ARMORED CORE 3 Replay ~ Stray Crow~ 作:神父三号
作戦参加者は、ゲーム本編と一部変更しています。
第一層第二都市区の基幹セクション301中央部。
小高い丘の上にそびえるグローバルコーテックス本社ビルに、ソラは足を運んでいた。
今回の依頼に関連しての、詳細な説明を受けるためである。
レインによれば、メッセージや送付資料だけでは説明しきれない大がかりな特殊依頼の場合、コーテックス本社で説明会を行うことが許可されるそうだった。
携帯端末へ送られてきたメールに記載された階でエレベーターを降り、清掃の行き届いた無機質な廊下を歩く。
立ち止まって見上げたルームプレートには"第3研修室"と書いてあった。
ドアの横にあるチャイムを鳴らす。
《参加者でしょうか?》
「そうだ。認証番号、51239」
《……はい。確認しました。生体認証で入室してください》
見知らぬ女性の声である。
だが、その聞き取りやすさと事務的な対応は自身の専属補佐官を思い起こさせる。
ソラは言われた通りに認証装置に手をかざし、ドアロックを開けた。
出迎えたのは、眼鏡をかけて分厚い冊子を抱いた背の低いスーツ姿の女性職員。
職員はどこか緊張した様子を漂わせながら無表情で軽く一礼し、着席を求めてきた。
そこそこの広さがある研修室には既に、何人か先客がいる。
「……ん」
ソラは先客の1人と目が合った。
最前列の窓際に陣取って頬杖を突く、赤毛をサイドポニーに束ねた少女――レジーナだ。
レジーナは例の如くえらそうな態度で隣の席をポンポンと叩いた。
ここに座れ、ということらしい。
どうしてこんな広い研修室で、騒がしい歳下と隣り合って座らなければならないのか。
ソラは後輩の指図を無視し、後ろの適当な席につこうと歩き出して。
「おい」
低い声にすぐ呼び止められた。
目を向けると、レジーナよりさらにえらそうな態度で席にふんぞり返り、厚手のブーツを机の上に乗せた大男の姿。
当然、知らない顔である。しかしその眼差しは、獲物を品定めする猛禽のような鋭さがあった。
「お前、ランクは?」
「……何だよ急に。誰だあんた」
「A-3」
短い名乗りだった。
だが、それだけでソラはその大男の正体に気付いた。
レイヴンの中で最高峰のAランクに位置する者は3人しかいない。
アリーナに興味が薄いソラでも、上位3人の名前くらいは知っている。
A-1ランカー、"エース"。
A-2ランカー、"BB"。
そしてA-3ランカーは。
「"ロイヤルミスト"……」
「で?お前、ランクは?」
「……C-5」
「あぁ?じゃあお前が例の奴か」
「何の話だよ」
「今のアリーナ見てれば誰でも気づく。Cランク以上でマッチが組まれてるのはお前だけだ」
「……だから?」
ソラの問いかけを無視し、ロイヤルミストは自分の携帯端末を触り始めた。
「C-5ランカー、ソラ。ACネーム、ストレイクロウ……覚えてるぜ。お前も以前、俺の忠告を無視した奴だな」
「…………」
忠告。
以前、D-13ランクのフィクサーとやり合う前に、ロイヤルミストが送ってきたメールのことだろう。
八百長を持ちかける、薄汚い内容だった。
「まあ、勢いでフィクサーを乗り越える奴はたまにいる。あいつも随分腕が鈍ったしな。だが、この前のアリーナは見てたぜ。まさかトラファルガーにまで勝つとはな」
「…………」
「くくく……なあ、教えてくれよ」
目を細め、ロイヤルミストは口の端を歪めた。
「どうやったら他の上位ランカー全員ほったらかして、お前だけ連戦なんて真似が出来るんだ?管理者にケツの穴でも差し出したか?おかげさまで、俺のアリーナは滅茶苦茶だぜ」
「……知らねえよ。管理者に問い合わせてくれ。あんた、メール送るのが趣味なんだろ」
「あ?」
猛禽のような目が見開かれ、ブーツの踵がだんっと机を叩いた。
そして、大男がゆらりと立ち上がる。
筋肉の盛り上がった太い腕の先で、5本の指がパキパキと鳴った。
ロイヤルミストの刺すような視線を、ソラは静かに真っ向から受け止めた。
いつでも動けるように、重心を整えた上で。
視界の端でレジーナが慌てて席を立ち、女性職員があわあわと手持ちの冊子をめくり始める。
「ストップ。そこまでにしなさいロイヤルミスト」
2人の睨み合いに、妙齢の女性が割って入ってきた。
ミディアムショートの金髪できっちりと化粧をした、背の高い女だ。
「止めんなよ、"ワルキューレ"。世間知らずのガキには、身の程を教えてやらねえとだろ」
「セクション301ではレイヴン同士の紛争は禁止。あなた、Aランクでしょう?全レイヴンの手本になるべき地位なのよ」
「知らねえな。力で手に入れた地位だ」
「そうね。でも、今はやめて。依頼主にもコーテックスにも迷惑がかかるわ。ほら、あなたも早く席に座りなさい。喧嘩するためにここに来たわけじゃないでしょう。依頼の説明を聞くために来たはずよ」
「……分かった。すまない、気を遣わせた」
ソラはロイヤルミストではなく、ワルキューレと呼ばれたレイヴンにだけ謝り、その場を離れた。
そしてぶんぶんと身振り手振りで席を勧めてくるレジーナの横に、大人しく座った。
「……急におっぱじめないでよ、先輩」
「喧嘩売ってきたあいつに言えよ」
「あたしが我慢したのが馬鹿みたいじゃない」
「お前もなんか言われたのか」
「そうよ。ありがたい八百長メールを無視した件でね」
レジーナにひそひそと耳打ちされながら、ソラは改めてロイヤルミストの方を振り返った。
猛禽の如き目つきの大男は、視線に気付くと中指を突きたててきた。
どこまでも不愉快で、粗野な男だった。
だが、それでもAランクを名乗るだけの風格は感じさせられた。
座っているだけで周囲を威圧し、ソラに向けて未だに鋭い殺気を放っている。
ソラは出来るだけ自然な仕草でそっと、首筋に浮いた汗を拭った。
「参加者でしょうか?…………はい。確認しました。生体認証で入室してください」
研修室の入口では女性職員がずり落ちた眼鏡を直しながら、訪れるレイヴンの出迎えを続けている。
定刻が迫る頃には、総勢8人のレイヴンが研修室に揃っていた。
「えー……時間となりました。クライアントとの通信を繋ぎます。モニターをご覧下さい。なお、グローバルコーテックスは本通信について、一切の干渉を致しません」
手元の資料を読み上げながら、職員が映像設備を起動した。
照明の落とされた室内で、天井から降りてきた巨大モニターが光を放ち始める。
画面に映し出されたのは、白地に緑のエンブレム。そして、"CREATE THE FUTURE"の文字。
今回ソラに本社での依頼説明を持ちかけてきた依頼主、ユニオンだった。
《……同志諸君、よく集まってくれた。まず、改めて名乗ろう。我々は"ユニオン"。地下世界の未来のために立ち上がった組織である》
スピーカーから聞こえてきた男の声に、ロイヤルミストが鼻を鳴らした。
《多忙な君達レイヴンを今日この場にわざわざ集めたのはもちろん、依頼のためだ。この世界にとって極めて重要で、重大な依頼――それを君達には遂行してもらいたい》
画面が切り替わり、いくつかの映像が流れ始める。
停電した市街地、闊歩する化け蜘蛛、凍ったアビア湾。
ソラも実際に見てきた、レイヤードの異変の数々だ。
《今、この地下世界"レイヤード"では数多くの異常事態が起きている。諸君も、依頼を通して実際に体験したことだろう。もはや、レイヤードは完全無欠の管理世界ではない。力を持つ企業すら前例のない事態の連続に、管理者の意志を図りかねている》
息を殺した沈黙が、暗い研修室に満ちた。
ソラの隣で、レジーナが真剣な表情をして腕を組む。
《我々ユニオンはこの事態の解決のために、今こそ立ち上がる》
「企業がどうにもできない問題を、お前らなら解決できるって?」
ロイヤルミストがユニオンの通信を遮って声をあげた。
「このセクションを襲って、レイヴン試験を妨害して、どれも失敗して、その後はクレストにぷちぷち踏み潰されてるだけのお前らが?はっ……どうやって?」
《もっともな疑問だ。その件については、まず詫びておこう。グローバルコーテックス及び君達レイヴンを標的とした数々の戦闘行為。今日呼んだ者の中にその当事者がいることも把握している》
「……謝るくらいならすんなっての」
「まったくだ」
レジーナの呟きに、ソラは同調する。
《どうやってこの異常事態の連続を収拾するのか。その疑問に対して、我々が提示する回答は1つだ。……管理者の存在する"レイヤード中枢"へ侵入する》
「……何だと?」
耳を疑ったのは、ロイヤルミストだけではなかった。
室内に、ただならぬ緊張が走る。
ソラのすぐ後ろで、誰かが息を呑む気配が伝わってきた。
「待って。今私達レイヴンがどこにいるのか分かってる?分かってて、あなた達はそんなことを言ってるの?」
部屋の後方からワルキューレがまくしたてるように声をあげた。
「……ここは管理者直属の組織"グローバルコーテックス"本社。密室での会議とはいえ、こんな場所で通信すればその内容は全て保存され、当然管理者の検閲を受ける。この場に集った我々をまとめて逸脱行為者にする気か?」
モニターの光が届かない研修室の奥隅の暗闇から、落ち着いた女性の声が響いた。
誰の言葉か分からなかったが、ソラもその意見に同感だった。
ユニオンの提案はあまりにも突飛で、危険に過ぎた。
《その懸念については、クリア済みだ》
「何それ。どういうこと?」
《既に本作戦に関する依頼が管理者によって承認、受理されているからだ。この会議が終了次第、君たちの専属補佐官に連絡がいく手はずになっている》
「管理者が受理?どうしてこんな作戦を」
ユニオンの言葉に、それまで大人しくしていたソラもつい聞き返した。
《詳細については話せない。だが、我々ユニオンには多くの賛同者、協力者がいる。その中には極めて特殊な人脈もあり……言ってしまえば、管理者とも繋がるコネクションがあるということだ》
「特殊な人脈……コネクション……」
ソラは思い返した。
かつてレイヴン試験の妨害阻止依頼を受けた時のことを。
ユニオンはどこからか情報を掴み、レイヴン試験の会場に先回りしていた。
管理者が最上位権限で決定した試験場所と開始時間をあまりにも早く入手した件については、当時ソラも疑問を持った。
封鎖済みセクションでの1件についてもそうだ。
管理者権限で封鎖されたセクションに潜入し、あまつさえコーテックスを通して護衛のレイヴンまで雇い入れていた。
今回の依頼受理に関しても、それらと同様の力が働いているのだろうか。
少なくともユニオンという組織は、ただの非合法な地下組織に収まらないだけのものを持っているらしかった。
「だ、だがアテはあるのかよ?"レイヤード中枢"なんて、俺は聞いたこともないぜ。管理者がどこにいるかなんて、誰も知らないんじゃないか?だってそれを知ってたら、ミラージュ辺りがとっくに入ってるはずだろ」
ソラのすぐ後ろの席に座っていたレイヴンが言った。
《レイヤード中枢の場所は、現状確かに未知数だ。しかし、それを知ることのできる場所を我々は掴んでいる。レイヤードの覇権を握るクレストとミラージュの、中央データバンク。このどちらかに侵入すれば、管理者の所在を知ることができるはずなのだ》
「……えーとつまり、今回の依頼はその……データバンクへの侵入援護なわけ?」
《その通りだ。今回は、クレストのデータバンクへと侵入する》
「私からも1つ質問しよう。なぜクレストのデータバンクを選んだ?お前達ユニオンは、ミラージュやキサラギの支援を受けているはずだ。私はお前達との交戦の際に、カバルリーやクアドルペッドといった高級MTを見ている。なぜ穏便に、ミラージュのデータバンクへアクセスしない?」
《……この作戦は、キサラギの全面支援を受けた上での、ミラージュとの共同作戦だ。それ以上は回答できん》
「……なるほど。了解した」
部屋の奥隅から質問を投げかけた女性レイヴンは、言葉を濁すようなユニオンの返答に納得したような口ぶりを見せた。
顔も見えないレイヴンの理解を、ソラもまた同様に感じ取った。
結局のところ、これは企業の代理戦争のようなものだということだ。
三大企業のうち、ミラージュとキサラギの思惑がユニオンの作戦行動を強く後押ししている。
だから、クレストのデータバンクへの侵入を図るのだろう。
ユニオンも不明なコネクションを有しているとはいえ、レイヤードのパワーバランスから完全に独立して成り立っている組織ではないのである。
しかし、1つ引っかかる部分があった。
クレストとミラージュ、その両方が管理者の所在を知っているという点である。
妄信的なクレストが聖域とも呼べるそこに踏み込まないのは分かる。
だが、なぜ現レイヤード体制の改善を訴えるミラージュも、管理者への接触を自社で試みないのか。
所在を知っているだけではどうにもできない何かがあるのか、あるいは――
ソラがそこまで考えたところで、ユニオンの通信が言葉を続けた。
《それともう1つ。今回、この場を設けて諸君に集まってもらったのは、我々ユニオンが検証してきた仮説について、知ってもらうためでもある》
「仮説?どうして私達にそれを話すの?私達はレイヴンよ。依頼遂行に関係ないことを、わざわざ知る必要はないわ。話されたって」
《いや、君達には知る権利がある。なぜなら、この場にいる君達にはレイヤードの異変に関して、とある共通事項があるからだ。超高性能MT……そう言えば分かるだろう》
「……管理者の"実働部隊"」
ソラがぽつりと漏らすと、立ち上がっていたワルキューレが黙って席に着いた。
《そうだ。我々の調べた限り、ここに集まってもらった8人のレイヴンは全員、既に管理者のものと思しき高性能部隊と交戦している。だからこそ、今回こうして参加を呼びかけ、この重要任務を託し、我々の長年の検証を知ってもらおうと考えたのだ》
「いや、交戦……?ああ、もしかしてあの時の。けど俺は逃げただけっていうか……見るからにやばそうだったし」
「あたしは2回やり合ったわ。ウソ、他の人たちもあいつらと戦ってたっての?」
《……管理者の"実働部隊"が初めて目撃されたのは、実に14年前に遡る》
「14年前……第一都市区での環境制御システムの一斉暴走事件か」
部屋の奥に座る女性レイヴンが呟いたそれは、ソラの知らない事件だった。
14年前といえば、ソラがちょうど学校に通い始めた時期である。
第二都市区育ちの自分は、覚えていなくて当然だった。
《そうだ。当時第一都市区の多くの市街地で原因不明の水質悪化と空気汚染が発生。その混乱の最中、暴徒と化した市民の鎮圧にあたっていたクレストの部隊を、ごく一部のセクションで謎の高性能MT部隊が急襲した。多くのセクションを揺るがした大事件だったため、謎の部隊のことは当時取り沙汰されなかったが……我々ユニオンの活動は、この一件から始まった。管理者の不完全性を懸念し、"脱管理者"を掲げる組織として》
「"脱管理者"……はっ」
ロイヤルミストがユニオンの言葉を笑い飛ばす。
モニターに、当時の映像が流された。
激しく揺れるカメラが、叫び狂って逃げ惑う大勢の市民の向こうで、爆散するクレストのMTを撮影している。
《再び実働部隊が目撃されたのは、5年前のアヴァロンヒル西部攻防戦だ。ミラージュとクレストによる大規模紛争の佳境において、またも謎の部隊が乱入。突然の攻撃に両企業は混乱状態となり、統制が利かなくなった結果、結果的にセクションの天井板が落下するほどの激戦が繰り広げられた。企業が経済白書に特記した上、大勢のレイヴンが参加した紛争でもある。当時の混乱は、君達の中にも知っているものがいるだろう。もっとも、この時の実働部隊の乱入の実態は極めて小規模。被害が膨れ上がったのは、心理的パニックが原因と見られるがな》
そうして出された映像は、ソラがレジーナと協働した戦場である。
自然区アヴァロンヒルの落下した天井板が、モニターにでかでかと映された。
《そして、このアヴァロンヒル紛争の時期からだ。管理者の管理体制に、本格的な異常が見られ始めたのは》
モニターが再び切り替わる。
次もまた、ソラの知っている場所だった。
色褪せて死んだ市街地。クレストが管理していた、第一都市区の封鎖済みセクション。
《この頃から、管理者はセクションの大規模封鎖を始めた。散発的な封鎖自体は以前からあったことだが、それは新たなセクションの開発と同時に行われるのが通例だった。しかし、どういうわけか理由のない奇妙なセクション封鎖が見られるようになったのだ。それが数年前に起こった、第一都市区のセクション大量封鎖事件。当時クレストは地殻変動が原因だと報道していたが、これは真っ赤な嘘だ。我々の調査部隊が数年がかりで17個の封鎖済みセクションに潜入して調査したが、1つとして地殻変動が起きた形跡はなく、都市機能に損傷は見られなかった》
モニターの映像が、この会議の始めに流されたものに戻った。
停電した街、蜘蛛の化物、凍った海、セクション封鎖に怒る暴徒。
今まさに、レイヤード中を苦しめている異常現象の生の姿だ。
《我々ユニオンは発足以来、レイヤードに起こり続ける数多くの異常を調査してきた。管理者直属のコーテックスに対して一時期敵対行動をとったのも、直接的に牙を剥かれた場合の管理者の出方を窺うためだ。これに関しては異常な反応は得られなかったが……いずれにせよこの現状がある。電力供給の不自然な中断。巨大な害虫の発生。環境制御システムの暴走。そして、君達を襲った高性能部隊の出没。アリーナについても、上位ランクのオーダーマッチが機能しなくなったことは確認済みだ。君達はこれをどう思う?地下世界の神たるAIシステム"管理者"が、正常に機能していると言えるか?このレイヤードが、まだ管理されきった理想郷だと言えるか?……我々はそうは思わない。企業も、君達レイヴンも、密かに感じ始めているはずだ》
ユニオンが、通信の向こうで息を吸って、吐いた。
《管理者が、狂った――と》
だん、と通信の向こうでユニオンの男が机を叩く。
《今や管理者はこの地下世界を管理するという使命を放棄し、人類を害そうとしている。これが数多くの検証を経て我々が辿り着いた、"真実"だ。だからこそ、管理者にその真意を問うために、我々はレイヤード中枢を目指す。ユニオンは本気だ。その本気を知ってもらうために、君達を今日ここに呼んだ》
十秒。二十秒。三十秒。
誰も言葉を発さない、重たい沈黙が薄暗い研修室にのしかかった。
そして、長い沈黙を破ったのは、ブーツが机を蹴る耳障りな音だった。
ロイヤルミストである。
「あー、御託はそれで終わりか?じゃあ、俺はもう帰るぞ」
《な……!》
「思想がかった連中にありがちな勘違いをしてるようだから、教えといてやるよ。レイヴンと依頼主の関係で重要なのは、依頼を受けるのか受けないのか、依頼が成功したか失敗したか。それだけだ。体制の是非だの管理者への懸念だのを、わざわざ呼びつけて長々と説くんじゃねえ。そういうのは企業みたく、誰も読まない礼状にでも書いとけ」
《わ、我々は今回の作戦にレイヤードの未来を……!》
「それはお前らの都合だ。ただの傭兵であるレイヴンには関係ない。いいか、レイヴンってのは"力"だ。金で買える"力"。銃やミサイルと同じなんだよ。戦場で俺達をどう使おうがてめえらの自由だが、銃やミサイルと同じもんに高説を垂れるなんて、間抜けな真似はやめろ。分かったら、大人しく依頼の返事を待っとけ。じゃあな」
言いたいことを言い終え、ロイヤルミストが席を立った。
ユニオンは二の句が継げない様子で黙りこくっている。
レイヴンの中でも三指に入る実力と実績を持つ大男は、そのままずかずかと研修室の出入口へと向かい、ふとソラの方を振り返った。
「ああそうだ、決めたぜユニオン。俺が依頼を受ける条件は、そこのC-5ランカー"ソラ"の参加もしくは敵対だ。どっちかを報告してこい。その時はきっちり報酬に見合った仕事をしてやるよ。ははは……」
プシューとドアが開き、A-3ランカーが退出していった。
「……めっちゃ嫌な奴。さいてー」
ソラの横でレジーナが舌を出して、机の埃を払うようなしぐさをした。
《……我々が本会議で伝えることは以上だ。作戦に関する細かなプランについては、依頼受諾後に改めて通達する。……諸君の色よい返事を期待する。このレイヤードを想っているのならば、是非ともその力を貸してほしい》
モニターの映像が、初めのユニオンのエンブレムへと戻った。
通信は切れたようだった。
ずっと黙っていたコーテックスの女性職員が、部屋の照明を点けた。
「えー……以上でクライアントとの通信を終わります。レイヴンにおかれましては、速やかに退席してください。では、失礼します」
ぺこりと頭を下げ、職員は先に研修室を出ていった。
「さてと、どうするのよ先輩」
「俺に振るなよ……なんなんだ、ロイヤルミストの奴。因縁つけやがって」
「悪いわね、傍若無人な男で。普段最低限の依頼しか受けない癖に、たまに大舞台に出てきたらこれなんだからホント……。アリーナばかりやってるせいだわ」
ソラとレジーナの席に、ワルキューレがやってきた。
「けど、そのアリーナでも八百長してるんだろ?」
「そうね。まあ、フィクサーに勝ったんなら知ってるわよね。でも彼の名誉のために言うけど、自分の対戦では小細工しない程度の矜持はあるの。だからなおのこと、今のあなたには目をつけてるのよ。彼、アリーナを仕切るのが生き甲斐みたいな男だから」
「……オーダーマッチの不具合は、俺のせいじゃない」
「ロイヤルミストはそう思ってないわ。メールしてきたと思ったら、あなたの悪口ばかり」
「いい迷惑だ」
「……うわっ。開示情報見たけど、ワルキューレさんってB-4ランク?すご……まだ全然若く見えるのに」
「お前な。もう少し……」
「うふふ……ええ。だけどあなただって凄いじゃない、レジーナ。見た所、まだ学生くらいの年頃でしょう?なのにもうD-1だなんて。将来有望だわ」
「ふふん、まあね。でもそれも、アリーナのオーダーマッチが不具合起こしてるんじゃなー。何とかしなさいよ先輩。あたしがCランクに上がれないじゃん」
「だから、俺のせいじゃねえって」
小突いてくるレジーナを適当にいなしながら、ソラはモニターに映されたままの緑色のエンブレムを見つめた。
ユニオンの懸念は分かった。
彼らが検証してきた仮説が何であったかも。
管理者が狂っていると、真意を問わなければならないと、そう主張する根拠も。
あとは、ソラ自身が依頼を受けるか決めるだけだ。
「レジーナ、お前はどうする」
「あたし?当然受けるわよ。管理者の部隊には借りがあるもの。管理者に一泡吹かせるのは大歓迎だわ」
「ワルキューレは?」
「私も参加するわ。上位のオーダーマッチが止まって、楽しみがないの。ロイヤルミストほどじゃないけど、私もアリーナが好きなのよ。現状が変わる可能性があるなら、ユニオンに手を貸してもいいと思ってる」
「俺も参加だ!」
「……え?誰だ?」
ソラのすぐ後ろの席で、ツンツンした頭の青年が勢いよく立ち上がった。
「E-1ランク"ツインヘッドW"だ。アリーナでは世話になったな、"ソラ"」
「……!ああ、あの時の白い四脚AC。……まだE-1のままだったのか」
「おまっ!普通そんなポンポン上がらねえの!俺は勝ったり負けたりでずっとこの辺うろうろしてるの!この前もフィクサーの奴に負けたし!」
「んー……さっきからよく聞くけど、フィクサーって誰だっけ?」
「お前も勝った相手だよ嬢ちゃん!さっきのロイヤル野郎が八百長メール送ってきた時にやりあったろ!?」
「あー……あー?んー」
「あーあ……これだから才能ある奴って嫌なんだよな……」
「ふふっ、あなたも素質は十分あると思うわよ。経験を積んでいけばその内、安定するようになるわ」
「ワルキューレさん……ありがとうございます!俺頑張ります!」
ツインヘッドWはなかなかの好青年だった。
ソラはなんとなく同期のアップルボーイを思い出した。
ひとしきり会話した後、ツインヘッドWとワルキューレは部屋を出ていった。
いつの間にか研修室に残ったのはソラとレジーナ、そして部屋の奥に座っている女性レイヴンだけになっている。
「じゃあね、先輩。あたし映画見て帰るから」
「は?本社ビルの娯楽施設は職員用だろ。レイヴンは面倒な事前申請しないと利用できないはずだぞ」
「メカニックに変装していくに決まってるでしょ。ちゃんと整備班に作業服と社員証借りてきてるんだから。これ、レイヴンの小技ね。娯楽セクションはわざわざバイオメトリクスやらないんだって。常識よ、常識」
「誰に教わったんだ、その常識……そもそも依頼受ける気ならさっさと帰れよ」
「オペレーターには連絡するもん。どうせ手配に時間かかるし。ま、これがあたし流のコンディショニングって奴なのよ」
レジーナはどこから取り出したのかリュックを担ぎ、鼻歌混じりにソラを置いて去った。
ソラも特に残っている必要がなくなったので、席を立った。
そして、天井から降りたままのモニターの前で立ち止まる。
モニターにはユニオンのエンブレムが映ったままだ。
"CREATE THE FUTURE"――未来を創る。エンブレムにはそう刻印してあった。
ユニオンは、本気だと言っていた。
本気で管理者に真意を問うと。そのためにレイヤード中枢へ侵入すると。
しかし、もしもそれで管理者が答えなければ。あるいは、回答が狂っていたら。
その時は、どうするのだろうか。なんとかして管理者を直すのか。それとも。
ユニオンは、あえてそこには触れなかった。
他のレイヴン達も、誰も質問しなかった。
なぜだろうか。ソラは自問する。それはきっと――
「ユニオンは管理者が狂っていると言った。しかし、その狂った管理者に真意を問うとも言った。狂っているものに問いかけて、その後はどうする?結局彼らは、一番重要なところをぼかした。なぜだろうな」
後ろからの声に、ソラは振り返った。
部屋の奥隅に座っていたレイヴンが、すぐ傍まで来ていた。
右目に赤い眼帯を着けた、美しい女性だった。
長い黒髪がよく似合う、レインに勝るとも劣らない美人だ。
「なぜって、それは……」
「おそらく、皆考えたくないからだ。だから、言葉にしない。少なくとも、今は」
「……あんたは?」
「"ファナティック"。C-1ランカーだ。私もこの作戦には参加する。お前はどうする?」
ファナティックと名乗ったレイヴンは、物憂げな微笑をソラに向けた。
見惚れそうになるほど美しい黒髪の艶やかさから無理やり目を逸らしながら、ソラは沈黙を貫いた。
管理者。
地下世界"レイヤード"の神。
ユニオンの言う通り、本当に狂ってしまったのか。
この依頼をこなせば、それが分かるのか。
もし分かれば、その時ユニオンはどうするのか。
自分はどうするのか。
ファナティックの言う通りだった。
少なくとも今はまだ、そこから先を考えたくなかった。