ARMORED CORE 3 Replay ~ Stray Crow~   作:神父三号

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とても忙しくてだいぶ更新が開いてしまいました。すいません。
そろそろ始まります。


VS C-1ファナティック

ガルナット軍事工場襲撃作戦から3日後。

 

深夜3時。地下世界の偽物の空に天体照明がまばらに輝く時間。

日中は専用住居にまで届いてくるガレージの慌ただしさもこの真夜中になればすっかり落ち着きを見せ、物音を立てる存在は寝室でベッドに寝転ぶソラ自身しかいない。

 

「…………」

 

ソラはシーツに包まったまま、何度目かも分からない寝返りを打った。

寝よう、寝ようと思って無理やり閉じていた両目をうっすらと明け、カーテンの隙間から差し込む淡い天体の光をぼんやり眺める。

傭兵業というのは体力勝負であり、いつやってくるかも分からない依頼に備えて、休むべき時には確実に休むことが求められる。

深夜3時という時間は、緊急の依頼や整備班との宴会がない限り、普段ならば意識を手放しているべき、眠りに落ちているべき時間であった。

だが、寝られない。

昨日も、一昨日もそうだ。

気温や湿度が寝苦しいわけではない。

頭の中で、ガルナットでの作戦終了後のことが何度も旋回しているのだ。

 

 

『ねえ、ミラージュはどうしてユニオンを切ったと思う?』

 

 

協働したレイヴン"リップハンター"が問いかけてきた言葉。

今まで散々ユニオンを支援してきたミラージュが、管理者の中枢に迫る土壇場で翻意して、ユニオンを切り捨てた理由。

データバンク侵入作戦が失敗に終わった時から、ずっと頭の中に引っかかっていたことだった。

リップハンターは結局、問いかけるだけで答えをくれなかった。

だから、ソラが自分自身で答えを見つけるしかなかった。

しかし、何度考えても分からない。

 

悩みはそれだけではない。

今晩の報道でクレストが、ユニオンの本拠地をついに特定したと大々的に喧伝したのだ。

現在は掃討作戦のための部隊集結を急いでいるという。

キサラギはおそらく、ユニオンと組んでクレストと激しく争うだろう。

ミラージュが両社の動きに対してどう立ち回るつもりかは、やはり分からない。

先日のように漁夫の利を得る程度の無難な行動を繰り返すのか、それともどちらかに加担するのか。

 

ユニオンを巡る戦いは、ソラにとって決して他人事ではなかった。

おそらくどちらかの陣営、あるいはその両方から作戦参加を求められるだろうという、予感があった。

何も考えがまとまらず、答えの見つからない中で、また大きな戦いに駆り出されるのだ。

レインは総力戦になれば、クレストに軍配が上がると予想していた。

そうなれば、ユニオンは消える。

ユニオンが消えれば、レイヤードは平穏を取り戻すのか。

それともよりいっそう混乱していくのか。

結局これも、分からないままだ。

 

考えても分からないことが多過ぎる。

なのに、考えずにはいられない。

その結果がこれだ。深夜3時。

レイヴンとして常に整えておくべきコンディションは、最悪だった。

 

「……水」

 

ソラは寝室から抜け出して、キッチンでコップ1杯の水を飲んだ。

顔を洗い、その場で軽くストレッチを試みる。

何もすっきりしない。疲れと眠気は確かにある。だが、全然寝られない。

 

「……っ」

 

不意に猛烈な苛立ちを覚え、ソラは思わずコップをシンクに放り投げた。

乱暴に扱われたガラス製のコップはガシャンと音を立てて容易く割れ、破片が散らばった。

深いため息が溢れ出た。

それを片づけるのは、結局自分自身なのだ。

こんなことをしても残るのは、後悔と自己嫌悪だけだ。

 

「何でこんなに……悩まなきゃいけねえんだよ」

 

ソラは散乱したガラス片を拾い集めながら、苦々しく呟いた。

レイヤード各地の異常は、まだ変わらず続いている。

停電もセクション封鎖も、それに対する市民の暴動も、落ち着く気配がない。

 

「俺は、ただ……」

 

ソラの弱々しい呟きを聞いてくれる者は、誰もいなかった。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:スパルタン

TITLE:待たせたな

 

昨日レイヴン試験に受かった。

これでようやく、俺もお前と同じレイヴンだ。

 

待たせたな。

 

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―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

TO:スパルタン

TITLE:おめでとう

 

本当にレイヴンになったんだな。

 

これからはレイヴン同士、よろしく頼む。

 

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FROM:スパルタン

TITLE:よし

 

呑むぞ。お前のオゴリで。

明後日の18時に本社ビルのロビーへ集合。

オペレーター連れて来いよ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

………

……

 

 

「うぉぉい!あのキレイな声のオペ子は!?」

 

ソラが本社ビル入口の自動ドアをくぐった直後、待ち合わせの相手が無機質なロビーによく反響する野太い声を張り上げた。

 

「ふわぁ……会議があるから無理だって」

「なんだそりゃ!俺のレイヴン就職祝いだぞ!?このめでてえ宴の日に!」

「前に酒苦手だって言ってたし。そもそも真面目なタイプなんだ。あんたみたいなセクハラ親父にプライベートで会わせられるかよ」

「まだセクハラしてねえだろ!かぁ~っ、誰が酒注ぐんだよ!」

 

無精髭を生やしたいかつい面構えが太く濃い眉を釣り上げ、ソラを見下ろして口から唾を飛ばす。

その熊のような巨体を包む整備士用の作業着は全身の筋肉で膨れ上がっており、特に分厚い胸板はパツパツで今にもボタンが弾け飛びそうだ。

スパルタン。

リップハンターに並ぶ名声を誇る歴戦の傭兵であり、ソラのMT乗り時代の師であり、そしてつい先日適性試験に合格した新米レイヴンである。

 

「そういう旦那もオペレーター連れてないけど」

「……おう。それがな」

「?」

「俺の担当、男なんだよ……」

 

今日で世界が終わると言わんばかりの絶望を顔面に滲ませ、スパルタンは呆然と呟いた。

ソラは肩を落とす大男にあえて何も言わず、慣れない衣服の襟元を手持ち無沙汰に直した。

スパルタンと同じく、整備班から借りてきたグローバルコーテックスの作業着だ。

レイヴンがコーテックス本社の娯楽施設を使用する場合は面倒な申請が必要になるため、こうして整備士に偽装して身分を誤魔化すのが密かな伝統らしい。

正直言って、酒を楽しむような気持ちにはなっていない。まだ寝不足のままなのだ。

加えてクレストのユニオン掃討作戦のことを考えれば、今は遊ぶべき時ではないかもしれない。

それでも、スパルタンの見慣れた顔と聞き慣れた声に触れている内に、少しだけ気分は上向きになっていた。

 

「まあ、とりあえず行こうぜ旦那」

「結局ボウズとサシ呑みかよ……せっかくレイヴンになったのによぉ……あーあ、世知辛いよなぁ……」

「前の約束通りおごってやるから。うちのチーフ曰く、15階に砕けた雰囲気の店があるってよ」

 

吹き抜けを見上げ、ブツブツと独り呟くスパルタン。

その広い背中をソラは叩いて無理やり前に押していった。

とても長いスパンで壮大なため息を吐き続けるスパルタンを道中、すれ違う職員達が怪訝な目で見てきた。

 

 

………

……

 

 

「ぷはぁ~!ウメェー!やっぱ酒ってのは、他人様の金で呑むのが一番だぜぇ~!」

 

一気に煽って空にしたジョッキをダンと机に叩きつけ、スパルタンは吼えた。

先ほどまでの落胆ぶりが嘘のように機嫌がよく、既に早々と5杯目を呑み干したところである。

顔はさほど赤らんでいない。

人並み外れた巨体に相応しく、この程度のアルコールは浴びた内に入らないのだ。

 

「結構落ち着く店だな。良い意味で、コーテックスらしくない」

 

ソラもグラスを傾けながら、店内を見渡す。

レトロな色合いの照明に照らされたバーは、そこかしこに俗っぽいポスターやチラシが貼られ、小物類が飾られており、眺めているだけで飽きない。

備え付けのメニューも手書きであり、木製のカウンター机を撫でれば細かい凹みや擦り傷の感触が指先をくすぐる。

酒の肴の鶏肉を口に入れた直後、後ろのボックス席からどっと笑い声が起こった。

どうやら本社勤務の職員達も一杯やっているらしい。

無機質で落ち着いたグローバルコーテックスのビルの中とは思えない、庶民的な風情を醸した店だった。

 

「んぐ……最初このビル入った時は驚いたぜ。貼り紙の1枚も貼ってねえでやんの。無人かと思っちまった」

「ここは真逆だな。とにかく物が多くて雑多だ。都市区のその辺にある安い店っぽい」

「こういう雰囲気の方が俺は好きだね。経営者はよく分かってらぁ。んぐんぐっ……兄ちゃん、ツマミ追加な!げぷ、あとそこの棚にある赤い瓶の奴くれ!このジョッキになみなみと頼むぜぇ!」

 

カウンターの奥で男性店員があいよ、と威勢よく返事をした。

半袖シャツと腰エプロンのカジュアルな姿が、よく店の雰囲気に合っている。

忙しそうに動き回っている彼らもまた、管理者に選ばれてここに配属されたのだろうか。

活き活きとしたその姿は、とてもそうは見えなかった。

 

「それで旦那、レイヴン試験どうだった?」

「どうもこうもねえよ!停電騒ぎの混乱で火事場泥棒狙う、チンケな連中の始末だ。テロ屋のモア10機なんざ、その辺のMT借りても余裕だったぜ」

「火事場泥棒ね。やっぱそういうのいるんだな」

「当然といえば当然だろ。おっ、これ美味ぇな……やめとけばいいのによ。企業が神経質になってんのが分かんねえのかね」

「クレストがユニオン本拠地に総攻撃するって公言したから、チャンスだと思ったんじゃないのか?」

「なわけねえのにな。まあ、おかげ様で俺がレイヴンになれたわけだが……んぐぐっ、ぷはっ、よっしゃあもう1杯来い!」

 

ジョッキを立て続けに呑み干すスパルタンを横目に、ソラは携帯端末で報道を調べた。

特に停電を狙った武装勢力に関するニュースはない。

もはやその程度の内容では、話題にするに値しないのかもしれない。

 

「へへへ……んでよ。俺のAC、見たか?」

「見てない。まだ初期配備機体だろ?」

「なわけあるかぁ。わはは、さっさと開示情報見ろや、ほれほれ」

 

スパルタンが至極機嫌よさそうに、空のジョッキでソラの肩をぐいぐいと押してくる。

鬱陶しい絡みをしっしと追い払いながらも、ソラは言われた通りにスパルタンのレイヴンとしての開示情報を調べた。

 

「……あー、なるほど」

 

スパルタンはレイヴンになったばかりにもかかわらず、既にACのアセンブリが完成していた。

いかにもなタンク型の重量級ACに500発マシンガンと拡散投擲銃、そしてコンテナミサイルユニットと追加装甲といった装備だ。

高火力と重装甲による圧倒を想定した機体だろう。

タンク型にあえてオーバードブースト搭載のコアを採用しているのも面白く、これはスパルタンの高い技量を反映する意図が見える。

 

「ガチガチの強襲タンク、名付けて"テンペスト"だ!どうだ、イカすだろ?」

「クレストの支援……だけじゃないな。ミラージュやキサラギのパーツもある」

「おう!俺がレイヴン試験受かった途端、三大企業が全部コンタクトしてきやがった。『おめでとうございます』の大合唱よ。だからゴマすりの品々はありがたーく頂戴してやったわけだ」

「旦那って一応クレスト寄りじゃなかったのか?いいのかよ、どこからも支援受けたりなんかして」

「俺はどうぞどうぞって勝手に寄越されたもんを素直に貰っただけだぜ。スクータムの整備はクレストの支社が一番上手いからつるんでたけどよ……んぐんぐ。せっかくレイヴンになったんだ。これからは好きにやらねえとな」

「はぁ……ほんと、MT乗りの名声って効くよな。俺がレイヴンになった時は、どこもパーツなんか恵んでくれなかったのに」

「ばっきゃろー、俺とボウズとじゃ年季が違うわ。リップハンターの奴だって、いきなりお高そうなACに乗ってたろ?」

「……それもそうだな」

 

確かにリップハンターの時もそうだった。

実力者はその力と名声に相応しく、最初から強力で完成された機体を乗り回せるというわけだ。

もっともスパルタンがリップハンターと違うのは、特定の企業への加担をあからさまに宣言するような機体構成ではない点である。

傭兵としての思想、姿勢の違いが感じ取れるというべきか。

少なくともかつてクレスト寄りで知られたソラの恩師は、レイヴンになった後もクレストと蜜月を過ごすわけではないらしい。

そういえばリップハンターは、ミラージュとユニオンの件以外にも意味深なことを言って――

危うく眉間に皺が寄りそうになって、ソラは無理やり頭の中から思考を追い出した。

せっかく馴染みの顔が楽しそうに呑んでいるのだ。要らぬ気遣いはさせたくなかった。

 

「んでよんでよ。このかっけえエンブレムを書くのにな?今日ACのテストもぶん投げて丸1日かけたんだ俺は」

「何だこれ。わたあめの化物?」

「違うわ馬鹿たれ!炎だ!そう、俺は炎の傭兵スパルタン!その愛機は嵐のごとき弾幕で敵を吹き飛ばすテンペスト!どうだ、んぐっんぐっ……ひっく、映画化されそうだろ!」

「されるわけないだろ……」

「いいや、されるね!つーか俺がする!映画の予算くらい一瞬で稼げるからよ!主演はもちろん俺だ!ひっく、主題歌は……あー、ワールド・ウイングのロイヤーズに歌わせるか」

「どこ向けだよ、ヴィジュアルバンドじゃねえか。旦那のツラならどっちかというと渋めのロック……うぷっ!」

「わははははは!るせえぞガンガン呑め呑め!俺のバラ色レイヴン人生を祝えオラァ!!」

 

呑みかけのジョッキをぶつけるように押し付けてくるスパルタン。

ソラは半笑いでそれをいなしながら、ツマミを口に運んだ。

お互いレイヴンになった以上、これからは戦場で真っ向からやり合うことになるかもしれない。

いずれは敵として、殺し合うことになるかもしれない。

そんなことは分かっていた。

だが今は、長年の夢を叶えて大笑いする歴戦の傭兵の姿が眩しく思えた。

 

「じゃあ改めて。旦那のレイヴン合格に、乾杯」

「おうよ!かんぱーい!」

 

ソラはスパルタンの差し出したジョッキに自分のグラスをカチンとぶつけ、一息に煽った。

とりあえず様子見で頼んだ、アルコール度数の低い酒である。

だが、ここからは強い酒を頼む。

今夜は、互いに酔いつぶれるまで呑み競うのだ。

全てを忘れて、楽しむのだ。

 

「んぐんぐ、んぐ、ぐふっ……ひっく、よし次ぃ!どんどん行くぞボウズぅ!!」

「ごくっ……よっしゃ、俺も本格的にやるぞ!旦那、先輩レイヴンの力見せてやるぜ!」

「ばっきゃろー!お前なんて、俺から見ればいつまでもヒヨッコだ!わはは!むはぁ、この酒うめぇ~~!!あんちゃんこれ追加頼むっ、このヒヨッコにも!わーーはっはっはっは!!」

 

呑めば注ぎ、注がれれば呑む。

ソラとスパルタンは2人だけの盛大な宴会に熱中し、大いに盛り上がっていった――

 

 

………

……

 

 

翌日。

 

「…………」

「ぐごー!ぐがー!」

「……」

「ぐごー!ぎぎぎ!ぐごー!」

「……。…………んん?」

 

ソラは大きなイビキの音で目が覚めた。

背中に伝わるのは、いつものベッドの柔らかさではない。

固いベンチの感触だ。

涙でぼやける視界には、芸術性の高そうな巨大モニュメントが映っている。

 

「ぐふふ……オペちゃん、お疲れ様ぁ……ぅ、ぐしっ……ぐごごー」

 

ベンチの足元には、呑み競った巨漢が大口を開けてひっくり返っていた。

頭がガンガンと殴りつけられているように痛む。

なぜか手に握っている携帯端末を見た。

朝の5時半。まだ人工太陽が上る時間ですらない。

どうも昨日のバーで限界まで呑んだ後、この娯楽施設内の広場にふらふらとやってきて、いつの間にか眠ってしまったらしい。

そのままベンチに寝そべってぼーっとしていると自然に欠伸が漏れ、自分でも分かるほどに酒臭い息が出た。

 

「随分とハメを外したようだな、"ソラ"」

「……へ?」

 

頓狂な声をあげて頭を起こすと、隣のベンチに女性が腰かけていた。

輝くような黒髪を束ねた女性はソラ達と同じ作業着姿ながらとても美しく、しかしその秀麗な容貌に蓋をするように、右目に赤い眼帯をしている。

その女性は、抱えるように持ったスケッチブックに澱みなく鉛筆を走らせ続ける。

どこかで見覚えのある人物だ。

だが、アルコールが回っているせいかなかなか頭に答えが浮かばない。

とりあえず先ほどからイビキがうるさいスパルタンをうつ伏せにひっくり返し、ベンチに腰掛けてこめかみを軽く揉んでみる。

それでもやはり、どこで会った人物か思い出せない。

 

「"ファナティック"だ」

「……!……C-1ランカーの?」

「そうだ。ふふっ、少しは目が覚めたか」

 

C-1ランカー"ファナティック"。

以前ユニオンのデータバンク侵入作戦の事前会議で顔を合わせ、その後は戦場で協働したレイヴンである。

なぜこんなところに。何をしているのか。

そんな疑問が沸くも、ひどい二日酔いで言葉を発する気分になれなかった。

 

「……悪い。まだ本調子じゃないみたいだ」

「そうか。なら、もう少し横になっているといい。私は構わん」

 

ソラはファナティックの言葉に甘え、身体を再びベンチへ寝かせた。

特に何をするでもなくぼんやり目の前のモニュメントを見つめていると、くぐもったイビキに紛れ、スケッチブックを鉛筆が擦る音がかすかに聞こえてくる。

広場にはソラとスパルタンとファナティックの3人しかいない。通路を誰かが近づいてくる気配もない。

さすがに朝の5時半ともなれば、娯楽施設に人の気配はそうそうないようだ。

ソラは軽く顎を持ち上げ、ベンチの隙間から眼帯のレイヴンを見上げた。

 

「……ファナティック、あんた何をしてるんだ?」

「見れば分かるだろう」

「……絵を描いてる」

「正解だ」

「どうしてこんな朝早くに、こんな場所で?」

「別に深い理由があるわけじゃない。偶然、この時間にここへ来ただけだ。そうしたらまさか、見知った顔がひっくり返っているとはな。驚いた」

「……すまん。恥ずかしいところ見せてるな」

「その大男は?」

「"スパルタン"。つい先日レイヴンになった」

「元MT乗りの実力者か。よく通った名だ」

「まあ、戦場の外だとこんなだけど」

 

いっこうに覚醒する気配なくイビキを響かせているスパルタンの尻を、ソラは軽く叩いた。

ファナティックがくすりと笑い、かるく身体をよじる。

そうして彼女は横に置いてあるペンケースから青い色鉛筆を取り出し、スケッチブックの上に走らせ始めた。

ソラは目の前のモニュメントに視線を戻した。

広場の天井まで高々と伸びた金属製のそれは、銀一色だ。

 

「どこにも青色なんてないぞ」

「青が頭に浮かんだ。だから青を使う」

「……そういうもんか。絵心なんてないから、分からないな」

「私自身よく分かっていない」

「何だそりゃ」

「絵を描くのは好きだが、別に技法のあれこれや上手く描くことに興味はない」

「じゃあ、何で絵を描いてるんだよ」

「そうだな……強いて言うなら、考えごとをするためだ」

 

ソラはもう一度、隣のベンチに目を向けた。

ファナティックは赤い眼帯を指先で撫でながら、ずっとスケッチブックを見つめていた。

そういえば彼女は先ほどから一度も、モニュメントの方を見ていない。

 

「手を動かしながら、とにかく何かを考える。くだらないことから、重要なことまで。私の日課だ」

「なら、俺達がいたら邪魔じゃないのか?」

「そうでもない。メカニックに作業着を借りて、エレベーターでこの階に降りて、通路を歩いて、この広場に辿り着いて。それで今日はここで描こう、考えようと決めた。だから隣にいるお前達のことも、考える材料だ」

「はぁ……」

 

ソラは上手に応答できず、二日酔いで痛む頭をかいた。

抽象的で浮いたような物言いである。

レジーナ、ビルバオ、リップハンター。

自分が出会ってきた女性レイヴンは癖のある人物が多い。

その例に漏れず、ファナティックも少し変わっているらしい。

早めに会話を切り上げて、スパルタンを置いて帰ろうか――そう思った。

しかし、ファナティックの額に滲んだ汗が目に入り、気づけば言葉が口をついて出ていた。

 

「今日は何をそんなに深く考えてるんだ?」

「……このレイヤードのことだ」

「レイヤードのこと?」

「ユニオンが示唆した、管理者の異常。実際に起こり続ける、各地の異変。ミラージュ、クレスト、キサラギの動向。それに対する、私の立ち位置」

「…………」

「今は特に、ユニオンを巡った情勢が気になっている。クレストがついに掃討作戦の決行を宣言したからな。クレストのユニオン殲滅は成功するのか?キサラギはユニオンを支援し続けるのか?そして……」

「……ミラージュは何でユニオンを切り捨てたのか」

 

赤い眼帯が、ソラの方へと向いた。

 

「ソラ、お前も色々考えているようだな」

「……まあな」

「どうだ、自分なりの答えは得たのか?」

「……分かんねえよ。何で俺に聞くんだ。普段どれだけ考えても分からないってのに、今二日酔いの最中なんだぞ。その上、さっきからうるさい足元のおっさんのイビキ……分かんねえ、何も」

 

ソラは怜悧な美貌から目を逸らしながら、口を動かした。

 

「色々分からなすぎて、考える意味あるのかって思っちまう。俺はレイヴンなんだから、来た依頼をこなすだけじゃダメなのかって。というかそもそも、それ以上のことなんて出来ないんだし」

「…………」

「見えてるもんは依頼と報道とメールだけ。企業もユニオンも、言ってることが本当かどうか分からない。正しいかどうかも分からない。リップハンターは知った風なこと言ってくる癖に何も教えてくれなかった。わざわざあの後メールで問い正したんだぞ。無視しやがって……くそったれが」

 

頭が熱かった。

二日酔いの熱さではない。

堰を切ったように、熱さがこみ上げてくる。

名前を知っている程度の間柄の同業者にぶつけるようなものではない。

自覚はあっても、こみ上げて溢れ出したものが抑えられなかった。

 

「結局どれだけ考えても悩んでも、答えなんて出てこない。苦しくなって時間を無駄にして終わりだ。だからきっと、考えるだけ無駄なんだよ。あんな意味不明なモニュメントの絵を描いたり、天井に映った偽物の空を睨みつけたって、答えなんて出てくるわけねえんだ」

 

ソラはいつの間にか握りしめていた拳でベンチの板張りを殴りつけた。

じんじんとした痛みが、さらにソラの口から言葉を吐き出させる。

 

「……そうだよ。ユニオンとの会議で、ロイヤルミストが言ってただろ。レイヴンは"力"だってよ。銃やミサイルと同じ力だって。多分、全部その通りなんだ。俺達は、俺はACに乗って鉄砲玉するのが存在価値で、それが管理者の……管理者は……」

 

管理者。

ソラは自分の吐いた言葉に呻いて、思わずモニュメントに向き直った。

いつの日か感じた、地下世界の神の"視線"。

広場にそびえる巨大な銀色の物体が、それと同じ不気味さを発していた。

 

見られている。

 

いや、そんなはずはない。

考えすぎだ。アルコールが頭を焼いているのだ。それとも何か心の病気か。

やはり最近、どうにも自分がおかしくなっている気がする。

きっとユニオンが会議室に呼びつけて、変なことを吹き込んできたせいだ。

クレストが踏み絵を踏ませるような依頼をしてきたせいだ。

リップハンターが作戦終了後に、思わせぶりなことを言ったせいだ。

いくらそんなことをされたって、自分はどうにもできないのだ。

自分がやれる以上のことを、やれはしないのだ。

企業、ユニオン、そして管理者。

大して賢くもない頭で考えたところで、答えなんて絶対に出るわけがないのだ。

なのにいつも、考えてしまう。

頭の中が今みたいにグルグルと回ってよく分からなくなってしまう。

どうして世界は、こんなにも面倒なことを考えさせてくるのだろう。

自分はただ、自分は――

 

 

「俺はただ……本物の空が見たいだけなのに」

 

 

ソラはベンチの上で、子供のように身体を丸めた。

気づかぬ内にスパルタンのイビキは止まっていて、広場はしんと静まり返っていた。

 

「……レイヴンは"力"か。私も、かつてはそう思っていた」

 

ファナティックが眼帯をなぞり、呟いた。

 

「貧民街で何も持たずに育って、レイヴンの資格だけをある日突然、管理者に与えられた。それからはずっと、ただ依頼を遂行することにひたむきだった。ACの持つ圧倒的な暴力が、私の全てだった。だが、ある時失敗して、立ち止まった。この眼を失って……それからだ。絵を描くこと、考えることを始めたのは」

 

丸まったままのソラの耳を、繊細な音がくすぐった。

スケッチブックの紙の表面を、細い指先が優しく撫でる音だ。

 

「毎日絵を描きながら、色々なことを考えるようになった。こなした依頼。撃ち殺した敵。それが世界に与える影響……昨日食べた物。今日行きたい場所。明日の予定」

「……そのくらい、俺だっていつも考えてる」

「かもな。だが私は片眼になってようやく、そんなあれこれを真剣に考え始めた。傭兵として依頼に向き合う日々は、確かに変わらない。それでも、考えることで私自身は確かに変わった。そうして初めて、生きているのだと実感できた」

「大げさな奴だな。いくら考えたって、分からないものは分からないままだろ。結局俺達は……」

「私達は"レイヴン"。地下世界において人間に許された最強の機動兵器"アーマードコア"を駆る傭兵」

「……ああ。だから」

「だからこそ、私達レイヴンはただの"力"などではない。私達には、銃やミサイルにはない物がある」

「何があるってんだ」

「"意思"だ」

「何だそれ。そんなもの、人間になら誰にだってあるだろ」

「そうだ。私達は命令を実行するだけの機械ではなく、生きた人間なのだから。"意思"と"力"、それがレイヴンがレイヴンであることの証だ」

「…………」

「だから、今こうしてあれこれと考えることは決して無駄ではない。"意思"を自分の形にするために、必要なことだ。そうやって形にした"意思"はきっと、より大きな"力"に繋がっていく。私はそう信じている」

 

ソラはゆっくりと起き上がった。

そして、ファナティックの赤い眼帯と力強い眼差しを正面から受け止めた。

どれくらいそうしていただろうか。

数十秒、あるいは数分。

無言のまま、ソラはファナティックとひたすら見つめ合った。

そうしているだけで、胸の中に染み込んでくるものがあった。

彼女が語った多くの言葉にもまして、深く熱く染み込んでくるものが。

それはきっと、彼女が"意思"と呼んだものに違いない。

 

「……あんた、変わってるな。そんな臭いこと真顔で言う奴、初めて見た」

「お前こそ」

「え?」

「本物の空が見たい、か。良い夢だな、ソラ」

「!?な、何だよ急にっ……さっきのアレは別にそういうんじゃなくて……!ていうか、い、いいだろ別に!」

「なんだ、照れているのか?顔が真っ赤だぞ」

「うるせえ!二日酔いだっつってるだろ!」

「ぷっ、ははは……」

 

柔らかく綻んだ美貌。ぱたんと畳まれたスケッチブック。

ファナティックが立ち上がり、束ねていた長髪を解いた。

照明の光を受け、艶やかな黒色が照り輝く。

 

「今日、この時間にここへ来てよかった。とても充実を感じている。……アリーナは棄権しよう。これも、私の"意思"というわけだ」

「アリーナ?何のこと……」

「次にお前と会うのは戦場だ。そう決めた。味方であってくれると、嬉しい。だが、敵でも容赦はしない……ソラ、楽しみにしているぞ」

 

白い手をひらひらと振り、ファナティックは広場を去っていった。

ソラはその美しく流れる黒髪が通路の影へと消えていくのを、黙って見守っていた。

そして思い出したように携帯端末を見て、メールの着信に今さら気付いた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:管理者

TITLE:アリーナ参加要請

 

C-4ランカー"ソラ"に、アリーナにおけるオーダーマッチへの参加を要請します。

対戦相手は、C-1ランカー"ファナティック"となります。

 

勝利報酬:132,000C

 

参加手続きを専属補佐官に確認し、指定の日時にアリーナ用調整ガレージA-1へ出頭してください。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

ソラは端末画面に映った文面を見下ろしながら、先ほどの問答を想った。

 

"意思"と"力"。

レイヴンがレイヴンであることの証。

 

ファナティックはソラの夢を認めてくれた。

そして、アリーナの勝利を譲ってくれた。

レイヴンとして高く、もっと高く飛べ。本物の空に向けて。

そう背中を押されている――そんな気がした。

 

「…………んぁ。んだよ、もういいのか……ふぐ、ぉふわぁあぁあぁ……」

 

スパルタンが目覚め、広場の床で四肢を伸ばしながら地鳴りのような欠伸をかく。

 

「おはよう、旦那。二日酔いは平気かよ」

「ばっきゃろー、あれくらいの酒でこの俺が……うっぷ」

「無理すんなって。今回はこれでお開きにしようぜ」

「……ま、そうだな。どうだ、ボウズも良い気晴らしになっただろ?」

「あんだけ呑まされたら気晴らしもクソもねえよ。今日は家帰ったら寝直して終わりだな、うん」

「わはは、いいじゃねえかそういう日があっても。それによ、ボウズ」

「それに?」

 

後輩レイヴンにして恩師でもあるその巨漢はよっこらせとあぐらをかき、ソラの顔を見上げてきた。

 

「へっ……昨日呑み始めた時よか、ずっと良い顔になってるぜ」

 

見慣れたむさ苦しい顔面が目を細め、白い歯を見せる。

ソラは向けられた笑顔に笑顔を返し、ベンチの上で大きく身体を伸ばした。

 

いつの間にか上っていた人工太陽の光が、通路の窓ガラスから広場の方にも差し込んでくる。

広場中央の巨大モニュメントが日差しを反射して、まぶしく輝いた。

 

先ほどまでの不気味さは消え失せ、代わりに見惚れるほどの美しさが、そこにはあった。

 

 

 




不思議な役回りになりましたが、アリーナのファナティックは500マシの強さを感じる相手です。
でも四脚にEN盾と追加装甲で燃費最悪です。スラッグは好き。
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