ARMORED CORE 3 Replay ~ Stray Crow~ 作:神父三号
敵機体は「中央研究所防衛」に出てきたACと同タイプになります。
どういうビジュアルの機体かはゲーム本編や動画でご確認ください。
小説内で完全に説明できればそれが一番なんですが、ACのアセンブリは細かく描写しづらいのが悩みどころです。
ボシュボシュボシュッ。
実働部隊のACの肩武装、オービットキャノンから放たれた3基の自律砲台。
ガードメカよりもさらに小ぶりなそれらは空中に浮遊し、こちらへ向けた銃口から威勢よくレーザーを発射し始める。
一瞬前までストレイクロウが立っていた場所を3方向からの熱線が焼け焦がし、そして躱せたと安堵する間もなく、砲台達はグンと距離を詰めてさらに追撃を撃ち放ってくる。
極めて独特な挙動の武装だ。
多方向からの途切れない弾幕を形勢しながら、しつこく追従してくる動き。
レーザー発射のタイミングはそれぞれ僅かにずれており、どれほど複雑な戦闘機動を描いても回避しきることは不可能に近い。
ましてや、戦場は狭い橋の上だ。
否応なく防御スクリーンが削られ、高めた集中を乱してくる。
しかし、とソラは息を吐いた。
しかしながら、1発1発はガードメカのラインレーザーよりもさらに弱々しい。
ただ鬱陶しいだけだ。
ならば、取るべき行動は決まっていた。
無視する。
小うるさい取り巻きに気を取られ、本命にしてやられては意味がない。
APはまだ5000ある。時間制限を課されているようなものだと思い、落ち着いて腹をくくるしかない。
ソラは視線を意識的に自律砲台から背け、正面で黒いレーザーライフルを構える敵ACをしっかりと見据えた。
両手に握りしめた操縦桿のトリガーを引き絞り、バズーカと投擲銃を発射する。
敵ACは中量級とは思えないほど機敏な跳躍で、ソラの射撃を容易く避けた。
そのままブースタを吹かして空中に留まり、次の瞬間には急加速してロックサイトから離れていく。
オーバードブースト――ではない。通常のブースト移動だ。
サイティングは追いきれないが、ソラの目はしっかりと敵の動きを捉えていた。
橋から舞い上がった敵ACは上下にジグザグに機体を揺らしながら、右腕の銃器を連射してくる。
「……っ!」
自律砲台のレーザーなど比較にもならない、高出力の青白い火線。
撃ち放っているのはソラも運用している武装、黒い試作型レーザーライフル"XCB/75"だ。
だが、リロードの早さもレーザーの出力も、勝手知ったるそれとは程遠い。
唯一の救いは、高められた連射性と威力の影響なのか、レーザーライフルの強みである弾速がいくらか犠牲になっていることだった。
発射を視認してから躱せるほど遅くはないものの、こちらに狙いを定めてくる銃口の動きから射線を予測して先んじて動いていれば、連続して被弾はしない。
続けて3発撃たれた高出力レーザーを1発被弾しながらも何とかやり過ごし、お返しにバズーカを撃つも外れ、だがタイミングをずらした投擲榴弾は当たった。
「よし……!」
まずは一撃。
管理者部隊の特別仕様とはいえ被弾時の安定性まではさすがに図抜けていないのか、榴弾の爆炎と衝撃で敵の飛行速度が低下し、さらに何発か追撃が命中した。
周辺で騒いでいた自律砲台も限界を迎えたらしく、爆散して消失する。
敵の主力兵装は躱せる。自分の2丁拳銃は当てられる。
ならば、勝ち目は充分にあるということだ。
テン・コマンドメンツ戦と同様に、元々この橋と縦穴の狭い戦場ではどう巧く立ち回っても速く立ち回っても、結局はダメージレースになる。
最終的には、射撃戦に競り勝つしかないのだ。
一発でも多く回避し、一発でも多く命中させる。
それに全ての意識を注ぐ。
腹をくくったソラは俄然勢いに乗り、残弾を気にせずに両腕の火器を連射し始めた。
APは残り、4200。
「やってやるよ……覚悟しやがれ!」
調子を上げるストレイクロウに対し、敵ACは橋がかかる深い縦穴を高速で飛行しながら、こちらの背後へ背後へと回り込もうとしてきた。
明らかに、旋回戦を狙った動きだった。
今回ストレイクロウが採用しているのは、撃ち合いを想定した重装甲仕様の中量脚部"03-SRVT"だ。
軽量機以上の速度で周囲をうろちょろされれば、やはり対応はしづらくなる。
そこまで思考したところで、敵ACがライフルを下ろして再びオービットキャノンを起動した。
バラ撒かれた小型自律砲台が再び、レーザーを多方向から乱射し始める。
さらに敵ACはライフルを構え直すと同時に、コアからも自律兵器イクシードオービットを2基浮遊させた。
「クソっ、贅沢なことしやがって!」
連射されるレーザーライフルとオービットキャノンの隙を補完するように、さらにEN砲弾が追加された。
尋常でなく分厚い弾幕だ。回避運動を一瞬でも緩めれば、瞬く間にAPをもっていかれるだろう。
高速飛行しながらのEN兵器3種の過剰な乱射は、通常のACならばあっという間にジェネレータが干上がってチャージングするほどの猛攻である。
だが、敵ACはリソース管理の機微などまるで考慮していないかのように、暴力的な火力を押し付けてきている。
当然である。管理者の実働部隊だからだ。そういう戦闘が可能だから、そうしているだけだ。
オービットキャノンの反対側に装備されたグレネードランチャーを使ってくれればまだリロードの合間に一息つけるだろうに、そちらはまるで使う気配がない。
このまま飽和射撃で圧殺するのが狙いなのだろう。
どこまでも機械的で、そして合理的な戦闘判断である。
「……っ、っ、っ!」
回避すべき火線の量が増えたことで、ソラの操縦はさらに忙しくなった。
モニターから姿を消そうと飛び回る敵影を操縦桿を傾けて必死に追いかけながらトリガーを引き、地団太を踏むようにフットペダルを連打してはEN容量とAPをこまめに確認する。
躱しきれる物量ではない。
瞬間瞬間でどれだけ最適解を選ぼうとも被弾は免れない。
APは3000を切った。
砲撃を応酬する度に、神経がすり潰されそうなほどのプレッシャーを感じる。
このままでは――
「……っぅ、っ!」
呑まれそうになる心を奮い立たせ、ソラは橋の上を思いきって大きく素早く後退した。
空中から追いすがってくる敵をロックサイトに捉えて、そのまま迎撃の砲弾を浴びせかける。
またも命中。だが反撃のレーザーの嵐が返ってくる。回避した。反撃した。
敵がまた回り込もうとしてくる。回避。回避。反撃。回避。
息を吸う暇も吐く暇もない。
先ほどからずっと、ソラの口の端は吊り上がったままだ。目は見開かれたままだ。
本能が告げていた。
集中が途切れれば、その瞬間死ぬと。
チャンスを掴めなくても、このまま終わりだと。
ボンッ。
低出力レーザーを吐いていたうるさい小蠅達が寿命を迎え、揃って爆散した瞬間、またも敵のオービットキャノンが起こされる。
緩んだ攻めの隙を見逃すことなく、ソラはバズーカと投擲銃をブチ当てた。
空中で相手の挙動が乱れ、縦穴の壁面をガリガリと肩が削り、ふらついて、攻撃の手がぴたりと止まった。
「来たっ」
絶好の機会を、ソラは見逃さなかった。
高威力高反動の両腕火器を何度も撃ち込み、そのまま壁面に敵を押さえつけるように命中させていく。
相手は何とか逃れようともがくも、特徴的な腕部の肩装甲の突起が荒れた岩壁に何度も引っかかっているようで、上手く動けていない。
粘り強く勝ち取った、好機だった。
勝てる。落とせる。
「いけ、いけっ!」
トリガーを引きっぱなしたまま、思わずシートから身を乗り出すソラ。
しかし次の瞬間。
実働部隊のACは、相次ぐ被弾を誤魔化すように岩壁を脚で蹴って強引に加速し、ブースタを全開で噴射。
コクピットモニターの斜め上部へと消えた。
予期せぬ行動に真っ白になるソラの思考。しかし反射的に本能が機体を動かした。
頭部カメラを向けると同時にひねった操縦桿。踏み込んだフットペダル。
3本のレーザーが脚部の爪先をかすめる。
立て直した敵機は、上空から橋に向けて、いやストレイクロウに向けて真っ直ぐに突っ込んできていた。
距離を詰めれば、当然攻撃は躱しづらくなる。両者共に。
勝つのは、APが多い方だ。相手のAPは今――。
連続して撃ち下ろされるレーザー。
ストレイクロウのAP2300、一発当たって1700。
ソラは神経を極限まで研ぎ澄ませ、最も火力の出る選択肢を咄嗟に選んでいた。
バズーカを下ろし、肩のミサイルユニットを連動ミサイルと共に起こす。
上空から突進してくるだけの敵機を、FCSがのろのろとロックをかけ出した。
また当たった。AP1100。レーザーがしつこく降り注ぐ。
遅いっ。声を裏返して叫び、ぐちゃぐちゃに操縦桿を振り回すソラ。
ロックオン完了、反射的に両手のトリガーを引いた。
投擲榴弾とミサイル5発。これが瞬間的な最大火力。
叩き込んだ弾幕が敵ACに直撃し、橋の上空で大爆発を起こした。
《……はり。……けた》
黒煙を裂いて飛来したレーザーが1発だけ、ストレイクロウのコアに当たって弾けた。
残りAP500。
充満した煙が晴れるより先に、ばらばらとACの残骸が橋台に散らばった。
《敵未登録機体……っ、反応消失!完全に撃破しました!》
ずっと息を潜めて見守っていたレインが声を上ずらせ、状況を報告した。
ソラは操縦桿から震える右手を離して、ぐっと拳を突き上げた。
息をぶはぁと吐き、大きく吸い込んでようやく肺を安らげる。
――勝った。
管理者のACに、今度こそ本当に、1対1で。
頭の中で、何かが弾けたようだった。
薄雲が晴れていくような、光が差し込んでくるような、圧倒的な達成感。
そして、それだけではない。
極限の死線を味わったが故に、ソラの集中は遥かな高みに達していた。
操縦桿を握る五指から、フットペダルを踏む足裏から、アーマードコアの鼓動が伝わってくるようにすら感じる。
これは、あの時の感覚だ。
かつてデータバンク侵入戦でクレストの最精鋭達と戦った時にも感じた、髪の毛先から指の爪先まで神経が完全に網羅するような不思議な感覚。
言うなれば、脳髄に染み渡るような"全能の感覚"である。
「……レイン、インソムニアとキサラギはどこで戦っている?」
《えっ?》
「援護に行く。まだ管理者やクレストの部隊が残ってるんだろ」
《しかし……残りAPは500ですよ、レイヴン。無理をせずに待機した方が》
「いや、やれる。まだこの"感覚"が残っている内に少しでも……やってやる」
《……分かりました。交戦中のポイントをマップデータ上に表示します》
驕っているとは、思わなかった。
退くべきだとも、思わなかった。
本当にやれるとしか、思わなかった。
その後。
ソラは防御スクリーンをショートさせるストレイクロウを動かし、クライゼンのAC"インソムニア"とキサラギの精鋭部隊の加勢に向かい――
敵部隊の殲滅に、成功した。
………
……
…
30分後。
「話と違うな」
グラン採掘所最深部の小部屋の中でソラは両手を天井に向け、ぽつりと呟いた。
「代表サマが直々に労ってくれるって、そう聞いてきたんだが」
不満げな呟きと眼差しの先には、拳銃を突きつける初老の男性が立っていた。
色褪せた長めの金髪を束ねた、紺色のスーツが似合う精悍な男だった。
「ソラ。君は極めて優秀な傭兵だが、心構えはまだまだ未熟だな」
「…………」
「クライアントに求められたとはいえ、レイヴンが戦場でACを降りるべきではない。違うか?」
「……おっしゃる通りで」
反論の余地はなかった。
撤退前の防御スクリーン補給というキサラギの提案は甘んじて受け入れても、もう1つの提案は断るべきだった。
「我々の代表と面会してほしい」という提案の方は。
「オペレーターにも警告されたよ、危険だからやめろって」
「当然のことだな。いくらアーマードコアがレイヤード最強の機動兵器とはいえ、中身はただの人間だ。生身を晒せば、こんな拳銃1つで簡単に死んでしまう。軽率極まる」
ソラはホールドアップの体勢のまま向けられた銃口から目を逸らし、部屋の中を見渡した。
巨大企業の鉱山に似つかわしくない瀟洒な部屋の中にはアンティークな調度品や家具が並び、趣味の良い富豪の私室のような居心地良い風情を醸している。
あるいは、自然区の富裕層向けリゾートホテルのスイートルームだろうか。
いずれにせよ言えるのは、この部屋は眼前の男性の纏う雰囲気によく合っているということだ。
こんな危機的状況でも、なぜか敵愾心より好感が勝るほどに。
「……あんたが、キサラギの代表?」
「そうだと言ったら?」
「聞きたいことがある」
「何だ」
「どうしてこんな小部屋で、俺と2人きりになった?」
「…………」
「ただ用済みの俺を始末するつもりなら、適当な兵士にやらせればいいだけだ。あるいは部屋に招き入れた直後に外から爆破するとかな。……もしあんたが本当に企業の代表ほど偉い人なら、どうして護衛もつけずに俺を部屋に呼んで、わざわざ対面した?」
「護衛ならば、そこの家具の裏に隠れているかもしれんぞ?」
「いないだろ。そのくらい分かる。それに……」
「それに?」
「多分、この状況でも俺は逆にあんたを殺せる。銃弾なんか、適当に躱してな」
テン・コマンドメンツや実働部隊との激闘の中で極限まで研ぎ澄まされた"感覚"は、まだ消えていなかった。
部屋の中には本当にソラとこの金髪の男性が2人きりで、外に見張りが張りついていないことも把握できていた。
知りたかったのは、なぜこんな状況をこの男が望んだのかということだ。
ソラは若くても傭兵だ。男が本当に企業の代表ならば、あまりにも返り討ちのリスクが高すぎる。
「……ふっ、レイヴン"ソラ"。度重なる我が社の重要任務への協力、キサラギの代表として心より感謝している」
代表と名乗った男はそう言って銃をしまい、ソラに小さな円卓への着席を促した。
素直に座ったソラに対して、代表は部屋奥の棚から缶コーヒーを取り出して寄越してくれた。
「無礼の詫びと、今回の戦闘の労いだ。一杯付き合って欲しい」
「……いいけど。こういう時って、普通いかにもお高そうなブランド物を淹れるとかじゃないのか?缶コーヒーかよ。しかもこれ常温……」
「ははは。すまんな、私のこだわりだ。初心を忘れたくなくてな。若い頃からずっと……この地位についてからも、コーヒーだけはこの手の安物を選んできた」
「若い頃?」
「そう。この身1つで、友人達とゴミ山を漁っていた頃だ。時折廃材に混ざって無傷で見つかるこういう缶コーヒーが、ささやかな幸福だった。まあ、たいがいは賞味期限切れの廃棄品だったがな」
「…………ああ、なるほど。あんたって」
口から吐き出そうとした言葉を、ソラは直前で強引に呑み込んだ。
企業の代表に対して、あまりにも失礼だと思ったからだ。
しかしそんなソラの前で、キサラギの代表は肩をすくめて苦笑した。
「君の推測は正しい。私は"地底"出身だ」
思わぬ告白に気まずくなり、ソラは缶コーヒーを開けて一口飲んだ。
"地底"とは、第三層第一都市区セクション501を指す蔑称だ。
レイヤード最古の基幹セクションの1つにも関わらず、地殻変動で崩壊したこのセクション501は現在、産業区や都市区の廃棄物を第二層の処理場に送るための集積所として利用される場所だった。
当然、都市区としては一般市民が住めるような環境ではなく、各地から最貧民や犯罪者が廃棄物に紛れて密かに集まる、劣悪なスラム街としての性質が強い。
まさに地下世界レイヤードの最底辺。故に通称"地底"と呼ばれる場所だ。
だが、"地底"はレイヤード中のあらゆる物や人が流れ着き、吹き溜まるという性質故に、独特な文化や地位を築いていることでも知られていた。
よく言われるのが、地下世界で武力を持つ団体のほぼ全てが、この"地底"と何らかの繋がりを持つということである。
反体制的な武装勢力だけではない。MT乗りの独立傭兵や企業の特殊部隊、さらには管理者の選抜するコーテックス職員やレイヴンにも、"地底"の出身者は一定数いるとソラは聞いたことがあった。
キサラギという巨大企業の代表がそうだとしても、なんらおかしな話ではないということだろうか。
「クライゼンやストリートエネミーとは、"地底"時代から個人的によくバカをやってつるんでいた仲でな。ゴミ山出身の2羽のバカ鴉と、二大企業に挑む無謀なバカ野郎が1人だ。……事業を立ち上げた時には、色々なことを手伝ってもらった。卑劣な悪事にも協力させ続けた。彼らがいなければ、キサラギも無かった」
「……そりゃ悪かったな。生き残ったのがクライゼンの方じゃなくて。ストリートエネミーも、さっきの戦闘で死んだぞ」
「分かっているさ。気に病んではいない。むしろ、彼らは長く戦場にい過ぎた。稼ぎ終えたらレイヴンなどさっさと引退してやると、駆け出しの頃は口を揃えて何度も言っていたのにな。ストリートエネミーはいつしかクレスト御用達になってここに現れ、旧友のクライゼンとまるで示し合わせたように同じ戦場で死んだ。生き残ったバカは、私だけだ。彼らは本質的に、人が好すぎたんだろうな。2人共ひどく強面の癖に、頼みごとを断れない性質だった」
代表は寂しげに笑い、缶コーヒーを音を立てて啜った。
協働相手のレイヴン"クライゼン"は、クレストに雇われた"ストリートエネミー"を別ルートで撃破した後、先の管理者の部隊との戦闘で死亡していた。
直前のAC戦で大幅に疲弊していたこともあり、避けられない死だった。
管理者の高性能MT部隊とこの閉鎖空間で戦うというのは、本来そういうことなのだ。
あの戦闘に満身創痍の状態で参戦したソラも、一歩間違えば死んでいたかもしれない。
研ぎ澄まされた"感覚"がまだ残る喉を常温の缶コーヒーがぬるりと流れる感触が、少しだけ気持ち悪かった。
「……で?」
「ん?」
「キサラギの代表サマが、わざわざ俺に何の用なんだよ?"地底"の昔話に付き合わせるのが本当の目的じゃないだろ。依頼文にあった、ユニオンの言伝の話か?」
「それもある。が……そうだな。本当はクライゼンの奴と、作戦終了後にこうしてコーヒーを飲もうと思っていた。あの頃の昔話を軽くして、いい加減にレイヴンをやめたらどうだと伝えるつもりだった」
「…………」
「本社に現れたあの恐ろしいACがここにもやって来たと報告を受けた時、私は全滅を覚悟したよ。クライゼンも死に、ストリートエネミーも死に、君も死に、我が社の精鋭部隊も匿っているユニオン残党も皆死に……そして私が死んで、キサラギという企業はレイヤードから滅び去るとな」
「……俺があれに勝つとは思ってなかったのか」
「クライゼンのことはよく知っているが、私にとっての君は今まで報告書の中の人物だった。実際に戦っているところを見たことはない。しかも、クレストの最重要戦力であるテン・コマンドメンツと連戦だ。十中八九、戦死を予想するだろう?」
「……言いたいことは分かる。所詮C-1ランカーだしな、俺は」
「だが、君はあれに勝利して生き残り、今私とこうしてコーヒーを飲んでいる」
代表はまた、缶コーヒーを傾けた。
ソラも同じようにした。
どこにでもある、普通のブラックだ。
コーテックスの研修室で無料で飲めるドリップの方が、味は遥かに良い。
これが企業の代表の嗜む味なのかと思うと、不思議な気分だった。
レイヤードに君臨する三大企業、その一角であるキサラギの代表を務める人物が、自分と卓を囲んで安物のコーヒーを飲んでいるというのが不思議だった。
自分と何の変わり映えもしない、むしろ生まれも育ちもより劣悪な人物だというのが、不思議だった。
「……私が君をここに招いてまで知りたかったのは、その力の源についてだ」
「力の源?どういうことだ?」
「企業すら打ち倒すほどの管理者の部隊を屠った、君の力。その原動力は一体なんだ?どうして、そんなことが出来る?君はまだ20そこらの青年だ。経験も技量も、積み上げてきたと誇るには若過ぎる。なぜ、それほどの力を君は発揮できている?」
キサラギの代表の青い瞳が、真っ直ぐにソラを見つめていた。
探りを入れるようなしたたかさ、年下を見守るような温かさ、純粋な疑問、そして何かを見出そうとするような意志の強さがないまぜになった、複雑な輝きをソラは感じていた。
複雑だが、嫌いな輝きではなかった。
ソラは俯いて、音を立てず静かにコーヒーを口に含んだ。
「あんたこそ、"地底"から一代でミラージュやクレストと張る巨大企業を作ったんだろ?そっちの方がすごすぎるだろ。俺はその力の源の方が知りたいよ」
「……私にはあった。幼い頃からゴミを漁りながらも、ずっと追い続けていた"夢"が」
「"夢"……」
「そう、単純な夢だ。この管理者が全てを支配する世界で、最も重要な人間になる。管理者にとって、いや世界にとって、最も重要で最も偉大な人間になるという夢」
「……世界征服を夢見る魔王、みたいな」
「そうだな。そういう類の幼稚な夢だ。だが、絶対にあきらめられなかった。日々際限なく捨てられ、積み上げられていくゴミ山を漁りながら、こんな風に掃いて捨てられない存在になってみせると、毎日誓っていた」
代表は缶コーヒーの縁を指先で何度かなぞり、柔らかいながらも力強い笑みを浮かべた。
「なのに結局、管理者直々に掃いて捨てられちまったのか」
「ああ。本社がやられた時は、ショックだったよ。私が何十年とかけて必死に築き上げてきた物が、管理者の前では――地下世界の神の前では、結局ゴミ山に過ぎなかったというわけだ。大勢の部下の手前、何とか虚勢を張ってここまで逃れてきたが、気を緩めれば叫び出してしまいそうだった」
「…………」
「だが、全てが終わったわけではない。君に救われて、この身1つと僅かばかりの勢力が残った。本社は燃えた。大切な友人達――クライゼンもストリートエネミーもついに死んだ。だが、まだ私は生きている。だからまた、やり直すだけだ。あの頃のようにゴミを拾い集めて、のし上がることだけを考えて。それでいいじゃないかと、今日という日を生き延びて思った」
「その原動力が、"夢"なのか?」
「そういうことになる。……改めて言葉にすると、なんとも恥ずかしいものだな」
夢。
キサラギの代表が語るそれは何の具体性のない、本当に幼いものだった。
そんな夢を叶えるために、企業を立ち上げ、ミラージュやクレストに挑み、レイヴンを雇い、MTを作り、工作活動や経済活動に日々勤しんで、ここまでの存在になったのか。
ため息が出るような、馬鹿げた壮大さの塊だった。
これが企業の代表というものなのかと、ソラは思い知らされた。
だが、夢ならば、自分にだってある。
決して諦めきれない、今でも思い描いている夢が。
「……俺は、本物の空を見たいんだ」
「空を?」
「子どもの頃、空が好きだった。朝の空も、昼の空も、夕焼けの空も、夜の空も。だけどそれは全部偽物だってある日気づかされて、それが悔しくて」
ソラはコーヒーをぐいと一気に飲み干した。
そして、そのまま力任せに缶を握り潰していく。
再生金属で作られた安物の空き缶は、いとも簡単にひしゃげていった。
「それでもレイヴンとして高く、高く飛んでいけば、いつかって思ってる」
「……本物の空」
「そうだ。偽物の空の下じゃ、終われない。本物の空を飛んでみたい。俺の"夢"だ。あんたと同じだよ。多分この"夢"が俺の、力の源って奴なんだ」
代表はそれを聞いても何も言わなかった。
ただ机の表面を見つめ、何かを考えているような素振りを見せた。
ソラは無性に居ても立っても居られず、椅子を蹴飛ばすように立ち上がった。
「依頼はこれで完了だよな。ACの補給も終わってるだろ?俺、帰るから」
「……そうだな。次の依頼が君を待っていることだろう。多大な貢献に対してこの程度の礼しか出来なくて、すまないな」
「いいよ、貰うべきものは貰うんだし。……あ、そうだ。ユニオンの言伝って結局何だったんだよ?」
「……これだ。ここにメールをしてやってくれ」
スーツのポケットから取り出された紙切れをソラは受け取ってあらためた。
5行ほどの意味不明な文字列で構成されたそれはどうやら、メールアドレスのようだ。
「なんだこれ。こんな長いアドレス端末に入るかよ」
「やってみれば分かる」
「ん……そういえばあんたらキサラギは、どうしてこんなギリギリまでユニオンを庇ってたんだ?」
「……二大企業に食らいつく第三位の企業として彼ら……いや"彼女"がもたらす利益は計りしれない物があった。そして利益を受けてきた以上、この戦いを生き残った君にこれを渡さねばならない。約束通りに。それだけだ」
「"彼女"……?」
「私からユニオンについて語ることはしない。そういう約束だ……さあ、これで我が社の依頼は全て終了だ」
「……分かった。あんたはこの採掘所でずっと籠城するのか?」
「いや、精鋭部隊も先の防衛戦で半壊状態だ。管理者かクレストが再び攻めてきたら耐えられない。ここは放棄する。ユニオン残党はもう撤収させている。我々はもっと鉱山の奥深くに潜って、そこから別の場所に行く」
「そうか。用意周到だな」
「……ふっ。さて、せっかく面識を持ったんだ。次の依頼の予約でもしておこうか。レイヴン"ソラ"、私がキサラギを立て直したその時に、君にまた必ず任務を依頼しよう」
「いいぜ。またキサラギが復興したら、その時は雇われてやるよ……まあ、報酬と内容次第でな」
「ああ、必ず。……この混乱を、お互い生き抜こう。見果てぬ"夢"のために」
代表が差し出してきた手を、ソラは素直に握り返した。
キサラギの代表は、その地位に似合わずゴツゴツとした手をしていた。
血マメを何度も何度も潰し続けた、固い手だ。
これと似た手をソラは握ったことがあった。
恩師の傭兵スパルタンとよく似た手だった。
初対面で好感を覚えた理由が、なんとなく分かった気がした。
「レイン、待たせたな。帰還するぞ。指定ポイントに輸送機を回してくれ」
《了解しました。……あの、レイヴン》
「ん?」
《キサラギの代表は、あなたに何を?》
「別に何も。コーヒー飲んで、ユニオンの言伝貰って、それで終わりだ」
コンソールを弄ってサブモニターに表示させた帰り道のマップデータ。
それを頼りに、ソラはストレイクロウを動かし始めた。
管理者のACを倒した時に得た"感覚"は、いつの間にか消え失せていた。
だが、ソラは確信していた。
今日という日を越えて培ったものは、必ず自分がより高く飛んでいくための原動力になると。
出会いも別れも戦いも、決して無駄ではないと。
「じゃあな、キサラギ」
ソラが隠し道から鉱山を出た直後、グラン採掘所は地響きを立てて、各所が大規模に爆破、粉砕された。
それはレイヤードを代表する巨大企業"キサラギ"の終焉を――いや、新たな始まりを意味していた。
………
……
…
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FROM:フレデリカ・クリーデンス
TITLE:感謝します
レイヴン、連絡に感謝します。
はじめまして。私はユニオン副官、フレデリカ・クリーデンスです。
今回の一件ではお世話になりました。
おかげさまで、ユニオンは無事グラン採掘所から脱出することができました。
管理者はついに、企業本社への直接攻撃まで始めました。
人類に残された時間は限られています。
あなたに、ミラージュへの協力をお願いします。
ミラージュは管理者に直接アクセスするためのプログラムを極秘開発しています。
彼らにはいずれ、あなたの力が必要になるでしょう。
また連絡します。
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キサラギはこれで退場です。終わりが見えてきました。
雑談ですが、もしもサイレントラインの話を書くなら女主人公がいいなと思っています。
クレスト強襲型の横に女性パイロットが映っているポスターがあった覚えがあります。
でも多分書きません。3で燃え尽きそう。