ARMORED CORE 3 Replay ~ Stray Crow~ 作:神父三号
時刻は19時55分。
グローバルコーテックスの双発式戦略輸送機が、トレネシティ上空を飛行していた。
管理者直属の組織が所有する最新の輸送機なだけあって、揺れは驚くほど少ない。
元MT乗りの青年ソラは格納庫内のAC――アーマードコアのコクピットで手持ち無沙汰にモニターを眺めていた。
操縦桿の握り具合も、シートの座り心地も、いまいちしっくり来ない。
品質が悪いわけではなく、まったくその逆だ。
これまで搭乗していたスクータムがガラクタに思えるほどに性能が良いのである。
モニターの表示物にしてもそうだ。
速度計や武装の残弾数はもちろん、外気温、高度、レーダー表示、さらには敵勢力の予測残数から攻撃に使用してくると予想される火器類の表示等々。
情報の表示だけでも、MTと違ってあまりにも細かな設定が可能となっている。
《す、すごいですね。数字が多過ぎて僕には何が何だか……MTもこうだったんですか?》
「まさか。いらない表示は切っとけよ。多すぎる情報は、かえって邪魔になる。必須は速度計と武器の残弾数……あとは外気温とレーダー表示くらいでいいだろ」
《わ、わかりました。ありがとうございます》
「ていうか、本当に"アップルボーイ"で登録したのかよ、お前……」
《え?》
「いや……俺も人のこと言えないか」
ソラは頭をかきながら、小さくため息を吐いた。
通信相手の少年――アップルボーイはとにかく素直にソラの言うことを聞く。
素直すぎるとその内損するぞ、と言ってやろうとも思ったが、やめておいた。
昨日までただの学生で、戦闘や傭兵業のことなど何も分からないのだ。
人の言うことは、聞くしかない。
もっとも、ACについてはソラ自身も素人だった。
先ほど簡単な操作説明を受けただけで、十全に動かせる自信はない。
《ええと、左上のAP表示が一番大切なんですよね?》
「らしいな。……ったく道理で化物みたいな硬さなわけだ」
《はい?》
「なんでもねえよ」
操作説明の中でソラが最も驚かされたのは、ACの装甲システムについてだった。
話によればACの装甲材質は本来、スクータムやギボンといった高性能MTとそれほど差がない。
決定的に違うのは、ジェネレータから常時発生する極めて強固な防御スクリーンが機体全面を覆うという点である。
この防御スクリーンが作動している限り、実弾で攻撃されてもEN兵器で攻撃されても、ACの装甲は致命的なダメージを覆うことはない。
それを可視化しているのがモニター上部のAP表示らしい。
つまり、APが0になるか、ジェネレータがチャージング(強制充電状態)を起こしてスクリーンの出力が落ちなければ、ACは実質無敵の装甲を持っているということになるのだ。
「やってられねえな、MT乗りなんてよ。こいつにとっちゃ、ただの的かよ」
《……?あの、ソラさん……?》
「そろそろ20時だぞ。アップルボーイ」
20時ちょうどに、ACの通信機が音を立てた。
輸送機の管制室からだ。
《そろそろ目標地点に到達する。もう一度、君達に課せられた試験内容を確認する》
ACのモニターに輸送機が撮影したトレネシティの様子が映し出された。
ビル街のいたる所で、煙が上がっている。
やはり事前の情報通り、武装勢力が暴れているらしい。
《目標は市街地を制圧している部隊の撃破。敵勢力は、MTが10機。市民は既に避難済みだ》
10機か、とソラは小さく呟いた。
仮に今の乗機がMTのスクータムであっても、ビルを遮蔽物として利用すれば不可能な数ではない。
そう、不可能な数ではないのだ。しかも、こちらはACが2機。
ソラはそれでも高鳴り始める心臓を鎮めるように、息を吸って吐いた。
《この依頼を達成した時、君達はレイヴンに登録される。このチャンスに二度目はない。必ず成功させることだ》
勝手に選んで、勝手に呼び出しておいて、何という言い草だろうか。
だが、もう賽は投げらている。
レイヴンになるか、なれずに死ぬか。
2つに1つだった。
《これよりACを作戦領域へ投下、レイヴン試験を開始する》
一瞬だけ、ACがオートパイロットへと切り替わった。
自動的に脚部が動き、格納庫から発進する。
夜空の下で煙に彩られたトレネシティが、モニターに広がった。
第一層第二都市区の中では治安も悪く、寂れた古い街だ。
《こ、これに生き残れば!》
アップルボーイの上ずった声がスピーカーから聞こえてくる。
ズズン、と重い着地の衝撃が、ソラのコクピットに伝わった。
《え、ACだと!?》
逆関節MT"モア"が突如飛来した最強の機動兵器に後ずさる。
モアは普及型の安価な戦闘MTだ。武装も短射程ライフルとロケット砲しか搭載されていない。
だが、それでも数で勝るのは単純な強みである。
自分達の強みを自覚した武装勢力は、ガシャガシャと鳥脚を動かして密集しながらライフルとロケットをばら撒き始めた。
「く……っっ!?」
ソラは自分のACをビルの陰に入れようとして、そのままビルの側面に激突した。
スクータムとは比較にならない高出力なブースタ。
フットペダルを少し踏み込んだだけで、制御ができなくなったのだ。
好機と見たのか、武装勢力のモア3機がじりじり距離を詰めながらロケット弾を撃ち込んでくる。
機体に激しい振動が走り、モニター左上のAPが削れていく。
嫌な汗が出るも、まだ危険域ではない。ACは、簡単に墜ちはしない。
そう思い直し、ソラはブースタを使うのをやめ、歩行で後ずさりつつライフルを数発放った。
ACにとっては最も標準的で威力も控えめなライフルだが、モアの1機があっという間に沈黙し、鳥脚を崩す。
前進してきていた2機が止まり、今度はライフルを撃ちながら後退し始めた。
「逃がすかよ……!」
MT乗りとして培った経験が、攻め時だと囁いた。
やはりまだ扱いきれないブースタは吹かさず、歩行で前進しつつライフルを連射する。
ビル街での激しいライフルの応酬。しかし、ACとMTでは兵器としての格が違う。
1分ともたずMTのモアは2機とも爆散し、貧相な装甲片が車道に飛び散った。
「ふう……管制室、あと7機か?」
《いや、あと6機だ》
滲む汗を拭いながら、短い報告を聞く。
どうやらアップルボーイも1機仕留めたらしい。
レーダーの表示範囲を拡大し、位置を確認する。
2つ向こうの大通りで、僚機が4機の敵に囲まれていた。
真っ赤になって泣きそうにしていた少年の顔が脳裏に過った。
「死ぬなよ……夢見が悪い!」
ACが通り抜けられそうなビルの隙間の車道を探し、ACの脚部を走らせて目標地点へと向かう。
ライフルの火線がモニターを横切った。
近い。ブースタを使って割り込むべきか。
いや、またビルに突っ込んだら立て直しに時間がかかる。
ソラは逸る気持ちを抑えつつ、着実にACを前進させた。
《う、うわぁあぁ!!》
目標地点の大通りでは僚機のACが前後左右、計4機のモアの砲撃を受け続けていた。
激しい着弾の衝撃でパイロットが錯乱しているのか、ライフルによる反撃もできずただ棒立ちしているだけだ。
「落ち着け馬鹿野郎!」
ソラはACをあえて砲撃の嵐の中に突っ込ませ、即座に1機のモアをライフルで狙った。
コクピットに砲弾が直撃し、爆散することもなくモアが停止する。
不意の横槍に、一瞬砲撃が止まった。
だが、それはほんの一瞬だけで、今度はすぐさまソラのACに向けてライフルとロケットが放たれた。
ソラは被弾しつつもACを旋回させ、目についたもう1機をロックサイトに捉え、ライフルを連射する。
しかし、そのモアは左右に踊るような動きで巧みにソラの砲撃をかわし、ビルの陰に素早く後退した。
他のモアも、それを見てのろのろと下がり始める。
「ちっ!おい撃て!」
《え、ぇっ……》
「いいから!雑でいいんだよ!」
ソラは唾を飛ばしながらトリガーを引き絞り、ライフルを連射した。
少し遅れてアップルボーイもライフルを撃ち始める。
下がり遅れたモアが2機、火を噴いて爆散した。
《残り3機だ》
管制室から通信が入る。
ソラは再びレーダー表示を拡大し、素早く下がった敵機が残りの2機と合流したのを確認した。
「あと3機……動きのいい奴がいたな。……こいつだ。こいつが隊長機だな」
《あ、あの……ありがとうございました。僕……》
「あと3機だ。マーキングを共有する。レーダー見ろ。こいつが一番腕がいいから、まず他を狙え」
《あ、あの……》
「死にたくないだろうが。あっちはMT3機、こっちはAC2機。さっきみたく棒立ち晒さなきゃ、死にはしねえ」
《す、すいません……》
「謝るな。失敗なんてすぐに忘れろ。生きてるなら、次上手くやればいいんだ。いいな」
《は、はい……はいっ!》
ソラが初めてMTに乗った時、先輩の傭兵スパルタンに言われたことだった。
今度は自分が言う側になるとは――
そんなことを思いながら、ソラは残りのMT3機がいる地点に向けて、機体を動かし始めた。
やはりブースタは使わず、歩行での移動だ。
残り3機ならば、もう勝ったも同然だ。安全策を取ればいい。
先ほど逃がしたモアの動きがよかろうと、ACとモアとでは性能差がありすぎる。
アップルボーイもようやくそれを理解したのか、ゆっくりとだが機体を移動させ始めた。
あと一度、あと一度の応酬で、決着が付く。
レイヴン試験は無事、終わる。
はずだった。
《輸送機の飛来を確認》
管制室から急に通信が入った。
早鐘を打っていた心臓が、急に止まった気がした。
《どうやら敵の増援のようだ》
「なんだと……試験はどうなる?」
《試験内容は武装勢力の撃破だ。当然、試験の対象とする》
《そ、そんな……まだ……》
スピーカーから、アップルボーイの絶望が伝わってくる。
ソラは頭を切り替え、管制室にさらなる詳細を求めた。
《増援は3機……スクータムだな》
ソラのかつての愛機、スクータム。
スクータムは対要塞戦や高性能MTとの戦闘を想定して開発された、重装型MTだ。
バズーカとシールド、そしてブースタを標準装備とし、火力も装甲も機動性もモアとは比較にならない。
高性能だが普及型でもあるため、武装勢力が手に入れようと思えば入手できるものだった。
しかし、現状のよちよち歩きなACで、相手に出来るかどうか――
《予定外だが、敵は敵だ。全て撃破しろ》
ソラは事務的にほざく通信機を殴りつけ、なんとか気持ちを落ち着けた。
やらなければ、死ぬ。
レイヴンがどうこう以前の問題だ。やるしかないのだ。
「アップルボーイ、残りのAPは?」
《あ、あと2000です……どうすれば……》
「俺は残り6000だ。……俺が相手の動きを見て、指示を出す。生き残りたければ、言う通りに動け」
《は、はいっ》
レーダー上の敵機が、こちらに向けて動き始めた。
モアが3機に、スクータムが3機だ。
動きはやはり、スクータムの方が遥かに速い。
この大通りまで、あと1分と経たずに到着するだろう。
素早く片付けていかなければ、6対2の戦いになる。
いくらACが防御スクリーンで堅牢とはいえ、操作に慣れていないこの状況では、非常に危険と言わざるをえない。
《ど、どうしますか》
「お前はビルの陰に入ってひたすら撃て。ロックできたら撃ち続けろ。俺は大通りで相手する」
《そ、そんな……それじゃソラさんが》
「じゃあお前が大通りでやるか?」
《……っ》
アップルボーイはそれ以上の通信をやめ、ビルの陰にACを入れ、ライフルを構えた。
ソラはモニターに映る大通りの奥をひたすら睨みつけた。
レーダーが敵の接近を知らせる。赤黒い機影が、ビルの隙間から飛び出してきた。
「撃て!」
《うわああああああ!!》
2人して半ばやけになり、ロックされた敵機に向けて力いっぱい引き金を引いた。
1機のスクータムが爆発し、しかしその爆炎の中からすぐに2機目3機目がブースタを吹かして飛び出してきた。
さらにその後ろから、モアのものと思しきライフルとロケット弾が撃ち込まれる。
スクータムのバズーカが発射され、直撃し、モニターに一瞬ノイズが走った。
ACが揺らぎ、ロックサイトがブレる。さらに2発、3発とバズーカとロケットが直撃。
APの残量を確認する余裕もない。
ソラは被弾も気にせずひたすら、突っ込んでくるスクータムに向けてライフルを撃ち続けた。
2機目のスクータムも吹き飛び、3機目のスクータムは怖気づいたように砲撃をかわすような動きを見せた。
だが、逃がさない。ロックサイトをすぐさま合わせ、引き金を引く。
ACのライフルから砲弾が放たれ、リロードされ、また放たれ。
それが続いて、ついに3機目のスクータムがビルにもたれかかって動きを止めた。
いつしか、モアの援護射撃が止まっている。
レーダーを見ると、撤退を始めていた。
《逃がすな。確実に仕留めろ》
管制室から感情の無い命令が入った。
ソラはACを走らせて3機のモアを追い、そして3機とも鉄塊に変えた。
《……敵部隊の全滅を確認。レイヴンネーム"ソラ"。なかなかいい動きだ。そうでなくてはな》
「…………」
《レイヴンネーム"アップルボーイ"。お前もよくやった。ソラの手助けは受けたが、新人にしては、まあましなほうだ》
管制室の批評に、皮肉で応じる気力もなかった。
AP残り1000。あと一度敵MTの斉射を受ければ、防御スクリーンが剥がれ、死んでいたかもしれない。
これほど精神を削ったのは、MTで初出撃した時以来だった。
生き残ったという実感はあった。だが、それだけだ。
今はとにかく、疲労していた。
《力は見せてもらった。ようこそ、新たなるレイヴン。君達を歓迎しよう》
レイヴン。
レイヴンになった。
その事実だけが、疲れきった身体に染み込んでいき、そして――
『皆さんの見ている空は、本物の空ではありません』
「本物の、空か……」
何の意味も持たない独り言が、勝手にソラの口からこぼれ落ちた。
レイヴン。
レイヴンとは、渡り鴉のことだという。
高く飛ぶ鴉になれば、いつか本物の空を見ることができるのだろうか。
汗まみれになった操縦桿から無理やり手を引き剥がしながら、ソラは詮無いことを思った。
煙が立ち上る偽物の空は、どんよりと暗い夜の雲に覆われていた。