TS逆行したら才能に満ち溢れてた 作:黒髪赤眼すこすこ侍
天に愛された彼女は危なっかしい
彼女と出会えたこと。それが私の人生の転機だった。
始まりは幼稚園時代に遡る。
初めての幼稚園という環境、そして母と離れた寂しさ故に泣いてしまっていた私を慰めてくれたのが最初の出会い。
幼いながらに、彼女の大木のように静謐とした、そして暖かな太陽のような雰囲気に安心感を覚えていた。
『お名前、なに?』
『私は八色葵。藤崎理華ちゃんだよね?よろしく!』
『——うんっ』
そこからは暇さえあれば彼女の隣に陣取っていた。
当時の彼女は周りの子と交流を取りたがらず、部屋の隅で本を読んでいるのが定番だった。私もそれに倣って絵本を読む事が多かったが、今思えば幼稚園生が読むのには適さない——きっと大人でも苦労するであろう——難しそうな本を読んでいた異常さがよく分かる。
そう、彼女は昔から特別だった。
年に見合わぬ知性、圧倒的な可憐さ。
まるで、天からの祝福を一身に受けているかのように。
『きっと八色さん
『そこまでなのか?』
『アナタも会ってみたら分かるわ。正直、人間とは思えない、魑魅魍魎の類に見えるわよ。まあ、それを補って余りある、可愛くて礼儀正しい良い子なんだけどね』
初めて母と彼女が相対した夜、両親がそんな話をしていた覚えがある。それがどんな意味なのかは分からなかったが、今となっては全力で同意するだろう。
それだけ周りから飛び抜けた少女だったのだ。それは成長した今でも変わらず、寧ろ差がより明確になっているように感じる。
そんな彼女は幼稚園の頃からテレビに出演し、更には世界でも一目置かれる存在だった。
彼女に勉強を教えてもらっているので数学という教科がどんなものかは理解した。それの最も難しそうな問題を幼稚園生が完璧に解くと言うのだから驚くのも無理はない。しかも得意なのは物理だとか宣ってくる。
やっぱり世界のバグかなんかだよ。
『八色はヘンテコな目の妖怪女〜!』
『はいはい』
小学校に上がると彼女にちょっかいを出す男子も増えた。同性から見ても圧倒的美を感じる彼女の容姿は、それはそれは同い年の男子を狂わせたに違いない。なんなら自意識が確率してきた今だと、そんな恐れ多い事をする奴らは皆無になった。
『おい、お前告白してみろよ』
『無理無理!お前こそ行ってこいよ!』
その癖、陰ではしっかりと想いを募らせている光景は、傍から見れば面白くて堪らない。まあ、君らでは一切触れる事も叶わないんだけどね。
一方で女子連中はと言うと対応が真逆になった。
低学年の頃は周りの子から1歩引いた位置で皆を見守っていた彼女に、元気いっぱいの女子は大して興味を持っていなかった。
どちらかと言えば孤立しがちな子をまとめて面倒を見ていたので、彼女も大人しい子という風に見られていたのかもしれない。
それが変わったのは3年生の後半くらいだろうか。
その頃になると男女問わず異性に興味を持ち出す時期になる。その興味が却って異性を遠ざけたりする反対の行動をとるのだから面白い。
そうなってくると女子はグループを作って優劣をつけようとする。そうする事で自分達が最も魅力的であるとアピールするかの様に。
そんな流れで他クラスではイジメの様なものが起きそうになったりしたらしい。くだらないと切って捨てる事ではあるが、当事者にとってはたまったもんじゃないだろう。
しかし、私達の学年には彼女がいた。
圧倒的な頂点たる彼女が。
まずはクラス内の女子を併合、と言うより勝手に「彼女には何をしても無駄だ」と悟ったのだろう。彼女自身は何もしていない。低学年の頃から変わらず、1歩引いた姿勢で私達を見守っていただけだ。
同時にイジメの噂を聞き取り他クラスの子に釘を差しただけ。
それだけで学年の女子は彼女に傅いた。
当時からテレビに引っ張りだこで、更には世界を飛び回っていたという面もあるのかもしれない。または潜在的に彼女に逆らう事は不可能だと感じたのかもしれない。
あるいは勉強、スポーツ、そして容姿。全てのステータスに於いて圧倒的な差がある事を理解したのだろう。
どんな理由があれ、女子の頂に立った彼女は、その時に絶対的不可侵の存在と化した。
男子はそんな事なんのそのと分け隔てなく遊んでいるのは凄いことだ。何故ここまで性差があるのだろうか、不思議なものだ。
『藤崎ちゃんは葵ちゃんと幼稚園一緒なんでしょ?いいな〜』
『羨ましいよね〜』
そんな彼女の隣に居座る私は、女子達から見て目障りな存在に違いない。
トップにはなれないとしてもナンバーツーにはなれる。しかし昔から私がその場にいる事でそれも不可能になった。
表面上では仲良く見せているが、裏でどんな事を言われているかは彼女達の目を見れば何となく想像がつく。
そんな態度を葵のいる前で見せない事だけは評価するよ。賢い癖にこういうドロドロした事には疎い彼女はそのままでいい。
白く、穢れのない彼女は、それだけ尊い存在なのだから。
それに、葵の存在を怖がって直接的、間接的手段に出れない彼女達を怖がる必要もないからね。
そして、成長するに連れ磨きがかかった彼女の魅力に対して、変わらない者も存在する。
それがもう一人の幼馴染である男の子だ。
『あっ、涼くん』
『葵ちゃん!帰ろ!』
『ダメ!葵ちゃんは私の!』
『なんだコイツ』
初めて奴に会った時は葵と親しそうな雰囲気に嫉妬した覚えがある。当時幼稚園生であった私は引っ込み思案だったので友達が葵しかいなかったのだ。それが盗られると思い焦っていたのだろう。
最初の内は衝突を繰り返していたが、なんやかんや接していく内に気が置けない仲にはなった。それに、The陽の者な涼馬との交流は私の引っ込み思案も治してくれたのでそれは感謝する。とはいえ私の目の黒い内は葵は渡さない。
そう、幼馴染の彼も葵に目を焼かれた人の一人だ。
彼奴がその事を自覚したのは4年生くらいの時のように思われる。それまでも無意識に葵の事を気にしていた彼が、他者と彼女との対応を明確に変えたのだから。
『なんで葵の前では馬鹿なフリをしてるの?』
『なんでって……そっちの方が周りに茶化されないだろ』
『そう?』
そんな事もない気もするが、事実彼の存在は女子の硬いプロテクトを通り抜けていた。
そもそも運動能力に優れていた涼馬は男子のトップに立っていたし、容姿の方も、まあ、カッコイイ範疇だろう。クラスの子が奴を噂しているくらいだし。認めたくはないけどね。
それに絶対的頂点たる葵が涼馬に対しては甘い事も作用していると思う。
そして、それだけが理由ではなかった。
『それにさ、子どもっぽい態度の方が葵も安心するんじゃないか?』
『……?』
『あいつさ、なんか男子っぽいノリが好きみたいなんだよ。しかも、普段は大人ばかりの社会に属している。それなら私生活くらいは葵が自然体で居られる雰囲気が一番だ』
『そう……かもね』
男子に甘いのは何となく気づいていた。普段のクラスメイトの男子を見る目は優しさが籠っているから。優しさと言うより懐かしさだろうか?どっちにしろ甘いことには変わりないか。
その事実を鑑みて行動する涼馬は、他の男子とは明確に違った。だからこそ私も彼に協力してあげた。
全ては葵のために。その意思は私も賛同する事だから。
2人して、特に同性たる私が何故ここまで彼女を第一優先する様になったかは分からない。気づいたらこうだったのだから仕方ないよね。
『まあ一番の理由は葵の部屋に無遠慮に入れるからだけどな!』
『変態だ!』
そう冗談交じりに言った言葉も嘘ではないのだろうし、警戒する事に変わりは無い。
そんな彼はこの3月に小学校を卒業していった。中学からは同級生も成熟して来たので周りに対応を合わせるらしい。流石に子どもっぽすぎるのも嫌われると判断したようだ。嫌われると言うよりかは精神の遅れを心配される可能性の方が高い気もするが。
そんな男子の目の上のたんこぶであった涼馬が居なくなってからは同い年の男子が活発になってきた。しかも攻め方を変えて来たらしく、なかなかどうして面倒極まりない。
『藤崎さん、好きです!付き合ってください!』
『葵目当てでしょ。知ってるから』
『い、いやっ…本当に…』
『男子連中で話してる内容って実は聞こえてるのよ。気をつける事ね』
将を射んとする者はまず馬を射よ。そんな諺通りに行動して来るのは厄介だ。男なら潔く真正面からぶつかって砕ければ良いのに。
『理華ちゃん、これは由々しき事態だよ。私に告白が無いのはおかしい』
『可愛すぎるだけなんじゃない?』
『そんな事で男の子が止まるわけないじゃん。何言ってるの?』
『はは、こやつめ。……何、告白されたいの?』
『そんな事は無いけど……ほら、この子は私の事好きなんだなぁってニヤニヤ出来るじゃん?』
『悪女かな?』
そうやって男子を狂わせている当人は呑気なものだ。自分の影響力を真に理解していないに違いない。
そも、顔出しでネット社会で活動するのが間違いだよ。
『なんだこのコメントは……ブロック、と』
葵の影響でサブカルにどっぷり浸かってる私もニコ動やようつべ、果てには掲示板を巡回している。掲示板はそういう物らしいのでとやかく言わないが、葵の目に入るかもしれない動画サイトは別だ。
ようつべではモデレーターに設定してもらっているので彼女の配信の際にはブロック祭りが開催される。気持ちは分かるけど12歳に興奮した感情を見える所に綴るんじゃないよ、掲示板に行け。
葵的には過度なコメント以外は「それもネットだから」と許容範囲らしい。でも調子に乗らすのはよくないので私が動く。削除、削除削除、削除ォ!
こんな感じで幼馴染の彼女は自身の魅力を把握していない。
主観的なランキングではあるが「世界で最も美しい顔100人」で現在2連覇中の容姿と、グラミー賞受賞歌手というぶっ飛んだステータス。しかも世界中の脳科学者の垂涎の的となっている天才的頭脳の持ち主で、更にはとある王族の直系と来た。
正直、普通に生活出来ているのが不思議で仕方ない。
もっと危機感を持って行動して欲しいのだが、果たして彼女が気づく事はあるのだろうか。
「この後先生に呼ばれてるから理華ちゃんは先に帰ってて良いよ」
「待ってるから早く行ってきな」
今日も今日とて一人で帰る愚行をしようとする。帰り道にはシルバーさんが所々に立っているし家まで近いとは言え、それだけは止めてくれ。この地区の人が皆協力的だとしても、もしもがあるのだから。
「ごめん、お待たせ」
「ほいほい。で、何の話だったの?」
「私立中学に進学しないかって。そっちの方が時間の融通が効くかもしれないらしいの」
「へぇー。なんて返事したの?」
「家から遠いから断っておいた」
季節は秋。普通の子であれば地元の中学に進学予定だ。ただ、勉強にも力を入れている地区であるからなのか、少なくない子が中学受験も考えている。
そういう子は将来を見据えての受験であるが、葵はまたちょっと違う理由だね。
「別に平日に仕事を入れる訳でもないし、公立で問題ないんだけどね。お母さんの容態が変わった時も直ぐに駆けつけられるし」
「おばさんはもう平気の様な気もするけど」
「それでもだよ」
お母さん大好きっ子の葵はおばさんの癌の再発を気にかけている。人によってはマザコンと呼ぶかもしれない。しかし家族の繋がりは大切なものだと考える私は、それが尊い関係性だと思う。
それに、葵はマザコンと言うよりファザコンだと思うし。
「もしも私立を受験するなら私にも教えてね。私も受けるから」
「わざわざ遠い中学に通いたくないので可能性は0%です。そうなったとしても理華ちゃんは受かるかな?」
「とある幼馴染様のせいで中学範囲も修めてますが何か?」
葵が私立に通うのであれば私も着いていく。そこでも無垢なる彼女を守るのが私の義務だと思うから。
こんな勝手な信念を持っている事を彼女は知らないだろうし、寧ろ知られたくない。貴女には、伸び伸びと自由に羽ばたいて欲しいから。
「久しぶりにゲームやりたい」
「ん、いいよ。何やりたい?」
「DODの続きをやるわ。今度こそEエンドの音ゲーを——」
「一人用じゃん!しかもまたこっそりやってるし!」
「だって葵が隠してたら探したくなるじゃない」
「あれは理華ちゃんには早いよ……」
「葵と同い年なんだが?」
彼女に置いていかれない為にも家では努力を欠かせない。ただし、それを彼女にも悟られない様にするのも大変だ。
習い事もやってない私がこうなのだ。クラブユースで忙しい
それでも後悔はない。だって、特別な彼女の隣にいる為にはそれでも足りないと思うから。
世界に輝く一等星の輝きを。
天に愛された、それでいて少し抜けた愛しい幼馴染の笑顔を。
それを一番近くで見れるのであれば、どんな地獄だって乗り越えてみせよう。
彼女が愛する者を見つけるまでは、この場を譲る気は無い。