ARMORED CORE 3 Replay ~ Stray Crow~ 作:神父三号
ルグレン研究所での戦闘から、数日後。
セクション301。
グローバルコーテックス及び全レイヴンの拠点となる、第一層第二都市区の基幹セクション。
その広大なセクションの中央、コーテックス本社ビルのすぐ傍に建てられている総合病院は、規模こそさほど大きくはなかったが、最新鋭の医療設備が揃っていた。
病室もレイヴンに対してはしっかりと個室が与えられ、都市区の下手な宿泊施設などよりも広く、快適である。
「もう、何度もこないでよバカ親父!レイヴン同士の紛争禁止って叱られたでしょ!心配しなくてもただの骨折とかすり傷よこんなの!だから早くお見舞いの品置いて出てけ!ベー!」
そう、ソラも入院生活自体は快適である。
「ちょっ!?何よこの収支!!すっからかんになるじゃない!!あーもう、アリーナのお金残しとけばよかったー!!」
快適ではあった。
「あぁ~!あいつらぁっ!思い出したらムカついてきた!あたしのエキドナをよくもっ!!次会ったらコテンパンのギッタギタのボッコボコにしてやるからー!!」
隣の個室が非常にうるさいという点を除けば。
「……レジーナさんはずっとあんな調子ですか?」
「そうだよ。最初は大人しかったらしいんだけどな。身内が見舞いに来てから、元気になったみたいでな。うるさすぎて、おかげで意識が戻ったよ」
「それは……心中お察しします、レイヴン。病室の壁、薄くはないはずですが……」
見舞いにやってきたレインがベッド横の椅子に腰かけたまま、包帯まみれで寝そべるソラに対して苦笑をこぼした。
いつもの生真面目でお堅そうなスーツ姿とは違う、少しだけビジネスカジュアルに寄った私服姿である。
その胸元には、抱えるようにして分厚い封筒を携えている。
「それにしても、最新の高度医療ってすごいな。全治数ヶ月は覚悟してたけど、2週間で後遺症無く退院できるってよ。これだけ包帯とギプスの全身フル装備なのに」
「医療費もコーテックスがある程度負担しますからね。ですが、それでも火傷、裂傷、打撲、骨折……あなたが救助された時は酷い有様だったと聞きます」
「生きてたんだ。それ以上は望まない。……それより、俺のACは?」
「……これを」
レインが封筒を差し出してきた。
ソラはベッドから軋む身体を起こし、一度だけ深呼吸して、中の書類を取り出した。
その1ページ目は、ルグレン研究所戦の収支報告だった。
「ん……あれ、こんなもんか?全部直して、これ?」
「ええ、完全に破損した投擲銃の再購入費は含んでいませんが」
資料に並んだ弾薬費と修理費の数字は、確かに今まで依頼をこなしてきた中で一番大きな額だった。
だがそれでも、法外というわけではなく、常識的な範囲の金額に収まっていた。
「うーん……今回の報酬と残してた金で、帳消しって感じだな。AP0になって、全部丸ごとスクラップになったと思ってたが」
「2ページ目以降に、整備班から提供された現状の写真と説明があります。敵ACの自爆に巻き込まれた直後にAPが0になり、防御スクリーンが消失したために、機体の完全な損壊は免れたようですね。大きなダメージを受けたのは、ほぼ装甲部分のようです」
「我ながら運がよかったな。自爆くらってAP0になるのと、AP0になってから自爆くらうのでは結果は違ってたろ」
ソラは資料をペラペラとめくりながら、撮影されたストレイクロウの各部をチェックしていった。
整備班の説明書きによれば、装甲はズタズタだが内部フレームや内装パーツは無事だったので、比較的安価な修理費で何とかなるらしい。
これでもしフレームに重篤なダメージがあれば、直すより買い替えた方が安くついたかもしれないと、チーフのアンドレイがページの端に手書きでコメントしていた。
不幸中の幸いだった。クレストもしっかりと成功報酬を払ってくれており、AC撃破に対する特別加算までつけてあった。
偶然と言うべきか奇跡と言うべきか、なんとか五体満足で、借金も背負わず、あの厳しい戦いを凌いだのだ。
ソラは改めてそれを実感し、思わず大きくため息を吐いて、ベッドにぼふんと背を倒した。
「よかった……乗り切ったな、あれを」
「……はい。本当に、お疲れ様でした。レイヴン」
レインがいつも以上に声に感情を乗せて、ソラをいつもの言葉で労ってくれた。
いつも通信機越しに聞いている言葉だが、直に聞くと、何故だか妙に気恥ずかしかった。
今さらながらに、レインが並外れて端正な容姿をしていることを意識させられてしまう。
ソラは思わず頭をかいて顔を逸らした。
「……ありがとな。レインも、お疲れ様」
「あ……いえ、私は何も……」
「そんなことない。いつも、助けてもらってる」
「……はい、ありがとうございます」
「まあ、あれだ。お互いさまってことで」
「……そうですね。お互い様、ですね」
それから少しの間、ソラとレインは黙って、病室の窓から空を眺めていた。
今日の人工気象システムが映す空は、珍しく快晴であった。
穏やかで静かな時間。何の会話もないが、こういうひと時も悪くないと、ソラは思った。
「ねえねえ、もしもーし!看護師さん?暇だからなんか雑誌欲しいんだけど、お願いしてもいい?……やった、サンキュー!!ええとね、ファッション系とね、漫画とね、あと週刊レイヤード422ね!」
雰囲気をぶち壊す後輩レイヴンの大声が、病室の厚い壁をぶち抜いてソラの鼓膜を震わせた。
「……レイン。隣の内線番号聞いてきてくれ。怒鳴り散らしてやる」
「ふふっ……出来ればこらえてあげてください。レイヴン同士の紛争は禁止されていますので」
「あのガキンチョめ……ここは病院だぞ。わかってんのか」
「くすっ……ぷ、ふふ……」
むくれるソラの横で、レインは肩を揺らして目をつむり、笑い声をこらえようとしていた。
専属オペレーターの珍しい姿にソラもおかしくなり、しばらくの間二人してクスクスと笑い合った。
ソラがレインと直で打ち解けるのは、思えばこれが初めてのことだった。
「……それで、ルグレン研究所を襲った連中の件は、何か分かったか?」
「いいえ。ミラージュのファルナ研究所の時のように、敵ACの撃破と共にMTの残骸は全て自爆、企業による調査は困難のようでした」
「スクータムの性能も同じだったし、撃破後の行動も同じか。やっぱり、あの時仕掛けてきた連中だな」
「あの部隊は結局、何者なのでしょう?特にAC……改めて調査しましたが、やはりグローバルコーテックスに登録のない機体でした。乗っていたレイヴンが誰なのかも不明です」
「クレストは最初の依頼メッセージで、ミラージュの部隊だと言っていた。確かに、スクータム、ギボン、カバルリーという編成はミラージュのそれだ。ACの機体構成も一見ミラージュ製が多く見えたが……」
「MTはどの機種も、通常の機体と明らかに異なる高い性能を有していましたね。ACについても機動力が底上げされていましたし、あの機種のレーザーライフルやイクシードオービットには、あそこまでの連射力はないはずです。そして肩のオービット兵装……調べましたが、ミラージュがつい先日開発成功をコーテックスに報告してきたオービットキャノンと呼ばれる武装です。まだレイヴンには供給されていないはず……」
「ミラージュが怪しいことは怪しいが、そもそも企業にACの所有は認められてない。その上、俺達やレジーナが以前に遭遇した部隊は、そのミラージュにも攻撃をしかけていた。やっぱりあれがミラージュの部隊だとは、とてもな……」
「クレストは、ミラージュの部隊ってことで押し通す気みたいよ?」
ソラが顔を上げると、松葉杖を脇に挟み、えらそうに腕組みしたレジーナが病室の戸口にもたれかかっていた。
赤毛のサイドポニーは下ろされ、以前よりも少女らしい雰囲気になってはいるが、ふんぞり返った態度で台無しである。
「おう、レイヴン同士の紛争は禁止だぞ。出てけ。あとうるせえぞ毎日毎日。病室引っ越せよ」
「ふんだ。負傷したレディに対して何その態度。そんなことより、はいコレ」
ひょいと、ソラのベッドの上に雑誌が放り投げられた。
クレスト系の報道誌"週刊レイヤード422"だ。
折り目をつけられたページを開くと、燃え盛るルグレン研究所の写真がデカデカと見開きで掲載され、『非道、ミラージュの無差別攻撃』の見出しが踊っている。
記事には、ミラージュの特殊部隊が何の勧告もなく突如一般職員とその家族が暮らす施設を襲撃したこと、無差別殺戮をおこなったこと、派遣されたレイヴン複数名含め多数の死者が出たことが書かれていた。
「ま、さもありなんって内容でしょ。研究所を襲ったMT部隊とACの異常性については何の報道も無し。携帯端末に来るニュースでもね。まったく、あたしらがどれだけ苦労したと思ってるんだか」
「クレストはこの路線でいくってことか。てっきり隠すかと思ったが。あれだけデカい施設が壊滅的被害を受けると、さすがに伏せるわけにもいかないか」
「で、結局こいつらって何なの?あたしが初遭遇した時はミラージュとキサラギに喧嘩売って、今回はクレスト。あんなぶっ飛んだ性能の奴らが全方位喧嘩腰って、明らかにやばいでしょ」
「……分かりません。彼らが何なのか、今は事例を少しでも多く集めて、検討するしか」
「事例を集めてって。つまり、それってこいつらがまたどこかで暴れるまでどうしようもないってことよね?そんなの……」
「仕方ないだろ。何の手がかりもないんだから。俺達に噛みつかないでくれ」
病室の中に、重たい沈黙が流れた。
実際のところ、ソラには何の手がかりもないわけではなかった。
敵ACを撃破した時に聞いた、あの男と女が入り混じった無機質な声の通信。
『フェーズ1、クリア。フェーズ2へ、移行』
やはり生身の人間の声ではなかった。
傭兵の先輩スパルタンが教えてくれた、オカルトめいた噂が頭をかすめる。
管理者直属の"実働部隊"。
ソラは密かに、その存在と暗躍を信じ始めていた。
だが、それが三大企業を無差別に襲う理由が分からなかった。
もし、あれらの部隊の正体が管理者の手先だとして、その目的がまるで分からないのだ。
「はあ……ごめんなさい。あたし気が立ってた。急に別のレイヴンの病室におしかけるなんて。ここ数日うるさかったでしょ。それもごめん。あたし生きてるんだって思ったらつい、ね……」
「……いいよ。あんな奴らとやり合って、死ぬ直前まで行ったんだ。何も考えない方が変だろ」
「……そうね。あと、お礼。言ってなかったわね。先輩、助けてくれてありがとう。あたし、死ぬところだった。今生きてるのは先輩のおかげ。本当にありがとう」
レジーナは真面目な顔でそう言うと、深々とその場で頭を下げた。
下げたまま、ソラが声をかけるまで、頭を上げようとしなかった。
「じゃあ、あたし大人しく漫画読むから。病室であんまりイチャイチャしないようにね」
「は!?な、何言ってんだお前イチャイチャって」
「そ、そうですよ……レイヴンと私はそういう関係では……」
「はいはい。じゃあ、ごゆっくり」
レジーナは手をひらひらと振った後、病室へと戻っていった。
あとには、気まずい空気のソラとレインだけが取り残された。
「……え、ええとレイヴン。私もこれで失礼しますね。何かあったら携帯端末に連絡しますので、一応電源は入れておいてください」
「お、おう。じゃあな。あ、依頼は退院までキャンセルで頼む」
「はい。では……あの。本当に緊急の案件以外は全て私の判断で処理しますから。あなたは入院している間くらいゆっくりしてくださいね」
「ん、あ、ああ……ありがとう」
早口でそう言うとレインもまた、頭を下げてそそくさと病室を出ていった。
「あのガキンチョ……どうしてくれんだ、この何とも言えない感じを」
ソラは鼻を鳴らし、ベッドの上の枕に勢いよく後頭部をうずめた。
包帯を巻いたあちこちが軋んで痛んで、思わず呻いてしまう。
軽率な振る舞いが我ながら情けなく、反省しながらぼんやりと天井を眺めた。
足はギプスをはめていて動かない。
腕にも頭にも胴体にも包帯が巻いてあって、身動きがとりづらい。
もごもごと舌を回すと、大きく切ったと思しき場所が痛みで沁みた。
「……生きてるんだな、俺」
ソラは改めて生を実感し、呟いた。
「まだ、飛べるんだな」
もう一度、呟いた。
「本物の、空へ……」
身体を温めるようなじんわりとした痛みに浸りながら、ゆっくりと、目を閉じた。
目の端が熱くて、涙がこぼれ出た。
………
……
…
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FROM:ユニオン
TITLE:ある仮説について
レイヴン、こうして連絡するのは初めてのことになる。
コーテックスへの妨害活動、そして封鎖済みセクションの探査。
我々と君は、随分と縁があるようだ。
ルグレン研究所での騒動は、もちろん調べさせてもらった。
一度の突発的な屋内戦闘で、レイヴンが複数名死亡するほどの激戦だ。
不審に思わない方がおかしい。
はっきり言おう。
君が交戦した相手は、もちろんミラージュの部隊などではない。
あれこそが、管理者の"実働部隊"だ。
この部隊の存在は、決してオカルトや伝説の類ではないのだ。
そして、今回の事件には1つ、大きな疑問点がある。
最も管理者を信奉し、その意に従順に従っているクレストまでもが、何故管理者に襲われるのか、という点だ。
実のところ、これまでの我々の数多くの行動は、ある"仮説"を裏付ける証拠を集めるためのものだ。
その仮説が事実なら、ここ数年の間に地下世界で起こっている異常にも、説明がつくのだ。
だが、それはあくまでまだ仮説にすぎない。
まだ、我々自身もそれを信じ切れずにいるのだ。
もしも、君に真実を知る意思があるのなら、我々に協力して欲しい。
近いうちに、また連絡する。
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