ARMORED CORE 3 Replay ~ Stray Crow~   作:神父三号

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AC6のストーリートレーラーが出ましたね。発売がいよいよ迫ってきて楽しみです。
新作発売祈願で書き始めたのに肝心の発売までに完結しそうになくて情けないですが、このペースで行こうと思います。
今回は戦闘はありません。管理者のお話です。


フレデリカ・クリーデンス

《初めまして、レイヴン"ソラ"。改めてご挨拶を。私はユニオン副官、フレデリカ・クリーデンスと申します》

 

わずかな沈黙の間に、ソラは端末の向こう側にいる相手に聞くべきことを考えた。

彼女からの連絡を待っている間、考えていたことは山ほどあった。

しかしながらとりあえず、最も気になることを問いかけることにした。

 

「……いきなりで悪い。あんたは、どの"フレデリカ・クリーデンス"なんだ?」

《どの、と言いますと?》

「俺が調べた限りでは、その名前を持つ者は3人いた。カレッジの研究者、キサラギの支社長、AI研究所職員。本来は名前を明かす必要なんてないのにわざわざ明かした以上、何らかの意図があってのことだろ。何で名前を明かして、俺にコンタクトを取ってきた?」

《なるほど》

 

独り納得したように呟き、フレデリカ・クリーデンスはソラの質問に答え始める。

 

《どの、ということであればあなたが挙げた3人は、全て私になります。管理番号上では、ダーレン・カレッジの客員教授ということで通していますので。カレッジはもう実働部隊によって破壊されましたが。キサラギの支社長の肩書についても、キサラギから協力者の証として供与された、私の社会的身分で間違いありません》

「……管理番号上?社会的身分?」

《私の本来の職務は、AI研究所職員。グローバルコーテックスのデータベースに記載されている通りです》

 

窓から差し込む、偽物の空の夕陽に目を薄めながら、ソラは相手の言葉をゆっくりと咀嚼した。

 

「……俺はコーテックスのデータベースだなんて一言も言っていないが」

《そうですね。ですが、私の素性をAI研究所職員として出力するのは、あのデータベースだけです》

「その口ぶりからして、グローバルコーテックスのネットワークにアクセスできるのか?何者だ、あんた。AI研究所って、どこの研究所だよ」

 

ソラはまくしたてるように携帯端末に言葉を吐いた。

妙な緊張感がある。

腹の探り合いは苦手だった。レインも同席させればよかったと、今さらながら後悔していた。

 

《管理者直属の組織が、グローバルコーテックスだけではないのは知っていますか?》

「……知らない」

《公に名の知られたコーテックス以外にも、管理者は特務機関をもう1つ有していました。コーテックスと同じく、管理者によって選抜された人間が職員として働く組織です》

「それが、あんたの言う"AI研究所"なのか?」

《はい。私はそこで勤務していました》

「何をするための組織なんだ」

《管理者のメインシステム――レイヤード管理プログラムの実行補佐とメンテナンス業務です》

 

ソラはフレデリカの言葉に、息を止めた。

管理者のレイヤード管理プログラム。実行補佐とメンテナンス。

その意味を理解した時、最初に浮かんだのは、怒りの感情だった。

 

「待てよ。それってどの範囲の管理プログラムだよ」

《全般です。人工気象の調整、電力・酸素の供給、資源の循環、ネットワークの監視、企業への設計図提供、そしてグローバルコーテックスの統括までも。地下世界の管理保全や生産開発に必要なあらゆる事象の管理を私達"AI研究所"は補佐し、管理者が日々出力する膨大なデータから異常の有無を観測していました》

「……あんた、レイヤードの現状を分かってんのか?」

《分かっています》

「分かってます、じゃねえよ。そんなとんでもなく重要な立ち位置にいたのなら、何で管理者の暴走を」

《管理者は既に、我々の補佐を受け付けなくなっています。"AI研究所"は、役目を終えた組織です》

「役目を終えた?」

《グローバルコーテックスにも、管理者からの指示があったはずです。アリーナ開催やレイヴン試験、依頼審査を停止すると。それと同じような内容の停止命令が、先んじて"AI研究所"にも出されていました》

「……いつだ?」

《約1年ほど前です。レイヤードの異常が顕在化し、セクションの封鎖や停電現象が頻発し始める少し前に、特務機関"AI研究所"は事実上組織としての機能を停止しています》

 

ソラは思わず頭を抱えた。

全てが初耳だった。

グローバルコーテックスの他にも、管理者直属の組織があったこと。

その組織が、レイヤード管理の全面的な補佐を担っていたこと。

そして既に、役目を終えていること。

全部真っ赤な嘘、デタラメなんじゃないかとも思った。

だが、携帯端末に響いてくる女性の声は、ただ淡々と事実だけを告げるような口調で、真実味がありすぎた。

 

「……なんでそんな立場の人間が、非合法組織ユニオンの副官なんてやっている?」

《私個人がユニオンに関わり始めたのは、5年前のアヴァロンヒル西部攻防戦からです》

「所属不明部隊……いや、管理者の部隊が乱入して自然区の天井板が落ちた事件だったか」

《はい。この頃から管理者の管理プログラムのキャッシュデータ上に、奇妙な単語が頻繁に出現し始めたのを"AI研究所"は観測していたのです》

「奇妙な単語?」

《"フェーズ1"。何に関するフェーズなのかは不明でしたが、この単語が見られ始めてから、管理者は我々にも把握できない事象を引き起こすようになっていきました》

 

ソラはそれらの言い回しを、謎の通信を通して耳にしたことがあった。

確か、クレストのルグレン研究所で『フェーズ1クリア、フェーズ2へ移行』。

そして、特殊実験区のユニオン防衛戦で『フェーズ2クリア、フェーズ3へ移行』。

つまり、ソラが把握している限りでは、現在の管理者の管理プログラムは"フェーズ3"の段階にあるということになる。

それを共有すべきかと頭を回している間にも、フレデリカ・クリーデンスは言葉を続けていった。

 

《"AI研究所"の役割は、管理者がこのレイヤードを管理するにあたって、最低限人間の手によって監査を行うことだと、私は考えていました。事実、管理プログラム上で何らかの問題点があった場合は――主に企業間のパワーバランスへの関与についてですが――我々の具申によって管理者の方針を転換させたこともあります》

「……あんたらは地下世界の神に仕える神官みたいなもん、ってことか?」

《そのはずでした。ですが、5年前の"フェーズ1"出現以降、管理者は我々の補佐すら無視して動き出していきました。だからです。私が"脱管理者"を掲げるユニオンに接触したのは》

 

理解のできる話だった。

ユニオンは、管理者の異常を目の当たりにした連中が興した組織だ。

ならば、最も間近でその異常に触れていた組織から協力する者が出てきても、おかしくはない。

 

「……俺の知る限り、ユニオンは時折、"特殊な人脈"って奴による動きを何度も見せていた。レイヴン試験への先回り、封鎖済みセクションへの侵入、逸脱行為と思しき依頼の審査通過。……全部あんたが背後にいたのか?」

《"AI研究所"の職員に与えられた権限は、コーテックス上層部職員のそれをも遥かに凌ぎます。管理者の排出する管理データを直接閲覧し、場合によってはある程度の干渉を行うことができるのですから。レイヴン試験の日程把握や、セクションゲート及び監視システムの掌握、依頼審査の通過などは、容易いことでした》

 

本当に?

ソラは彼女の淡々とした言葉を聞きながら、ふと思った。

管理者は、地下世界において絶対的な存在。

その管理者の為す行為に、そこまで横暴にタッチできる人間達がいるのだろうか?

いるとすればそれは企業以上にレイヤードの実権を握り、多様な物事のバランスを意図的に操ることが出来る恐れのある、非常に危険な存在だ。

本当に管理者が、そんな人間達の存在を許していたのだろうか?

しかし、彼女のはっきりとした語り口は、嘘を吐いているようにも思えない。

現に彼女が起こしてきたという行動によって、ユニオンの一連の活動が成り立っているのだ。

だけど、それでも――

最初に彼女の第一声を聞いた時に感じた奇妙な違和感が、ソラの中でずっと持続していた。

 

「…………いや、考えてもしかたないか。悪いけどこの際だから、聞きたかったこと全部聞かせてもらうぞ」

《私が答えられる範囲のことならば、どうぞ》

「あんた達ユニオンは、ミラージュと一時的に協力関係にあった。そうだよな?」

《はい》

「だけどクレストのデータバンク侵入の際に切り捨てられた。それは各種の報道やミラージュの態度で傍目にも分かることだった。なのに、あんたはミラージュが管理者へのアクセスプログラムを作っていたことを知っていた。どうしてだ?」

《そのプログラムの原型を作成したのが私だからです》

 

思わぬ答えに、ソラは面食らった。

 

「……何だって?」

《そもそも、ユニオンは弱小の組織でした。教養層から興ったこの組織は人材こそ多少は抱えていましたが、何ら効果的な活動は起こせずにいました。組織だった具体的行動を開始したのは、私が所属して、企業と繋がりを得てからです》

「それが、ミラージュとキサラギ?」

《クレストもです。私はまず"AI研究所"職員の身分と権限を使い、三大企業の代表達とコンタクトを取りました。交渉材料は、経済活動に有用な管理者の一部管理スケジュールの継続的な提供、そして私が独自に開発した"管理者の雛"とも呼ぶべきAIプログラムでした》

「"管理者の雛"?どういうものだ」

《管理者をスケールダウンさせた、レイヤード管理プログラムのアーキタイプです。所詮個人の作成したものでしたからその規模は小さなものですが、居住区1つ分くらいは管理できるように仕上げたものを、三大企業に提供しました》

「…………」

《クレストは拒絶しました。管理者への冒涜である、と。ですが、ミラージュとキサラギは交渉に乗ってきたのです。彼らは"雛"を研究して応用すれば、管理者を欺き、あるいは制御できるかもしれないと考えたのでしょう。2つの企業の支援を受けたユニオンは瞬く間に組織の規模を拡大していき、各地で十全な活動ができるようになりました》

「その果てに起こしたのが、クレストの中央データバンク侵入作戦か……」

《はい。結果的にミラージュはユニオンを切り捨て、支援を続けたのはキサラギのみとなりましたが》

「だけど、ユニオンを捨てた後もミラージュはあんたが提供した"管理者の雛"の研究を続けてて、それがアクセスプログラムに結びついたってことか?」

《ユニオンが気づく管理者の異常行動に、実際に各セクションを管轄する企業が気づかないわけはありませんでした。それでもキサラギはあくまで自社の勢力拡大に私の提供物を利用していましたが、一方でミラージュは管理者を制御する道を模索しているようでした。自然区のアビア湾に浮かべた超大型船舶"オストリカ"。わざわざ管理者の関与を一切排した設計による巨大な水上研究施設の存在は、アクセスプログラムの極秘研究を暗に物語っていました。オストリカが沈没し、プログラムがレヒト研究所に移された後も、ブラックボックスと呼べるような干渉不可区画の中で研究が続いていることは明白でした。そして、地下世界最大の企業ミラージュならば土壇場でその完成を間に合わせるだろうことも、私の予測の範疇にありました》

「……企業の最重要機密の動向が、そこまであんたに筒抜けなのは」

《我々"AI研究所"職員は、管理者から業務停止命令が出された後も権限の保持は許されています。コーテックス職員が、未だにデータベースを使用できるのと同じです。地下世界を網羅する管理プログラムを日々眺めていれば、必然的にその網の目の空白にも気づきます。すり抜けようとするような動きは、かえって目立つのです。ミラージュは秘密裏に開発を行っていたようですが、それ故に動向は探りやすいものでした。レイヤードにあっては、管理者の目と耳を躱しきることなどできないのですから。それに、どれだけ秘密主義を貫こうと、従事しているのが人間である以上、一切情報が漏れ出ないなどということはありません》

「クレストがかぎつけて妨害しに来るくらいだから、そうなんだろうな。……だがその言い分だとあんただけじゃなく、管理者もアクセスプログラムの存在には気づいてた可能性が高いってわけか?」

《おそらくは》

「なら、実働部隊が潰しに来なかったのは何故だ?結局アクセスプログラムは一応完成して、クレストの施設で実行するところまでは行ったんだぞ。管理者もあわや、だったんじゃないか」

《…………》

 

これまで問答に素早く応じていたフレデリカ・クリーデンスが不意に黙った。

沈黙は5秒、10秒と続いた。

窓の外はもう薄暗い。人工太陽が沈んで消えたようだ。

ソラは机の上に置いてあったリモコンで、リビングの照明を点けた。

 

《レイヴンは、なぜだと思いますか?》

「俺に振るなよ。知らねえよ。他のセクションの襲撃で忙しかったとか、いや、最優先で潰しに来てもおかしくないか……分かんねえ」

《そうですね。分かりませんね。ですが重要なのは、ミラージュですら管理者の掌握には失敗した、ということです》

「まあ、そうだな。……それを踏まえて聞くけど。あんたがメールで寄越してきた内容の話だ。レイヤードの現状……いや今後について、ユニオン副官であるあんたの意見を教えてくれ」

 

また、フレデリカは沈黙した。

彼女はさっきよりも長く、黙りこくっていた。

ソラが口を開こうとした時、携帯端末から再び声が発せられ始めた。

 

《レイヤードの現状についてですが、セクションの封鎖、人工気象システムの暴走、電力・酸素供給の停止、放射性物質の流出、そして実働部隊の襲撃……ユニオン構成員間の情報共有によれば主に人類が生活圏とする産業区と都市区の内、何らかの被害を受けたセクションは、既に全体の8割に上ります》

「8割……」

《うち、致命的な損害が発生したセクションは2割ほどです。しかし、今後も管理者の異常が継続すれば、確実に被害は拡大していくことでしょう》

「"AI研究所"の権限で、管理プログラムの修正は出来ないのか?メンテナンスも職務の内なんだろ?」

《先ほども言いましたが、"AI研究所"は管理者の最上位命令によって既に機能停止状態にあります。権限が職員に残されているといっても、管理者そのものをどうこうすることはできません》

「じゃあ、どうするんだよ。ミラージュは管理者へのアクセスに失敗して、キサラギは既に壊滅状態、クレストだって本社に部隊を集めてるんだぞ」

《レイヤードの今後をどう考えるのかについては、ユニオン内部でも意見が分かれています。そもそも"脱管理者"という組織の思想が現状に不適当である、という意見まで出てきました》

「はあ?それはどういう……つーか今さらになって何言って」

《この地下世界は、どこまでも管理者ありきだということです》

 

フレデリカの言葉に、ソラは開いていた口を閉じた。

 

《レイヴン。あなたは今、酸素を吸っていますね?住居の中で、電力を使っていますね?携帯端末でネットワークを介して、私と会話していますね?人工気象システムの作り出した偽物の空の下で生きていますね?》

「…………」

《アーマードコアに乗ることを、許されていますね?》

「それが何だって……」

《誰がそれらを、許可していますか?》

 

黙るしかなかった。

この地下世界で生きていく上で、当然と思って受け入れていたこと。

その根底を、フレデリカ・クリーデンスは揺さぶっていた。

 

《"脱管理者"――管理者という存在から、離れて生きていくこと。それがユニオンの掲げた理想でした。ですがこの窮状にあって、その理想は半ば現実味を失いつつあります。人類はずっと、地下に潜ったその時から、管理者に管理されて生きてきました。生きることを許されて生きてきました。それは、まぎれもない事実なのですから》

「……だけど、地上にいた頃は違ったはずだろ」

《確かに。私は今でこそ"AI研究所"の職員ですが、曲がりなりにカレッジで文化人類学を専攻していたことも事実であり、地下人類が語り継いできた地上の文化に少量ながら触れてきました》

「だったら……」

《ですが、その地上を今の人類は誰も実体験として知りません。"雨"も"雷"も"雪"も、空の色さえも、管理者が再現して与えたものしか知りません。管理者によって管理されることが当然の世界しか、人類は知らないのです》

「……っ!」

《"脱管理者"は、本当に正しいのでしょうか?管理者のいない世界を、果たして人類は生きられるのでしょうか?管理者の暴走すら止められない人類に、自立する力があるのでしょうか?ユニオンは……いえ、私は、それが気がかりなのです》

「…………」

《レイヴン。あなたは、どう思いますか?》

 

知らねえよ。

俺に聞くな。

難しいことなんて分かんねえ。

そう吐き捨ててやりたかった。

だけど、そうすると何かに負けるような気がして、できなかった。

ソラはただ歯を食いしばって、携帯端末を力の限り握りしめるしかなかった。

 

「……それでも」

《…………》

「それでも、このまま管理者にじわじわ滅ぼされて終わりなんて、俺は納得いかねえ」

《もしも管理者が、どこかで矛を収めてくれるとしたら?いつか、正常に戻るのだとしたら?》

「戻らなかったらどうするんだよ。じっと震えて耐え忍んで、それで管理者の癇癪が止まる保証はないんだろ。人類が全滅するまで暴走を続けられたら、それこそ俺達ただの死に損じゃねえか」

《ユニオンの一部は、そうするのも手だと考え始めています。現状を甘んじて受け入れ、いつか管理者の異常が回復するのを待つべきだ、と。当然、生存のための最低限の防衛行動はすべきでしょう。ですが、今は耐えるべき時ではないか、と。そういう意見も出てきています》

「……企業もそうなのか」

《クレストはそうでしょうね。各セクションに分散させていた部隊を、全て本社のセクション及び隣接セクションに集結させつつあります。他を切り捨ててでも、本社機能だけは守りぬくつもりでしょう》

「ミラージュも?」

《アクセスプログラムの実行に失敗した以上、ミラージュが起こすであろう行動は2つに1つです》

「何だよ、2つって」

《クレストと同じように自分達の本拠地だけでも守り抜くか、あるいは》

 

あるいは――

その先を、フレデリカは言わなかった。

だが、ソラには何となく彼女の言わんとすることが分かった。

ミラージュは、管理者の所在を知っているはずなのだ。

 

「……なあ、フレデリカさん。教えてくれ」

《はい》

「どうして俺に、こんな通信を入れてきたんだ?」

《…………》

「俺はレイヴン、ただの傭兵だ。金で雇われて、雇い主の依頼をこなすだけの傭兵。正直なところ、レイヤードの今後なんて話し合っても、結局はクライアントがどうするかに乗っかるだけの存在だ」

《あなたはユニオンを生かそうとしました。ミラージュのアクセスプログラムを守ろうとしました》

「……それはそう依頼されたからだ」

《本当にそうでしょうか?》

「何?」

《あなたには、困難に立ち向かう"意思"と"力"がある。違いますか?》

「え……」

《依頼を受けるのは、"意思"があるから。依頼を達成できたのは、"力"があるから。そうではないですか?》

 

フレデリカ・クリーデンスの声の調子は、ずっと変わらなかった。

息を継ぐ気配すらなく、ただ事実を告げるような事務的な口調が、言葉を紡いでいく。

しかし。

 

《ユニオンも迷っています。ですが、それはおそらく一時的なものです。"脱管理者"を掲げてからの15年間、私が所属してからの5年間、彼らは理想のためにひたすら辛抱強く、時には大胆に行動してきました。その努力は実を結ばないことの方が多かったでしょう。私が手を貸さなければ、表舞台に出てくることもなかったでしょう。そして今やキサラギの支援すら断たれ、風前の灯火といってもいい窮地にあります。ですが、時が迫ればユニオンは再び立ち上がります。そして、レイヴンに依頼するでしょう》

「……何を?」

《"未来"のために、なすべきことを》

 

フレデリカ・クリーデンスは、その感情の希薄な口調の裏側に、何か巨大なものを漂わせていた。

それは感情、とは少し違う。もっと巨大で、祈りにも似た、しかし言葉に出来ないものだ。

"CREATE THE FUTURE"――未来を創る。

かつてコーテックスの研修室で見たユニオンのエンブレムに、そう刻印してあったのをソラは思い出した。

 

「……最後にもう1つだけ、聞かせてくれ」

《はい。何でしょうか》

「最初に聞いた質問だ。あんた、はぐらかしたよな」

 

ソラは、無意識に少しだけ穏やかな口調で言葉を発した。

 

「何で俺に、名前を明かしたんだ?明かす必要が、どこにあった?」

《名前は名乗るために存在するものでしょう?だから名乗りました。私の名前"フレデリカ・クリーデンス"は、私の生みの親が下さったものの1つです。私の"使命"の証です》

「何だそりゃ」

《レイヴン"ソラ"。あなたのその名前だって、あなたの"使命"の証のはずです》

「……大げさだな。俺のこの名前は別に……」

《レイヴン、もうすぐ"フェーズ4"が始まります。管理者の排出するデータがそれを裏付けています》

「"フェーズ4"?」

《もう残された時間は僅かです。私は、私の"使命"を最後まで果たします。あなたも、あなたの"使命"を全うしてください。それでは》

 

通話は、そこで終わった。

ソラは携帯端末を机に置き、ソファに背をもたれて、ボーっとしていた。

 

ふと、窓の外に視線が向かった。

もう外は真っ暗だった。

 

フレデリカ・クリーデンスという女が、ソラにはよく分からなかった。

強大な権限を持つ、特務機関の職員。

ユニオンの副官を務め、方々で暗躍し、企業にアクセスプログラムの雛型を提供した女性。

得体の知れない、底がまるで見えない人物であることは間違いない。

だが、そんなことよりも。

彼女がどこまでも事務的な口調で発した言葉の数々が、ソラの心を強く打っていた。

 

意思。

力。

未来。

使命。

 

それらは希望や可能性を示す言葉だ。

かつて思い悩むソラにファナティックがそうしたように、大きな熱量をもって、前向きに語られるべき言葉だ。

 

そして、今のレイヤードの惨状を知っていてなお発するには、重たい言葉だった。

 

だが、彼女はそれらを口にした。

上っ面だけの言葉を吐いているとは、思えなかった。

 

なぜだろうか。

 

ソラは孤児院にいた頃、実の母のように良くしてくれた先生がいたことを、なんとなく思い出した。

あの先生は今、どうしているだろうか。

この混乱の中で無事でいるだろうか。

今でも自分のことを、覚えてくれているだろうか。

懐かしんだり心配したりしてくれているだろうか。

 

そんな他愛もないことを思いながら、ソラは窓の外の偽物の空を眺め続けていた。

 

暗い夜空は何故かいつもより、優しげに感じられた。

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