TS逆行したら才能に満ち溢れてた 作:黒髪赤眼すこすこ侍
2007年の3月、ニッコニコ動画はベータ版を経てついに動画投稿が出来るようになった。例の陰陽師の動画にコメントを付けてから私も動画を投稿した。記念すべき最初の作品はYouTube版が人気だったお馬さんの動画だ。海外のユーザーが少ないはずなので英語字幕は無しの日本向けである。私の人気が出て海外の人も流入するようになるまでは日本語だけのものでいいかな。
ついでに最古のボカロ曲が投稿された事も確認した。この曲からどれだけ世界を拡げられるか、前世よりも多くの人に親しんでもらえるか。私がそれを出来るなどと自惚れてはいないが少しばかりの助力は出来ると思う。KAITO兄さんやMEIKO姉さんで調教の練習をして時を待つ。
「葵ちゃん、忘れ物は大丈夫かな〜?」
「うん、平気」
「それでは行きましょうか!」
4月に入り遂に小学生に学年が上がった。今日は入学式だけであるので上級生はまだ春休みであるのだが、涼くんも行きたいと言い出したので出雲家も一緒に学校へ向かう。
「葵ちゃん、大きくなったね」
「和真さん!お久しぶりです!」
普段と違うのは珍しい人が来ている事だ。お父さんの元同僚で、前世では後見人となってくれた後藤和真さん。弁護士で忙しそうにしているがこういう祝い事の時には時間を作って来てくれる。他所の家庭の子であるのに良くしてくれるのは本当に嬉しい。
涼くんは私が笑顔で話していると手を繋いでくる。前世の記憶もあるので私の方が一方的に好感を抱いているだけなんだけど、好きな物を盗られまいと独占欲を出してくるのは微笑ましい。和真さんもそれを見て苦笑を浮かべていた。
入学式では代表者として挨拶をした。こういう代表者って何を基準に選んでいるのだろうかと聞いてみると、例年は出席番号順で決まるらしい。今年はちょっとだけ世間で知られている私が居たので特別にお願いしたとのことだった。あがり症な子も居るためか今年は何も考えずに頼めるので先生方はご満悦である。
ついでに打ち合わせの際にIMOの関係で抜ける事があるという話もしてある。さいたま市は教育に力を入れている方の地区なのでこれも問題なく通った。ダメならダメで諦めたが、せっかくなら誰にも抜かれないような記録も作ってみたいのでありがたい。小さなうちから合法的に海外に行けるしね。目指せ14年連続満点での金メダル。
入学式も終わりクラスでは初顔合わせが行われた。同じクラスには藤崎理華ちゃんも居たので彼女との関わりは途絶えないと思う。
周りでは男女関係なくワイワイしている子たちを見ていると、これが数年後には男子は男子、女子は女子となるのが信じられないな。思春期の不思議である。
かくいう私も家から近いというだけで男子校を選んでしまったばかりに、大学では女の子と話すのが苦手になってしまったが。あの環境にいて女の子と普通に話せる奴は尊敬するよ。
「葵ちゃん、一緒に帰ろ」
「いいよ。行こっか」
帰り際に理華ちゃんが声を掛けてくる。入学式なので親も一緒だ。理華ちゃんの家は私の家から徒歩1分圏内にあるのでこれからの登校も一緒にしようと約束した。帰ってから気づいたが登校班があるため約束も何もなかった……
小学校は幼稚園よりも緩くないのでこれからの暇つぶしをどうしようか迷う。最近になって前世で専攻していた分野の論文を見直し始めていたので、それを印刷してこっそり読むくらいならバレないかな?ノートの下に忍ばせておけば多分大丈夫だと思う。
そんな感じで始まった2度目の小学生。今年度の目標は、そろそろ問題になってくるであろう母の癌。それを食い止めることだ。
今度は、絶対に救ってみせる。
◆◇◆◇◆◇
前世での母の死因は乳がんが全身に転移してしまったことによるものだ。
それが発覚したのが中学2年の時。その後1年も経たずに亡くなった。気づくのがもっと早ければ他に対処法があったかもしれない。お母さんが苦しそうな咳をしていた時にもっと真剣に病院を勧めていればと何度も後悔した。
前世の自分は何も知らないただのガキだった。
でも、今回は違う。絶対に間違わないと、この不思議な逆行を理解した時に誓ったのだ。
「最近テレビで見たんだけどさ、女性は気づかないうちに乳がんになっているかもしれないんだって」
「そうなの?葵ちゃんは物知りね〜」
来週に血液採取を控えた日、夕飯を作っているお母さんに話しかけた。時代が5年もズレている為、癌の始まりはこの辺りのはずだ。初期に見つかればその分治療も楽で、生存率も格段に上がる。このタイミングで検査を受けさせなければならない。
「定期検診を推奨しているらしいよ?今度病院に行く時にお母さんもやってみようよ」
「ママは大丈夫だから気にしな……」
「ダメッ!!」
「葵ちゃん……?」
そんな悠長にしてられないんだ。もしかしたら、この世界では癌を患ってないかもしれない。でも、今までの経験からそんな甘い事は起こらないと確信できてしまう。
私が生まれる以前の事件や災害の日時。それ以降のものも。競馬で私が手を加えても、歴史は変わらなかった。
この世界は、どうしようもなく前世と同じなんだ。
「私は、お母さんに死んで欲しくない!」
「……」
「お願い。検査をするだけだから。何も無ければ『あぁ、良かった』ってなるだけなの」
「……そうね、検査を受けるだけなら良いわね」
「ほんとっ?」
「ええ。ママも葵ちゃんを置いていくなんてことがあったら、後悔してもしきれないから」
よしっ!よっし!とりあえずこれで第1段階クリアだ。最初の検査で見つからなければそれでいい。3ヶ月置きくらいに検査をしていればいつか見つかると思う。お母さんが渋るようだったら泣き落としでも何でもしようと思ったが、あっさりと頷いてくれて良かった。
そして私の血液採取兼お母さんの検査の日がやって来た。病院側は急な検査でも問題なく予約を入れることが出来た。
「突然の予約なのにありがとうございます」
「いえいえ!我々としても女性の方には積極的に受けてもらいたいですから」
私の採血を先に行いその後は母のX線検査へ。触診では恐らく異常がないと言う事だったが念には念を入れてだ。
薄着になったお母さんがレントゲン室に入っていく。何もなければいい。もしかしたら今世は癌にならない都合のいい世界かもしれない。そんなことを考えていると検査が終わる。後は待合室で結果を待つだけだ。
「ママは元気なつもりだから大丈夫だと思うんだけどね」
「私もそう思う」
本当に、そうだったらいいな。前世では人に恵まれたとは言っても、流石に酷い境遇だったと思う。この世界くらいは甘く優しい世界であってほしい。
「八色さーん。3番の部屋へどうぞ」
益体もない会話をしながら結果を待っていると受付の人から名前を呼ばれた。遂に、遂に結果が分かる。大丈夫、触診で異常が見られないということはそこまで酷い状態ではない。癌がない可能性の方が高い。心配なんて無いはずだ。
部屋に入るとお医者さんがレントゲン写真を見ていた。これのどこを見れば判断出来るのか分からないが、パッと見は異常がないように見える。
「八色さん、よく聞いてくださいね」
「……えっ?」
「腫瘍が見つかりました」
目の前が真っ暗になった気がした。
腫瘍。触診じゃ分からなかったはずではなかったのか……いいや、まだ初期に見つかった事の方が大きい。末期になってしまえば取り返しがつかないんだから。
「幸い小さなものですので、直ぐに治療すれば何も問題ありません」
「本当ですか!?」
「ええ。お母さんは私がしっかりと治すから、心配しないでね」
ホッとして前のめりになった体を元に戻す。隣に座っていたお母さんは目を見開いて驚いているようだった。
「また後でお話しますが、これからの流れについて確認しましょう」
まずは入院日を決めて全身の精密検査をして他の癌が無いかを確認しなければならないらしい。もしほかの臓器にも見つかれば長い戦いになる事も話された。治療方法も程度によっては選べるのだが、私は絶対に治せる方法を選んでとお母さんに頼んだ。
お母さんも話を聞いていくうちに意識が現実に戻って来たのか真剣に耳を傾けていた。
その後、入院日を3日後に決め、必要な書類なども貰い部屋を出た。
「葵ちゃん、ママを救ってくれてありがとうね」
「ううん。早く見つかってよかった!」
「そうね……ママ、頑張るからね!」
そうだ。早く見つかれば対処も容易なんだから焦ることはない。まずは母を救えるかもしれないことに喜ぼう。
◆◇◆◇◆◇
その後の検査において、全身に転移もなく胸の小さな腫瘍だけだと分かった。そのため手術も大掛かりなものではなく日帰りでも可能らしい。お母さんは日帰りを検討していたが私は負担の少ない方を選んで欲しかったので、手術を含め3日間の短期入院となった。
その間は出雲家にお世話になったのだが、毎朝毎晩お母さんから電話が来るので寂しさはなかった。
話によれば無事に手術も終わり、経過観察として定期的に検診を受けることになったらしい。頻度としては最初の5年間は4ヶ月ごとに、その後は1年ごとになる。
ひとまずの憂いはこれで解決だ。何の因果か知らないが記憶を持ったまま逆行した意味があった。
新しい人生を、本当の意味で楽しむことが出来る。お金も今となっては稼ぐ必要もない。仮想通貨や前と同じように賭け事で儲けることが出来る。
だから、失敗を恐れる必要もない。
何の憂いもない世界で、好きに生きていこうと思う。
◆◇◆◇◆◇
5月になりYouTubeからパートナープログラムに参入しないかとの声をかけてもらった。所謂収益化である。記憶が確かなら最初は映画関係のチャンネルにしか勧誘が来なかったはずだが、細かい事は気にせず私はもちろん了承。これで再生回数に準じた広告収入を得ることが出来る。広告を入れることでそれを嫌って視聴者数も減るかもという思いも過ったが、差程変化は無かったので続けていく事にした。
また、これまでにゲーム実況動画や旅行先の動画を投稿して反応を確かめてきた。「ゲーム実況」という文化がまだない時代だけれど感触はいい。私よりも前にYouTubeの方で幾つか動画が出ていたので、前世と同じくコンテンツとして成長していくと思う。
私の方はダツラが1発クリアしてしまったためパート5で終わってしまったのが心残りだ。競馬動画と同じくメーカーとやり取りした文面を載せ忘れることはしない。ここら辺の著作権関係はしっかりとやっておかないと後で手痛い仕返しがありそうなので注意が必要だ。
ただ懸念点もある。ニコ動の方はまだ大丈夫だが、YouTubeは収益化してしまっている。一応収益化の報告をした際にはどこも「問題ない」と言ってもらえたが何時対応が変わるか分からないので注意しなければならない。
そのために今のうちから顔を覚えてもらうというのは大事だと思う。全く知らない人よりは印象が変わるはずだからね。IMOで取り上げられた事も影響していそうだ。
これはゲーム以外も同様で「歌ってみた」など投稿する時も留意する。試しに前世で好きだったメーカーに伺いを立てるとOKが出た。ご厚意に甘えてピアノを弾きながら何曲か動画を上げさせてもらったら、その時に再び連絡が来て賞賛されたので下手ではなかったんだと思う。
また再生回数を見るに前世よりもこの時期のニッコニコユーザーが多いように感じる。3月中に競馬動画がミリオン達成したことからもそれが窺える。この勢いをふいにしないようにしたい。
そして8月終わりの今日。ニッコニコ動画だけでなく多くの場所で巨大なコンテンツを築き上げた歌姫が発売される。この日のためにたくさん練習もしてきたし、拙いながらも作曲した歌があるので何とかこの日中に動画を投稿したい。ペンタブを購入して背景も自分で描いたものを用意した。
後は無事に届くのを待つだけなのだが、届かなければMEIKOちゃんに悲痛の叫びを上げさせてやる。konozamaca組はなりたくないぞ!
夏休みである今日は朝6時に起床した。朝食を食べながらまだかまだかとインターホンが鳴るのを待つ。時計の短針は7を指し示しており、荷物が届くまで後2時間もある。
待ちきれなくなった私は玄関前でノートパソコンを拡げTwitterを確認、日本人のフォロワーはまだ誰も手に入れていないようだ。そんなソワソワしている私を後ろでお母さんが撮影していた事を後に知った。恥ずかしかったがいい思い出なのでその動画も投稿したらミリオン達成。どうして……?
挙動不審になりながらもTwitterで報告を待っていると外からトラックが止まる音が聞こえた。時刻は8時55分。違うかもしれないなんて考えはせず家から飛び出した。
家の目の前には何かの荷物を下ろしているトラックが停まっていた。
「おはようございます!それ八色宛でしょうか!?」
「おお!そうだよ〜、はいこれ」
「っ!ありがとうございます!」
来たー!これだよこれ!お母さんが後ろからカメラとハンコを片手に来るのも見ずに家の中へ。厳重な梱包の中から出てきたのは、パッケージに可愛い女の子がプリントされたVOCALOIDソフト。後の世界に轟く電子の歌姫、初音ミクだ。
よっし!konozamacaなんてなかったんだ!
早速パソコンに取り込み、ダウンロードをしている際にツイートも忘れない。すまんなみんな、私は先に楽しむよ!
ミクちゃんが届いてから3時間、そろそろ昼食の時間になってしまうので作業を終わらせなければいけない。だけど、あと少しで終わる。もう少し……
「葵ちゃーん、ご飯よー」
「できたっ!」
お母さんが私を呼びに来るのと同時に調教が終わった。後はこれを用意した背景と一緒に投稿するだけ。
「葵ちゃーん?」
「ごめんもう少し!」
曲名は「生誕祭」、生まれてきた歌姫を祝福する内容だ。この時期のボカロ曲はミクちゃんが歌っているという体の曲が多かったので、これは少し先取りになってしまうがしょうがない。自分の作曲能力を恨んだ。
急かすお母さんを退け、投稿ボタンを押した。
「ふぅ〜、よしっ。お待たせ」
「あと1分遅かったらママは拗ねていました。お詫びになでなでさせる権利を所望します」
待たせてしまったお母さんはフラストレーションが溜まったのか私の頭を撫ででくる。それくらいで機嫌が治るならお易い御用だ。今日はもうやることがないのでお母さんに目一杯奉仕しよう。
稀血の採血ってどこでやるんでしょうね。献血センター?
この作品では病院ですることにしてください
出来れば主人公にとって甘く優しい世界を作りたいです
これでプロローグが終わりです
次回に掲示板回を挟んで2008年に飛びます