ARMORED CORE 3 Replay ~ Stray Crow~ 作:神父三号
その地下世界は、"管理者"によって管理されていた。
人類は、管理されることを当然のものとして受け入れていた。
管理者の庇護の下、人々は徐々に復興し、やがて力を持つ者"企業"が生まれた。
ミラージュ。
クレスト。
キサラギ。
三大企業はより大きな力を追い求め、互いに終わりのない争いを始めた。
だがその争いすらも、管理者の管理下での出来事だった。
地下世界"レイヤード"。
人工の空、人工の海、人工の自然をも備え、全てが管理された地下世界。
文化、産業、戦争、そして人類そのもの。
全てが計画通りに発展し、廃棄され、あるいは再開発されていく世界。
管理者の作った営みのサイクルの中には、戦場の傭兵たちもいた。
最強の機動兵器"アーマードコア"を駆る傭兵"レイヴン"。
彼らは企業の経済戦争の尖兵として、その力を発揮することを管理者に求められた。
管理された地下世界に「例外」など、どこにもありはしなかった。
………
……
…
そして今日、MT乗りの青年がグローバルコーテックスを訪れるのも、管理者の予定する通りであった。
「でけえな……クレストの木っ端支社とはえらい違いだ」
カジュアルなジャケットを着た青年は、グローバルコーテックス本社の高層ビルの自動ドアをくぐって、ため息をついた。
清掃の行き届いた無機質な内装のホールは吹き抜けとなっており、上を向くと首が痛くなるほどに天井が高い。
コーテックス本社は、地下都市"レイヤード"の第一層第二都市区の中でも図抜けて巨大な建造物だった。
都市区の基幹セクションだというのに見渡す限り住居の見えない、丘陵の上にそびえるように立っている。
グローバルコーテックスは、管理者直属の傭兵斡旋機構である。
AC乗りの傭兵"レイヴン"を管理するこの組織は、企業の依頼の仲介からACパーツの売買管理、オペレーターの情報支援、そしてレイヴン同士のアリーナ興行に至るまで、幅広く活躍する。
しかも、その活動のいずれもが巨大企業を含む他の組織の干渉を一切受けないという、半ば管理者公認の特権階級といってもいい立ち位置にあった。
『コーテックスに所属できれば、曾孫の代まで生活に困らない』
その羽ぶりの良さを示すのに、市井でしばしばされる言い回しである。
青年は、三大企業の一つクレストの支社を拠点としてMT乗りの傭兵を行っていたが、施設の玄関口一つとっても、比較するのが馬鹿馬鹿しくなるほどの差があった。
場違いな、という気さえしてくるほどだ。
同僚の傭兵達におのぼりさんだなと散々からかわれたが、まさにその通りだった。
手持ち無沙汰になって携帯端末を開き、時刻を確認する。
ちょうど、管理者がメールで指定した時刻になったところだった。
カツカツ、とホールの床を鳴らしてどこからともなく美しい女性がやってきた。
怜悧な容貌、几帳面に結い上げられた金髪、卸し立てのようにシワひとつないスーツに高いピンヒールと、絵に描いたような"仕事の出来そうな女性"である。
「管理番号0824-FK3203号で間違いありませんか?」
クールな印象にマッチした、それでいてとてもよく通る、聞き取りやすい声だった。
これで愛想がよければな、と青年が思ったのも束の間、切れ長の青い目が僅かに細められ応答を促してきた。
「……ああ。間違いない。管理者の指示で来た」
「身分証の提示と、バイオメトリクスの確認を」
青年は言われた通りにIC身分証を提示し、女性の差し出した端末に掌をかざした。
女性は身分証の写真と端末の照合結果、そして青年の顔を見比べて、小さく頷いた。
「ようこそ、我がグローバルコーテックスへ。では、試験の説明会場へ案内します」
事務的な態度でホールの奥へと歩を進める女性についていく。
目の覚めるような美人にもかかわらず愛想に乏しい有様が、まさに特権階級の女性と言った感じだった。
車1台は乗り込めそうな広さのエレベーターに2人で乗り、57階という法外な高さに上った。
ガラス張りの窓から見える景色は、広大な平野。
よく目を凝らせば、遠方に工場かガレージとおぼしきものが点在していた。
視線を下に向けると、すぐ近くにもガレージ群がある。
「こちらです」
先導する女性に続き、長い回廊を歩く。
そして、特に標識もない部屋の前で止まり、中に入るように促された。
「お好きな席にどうぞ」
内部はよくある会議室だった。
特に何か考えることもなく、青年は中央付近の席についた。
「じきにもう1名の参加者もいらっしゃいますので。では」
軽く頭を下げ、案内役の女性は退出していった。
青年が軽く息を吐き、肩の力を抜いて腕を軽く回した。
クレストの依頼をこなして帰還する途中、輸送機の中で突如送られてきたメール。
地下世界"レイヤード"の管理者からの、レイヴン試験への参加要請。
どうやら、嘘というわけではないらしい。
名高きグローバルコーテックス本社のあるこのセクション301は、テロの防止もあって関係者以外は立ち入り禁止が原則だ。
傭兵とはいえ何の権限もない青年がコーテックスの会議室にこうして通されている以上、レイヴン試験を受けさせられるというのは間違いないのだろう。
「けど、急すぎるだろ……」
青年は会議室の机に頬杖を突き、思わず独りごちる。
まさか任務帰りに、しかも昨日の今日で来いと呼び出されるとは思っていなかった。
愛機のスクータムの整備も放り出して、普段着で来たのだ。
だが、こうやって急に試験に呼び出される理由が、青年には思い当たらなかった。
これまで上げてきた戦果か。
いや、戦果が基準というならば、スパルタンなど自分以上に経歴の長いMT乗り達がいくらでもいる。
管理者への忠誠心か。
残念ながらそんなものは持っていない。
むしろ、クレストのくだらない管理者礼賛を仕事の度に聞かされるのに、嫌気が差していたくらいだ。
まったく、謎である。
なぜ自分が今日、レイヴン適性試験などに呼ばれたのか。
管理者に要望したわけでもないというのに。
いや、MT乗りを続けていればいずれACにも――と思ったことがないかといえば嘘になるかもしれない。
しかしそれは所詮夢というか希望というか、具体的な目標よりも漠然とした将来の話だった。
目標として形にするとすれば、それはもっとMT乗りとして、スパルタンに並べるほどに名声を得てからだと思っていた。
それなのに、今日だ。
管理者は昨日連絡してきて今日、何の前触れもなく青年にレイヴン適性試験を受けろと言う。
まったく、納得のできる話ではなかった。
プシュー。
物思いにふけっていると、会議室のドアが開いた。
カチコチに固まった少年が1人、さきほどの案内役の女性に連れられて入ってきた。
まだ幼さや初々しさがあった。学生に見える。どう見ても、MT乗りという感じでもない。
あの少年も、レイヴン試験を受けるのだろうか。
「お好きな席にどうぞ」
先ほどと一言一句口調も変わらない女性の言葉に促され、少年はきょろきょろと落ち着きなく会議室を見渡した。
なんとなく目が合った。
そそくさと、少年がやってきて青年の隣に座った。
なぜこれだけ席があるのにわざわざ隣に座りに来るのだろうか。
「よ、よろしくお願いします……!」
何をよろしくするんだよ、と聞こうと思ってやめた。
案内役の女性が、会議室の壇上に立ったからだ。
「はじめまして。今回のレイヴン試験受験者は、あなた達2名となります」
案内役がそのまま、試験の説明役をするらしい。
「我がグローバルコーテックスでは、受験者に共通のテストを課しています。テストは実戦です。今回は市街地を占拠している小部隊との戦闘となります。市街地に被害を出さないよう、速やかに排除してください」
待った、というように青年は手を挙げた。
話がどうにも早すぎる。手際よく要点だけを説明されても、呑み込めはしない。
「テストをやらされるのは分かったが、もっと詳しく説明してくれよ。こっちは何の説明も受けてないんだぞ」
女性が額にかかった金髪を軽く耳元にかき上げ、青年の方をじっと見た。
少しして手元の資料に視線を落とし、言葉を続けた。
「このテストはAC――アーマードコアに搭乗して行います。実戦とはいえ適性試験ですので、事前の動作テスト等は認められません」
「えっ……!?」
固まっていた少年が思わず声を上げる。
声を上げたいのは、青年も同じだった。
MTの操縦経験があるとはいえ、未知の機動兵器を実戦で急に動かせと言うのだ。
型が近いMT同士でも、機種が変われば機種転換訓練にある程度の時間を割くというのに。
「また、市街地に展開する部隊は、実際の武装勢力のものです。試験会場のトレネシティはミラージュの監督下にありますが、治安は劣悪。頻繁に反ミラージュの武装勢力が破壊活動を行っており、試験はその殲滅依頼を兼ねるものとなっています。なお、今回は市街地への被害を考慮し、作戦時間を限定します」
「企業からコーテックスへの依頼をそのまま試験にするのか?失敗したらどうするんだ」
「試験が失敗した場合は、作戦領域外に待機するレイヴンが速やかに後始末を行います」
「そうですかよ……」
急に管理者からメールを寄越されて、コーテックス本社に来させられて、それでこの仕打ちである。
MT乗りとして多少の場数を踏んでいる青年は、まだそういうものかとして試験内容を呑み込んだ。
だが隣の少年は、ガチガチと歯を鳴らし、顔面蒼白のひどい有様だった。
「一応聞くが、試験の辞退はできるのか?」
「……いえ。このレイヴン試験は、管理者権限によるレイヤード市民への最上位命令です。管理者自身が膨大なデータを元に一定以上の適性を持つ者を市民から選抜し、試験に参加させる運びとなっています」
「……つまり?」
「残念ながら、拒否権はありません。拒否はすなわち、レイヤードの市民権の喪失を意味します。また、作戦中の領域外への逃亡に関しても同様です。撃墜された場合は……言うまでもない、でしょう」
微かに言い澱む女性の視線の先には、未だに震えている怯えた少年がいた。
重い空気の会議室に、少年のひきつった呼吸だけが響く。
「……試験の開始は20時ちょうどです。18時半時点であなた達をACのガレージにご案内します。動作テストは認められませんが、基本的な操作説明は行いますので、そこまで怖がる必要はありません」
冷たい印象だった女性が少し表情を崩し、少年に対してフォローの言葉をかける。
だが、少年はまったく聞こえていないようで、傍から見ていて可哀想になるくらいに身体を震わせていた。
慰めも無駄と思ったのか、女性は小さくため息をつき、予め用意されていたであろう口上を口にした。
「我々が知りたいのは、あなたたちの"意思"と、そして"力"です。では、健闘を」
女性は言うべきことを言い終え、会議室を後にしていった。
後に残されたのは、青年と少年の2人だけだった。
「…………」
「…………」
深刻な空気が会議室に充満する。
当然だろう。管理者の急な呼び出しに応じて来てみれば、ACに乗って戦うか、レイヤード市民をやめるかの二択を迫られたのだ。
少年は歯を鳴らすのはやめたようだが、代わりに今にも泣きだしそうな、りんごのように真っ赤な顔になっていた。
青くなったり、赤くなったり、忙しい少年だった。
「まあ、気負うなよ」
「え……」
「AC――アーマードコアってよ。めちゃくちゃ装甲硬いんだぜ」
「そ、そうなんですか」
「ああ。戦場で1回だけ見たけどな、MTのバズーカ何十発耐えるんだよってくらいの硬さだ」
「…………」
「それに、武装勢力の装備なんてたかが知れてる。どうせ雑魚のモアかエピオルニスあたりだ。最悪、ダンスでも踊ってりゃ死にはしねえ」
「で、でも……」
「1機くらい気合で落として、あとは敵の注意を引かないように下がってろ。残りは何とかしてやる」
「……あ、ありがとうございます」
「まあ、2人だけの同期だからな。というかお前、いくつだよ」
「16、です……」
「学校は」
「学校は行ってます、いや、行ってました……管理者権限で昨日退学処分になったって先生が」
「親は」
「あの、ええと……第三層第一都市区の出身なので」
「孤児か。俺も似たようなもんだ。まあ、丁寧に逃げ道塞がれてるわな。じゃあ、腹くくろうぜ」
「う、ぅっ……いたっ」
「泣くなバカ、男だろ」
「はい、ごめんなさい……」
青年もMT乗りの傭兵としては、最年少の部類といってもいいほどの若手だった。
20歳になったばかりの自分より若い傭兵など、見かけはしない。
だからあまり、歳下と話すのは得意ではなかった。
「あー、あと30分でガレージ送りだぞ。楽しいことでも考えとけよ」
「た、楽しいこと?」
「AC乗りに、レイヴンになったらどうするかとか」
「ど、どうするんでしょう」
「とりあえずACに名前つけて……いや、先に傭兵としての通り名を決めないとな。カッコいい奴だ」
「…………ええと」
「お前顔が真っ赤なガキだから、通り名は……"アップルボーイ"だな」
「え、えぇっ……格好悪いですよ、それ」
「うるせえ。もう決まりだ。じゃあクライベイビー(泣き虫)にするか」
「……アップルボーイでいいです」
ぶすっと不服そうに言う少年の顔は、先ほどよりも元気になっていた。
「……あの」
「ん?」
「ありがとうございます」
「何が」
「いえ、その……少し前向きになれました。アーマードコア……実はちょっと憧れてたんです。アリーナの配信とかで。でも、まさかこんな形で関わるなんて……レイヴンなんて、夢じゃないですよね?」
「感謝は管理者にしろよ。試験に生き残った後でな」
「はい……はい!」
「急に立つなよ、ビックリすんだろ」
「あ、すいません。ははは……」
重苦しかった会議室の空気は、少し和らいでいる。
青年も試験を受けてやるか、という気になっていた。
どうせMTに乗っていてもいずれ死ぬときは死ぬのだ。
MTより遥かに高性能なACに乗っている方がむしろ死にづらい。
それに傭兵として一定の経験がある分、試験でも有利なはずだ。
AC乗り――レイヴン。なってやろうじゃないか。
試験を直前に控え、そう思えるようになっていた。
「……あの」
「ん?」
「あなたは、あるんですか?」
「何が?」
「さっきの言い方からして傭兵さん、なんですよね?」
「ああ」
「だから……その……通り名あるんですか?」
「ああ……」
通り名。パイロットネーム。
実は妙に気恥ずかしくて、つけたことはなかった。
今までずっと、本名で活動していた。
孤児院の出で家族もいなかったし、有名でもなかったからそれで支障はなかったのだ。
だが本来、傭兵は通り名で活動するものだった。
もし名が売れるようになれば、実名での活動は不利益の方が多くなっていくだろう。
そうは言っても、今すぐに思いつくわけでも――
『皆さんの見ている空は、本物の空ではありません』
不意に、思い出の言葉が頭をかすめた。
何気なく、会議室の窓の外へと目をやる。
やはり、曇り空だった。
現在の時刻は18時すぎである。太陽がもうじき平野の彼方に沈もうとしている。
本物の空ではない、地下都市"レイヤード"の第一層第二都市区のための、人工の空だ。
これと同じ空が、レイヤードにはその区画の数だけある。
そう思うと、どこか馬鹿馬鹿しい光景だった。
それを気づかせてくれたあの時の教師を、呪いたくなるほどに。
「空……」
「えっ?」
「あー、空……スカイ……いや、そら……"ソラ"だ」
「ソラ?」
「ああ……"ソラ"だよ。それが俺の傭兵の通り名だ、アップルボーイ」
「ソラさん……分かりました。よろしくお願いします!」
差し出された手。
どこか期待するような、信頼を感じさせる眼差し。
握手のつもりだろうか。
どうして傭兵が、これから商売敵になるかもしれない相手と、命のやり取りをするかもしれない相手と、握手するのか。
こいつは長生きしないか、逆にやたら長生きするかのどちらかだろうなと思いつつ。
元MT乗りの青年――ソラはアップルボーイの握手に応じるのだった。