ARMORED CORE 3 Replay ~ Stray Crow~   作:神父三号

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クレスト本社防衛後編です。主人公機のアセン詳細は前編をご参照ください。
レーザーライフル、ブレード、ロケット装備です。

AC6が発売して更新が滞ったらお許しください。


管理者部隊迎撃・2

かつて、地下世界レイヤードにおけるMT開発とその運用には、管理者による設計図提供のもと、上策・中策・下策とも表現すべき3つの流れがあった。

 

上策。

"コア構想"を取り入れ、あらゆる局面にごく少数で対応する超高級MT、通称"アーマードコア"の流れ。

これは管理者の許可を得た直属の傭兵組織によってのみ独占的に運用され、今日に至るまでレイヤード最強の機動兵器の座を維持し続けている。

 

中策。

投入される戦場を予め具体的に想定し、限定的な性能に調整することで生産数と単体戦力のバランスを確保する、状況対応型MTの流れ。

これは昨今のMT開発におけるメインストリームであり、アーマードコアの所有を許可されない企業や武装勢力の軍事力の中枢を担う重要な存在となった。

 

そして、下策。

必要最小限の性能とコストによって最大限の戦果を上げることを目的とした、もはやMTと呼ぶべきかも疑わしい、自律特攻兵器型MTの流れ。

これはより高効率の軍事力と簡易な経済戦争を望んだミラージュとクレストによって要求され、管理者がMT開発の最初期に提示したものである。

 

この下策こそが、特攻兵器"エクスファー"だった。

しかしこの管理者謹製の兵器を結局、企業は採用しなかった。

 

理由は単純である。

特攻兵器は、戦場へ運ぶ"キャリアー"の存在が別個に必要とされるからだ。

ゲートや連絡路によって小分けされた区画がそれぞれ独立した戦場となる地下世界の構造上、基地からセクションを跨いだ遠方の攻撃目標へと直接MTを出撃させることはできない。

攻撃目標の存在する現地までは、特攻兵器を何らかの手段で運搬しなければならなかったのである。

その上、運搬の最中に察知・妨害されても、特攻兵器に自衛能力はない。

必然的に特攻兵器を守るための通常戦力の同行が要求される。

そして、そこまでの労力をかけて得られる成果は、未成熟なAI制御による精度の悪い自爆攻撃が一度のみ。

ならばその分、数を揃えればいいとも言われた。

しかし、特攻兵器は生産コストに比した破壊効率こそ平均的なミサイル兵器よりも優れているとされたが、ミサイルより大型なためにレーダー設備や偵察によって事前に察知されやすく、命中までに迎撃されるリスクが極めて高かった。

キャリアー型MTを開発し、戦場で攻撃目標の近くまで随伴させてから特攻兵器を発射する、という計画も考えられた。

だが、本来低コストで効率的に戦果を挙げるための代物を、専用の随伴機を開発してまで運用するというのはあまりにも本末転倒に過ぎた。

 

結果的に自律特攻兵器型MTは、管理者が企業の要求に応じて提案したにも関わらず、まさにMT開発における下策として位置づけられ、その後に続かなかった。

特攻兵器"エクスファー"は、人類には扱いきれなかったのだ。

 

だがそれは「人類には」の話だった。

 

区画を跨いで運搬するキャリアーが必要になる。

AI制御の精度が悪く、精密攻撃ができない。

大型故に隠密性がない。

だから大量に運用しても、敵に迎撃されやすくなる。

 

それらの欠陥はあくまで、地下世界に住まう人類の視点でこの特攻兵器を見た場合である。

 

エクスファーの真価は――

 

 

………

……

 

 

『今すぐ本社に来い』

 

クレスト本社からの緊急通信は、それだけだった。

その後は、うんともすんとも言わなかった。

 

「っ、こちら……こちらストレイクロウ!聞こえるか!?グナー!」

《聞こえてるわよ馬鹿!!ちょっと待ちなさい!!》

 

轟音と衝撃にコクピットを揺さぶられながら怒鳴ったソラに対して、通信機からさらに怒鳴るようにしてワルキューレの応答が返ってくる。

ソラはクレストの用意した専用チャンネルがしっかり繋がったことに安堵しながらも、すぐに眼前に意識を切り替えた。

EN容量レッドゾーン。オーバードブーストを切り、高層ビルの隙間へとストレイクロウが慣性に身を任せて落下する。

すぐ後ろに迫っていた特攻兵器の群れがそのままビルの壁面に激突し、大爆発を起こして、ACの上に瓦礫を降らせた。

もうもうと沸き立つ爆煙。だがその爆煙は、爆音と共にさらに膨れ上がっていき、ストレイクロウの立つ路地を覆った。

夥しい数の特攻兵器が次から次へとビルの同じ箇所にぶつかっては爆散しているのだ。

まるで見境などない。ただ真っ直ぐに突っ込んできて、何かにぶつかれば吹き飛ばす。

それだけをプログラムされたような、機械的な絨毯爆撃だ。

東西南北の上空を覆う黒い帯は、まるで薄まる気配がない。

ひたすらセクションの高層ビル街とそこに待機するクレストの大部隊に向け、無数の触手のように特攻兵器の群れを伸ばしてくる。

帯の真下は今ごろ、MT1機たりとて生き残ってはいないだろう。

南の空の黒い帯から距離を置くためにS地区をひたすらジグザグと北上し、"雨"のように斜め上空から降り注いでくる特攻兵器から死角となる場所を何とか見つけ、ソラはようやく一息ついた。

 

《レ、レイヴン!これはどうなっているんだ!?》

《本社が応答しないんだ!空から降ってくるアレは何だ!?あの帯は……!》

《なぁ、ここも危ないんじゃないか?俺達はどこに退避すればいいんだよ!?》

 

ビルの陰で耐え忍んでいたエピオルニス達と遭遇した途端、クレストの兵士達が次々に通信を繋いでくる。

うるさい黙ってろ、とソラが返そうとしたその時、MT部隊が盾にしていた高層ビルが何本も、めきめきと音を立てながら傾き始めた。

 

「逃げろ!」

 

それだけ叫び、ソラは反射的にオーバードブーストを起動する。

崩れ落ちてくる高層建築が行く手を完全に遮る前に高速移動ですり抜け、次のビル群を盾にするために通りを奔走する。

次に向かったビル群は――既に駄目だった。

ストレイクロウが近寄った瞬間、限界を迎えたようにビルというビルの横腹が片っ端から爆ぜ飛び、瓦礫を大量に撒き散らしながらまたも一斉にへし折れてくる。

そしてこじ開けられた隙間から煙を裂いて飛び込んでくる特攻兵器。

 

《レイヴン!次の交差点を2つ北へ行って左折してください!かなり大型のビルがあるはずです!》

 

操縦桿をこねくり回して特攻兵器を躱しながらレインの助言を聞き、息を止めてフットペダルを踏み込む。

交差点に出た。

空の黒い帯とストレイクロウの間に、遮るものは何もない。

当然、無数の特攻兵器がビュンビュンと飛来してくる。

 

「クソがぁぁ!」

 

今日何度目かも分からないオーバードブースト起動。大通りを一気に北上する。

クレスト本社ビルが少しずつ前方に迫ってきた。

だが、一息で到達できるほど、クレストの御膝元は手狭ではない。

再起動して表示範囲を狭めたレーダー上でじりじり距離を詰めてくる、赤い光点の群れ。

それをソラは睨みながら、交差点を素早く左折して躱し、レインがスポットしたビルの陰へと向かう。

周辺でも一際分厚い超高層ビルの足元には既に、何機もののMT達が隠れていた。

 

《レイヴンか!?こ、ここには来ないでくれ!アレに狙われる!》

「心配すんな、無差別攻撃だよ!俺だけを狙ってるわけねえだろ!……こちらストレイクロウ!AC各機!みんな無事なのか!?」

 

ふざけたことを言ってきたMT部隊長に言い返し、ソラは専用チャンネルでもう一度呼びかけた。

 

《こちらエキドナ!なんとか無事だけど……何なのよあれは!?》

《レッドアイだ。特攻兵器"エクスファー"だな。おそらく人工気象システムの通気用ダクトを使って送り込んできている。欠陥兵器扱いで研究が中止された代物のはずだが、管理者が使うとこうまで変わるとはな》

《感心してる場合じゃないわよ!こちらグナー!私も何とか頑丈なビルを見つけたわ!でも特攻兵器の物量が多過ぎる!迎撃は不可能だから無駄弾は撃たないこと!後詰めが来る可能性があるわ》

《はぁ、はぁ……ダイナモ、です!……ご、後詰めって何!?まだ何か来るって言うの!?もうAPが……!》

「ちょっと待て。……エコーヘッドはどうした?」

《……E-2地区の端、黒い帯の真下にいたようだ。つまり、そういうことだ》

 

レッドアイの言葉に、ダイナモが引きつったような呻き声を上げた。

 

「……俺にクレスト本社から緊急通信が入ってる。すぐに本社に来いってよ」

《何それ、先輩だけ?あたしには何もないけど》

《特務だろう?ストレイクロウは従うべきだ。それよりオペレーター、各機のオペレーティングシステムを繋いでくれ。全ACのAPを表示したい。せっかく復活させた連携機能だ。ここで使わなければ意味がない》

《互いのAPが分かっても、こんなに特攻兵器が降ってる状況じゃまともに合流はできないわよ?……っ。ごめんなさい、後で繋ぐから。そろそろここもまずい……!》

 

レッドアイの提案により、各機の残りAPがモニター上部に表示された。

ストレイクロウ、7200。

グナー、6500。

レッドアイ、6800。

エキドナ、5100。

ダイナモ、1200。

 

「……ダイナモ、大丈夫か?」

《はぁ、はぁ……こ、怖い……管理者、私は何も……はぁ、はぁ……っっうぐ、うぁ、び、ビルが……!?》

 

直後。ダイナモのレイヴン"フレア"は支離滅裂な悲鳴を発し、やがてAPが0になって沈黙した。

ソラがACを隠している巨大ビルも徐々に、振動が強くなってきた。

パラパラとこぼれ落ちてくる破片の量が増えている。

同じように隠れていたMT達が、あからさまに浮足立ち始める。

 

《……先輩。も、もしかしてこの状況、滅茶苦茶ヤバい?管理者って、先輩の言う通り本当に頭おかしくなって……》

「エキドナ、今は生き延びることだけ考えろ。盾にしてるビルが崩れたら次だ。……それを繰り返せ」

《ビルが全部無くなったらどうすんのよ!?》

《……管理者はこのままクレストにカタをつけるつもりか?だが、クレスト排除のためにセクション1つを丸ごと特攻兵器で更地にするとは。いくら管理者といえど、馬鹿にならない消費のはずだ。キサラギの時は本社ビルのみを攻撃していたはず。……ここまでして、その後はどうする?ミラージュも同じように始末をつけるのか?いや……しかしこの本社ビルだって、まだこの程度の物量の爆撃では中々……》

 

エキドナが狼狽え、レッドアイはこの期に及んで思索に耽る。

グナーはまだ通信に戻ってこない。APが先ほどより少しだけ減少している。

ソラが落ち着こうと深呼吸した時、陰に隠れていた巨大ビルがギギギィと断末魔を轟かせながら傾き始めた。

 

「悪い。また通信する。皆何とか生き残れよ。……じゃあな!」

 

通信を切り、ソラは操縦桿を強く握り直した。

クレストのMT部隊が動き出そうとしたストレイクロウを阻み、命乞いの声をあげて邪魔してきた。

ここにいてくれ。俺達を守ってくれ。一緒に逃げよう。

ソラは心を無にして聞き流し、ACを飛翔させ、またもオーバードブーストを吹かした。

 

「レイン、あと交差点いくつで本社ビルだ?」

《あと7つほどです……道中で盾に出来そうな大型ビルをいくつかスポットしています。参考にしてください》

「助かる。一気に通過は無理、か……くそったれ」

 

前方のビルが数本まとめて折れ傾き、隙間から殺到する特攻兵器がACの進行を遮ってくる。

ソラはACが通過できそうな大きめの路地に入った。

倒れかかっているビルをブースタで乗り越え、横合いから飛来する"雨"を間一髪かいくぐりながら、少しずつ北上していく。

レインが通信してきた。クレスト本社が「早く来い」と催促してきたらしい。

本社ビルに着くまでにAPは5000を下回るか、とソラが予測し、路地を抜けようとした時。

 

「……?止まった?」

 

ずっと鳴り響いていた爆撃の轟音が止んだ。

ビルの陰からそっとACを半身だけ出して、南の上空を窺う。

黒い帯から伸びていた特攻兵器の形成する何本もの触手が、ぷつりと切れていた。

だが、黒い帯はそのままだ。

そのまま、制止していた。

 

「……こちらストレイクロウ!S地区の爆撃が止まった!他はどうだ?」

《こちらグナー。N地区も止まったわ……これは》

《E-1地区、レッドアイ。無事だ。…………ん》

《W-1地区のエキドナです。何?何で止まったの?でも、空にまだあいつらは残って……》

「……いや、いいか。チャンスだ。俺はすぐに本社ビルに向かう!グナー、今のうちに3機で合流しておいた方がいい」

《……そうね。でも……いえ、けどこれで終わるはずがない。おそらくこの静けさは……》

 

珍しく歯切れの悪いグナーに構わず、ソラはこれ幸いと目抜き通りの交差点に飛び出し、本社ビルへ素早く迫った。

偽物の空の天井に届かんばかりの超高層建築は、大量の特攻兵器の爆撃を受けて膨大な量の瓦礫を周辺に撒き散らしていた。

ハリネズミのように尖らせていた砲塔も軒並みへし折れ、護衛に回っていたMT部隊はことごとく大破し、惨憺たる酷い有様だ。

だが、まだクレスト本社はしっかりとセクションの中央にそびえ立っていた。

管理者の理不尽な責め苦を受けてなお、その場で巨大企業の威光を示していた。

 

《レイヴン、ビルの東面へ!ACが通過できる地下へのゲートが開放されているはずです》

「……地下?こちらストレイクロウだ!グナーへ連絡!E地区のゲートから地下に入る!上は任せたぞ!」

 

レインの誘導の通り、本社ビルの東側玄関の近くにポツリと、分厚い機密ゲートが開いていた。

空の黒い帯が止まったままなのを確かめ、ソラはACをゲートの中に突入させた。

本社の真下に下っていくような通路はうっすらと照明が灯り、ACが2機ほど並んで走行できる程度の横幅があった。

奥へ奥へと進み、角を1つ、2つと曲がってさらに下るとやがて、投光器と思しき光がモニターに眩しく差し込んできた。

 

《C-1ランカー"ストレイクロウ"だな?》

「……そうだ」

 

ソラを待ち受けていたのは、黒いカラーリングが施された普及型MT"スクータム"の一団だった。

7機ほどか。通常の機体より長い砲身のバズーカと大型のシールドを構えている。

シールドに施されたラインマーキングはクレストのエンブレムを象っているようにも見えた。

明らかに、最精鋭部隊の特務仕様機である。

 

《随分と遅かったな》

「この上がどうなってるのか知ってるだろ。これでも全速力で来たつもりだ。……あんたらの同僚や部下を全部見捨ててな」

《…………》

 

通信相手が押し黙り、すっと機体を壁際に寄せた。

黒いスクータム部隊の奥に一機だけ、純白のスクータムが佇んでいた。

それに乗っているのが誰なのか、ソラは教えられずとも直感した。

 

「クレスト代表……か?」

《……そうだ。レイヴン、護衛を頼む》

 

厳かで落ち着いた、女性の声だった。

キサラギの代表のように、本能的に好感を覚えるタイプの声音だ。

地下世界に君臨する企業の代表ともなれば、皆同じようにある種のカリスマ性を帯びるのだろうか。

ソラのストレイクロウを最後尾に据え、クレスト代表を守りながら精鋭部隊は移動を開始した。

クレスト本社の地下通路は非常に複雑な構造をしていた。

分かれ道やコードキーを求めるゲートがいくつも連なり、決して侵入者を庇護する者の元へ辿り着かせまいとして作り込まれている。

 

「この通路を下っていったらどこに着くんだ」

《"地底"直上の機密シェルターだ》

「"地底"?セクション501のゴミ溜めのことか?」

《……今はな。だがレイヤード黎明の頃は違った。数百年前、人類が地下世界で生きていくことを、管理者の下で生きていくことを誓い合ったとされる、始まりの地だ》

 

ひたすら通路を深く潜っていきながら、クレスト代表が朗々と語る。

第三層第一都市区セクション501、市井の蔑称を"地底"。

レイヤード最古の基幹セクションの1つにして、地殻変動で崩壊して現在は産業廃棄物の集積場として用いられる場所である。

キサラギ代表も、"地底"の出身だと言っていた。

多くの組織と繋がる独自の文化を持つとも言われるそこはやはり、クレストとも特殊な繋がりがあるのだろうか。

 

《夥しい数の特攻兵器が空に現れたという報告を受けた時、私は悟った。もはや、管理者に抗することはできないと。クレストにその力は残っていないと》

「じゃあ、どうするんだ。セクション422にかき集めたクレストの兵士達は全部見殺しにするのかよ。あんたが側近達と生き延びるために?」

《……この通路は、クレストの前身となった組織の指導者が密かに作ったものだ。100年以上も前にな。来たるべき滅びの時の到来は、当時既に予見されていたのだろう》

「管理者が狂うことを、そんな昔に察知してたってことか?」

《真実を知る者はもういない。だが重要なのは、今こうしてこの通路が役に立っている、役に立つ時が来たということだ》

「……キサラギと同じか。今は潜って、ひたすら耐えて、いつか来る再起の時を待つって」

《そうだ》

「もし、管理者の暴走がいつまでも止まらなかったら?ずっと狂ったままだったら?」

《……覚悟はある》

「覚悟って何だよ。それはどういう意味の……」

 

ソラはクレスト代表を問い詰めようとして、不意に開いたゲートの先を見て思わず黙った。

それはここまで通ってきた機械的な通路とは違う、大きく開けた聖堂のような場所だった。

純白の壁面には複雑な宗教的模様がびっしりと刻まれ、鮮やかで美しいステンドグラスが埋め込まれ、床は真っ赤に塗られていて、見上げる天井には巨大な紋章。

"DOVE"のエンブレム。レイヤードに住まう誰もが知る、管理者を象徴する紋章だ。

 

《レイヴン"ソラ"。君は不遜にもユニオンに……あの異常者共に手を貸してきたな》

「…………」

《どういうつもりだ?》

「あんたこそ、どういうつもりだ」

 

ソラが睨みつける先で、クレスト代表の純白のスクータムが、特務仕様の黒いスクータム達が、一斉にバズーカを突きつけてきていた。

 

《管理者が狂った。だから止めなければならないと、奴らは君をそう唆したか?》

「…………」

《何と浅はかな連中だ。何も知らなかったから、何も考えていなかったから、何かを知った時に思い上がるのだ。自分達がやらねばならない、自分達は特別なのだと》

「……武器を下ろせ、クレスト代表。俺を殺すより先に、あんたが死ぬことになるぞ」

 

操縦桿のトリガーに指をかけて集中を高め、ソラは冷淡に告げた。

決して虚勢の脅しではなかった。

いくらクレストの最精鋭達に身を守らせているといえども、ACが機動するのに十分な広さのあるこの聖堂でたった1機のスクータムを仕留めるなど、今のソラには容易いことなのだ。

 

《管理者が狂った?異常が発生した?そんなこと、我々クレストはとうの昔に知っていた》

「……!?」

《いつからだったと思う?ユニオンが活動を始めたという15年前の、環境制御システムの暴走事件からか?……いいや。その遥か前から、管理者には少しずつ不可解な動きが見られていたのだ》

 

通信機の向こうで、代表が荒々しく息を吐いた。

 

《レイヴン。君は何故、クレストが長年に渡って管理者を崇拝してきたと思っている?》

「何……?」

《管理者は地下世界の支配者――神だ。疑いようもなく、な。そして、この聖堂こそが、我々クレストの総意》

 

その時。

AC全機に通信、と勢いよく通信が割り込んできた。

レイヴン達に割り当てられた、専用チャンネルからだ。

 

《こちらグナー!管制室から連絡よ!N地区最北端のゲートから管理者のMT部隊が大量に侵攻!クレストの残存部隊を蹂躙してるわ!レッドアイ、エキドナは今すぐN地区に合流して!》

「!?」

《ちょ、ちょっと待って!エキドナだけど!W地区の特攻兵器が爆撃再開!あと本社に向かってる物量も増えてる!やばいってば!》

《こちらレッドアイ。E地区も特攻兵器がまた動いた。……見た所S地区方面もだな。いよいよトドメか》

《っ……!特攻兵器の迎撃は不可能よ!とにかくN地区のMT部隊優先!こっちは特攻兵器は動いてないから!一刻も早く……っぁ!?》

 

モニター上部に表示されていたグナーのAPが、一瞬で3000以上消し飛んだ。

あまりの速さに、オペレーティングシステムの情報共有が大幅に遅れたのかと思うほどだった。

 

《ちょっ、ワルキューレさん!?今APがごっそり減ったわよ!何があったの!?》

《やられた……!管理者の未登録AC……いえ、こいつは……!ステルス付きの、フロート……!?くっ……速過ぎる、ステルス起動!》

《ステルスフロートだと……?まさか"エグザイル"か!?グナーは退け!N地区の端、このスポット地点まで逃げて来い!ここが一番素早く合流できるはずだ!エキドナ!正念場だぞ、集中して臨め!》

《すー……よぉし、了解!》

「"エグザイル"?何だそりゃ、上で何が起きてる……!?」

 

慌ただしくなったレイヴン間の通信に耳を澄ませながら、ソラは困惑した。

分かったのは、N地区に管理者のMT部隊が出現したこと、N地区以外で特攻兵器が爆撃を再開したこと、本社ビルへの攻撃が激しくなったこと、そして、管理者のACと思しき謎の機体"エグザイル"の登場。

やがて、頭上の本社ビルの振動が、ソラ達のいる聖堂をも揺らし始めた。

地殻変動かと錯覚するほどの激しい揺れで、ストレイクロウを囲んでいたスクータム達がその場に跪くように膝を折ってバズーカを下ろした。

ぱらぱらと頭上から細かな破片が落ちてきて、天井に刻まれたDOVEのエンブレムに一筋の亀裂が走る。

 

《……"エグザイル"は、幾多の惨劇を引き起こしてきた伝説のアーマードコア。戦場にある者全てに死を告げるとされる、恐怖の象徴。……この場に現れるとは、やはり管理者の使徒だったか》

「実働部隊のACか……!クソッ、俺が上にいれば……!」

《無駄だ、レイヴン。エグザイルまで現れた以上、もう我々は終わりだ》

「あぁっ!?あんた何言って……ぁっ、おいっ!?」

 

ソラが声を裏返すその目の前で、信じられないことが始まった。

白いスクータムのコクピットが開き、パイロットが出てきたのだ。

眩しい白髪を結い上げた、だがしっかりと背筋が伸びた老齢の女性だった。

 

《ここまでだ。ここで終われてよかった。このクレスト・インダストリアルの聖地で》

「……!」

 

《レイヴン"ソラ"。私は今、こう考えている。たとえ狂ってしまおうと、神たる管理者が我々を本気で滅ぼすというのならば、それが我々の進むべき道だと。それが、レイヤードに生きる者の宿命だと》

 

どこか安堵したような、肩の荷が下りたような、悟りを得たような――そんな諦めの表情で、クレスト代表はストレイクロウを見上げてきた。

 

《くっ……何故だ、ステルスユニットが何故あんなにもつ……!?》

《何でロックできないの!?そこっ、当たれ、当たりなさいよ!》

《ロケットじゃ駄目だわ!スナイパーライフルをマニュアルでやるしか……!》

《化物か、こいつは……っ、しまっ……っっ!?》

《ファナ先輩っ!!この、このっ!あたしのグレネードがかすりもしないなんて!》

《くっ、当てられない……っ!怯えているの、私が……!?》

 

ソラの耳をつんざく、切迫したレイヴン達の通信。

エグザイルの相手をしているらしい3機のACのAPが、モニター上で減らされていく。

しぶとくAP3000台をキープしていたはずのレッドアイはそこから僅か一瞬の内に撃破され、グナーのAPはじわじわと削れつつ3桁の危険領域に入っている。

エキドナも、残り1500を切っていた。

 

ズズズン。ゴゴ。ズズズ。

 

聖堂を揺らす振動はやまない。

本社ビルも今ごろ、特攻兵器の集中砲火で炎上していることだろう。

もはや、原型を留めていないかもしれない。

 

《やばい、このままじゃ……っ!?えっ、何、あいつどこ行くの……!?》

《助かった?……いえ、違うわこれは……オペレーター!奴の進路を捕捉して、早く!》

 

通信チャンネルで騒ぐ2人のレイヴンの様子から、ソラは本能的に危機を感じ取った。

同じくストレイクロウの前で、聖堂の天井を見上げるクレスト代表が僅かに表情を硬くする。

 

《ストレイクロウ聞こえる!?こちらグナー!エグザイルがE地区の機密ゲートに侵入!そちらに向かってるわ!気を付けっ……空が……!?》

《ウソでしょ、N地区の特攻兵器がまた動き出して……まだMT部隊だって暴れてるのに!?ふしゅ、ぅぐっ……こなくそっ!こうなったら先輩達の分までやってやろうじゃないの!あたしのエキドナ舐めんなこらぁ!!》

 

都市部の戦況はまだ落ち着かないようだった。

グナーとエキドナは満身創痍で特攻兵器を躱しながら、侵攻してくる管理者の超高性能MT部隊とやり合わなければならなくなっている。

 

そして、ここにも来る。

エグザイルが、伝説のACが、管理者の使徒が。

この聖堂に、やってくる。

 

もし、敵ACが本当に管理者の手駒ならばここまでの複雑な道中など物ともしないだろう。

もはや時間の猶予は、ない。

 

「クレスト代表、MTのコクピットに戻れ」

《……何故だ?もうすぐ管理者の裁きがここにやってくる。抵抗など、無意味だ》

「代表、俺はレイヴンだ。あんたの護衛のためだって言われて、上の混乱や踏ん張ってる僚機を全部無視してこんな地下の迷路の奥の、悪趣味なカルトみてえな場所までついてきた」

《…………》

「今回の報酬額、前払い分だけでも俺が傭兵人生で受けてきた依頼の中で一番デカかったよ。本当なら、ただの哨戒任務で終わるはずだったのにな。随分とヤケクソでばら撒いたもんだよな。……だけど、あれだけ貰った分の仕事は、きっちりとやり遂げて帰りたい」

《やり遂げて帰りたい?……確かに君はあのテン・コマンドメンツにも競り勝った。キサラギの最後にも立ち会ったと聞いている。それでも、エグザイルには遠く及ばない。君もここで死ぬ。レイヴンならば、奴の数々の伝説くらい聞き知っているだろう?》

「知らねえよ。俺はまだ、レイヴンになって1年ちょっとの世間知らずだ。……もうウダウダ言わないでくれ。さっさとスクータムに乗って隠れろよ。それとも、管理者に殺される前に俺が殺してやろうか」

 

レーザーライフルを生身の代表に突きつけ、ソラは脅しの言葉を吐いた。

周囲の最精鋭のスクータム達が一斉に立ち上がり、警戒態勢に入る。

しかし代表はそれらを手ぶりで制し、ただ無表情に、向けられた砲口をまっすぐに見上げてきた。

ズズン、ズズンと聖堂が何度も揺れ、無差別爆撃を受け続けるセクション422の惨状が伝わってくる。

暴れているのは特攻兵器だけではない。例の如くMT部隊もN地区から襲来しているのだ。

コクピットモニターに情報共有されたグナーのAPは500。エキドナのAPは800。

もうクレストの守備部隊も本社ビルもレイヴン達も、全滅は必至だった。

 

《……どうして》

「あ?」

《何故君はそうまで抗おうとする?管理者は、地下世界の神だ。神のなすことに、何の異論がある?》

「あんただって、そうだろ?」

《何?》

「ここに降りてくる時に、認めたじゃねえか。潜って、耐えて、再起を待つって。管理者の攻撃からしぶとく生き延びるつもりだったから、ここまで逃げて来たんだろ」

《……だが、管理者の使徒が直々に我々を滅ぼしに来るというならば、話は別だ》

「うるせえな。じゃあ、その使徒って奴を俺が倒せば、また話は変わってくるってことだよな?」

《出来るわけがない》

「出来るさ」

《何を根拠に?》

「俺は、まだまだ高く飛ぶ。こんな所で死んで終わるつもりはない」

 

銃口を見つめていた代表の瞳が、ACの頭部へと――いや、ソラの方へと向けられた。

それは疲れきって褪せた、老人らしい灰色の瞳だった。

だが、まだ完全には輝きを失ってはいなかった。

 

《……分かった。そこまで言うのならば、君のあがきに付き合うことにする。我々はこの聖堂の1つ先の区画で待機しよう。……レイヴン、エグザイルの迎撃を頼む》

「了解。代表、あんたが死ぬのは、俺が奴に負けて死んだ後だ」

 

スクータム達が奥のゲートに消えていくのを見届けた後、ソラは息を大きく吐いて、吸い込んだ。

コンソールを叩いてグナーとエキドナのAP表示を消し、目の前の戦いのみに集中するために、意識を研ぎ澄ませる。

 

「レイン」

《はい、何か?》

「対AC戦闘が終わるまで、一切の情報伝達はしないでくれ」

《……了解しました》

「悪いな」

《いえ……頑張ってください、レイヴン》

 

専属補佐官の激励の言葉を聞き終えてすぐに、ソラはあらゆる余分な情報を脳内からシャットアウトし始めていた。

聖堂の中央に陣取り、自分達が入ってきたゲートに向けてレーザーライフルを構え、深呼吸を繰り返す。

操縦桿を握る指先に、フットペダルを踏む爪先に、意識が隅々まで通っていく。

度重なる激戦の中で掴んできた"全能の感覚"に自ら、足を踏み入れようとしているのだ。

残りAP6500。

ゲートが開いた。

マシンガンと高出力ブレードを装備した、黒いフロートACが静かに滑るように侵入してくる。

腕部側面には、ワルキューレのACグナーと同じステルスエクステンション。

そして、"DOVE"のエンブレム。

 

《――――》

 

通信機のスピーカーを震わせる、謎の音声。

これまで戦った管理者のACは、こんな真似はしてこなかった。

まるで自分だけは特別なのだと、主張しているようだった。

 

「うるせえよ。……消えろ」

 

ぽつりと呟き、ソラはトリガーを引いた。

試作型レーザーライフルが唸り、青白い火線を放つ。

直後、フロートAC"エグザイル"は残像を残してロックサイトから消えた。

極限まで研ぎ澄まされたソラの動体視力がそれを追う。右だ。

ストレイクロウは高機動型脚部を僅かに旋回させ、敵を再びロックサイトの中へ。

だが、ロックがかからない。

エクステンションのステルスユニットが、紫色の光を放っている。

僚機達の通信で分かっていたことだ。

マニュアル照準に切り替え、フロートの走行経路を予測して射撃する。

しかし。

 

「……っ!」

 

急制動からの急加速。右方向に残像を置き去りにして逃げていたはずのエグザイルは一瞬の内に、ストレイクロウに対して距離を詰めてきていた。

右腕のマシンガンが向けられる。

操縦桿を手前に引き倒し、フットペダルを踏み込んで、ソラはACを後ろに跳ばせた。

ひたすら押し付けられる弾幕。このマシンガンは集弾性が低い分、総弾数に優れるタイプの持久戦に向いた武装だ。

ストレイクロウは不規則に聖堂内を飛び跳ね、連射を躱してはエグザイルを捉えようと旋回運動を続ける。

捉えた。射撃。外れ。

動きを予測して放つ。外れ。

至近距離。今度こそ。外れ。

いつの間にか距離を詰めきったエグザイルが、マシンガンを構えたまま、左腕のレーザーブレードを発振させた。

見たことも無いほどに長く分厚いレーザー刃が形成され、発振器がバチバチと仰々しく滞電する。

グナーやレッドアイを大きく傷つけた、必殺の兵器だ。

咄嗟の判断で、ソラは自ら距離を詰めた。

馬鹿げた出力のブレードが振りきられるより先に機体を衝突させ、エグザイルの体勢を無理やり崩して薙ぎ払いの軌道を大きくブレさせる。

そして、即座にオーバードブーストで距離を稼いだ。

敵の脇をすり抜けるように高速移動し、マシンガンの執拗な追撃を振り切る。

そこから慣性に引きずられて聖堂の真紅の床を削りながらも強引に急旋回し、またロックサイト内にエグザイルを捕捉した。

 

「……駄目か!」

 

やはり、レーザーライフルのロックオンができない。

ステルスのせいでFCSが完全に死に、マニュアル射撃しかできない状態だった。

ACに搭載するステルスユニットは、かつてメカニックチーフから聞いたことのある特殊兵装だ。

異常な機体負荷と引き換えに僅か数秒間、あらゆるFCSやレーダーの追跡をやり過ごす電子装備。

だが、エグザイルのステルスは発動からとっくに1分以上経っている。

管理者の実働部隊ならではの特権だろう。

ソラはトリガーを引き絞ったままにして、とにかくレーザーライフルを連射した。

縦横無尽に急制動・急加速を連発しながら残像を描いて動き回るエグザイルを何とかマニュアル射撃で捉えようと努め、当たってくれと祈るようにレーザーを撃ち放ち続ける。

しかし、奇跡はいっこうに起きなかった。

極限の集中状態による"全能の感覚"をもってしても、戦闘開始から一発たりともレーザーは命中していない。

高弾速のレーザーが中距離の撃ち合いで命中しない以上、肩に装備した中型ロケットも当然論外だろう。

一方で、相手のマシンガン連射は集弾性能の悪さが逆に回避を困難にしており、徐々にだが確実にストレイクロウを削り取ってくる。

そしてもしもまた距離を詰められれば、超高出力ブレードに狙われる。

二脚とフロートの運動性の差、そして通常のACと実働部隊のACの埋められない性能差がはっきりと出始めていた。

残りAP5000。高弾数マシンガンの途切れない弾幕が、遅効毒めいてストレイクロウを蝕んでくる。

研ぎ澄ませた集中を侵すように、じわじわと焦燥と恐怖がソラの心の内に広がっていく。

このままでは。

 

「考えろ、考えろ」

 

ソラはACを滅茶苦茶に振り回し、マシンガンを躱してはレーザーを垂れ流しながら、うわごとのように呟いた。

ロックオンできず、機動性と近接火力でこちらを遥かに上回る相手を仕留める方法。

自機の武装は、レーザーライフル、ロケット、そしてブレード。

相手はステルス、マシンガン、ブレード、そしてフロート脚部。

真綿で首をしめつけられるように追い詰められていく中で、しかしソラの思考回路がスパークし、1つの答えに辿りついた。

危険すぎる。だが、やらなければ――このまま撃ち合えば勝機は一切ない。

 

「はっ……やってやらぁっ!」

 

ソラは迷いを振り切るため、激しい気炎を口から吐いた。

再び集中力を高める。ここからは一度のミスが命取りだ。

それでも。

操縦桿横のレバーを握る。コアから内蔵の高出力ブースタがせり出した。

オーバードブースト。

猛烈な加速で一直線に向かう先は、敵AC"エグザイル"。

 

《――――》

 

思わぬソラの強襲に、エグザイルは一瞬立ち止まった。

だがすぐさま行動を起こす。

レーザーブレード発振。

極長・極太の刀身が奔流のように猛々しく生まれ、無謀な挑戦者を迎え撃とうとじっと待ち構える。

 

「行けえっ!」

 

敵のブレードの間合いに入る寸前、ソラは肩の中型ロケットを放った。

命中。大口径砲弾直撃の反動でフロートがバランスを崩し、横薙ぎが無様に斜めに乱れる。

空振った敵ACの頭部めがけて、ソラは中量脚部"MX/066"の鋭利な装甲で膝蹴りを放った。

オーバードブーストの突進力で放たれた蹴りによって、互いの防御スクリーンがばちばちと火花を散らして干渉し合い、だが加速の勢いの分ストレイクロウが競り勝った。

頭部を蹴り飛ばされて浮遊を維持できず、地面をギャリギャリと擦るフロートAC。

ソラはそのままの勢いで、レーザーブレードを振り下ろした。

緑色のレーザー刃がエグザイルのコアに直撃し、防御スクリーンを大いに乱す。

やった。一旦離れて再度の好機を――

という逃げの思考をソラは捨て去った。

 

「まだまだぁ!」

 

再度オーバードブーストを起動。

体勢を崩したままのエグザイルのコアに組みつくように突撃し、そのまま聖堂の絢爛な壁面まで強引に引きずって叩きつけた。

美しいステンドグラスが強い衝撃で叩き割れ、鮮やかなガラス片を周囲に飛び散らせる。

肩の中型ロケットをひたすら連射。

いくら速かろうとブレードが強力だろうとステルスが永続しようと、この零距離で立て直しもできない状態では意味があるまい。

このままロケットの砲身が焼けつくまで撃ち続ければ、こちらの勝ちだ――

 

「っ!?」

 

そう確信したソラのストレイクロウが、じわじわと押し戻され始めた。

敵ACが、フロートに内蔵されたブースタを吹かしている。

しかしそれは、オーバードブーストではない。

エグザイルは恐ろしくもただのブースタ噴射で、ストレイクロウのオーバードブーストの突進力を押し返してきているのだ。

ソラの視線が、モニターの左側に走る。EN残量、レッドゾーン。

あと数秒でチャージングする。

無謀な突撃を、停止するほかなかった。

 

「ぉぉ、く、くそぉっ!」

 

途端、先ほどの優勢が嘘のように、ストレイクロウが押し返される。

壁面にまで追い詰めていたはずが、一気に聖堂の中央付近まで逆に引きずられて、パワーの違いを見せつけられた。

同じ分類の戦闘メカとは思えないほどの出力差である。

それでもソラは、ロケット砲の零距離連射をやめなかった。

僅かながらでもダメージを稼いでおけば、その分勝機へと繋がるからだ。

しかし、エグザイルはそんなソラの努力を嘲笑うように、突如マシンガンを投げ捨てた。

そして空いた右手が、ストレイクロウの左腕をブレードの発振器ごと掴み上げる。

軽量腕とも思えぬ凄まじい握力で、ソラの愛機の左腕ががっちりと拘束された。

防御スクリーンがあまりにも激しく連続して干渉し合うせいで、APがじわじわと減り始める。

残りAP4300。4200。4100。4000。

 

「てめえ、離れろ!離れ……っ!!」

 

エグザイルが左腕を、聖堂の天井のエンブレムに向けて突き上げた。

黄金の発振器からレーザーブレードがこれまでで最も太く長く、ゆっくりと形成され始め、しかしながらあまりの高出力で刃の形状を保ちきれず、余剰エネルギーがプラズマのように周囲に迸る。

それはさながら処刑人が振り下ろす大剣のように、ソラに最期の時を告げていた。

負ける。終わる。死ぬ。

死ぬ。死ぬ。死ぬ――

 

「ふざ、けるな……俺は……俺は、まだ」

 

 

『皆さんの見ている空は、本物の空ではありません』

『本物の空が見たい、か。良い夢だな、ソラ』

『レイヴンとして生きた証を、儂はまだ残していない』

『この混乱を、お互い生き抜こう。見果てぬ"夢"のために』

『あなたには、困難に立ち向かう"意思"と"力"がある。違いますか?』

 

 

「俺はまだ、死ねないんだっ!!」

 

オーバードブースト再起動。通常ブースタ全開。

前方へではない。右方向へ。

エグザイルに押さえつけられていたACの左腕が莫大な加速に耐えきれずにちぎれ飛び、だがレーザーブレードの直撃を僅かコンマ数秒の差で回避に成功する。

振り下ろされた極超出力の一撃は聖堂の真っ赤な床を一文字に叩き割り、周囲に膨大な熱量を放射して、両ACの防御スクリーンを熱波で炙った。

AP、残り2500。

迷いはしなかった。

自らの巻き起こした熱波で浮遊バランスを崩したエグザイルに向け、ストレイクロウは炎の嵐の中を突進した。

ロケットを連射し、少しでもフロート脚部の動きを抑え、そしてまた機体ごとぶつかっていく。

エグザイルの右手が今度はコアの迎撃機銃を掴んできた。

もう遅い。

ソラは右腕のレーザーライフルを至近で一発ぶちこみ、即座に手放して、ロケットで撃ち貫いた。

内蔵のエネルギーセルが大爆発を起こし、2機のACを巻き込んで、聖堂の天井まで爆炎を噴き上げる。

 

《――、――――》

 

エグザイルが言葉にならない通信を送ってくる。

壁面への激突、度重なるロケットの直撃、自らのブレードの熱波、そしてレーザーライフルの至近距離での大爆発。

ACパーツの中でも特に繊細な機構を持つフロート脚部は激戦で完全に破損し、エグザイルはその場に崩れ落ちて黒煙を噴き上げていた。

ストレイクロウもまた、防御スクリーンがバチバチとショートし、左腕に続いて迎撃機銃ももぎ取れ、満身創痍の有様だった。

 

「……俺の、勝ちだ」

 

残った肩の中型ロケットを向け、ソラはエグザイルに宣言した。

マシンガンを消失したエグザイルは、今さらあがくようにコア内蔵のイクシードオービットを切り離す。

だが、オービットがレーザーを放つより先に、ストレイクロウのロケット砲弾がとどめを刺した。

完全に動きを止め、動かぬ残骸となり果てた伝説のAC。

まだ残り火を宿していたフロート内蔵の高出力ブースタに漏れ出したオイルが引火し、エグザイルは煌々と輝く炎の塊となって、クレストの聖堂に大きな影を形作った。

 

《……信じられない。まさか本当にエグザイルが、神の使徒が……》

 

聖堂奥のゲートから、クレスト代表の純白のスクータムが1機だけで姿を現す。

スクータムはよたよたと虚ろな足取りで燃え盛るエグザイルに近づいていき、そしてその場に崩れ落ちた。

 

「レイン、終わったぞ」

《……はい。ご無事で何よりです、レイヴン。本当に……》

「上はどうなった?」

《特攻兵器群は全て消失。MT部隊も姿を消しました。ですが……》

「……上に戻るぞ。報告は道中で聞く」

 

ソラは、項垂れる代表のスクータムを一瞥し、機体を旋回させた。

AP残り500。だが、何とか元来た道を戻れる程度には動けそうだった。

 

《……待て、レイヴン"ソラ"》

「何だよ。特別報酬でもくれるのか」

《自覚はあるのか?》

「何が」

《エグザイルすら退けた君はもう、ただのレイヴンではない。君の力は……》

「?」

《……いや。今は礼を言おう。我々は予定通り身を潜めながら力を蓄え、再起を図る。君の働きに、心より感謝する》

「いいよ。……悪かったな。この聖地とやらで死なせてやれなくて」

《…………》

「俺は上に戻るからな。セクション422が、あんたらクレストの御膝元がどうなったのか、この目で見届けて帰る」

 

ソラは通信を切り上げ、聖堂を後にして都市部へと戻っていった。

元来た道はコードキーが全て解除され、素通りが出来るようになっていた。

エグザイルが片っ端からゲートセキュリティを切断していたようだった。

 

 

《……イレギュラー。管理者を脅かす者め》

 

 

………

……

 

 

「何だ、これは……」

 

道中に聞いたレインの報告よりも、セクション422の現実は凄惨を極めていた。

あれだけ乱立していた高層ビル群はそのほとんどがへし折られ、あるいはドミノ倒しになり、中央部のクレスト本社ビルもまた、半ばほどから折れて周辺の建物を巻き込んで倒壊している。

瓦礫の山、MTの残骸、特攻兵器のものと思しき焼け焦げた金属片――ACの頭部カメラに映るものはそんなものばかりだった。

ストレイクロウは横倒しになっている分厚い本社ビルの上にブースタで着地し、周辺を索敵した。

そこかしこに立つ黒煙。ギギ、ギギギと鳴り止まぬ不快な音に合わせて、僅かに残存していたビルまでもが思い出したかのようにゆっくりとその場に崩れていく。

これほどの惨状にあっても、瓦礫の隙間には生き残った兵士の影がまばらながらに見えた。

だが、その誰もが救助活動のようなまとまった行動をするでもなく、ただ身じろぎもせずに棒立ちしているか、俯いて座り込んでいるかのどちらかである。

 

「……レイン、グナーの居場所は?」

 

ソラはオペレートに従い、APを200残して唯一健在している僚機の下へと向かった。

ただの分厚い棒状の塊になり果てたビルをいくつか乗り越えて、N地区のとある地点を目指す。

B-3ランカー"ワルキューレ"の白いAC"グナー"が、無数の瓦礫の中にひっそりと片膝を屈して待機していた。

そしてその足元で何かを燃やして焚火をしている、ミディアムショートの金髪の女性が1人。

 

「グナー……いや、ワルキューレ。無事だったんだな」

《…………。……ええ、あなたも。よくエグザイル相手に生き残ったわね》

 

周辺にエネルギー反応がないことをレインと共に何度も確認し、ソラは慎重にACから降りた。

ワルキューレは近寄ってきたソラに一瞥もくれず、乱れた金髪をそのままにして、疲れきった眼差しでじっと焚火を見つめていた。

 

「ファナティックとレジーナは?」

「……一瞬で0になったAPで分かったでしょう。ファナティックは死んだわ。エグザイルのレーザーブレードでコアを両断されて、即死よ」

「あいつが……そんな」

 

ファナティックが死んだという事実を聞かされ、ソラは少なからずの衝撃を受けた。

かつてソラを激励し、夢を認め、C-1という地位を譲って背中を押してくれた黒髪と赤い眼帯の似合う女傭兵。

そんな女性が死んだ、の一言で片づけられたのだ。

死と隣合わせの傭兵稼業だ。当然、そういうことは往々にしてある。

傭兵の師匠たるスパルタンにも、重々言われてきたことだ。

それに今まで失ってきた戦友は、ファナティックだけではない。

それでもソラは、眩暈がするようなショックを感じていた。

 

「それとレジーナは……そこ」

 

ワルキューレの指差した先では、赤毛の少女が平らな瓦礫の上に寝転がっていた。

額を真っ赤に滲んだ包帯できつく巻かれ、薄手の毛布に包まって焚火に暖められている。

堅く目を瞑った年齢相応の童顔にいつもの勝気さは無く、悪夢か激痛にうなされているかのように表情を歪めて、静かに涙を流していた。

 

「運のいい子だわ。管理者のMTにやられてACが爆散したのに、五体満足で生き残ってた。回収のヘリを呼んであるから、それでもっとマシな手当てを受けられるはずよ」

「そんなにひどかったのか、管理者のMT部隊の攻撃は」

「…………さあ?」

「さあって。あんただって戦ったんだろ」

「……戦ってない」

「は?」

「エグザイルが去った後、MT部隊とまともに戦ったレイヴンは、そこでうなされているレジーナだけよ」

 

ワルキューレは自分の膝をぎゅっと抱きしめてうずくまり、声を震わせて語り続けた。

 

「3桁のAPと、上空の特攻兵器の雨と、クレストを簡単に蹴散らして迫ってくるMT部隊を見た時、私は怖くなったわ。死ぬのが心の底から怖くなった。そんなの、初めてだった。殺しているのよ、だから殺されだってする。今までずっとその覚悟で戦場に立ってきたのに。ずっとその覚悟で、数え切れない命を奪ってきたはずなのに……」

「………」

「それでも怖かったのよ!グナーがこんなに頼りなく感じたことなんてなかった!敵の力を、こんなに恐ろしく思ったことなんてなかった!だから逃げたの!後輩の僚機を置き去りにして、ずっとビルの陰を逃げ回ってた!私はB-3なのに……ぅぐっ、レイヴンの模範であるべき上位ランカーなのに……!くっ、うぅ、うぐ、うっ……!」

 

歴戦の傭兵らしい気丈さをかなぐり捨て、幼子のように嗚咽するワルキューレを、ソラはかける言葉もなくただ見ているしかなかった。

視界の端でレジーナが身じろぎし、毛布をぎゅっと握りしめ、さらに強く丸まった。

ソラが何とか自分なりの言葉を絞り出そうとした、その時だった。

 

ポツ、ポツ。

 

「……え?」

 

ポツポツポツ。

 

"雨"だった。

特攻兵器ではない、水の"雨"。

偽物の空から、"雨"が降り始めた。

"雨"は、自然区のみで降るはずなのに。

"雨"は、都市区には降らないはずなのに。

初めは僅かに肩を濡らすだけだった"雨"の勢いは、あっという間に強まった。

夥しい水滴がまるでシャワーのような勢いで、いつの間にか人工気象システムから生み出されていた黒く分厚い雲からざぁざぁと降り続ける。

瓦礫が、金属片が、無数のMTの残骸が、2機のACが、そして生き残った者全てが、ずぶ濡れに濡らされていった。

セクション422で、"雨"に濡れないものなどなかった。

やがて、"雨"の音に混じって、空がちかちかと点滅し始め、ゴロゴロとした地獄の悪魔のような唸り声が聞こえ始める。

呆然と見上げるソラの視界を、一瞬眩しく照らした閃光。

耳を裂く鋭い轟音と共に、クレスト本社ビルの残骸を"雷"が撃ち貫いた。

 

「…………く、ふふっ、うふふ、そう。よく分かったわ」

「ワルキューレ?」

「ソラ……あなただって、分かったでしょう?」

「何が……」

「これが、管理者なのよ。これが、地下世界の神。企業もレイヴンも……人間なんて、神の前ではただのゴミなんだわ。神の、管理者の前では……うふふ、ぅくっ、ふ、ふふっ……!」

 

ワルキューレは立ち上がり、雷雨を降らせる偽物の空に向けて、大口を開けて笑い始めた。

狂ったような笑い声は、しかし決して長く続かず、すぐに世を呪うような慟哭へと変わっていった。

 

傭兵としての矜持の喪失。

無惨に死んでいった者たちへの憐憫と謝罪。

そして、管理者に対する恐怖と畏敬。

 

一羽のレイヴンの魂魄全てを吐き出し尽くすような鳴き声は、降り注ぐ雷雨よりも遥かに激しく、深々と、青年の心に突き刺さった。

 

どうすることも出来なかった。

自分の頬を濡らしているものが、"雨"なのか涙なのかすらも分からなかった。

 

ソラは戦友の絶叫を聞きながら、ただ無意識に、拳を強く、強く握りしめていた。

 

 

 




クレストはこれで終わりです。多分。
エグザイル(本来のAC名はアフターペイン)が管理者ACとして登場したのは、本作の独自解釈によるものです。
搭乗者が不明で、かつ管理者ACと同じ頭部というところから連想しています。
wikiなんかにもあるくらい有名な説なので、確かにそうだったら面白いなと思って書きました。

この終盤まで書いてこられたのは、皆様の感想や評価や誤字脱字修正のおかげです。
更新に時間がかかっていて申し訳ありませんが、最後まで頑張って書きますので、よろしくお願いします。
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