはその付き添い」

 

 収録後にホテルに戻ると欠員が出た飛行機を教えてもらった。出来るだけ早く会場を見たいので身内だけそちらの便に変更。他のスタッフさんはスケジュール通り明日の便で来てもらう事になった。

 

「お待たせしました」

「高野さん、突然の予定変更でしたけど大丈夫でした?」

「問題ありません」

 

 高野さんは4月から雇ったスタイリストさんだ。テレビ番組などに出演する際の服装はもちろん、アパレルブランドから送られてくる物の管理も任せている。今回のようなライブツアーでは、お母さんを通訳代わりにファッションリーダーとして各国の服飾関係の人の指揮を取ってもらっている。

 初めてのワールドツアーを経験して「ヘアスタイリストの相棒が欲しい」と要望を貰ったので探さないといけないな。

 

「フライトは3時間後だから少し急ごうか」

 

 西海岸からスタートしたアメリカツアーは東海岸のニューヨークでフィニッシュしている。今が18時だから時差も考慮すると向こうに着くのは朝の9時頃か。

 残りの宿題はまた今度にして睡眠時間に充てなきゃな。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

「着いたー!」

 

 予定通り朝9時に到着した飛行機からロンドンの地に足を踏み入れる。今日はここからホテルへ向かい荷物を下ろした後にライブ会場の下見の予定だ。

 早速荷物を引き渡してもらい私服に扮した警備員を引き連れロビーへ出ると、取材陣が居ない事に気づいた。

 

「予定が変わっちゃったから、マスコミ達は明日空振りかな?」

「本来の予定であれば明日と言うより今日の夜ですね。そうなったらどっかのタイミングで取材を受けてあげ——」

『いたぞ!八色だ!』

「——居るじゃん」

 

 いくつかの局の報道陣が走ってくるのが見えた。どうやって嗅ぎつけたのか不明だが、彼らの望んだ画を撮りそびれる事はなくなったみたいだ。その執念に脱帽するよ。

 

「わわっ、一般の人も一気に来た!」

「バレちゃったかしらね」

 

 結局はアメリカの時と同じく警備員に囲まれながら移動した。手を振りファンサービスをしながらタクシーに辿り着いて一息つく。ロンドンはロックの聖地だろうに、随分人気を得ているらしい。

 

「これからは飛行機の便を変更したら情報を流しておきましょうか。その方が規制とかの対応もやりやすいだろうし」

「そっちの方が良いね。真由美ちゃん、お願いできる?」

「承知しました!」

 

 タクシーには2つのグループに分けて乗車している。前の車にはお母さんと高野さん、残りのコーディネーター組は私と一緒だ。こんな事なら送迎車も早めてもらえばよかったな。

 

『八色様、お手荷物の方をお運びします』

『チェックイン時間を早めても大丈夫ですか?』

『はい、問題ございません。お部屋までご案内致します』

 

 ホテルにはお母さん達の乗ったタクシーと同時に到着した。部屋まで荷物を持ってきてくれたポーターの方にはチップを渡しておく。

 

「そういえば、カリュシアはイギリスの事どう思ってるの?」

「イギリスの事?」

 

 由希さん達と別れ、部屋で荷物を整理しているお母さんに質問する。歴史的には英仏みたいにバチバチな関係が思い浮かぶのだが。

 

「ママの立場的には悪く言えなかったからねぇ」

「実際のところは?」

「スコットランドの独立を助けちゃった件もあるし、隣国と言えば隣国だからね。スポーツだと競争意識は強いかな」

 

 17世紀から18世紀にかけて、イングランドはカリュシアを支配地にしようとした歴史がある。その為にまずはスコットランドを併合しようとしたが、その動きを察知したカリュシアに阻まれてしまいご破算に。

 やっぱりと言うべきか、その流れがまだ続いてるんだな。

 

「じゃあ結構イギリスの事揶揄したりするんじゃない?」

「それは今度カリュシアに行って確かめてみてね」

 

 ヨーロッパの各国の関係は結構複雑だ。同じEUという枠組みにいる癖に、何かを争うことになるとここぞとばかりに煽り出すからな。逆行前ではドイツとイギリスとフランスの友人の貶し合いは見てて面白かった覚えがある。

 

「葵ちゃん、用意出来た?」

「準備万端です」

「表に送迎車を呼んであるから、それに乗って行くよ」

 

 ノックをして入ってきた由希さんに続いて部屋を出る。お母さんと高野さんはこれから衣装の確認に行くらしい。真由美さんは次に向かうフランスの調整だ。

 

「お昼は何食べたい?」

「特にこれといったものはないです」

「私はイギリス初めてだからスターゲイジーパイが食べたい!」

「なぜそのチョイスを……?」

 

 私も学会関係でイギリスに行った際に怖いもの見たさで食べられるレストランを探した事がある。由希さんと似たような事してたな。

 

「そんな由希さんにはマーマイトを塗りたくったパンをオススメします。もちろん飲むことも出来ます」

「マーマイトも挑戦したいけど流石に飲めないでしょ……」

「まあ、無難にステーキ&エールパイとかにしましょう。スターゲイジーパイと同じパイですし」

「じゃあ食べ比べだ!」

「チャレンジ精神豊富ですね」

 

 由希さんはどうしても食べたいと見えるので私が折れておこう。でも今のイギリスだとスターゲイジーパイの知名度は低いから、ロンドンで食べれるかは疑問な所ではある。

 

 11時頃にライブ会場に到着。最後の作業がされている様子を眺めつつ、ステージに上がらせてもらった。後で舞台裏映像として投稿するためにカメラを由希さんに預けておく。

 

「これがO2の舞台ですか」

「明後日から2日間使うから、気になる事があったら言ってね」

 

 会場のキャパとしてはそれほど大きくない。それでも世界で最もチケットを売れるアリーナでもあるのだ。

 この場でコンサートを開いてきた錚々たる面々と同じ場所でパフォーマンス出来るとは思ってもみなかったな。

 

「照明とかって動かせたりします?」

「ちょっと待ってね、聞いてくる」

 

 現場監督から許可を貰えたのでそのまま照明を点けてもらった。色とりどりの明かりが一斉に会場を照らす。

 

「これはテンション上がりますね!」

「流石はイギリス最大のアリーナだよ」

 

 その後は音響の確認もして下見は終了した。明日はバックバンドの人達との音合わせもあるので今日のうちに観光を終わらせないと。

 

「全然ない……私のスターゲイジーパイ……」

「コーンウォールの伝統料理ですからね。ロンドンでは難しいと思います」

 

 昼食の時間になったので会場にいたロンドンが地元の人に話を聞いてみた。ただ反応は悪く、中には存在すら知らない人も居る。日本だけ異様な知名度がある料理だなと改めて実感した。

 結局スターゲイジーパイは諦めイギリス料理のお店に入った。

 

「フィッシュアンドチップスは無難に美味しいね」

「揚げるだけですからね。下処理さえ怠らなければ不味くなりはしませんよ」

 

 ミートパイを食べながらイギリス料理談話に花を咲かせる。美味しい料理を求めて世界の半分を支配したと揶揄されるイギリスだけど、普通に美味しいものは美味しいよ。

 

「デザートのプディングも楽しみー」

「由希さんはイギリスのプディングって知ってるんですか?」

「え?プリンじゃないの?」

「あ〜。なら、ネタバレはしないでおきます」

「めっちゃ気になる」

 

 日本のプリンと同じ物を想像している由希さんをはぐらかしていると注文したプディングが運ばれてきた。その姿に由希さんは驚いていた。黄色の滑らかなスイーツを想像していたら出てきたのは蒸し料理でした、となればそんな反応になるよね。

 

「スイーツが美味しくないとかはないよね?」

「『プディングの味は食べてみないと分からない』って諺がありますけど、今回はそのままの意味で、実際に食べてみましょう」

 

 さっきまではゲテモノを所望していたのに甘いものには裏切られたくないらしい。イギリスのプディングもしっかり甘いので心配は要らないよ。

 

「これはこれで美味しいからヨシ!」

「それなら良かったです」

 

 その後はお母さん達と合流し、ロンドン市内を散策した。明日からまた忙しくなるので息抜きはしっかりしないとね。

 

 

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