ARMORED CORE 3 Replay ~ Stray Crow~   作:神父三号

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ルビコンから帰ってきました。とても良い体験でした。
私も最後まで頑張ります。と言いつつ今回は戦闘無しです。



巨大兵器撃破・1

第一層第二都市区、基幹セクション301。

グローバルコーテックス本社ビル傍の総合病院。

レイヴン専用の病室。

 

ピ、ピ、ピ、ポー。

 

デデドン、デデドン、デデデドドン。

デデドン、デデドン、デデデドドン。

タララー、タッタラター。

 

《グッイブニン、皆様。今日も今日とてこのお時間がやってまいりました……さぁ!全能たる管理者へ真摯な祈りを捧げつつ、おっ始めましょう!もはや我が社の顔となったこの特番!人類滅亡の日は近い!"終末・管理者24時"ぃぃぃぃ!!!》

 

小さめの音量設定をぶち破るような大声を張り、白づくめの怪しげな太った司会者がテレビ画面の中で唾を飛ばして握り拳を突き上げた。

 

《今回は!えー、なんと今回は!!驚愕の衝撃映像を仕入れてまいりました!当番組がレイヤード最速、独占報道となります!地下世界を牛耳る悪辣非道の巨大企業クレストに、ついに神の裁きが!!?うぉ、うぉおぉぉっ、管理者ぁぁあぁっ!!!!》

 

ウーウー。ウウウー。ウォウウォウー。

雄叫ぶ司会者に合わせて奇怪なバックコーラスが流れ、スタジオ中央に設置された管理者のエンブレムのオブジェがライトアップされて、"DOVE"の金文字がピカピカと光り輝いた。

画面中央に躍り出る、『人類滅亡まであと???』の文字。

 

大げさな演出と共にスタジオから映像が切り替わり、倒壊するクレスト本社ビルが映ったその時。

レジーナは無表情でテレビの電源を切った。

 

「さいてーなヤツら」

 

低い声でつぶやき、リモコンをベッド横の机に放り投げる、包帯まみれの赤毛の少女。

そんな意識を取り戻したばかりの後輩の見舞いに訪れていたソラもまた、ソファに背をもたれて大きなため息をついた。

 

「不安の表れみたいなもんだろ。独立系メディアはこの手のアジテーションか、カルトめいた管理者崇拝放送のどっちかだ」

「じゃあもう見るものないじゃん。三大企業の番組は全部機械音声の支社案内リピートになっちゃったし。というかこんな煽り方してたらそりゃ不安にもなるでしょ」

「……まあ。もうテレビをのんびり自宅で見てる人間なんて、現実的にはかなり少ないだろうからな。メディアもヤケクソなんじゃないか」

「アホくさ」

 

ぼふんと枕に勢いよく頭を放り投げ、レジーナは不貞寝を始めた。

病室が途端に静かになり、2人のレイヴンの間に沈黙が流れる。

ソラは首をひねり、背中側の窓から肩越しに外の景色を眺めた。

本社ビルがあって、テスト場のガレージ群があって、だだ広い平野があってという、いつも目にしている光景だ。

グローバルコーテックスとレイヴンの拠点であるセクション301は、まだ依然として平穏を保っていた。

だが、外はそうではない。

 

クレスト崩壊は、つい昨日のことだ。

ソラ自身、身体の疲れがまだ取れきっていない。

それでも後輩レイヴンの見舞いにやって来たのは、目覚めたレジーナがそれを強く求めたからだった。

叩き出された彼女の父親らしきレイヴンとすれ違いに病室へ入ったソラが見たのは、包帯でグルグル巻きにされた足を吊り下げられた、少女の痛ましい姿だった。

 

「……先輩」

「ん、どうした」

「ワルキューレさんは?」

「……無事に帰還したよ。今ごろ自分の住居で休んでるさ」

「本当に?」

 

寝そべったまま顔を向け、レジーナは真剣な眼差しでソラに問いかけた。

 

「あたし、意識あんまりしっかりしてなかったけど、雨の中であの人の声を聞いたわ。あたしなんかより、よっぽど重傷な声だった。痛がってた。苦しんでた。……本当に、あの人は無事なの?」

「……帰還した後に一応メールしたけどな。返信はまだない」

「そう……そうなんだ。あたしも、後でメールしないと」

「やめとけ」

「何で?」

「お前を1人残してMT部隊から逃げたのを、悔やんでたんだ。お前が声をかけたらきっと、心の傷はもっと深くなる」

「……分かんない。そんなこと、あたしは別に気にしてないのに。あたしだって怖かったもん。逃げたらよかったなって、自分のこの足見ながら今でも後悔してるわ」

 

レジーナは包帯を巻かれて吊り上げられた足をぱしぱしと憎らしげに叩いた。

しかしすぐに痛みに呻き、童顔を歪めて汗を滲ませる。

 

「1ヶ月だってさ」

「……1ヶ月か」

「汚染された重金属が大量に、折れた足の中へ入っちゃったんだって。手術で取り除いたけど、毒が抜けきらないのと神経が傷ついたのでまだマヒしたまま。高度医療でもまともに動かせるようになるまで、投薬とリハビリで1ヶ月かかるんだって」

「……なら、1ヶ月しっかり休んで治せよ。管理者の部隊とやり合ってばっかでお前も疲れてるだろ。吹き飛んだACは多分、コーテックスがある程度は補償を……」

「1ヶ月後、レイヤードはまだ残ってるの?私達のいる場所は、無事なの?」

 

ソラは気休めの慰めを吐いた口を開けたままにして、思わず固まった。

 

「クレスト本社はあれだけの部隊を集めてたのに、数時間で落ちたわ。レイヴンだって、ファナ先輩含めて一気に3人も死んじゃった。それで、三大企業は残りミラージュだけでしょ?もしミラージュがクレストの倍の戦力集めたとしても、特攻兵器を降らされたら結局いっしょじゃない。このセクションだってそうじゃん。本気の管理者に襲われたら、ひとたまりもない。そんな瀬戸際で、1ヶ月入院?あたし学校の成績良くなかったけど、今の状況くらい分かるわよ」

「…………」

「あたしは多分、ここまでだわ。少なくとも、管理者との戦いからは脱落しちゃったって感じてる。もう、間に合わないかもしれない。あと1ヶ月、人類が生き残ってる保証なんてないもん。今まで運だけで生き残ってきたあのクソ親父だって、もしかしたら……」

 

レジーナは枕に顔を埋めた。

重たい沈黙の中で、鼻をすする音だけがかすかに響く。

彼女の言うことは、正しかった。

ミラージュがここから1ヶ月もつかは、正直言ってかなり怪しいところだった。

管理者がその気になれば企業の本拠地すら容易くひねり潰せることは、クレスト本社防衛戦の失敗で証明されたのだから。

そして、このセクション301の平穏も、決して約束されたものではない。

既にレイヤード中のあらゆるセクションが被害を受けているのだ。

ミラージュとグローバルコーテックス――レイヤードにまとまった質と量の武力を有する人類の集団は、ついにこの2つだけになってしまった。

ここまで戦火に晒されずに何とかやってきたコーテックスが、管理者に目をつけられて攻撃される可能性は、日に日に高まっていると言えた。

ミラージュよりも先にコーテックスを、と管理者が少しでも考えれば、そこまでだ。

そうでなくても、この未成年の少女が退院を待たずにベッドの上で死ぬ可能性は、そして彼女の父親が激戦の中で死ぬ可能性は、いずれも非常に高くなっている。

レジーナの復帰まで、あと1ヶ月。

管理者の猛攻からあと1ヶ月、人類はもつのだろうか。

まさに彼女の言う通り、瀬戸際だった。

 

「ぐすっ、う、ぅ……」

 

ソラはかける言葉もなく、ただ静かに泣く少女を見守るほかなかった。

レジーナの無念が、痛いほどに伝わってきたから。

死への恐怖もあるだろう。親しい者を失う恐怖もあるだろう。

だがそれ以上にレイヴンとして戦えないことが悔しくて、レジーナは泣いていた。

ベッドの上で握りしめられた小さな拳の硬さが、それを物語っていた。

 

 

「先輩……ごめん。あたしの分まで、頑張って。管理者なんかに負けないでよ、絶対に」

 

 

………

……

 

 

病院でレジーナを見舞った翌日の昼過ぎ。

ソラは初めての場所に1人、造花の花束を持って足を踏み入れていた。

 

セクション301西部、レイヴン達の専用住居が僅かに点在する広大な平野の一角に、その敷地はあった。

黒く平らな重石が無数に設置された、共同墓地。

偽物の空を高く飛ぼうと羽ばたいた、レイヴン達の墓場だった。

 

別に、墓参りをする習慣などはない。

レジーナに頼まれたのだ。

彼女が個人的に親交を持って何度か世話になったという、ファナティックの墓に花を手向けてほしいと。

それはただの頼まれごとではなく、ソラ自身の意思による行動でもあった。

ソラにとって、人生で初めての墓参りだった。

 

『C-3ランカー"ファナティック"、AC"レッドアイ"』

 

目当ての墓石に刻まれている言葉はそれだけだった。

他の墓石も同じだ。

 

「……もう墓が出来てるなんてな。相変わらず仕事が早いな、コーテックスは。それとも、予め作られてるのか」

 

ソラは墓石を見下ろして、独り呟いた。

孤児院で育ち、学校を抜け出してそのまま傭兵の道を選んだ青年が墓という物を実際に見たのは、これが初めてである。

しかし、無骨な石造りの墓から分かるのは、ランクとレイヴンとしての名前と、ACの名前だけ。

本名も分からず、どんな華々しい経歴があって、どういう戦いで死んだのかも刻まれていない。

墓とはそういうものなのだろうか。

かつてはC-1という上位ランクに至った歴戦のレイヴンですら、こんな扱いで黒い石にされて終わりなのだろうか。

レインによれば、戦場で即死したレイヴンは当然骨すら埋葬されず、代わりに僅かばかりの形見の品を埋めるのだという。

ファナティックの場合は、ソラが出会った時に絵を描いていたスケッチブックだろうか。

そんなことを思いながら、ソラは石の前に花束を置いた。

死んだレイヴンに捧げる花は、造花でなければならないらしい。

それは、レイヴンが永遠に高みを目指して飛ぶべき存在だからだろうか。

だから、途中で枯れる生花ではいけないのだろうか。

専属補佐官から教わった習わしに思いを馳せながら、ソラは墓石の前で膝を折った。

 

「……レジーナと、俺からだ。ファナティック」

 

それ以上墓前で何を言うべきか、ソラには分からなかった。

心を折りかけていたソラを立ち直らせてくれた彼女への感謝か、あるいは自分より長い戦歴への称賛か、それともあえなく死んだことへの同情か。

いずれの想いも、口にすれば何故だか安っぽくなるような気がして、ソラは黙って俯き、瞑目した。

今まで死者を弔うことはあっても、墓参りをしたことはなかった。

死んだ者はもう生き返らない、引きずったら今度は自分が死ぬ、だから前に進むしかない。

傭兵としての師であるスパルタンには、そう教わっていた。

しかし、今こうして骨すら埋められていない、組織の義務感で手際よく立てられた墓石に向き合っていると、人間にとっての死とは何かを改めて考えさせられるような気がした。

確かにこれは、どこか虚しいものだ。

その虚しさの塊の前に跪くことで、ソラの胸の内は強くざわめいた。

自分もいつか死ねば、こんな墓石になるのだろうか。

自分だけではない。スパルタンも、レジーナも、アップルボーイも、誰も彼も死ねばこうなってしまうのだろうか。

そして、死はもはや戦場にいなくとも、管理者の猛威という形で身近に実体化しつつある。

もうレイヤードに住む誰もが、死に忍び寄られているのだ。

そう考えると――

 

「若造、こんな時分に墓参りか」

 

不意にかけられた言葉にソラは慌てて立ち上がり、目を擦った。

杖を突いた、背の曲がった老人。

しかし、見つめる瞳は猛禽のように研ぎ澄まされ、異様な力強さに満ちている。

知っている人物だった。

 

「若い内から、墓参りなど覚えるもんじゃない。ましてやレイヴンがな。非業の死に引き寄せられるぞ」

「……あんたこそ。なんでここにいるんだ、BB」

 

A-2ランカーの"BB"。

アリーナを仕切る、レイヴンの中の重鎮だ。

 

「忘れられない友が、数人いてな。思い出すために、しばしば足を運んでいる」

「死に引き寄せられるんじゃなかったのかよ」

「儂はお前のような危うい若造とは違う。『ここで死ぬ』と決めた場所以外ではもう死なん」

「何だそりゃ」

 

杖を突き、BBはソラが頭を垂れていた墓の前にやってきた。

 

「元C-1のレッドアイか……ついに逝ってしまったか。勿体ないことだ。頭が良く、物事を深く考え、レイヴンとしてただ戦うだけの存在以上のもので在り続けようとしていた」

「知ってるのか?」

「ああ。絵を描きながら考え事をするのが趣味だったろう。題材を求めて、よく301のそこかしこを歩き回っていた。儂も、一度モデルにされたことがある。変わり者だったが、どこか人を惹きつける女だった」

 

唇を綻ばせ、BBはソラに無言で杖を預けてきた。

ソラが素直に受け取ると、BBは供えられた造花の花束から1本だけ花を抜き、刻まれたACの名前の横へそっと添えた。

そしてすぐに立ち上がった。

 

「何かを得たか?」

「え?」

「彼女の生き様と死に様から、お前は何かを得たか?」

「……分からない。だけど、色々考えさせられた」

「ほう、色々とは?」

「……"意思"と"力"。それが、レイヴンがレイヴンである証。ファナティックは前に俺にそう言っていた。熱い目で、語ってくれた。……まあ、変な奴だったよ。あんな臭いこと真顔で言う女、初めてだった」

 

だけど、とソラは杖をBBに返して、続けた。

 

「だけどあんなこと言う変な奴でも、死んだら何も言わない石ころになるんだな。もう何も話してくれない。もうあの黒髪も赤い眼帯も、どこにも残っていない。死んだら本当にお終いなんだ。せっかくの"意思"と"力"も、消えてなくなっちまう」

「…………」

「そんなこと、ずっと昔に分かってたつもりだったさ。恩師が口を酸っぱくして教えてくれたし、戦友って間柄の奴が死んだのだって、これが初めてじゃないんだ。だけど今日初めて墓参りって奴をして、何故だかまるで初めて気づいたみたいに、ショックを受けたよ。皆死んだらこのくだらない石ころになるのかって思ったら、なんだか……」

「何だ?」

「死ぬのって、本当に怖いことなんだなって」

「……はっ。青いな、若造」

「うるせえな。分かってるよ、今さらになってこんな腑抜けたこと言って情けないってのは。それに、俺はむしろ散々殺してきた側の人間で……」

「そうではない」

「あ?」

 

曲がった背中を伸ばして、BBは鋭い視線をソラにぶつけてきた。

動揺する心の奥底まで見通すような、老練の目だった。

 

「レイヴンは生き様と死に様で価値が決まる。どれだけ力強く羽ばたき、どれだけ高く飛び、どれほどの物を後に残したかだ」

「……?」

「レッドアイはC-1という高みに上った。そして、生き様の1つとしてお前にそれを譲り、死をもってもう1つ貴重な物を残した」

「貴重な物……」

「噛みしめることだな。人に何かを考えさせる死は、貴い物だ」

 

BBは皺くちゃの顔に満足げな笑みを浮かべ、踵を返した。

向けられた背中は、やはり小さく、だが、しっかりと伸びていた。

 

「あの死は無駄ではない。無駄にはしない。そう胸を張って言えないのが、青いと言ったのだ」

「……!」

「今日中にコーテックスが非常招集をかけるだろう。その赤くなった目をしっかりと洗ってから出てくるように」

「BB、あんたは……」

「レッドアイ、見事なレイヴンだ。儂も、かくありたいものよ」

 

偽物の空を見上げて笑い、BBはしっかりとした足取りで帰っていった。

ソラはじっと、その背中が豆粒ほどに遠ざかるまで、じっと見ていた。

そして再び墓石に向き合い、BBと同じように造花を花束から1本だけ抜いて、戦友の名前の横へと添えた。

 

自分はまだ若造なのだと、痛感させられていた。

しかし、それを恥だとは思わなかった。

 

ソラは物言わぬ墓石に無言で誓って、その場を去った。

 

 

………

……

 

 

レイヴン達が非常招集を受けて集まったのは、その日の夜のことだった。

以前に新体制移行の発表があった本社ビル30階の中央講堂が再び開かれ、コーテックス所属の傭兵が一堂に会する。

 

「……ん」

 

職員から資料を受け取った講堂の出入口で、ソラは大きく内部を見渡した。

前回の招集よりも、確実にレイヴンの人数が減っている。

ランキングはあまり確認していないが、前回は30人はいた傭兵達が、20人余りにまで減ったか。

しかし、それは当然の話だ。

企業が管理者に圧倒されて衰退していくということは、レイヴンがそれだけ戦場で敗れ去っているということでもあるのだから。

 

「何入口でぼさっと突っ立ってやがる、グズ野郎」

 

入口傍の席でふんぞり返っていた大男が、例の如くソラを罵った。

A-3ランカー"ロイヤルミスト"だ。

もうこれで直に対面するのは3度目、刺すような威圧感を漂わせる風貌も既に見慣れたものであった。

その後ろには昼過ぎに共同墓地で出会ったA-2ランカー"BB"も座っており、ソラに向けて意味深な笑みを送ってきた。

しかし。

 

「…………」

「なんだよ、C-1」

「ワルキューレは?まだ来てないのか?」

「……あいつは欠席だ。柄にもなく、ミッション失敗が響いたらしい」

 

そんな情けねえ女じゃなかったはずだがなと吐き捨て、ロイヤルミストはしっしとソラを追い払うようなしぐさを見せた。

アリーナの暴君はいつもは恐ろしいその視線をぼんやりと机の上に彷徨わせ、苛立ちを隠しきれないように口の中で舌をもごつかせる。

ワルキューレとはやはり一定以上に深い繋がりがあるらしく、その様子を気にかけているらしかった。

 

「ソラさーん」

 

呼ぶ声にソラが目を向けると、講堂最前列の席の一番奥に、同期アップルボーイと恩師スパルタンが座っていた。

アップルボーイは前回の酷い怪我がすっかり完治したのか、万全な様子で若干赤みがかった容貌に柔和な笑みを浮かべ、ソラに隣の席に座るよう指さしてくる。

歴戦の新米レイヴンことスパルタンは今夜もいっぱいひっかけているようで少し頬が赤く、頬杖を突きながら大きな欠伸を発射していた。

男2人が揃って顔を赤らめているところになど行きたくないとソラは正直思ったが、他に見知った者もいないため、大人しくその並びに加わることにした。

 

「よぉボウズ、遅かったじゃねえか。……あの生意気な赤毛の嬢ちゃんはどした?」

「レジーナは入院中だ。復帰までだいぶかかる」

「……そうかぁ。まあ、あんな戦場で生き残っただけ大したもんだ。クレストのアレ、ニュースで見たぜ。本社ビルが豪快にへし折れるところ、何度もリピートされてやがったな」

「独立系のチャンネルだろ?よくあんなくだらない番組見られるな、旦那」

「ばっきゃろー。俺だって今さらウケ狙ってる連中の視聴率に貢献したかねえよ。けど、仕方ねえだろ。出回ってる情報がアレしかなかったんだからよ」

「ご無事で何よりです、ソラさん。凄かったらしいですね……管理者の特攻兵器」

「……ああ。この招集がまたあいつらの相手をしろって話じゃないことを祈ってる」

「それは全然違うみたいですよ?配られた資料に……ほら」

「おー、相変わらず真面目くんだなぁ、林檎少年は。こんな細かい字がびっしりの資料、配られたってお前……んん、こりゃ?」

 

アップルボーイに促されるまま、ソラは配布された資料に目をやった。

 

「……地下水の流入?」

 

ソラが資料の冒頭の語句に目を引かれ、内容を詳しく読み込もうとした時。

中央講堂の照明が落とされ、巨大スクリーンが天井からゆっくりと降りてきた。

 

「えー、お待たせしました。レイヴン各位はこの度の非常招集への参加、誠にありがとうございます。グローバルコーテックスです。……お世話になっております」

 

前回の新体制移行の話の時と同様、神経質そうな眼鏡の担当官がスクリーン脇にマイクとリモコンを持って現れた。

その声には疲労と焦燥の色が濃く混じっており、非常招集に至った事態の逼迫を感じさせた。

 

「新体制への移行からほどなくして2度目の緊急招集となった上、挨拶の言葉も短く、申し訳ございません。しかし、事態が事態ですので、早速ですが本題に移らせていただきます。スクリーンをご覧ください」

 

巨大スクリーンに、今回の非常招集が行われた原因が映し出された。

水溜まりだった。

自然区の、どこかの湖を拡大撮影したものか。

しかし、その水面からは本来ありえないものが頭を覗かせていた。

都市部にあるようなビルである。

それも、1本や2本ではない。

 

「正確な現状把握のために順を追ってお話いたしますが、まず2日前のクレスト本社失陥とほぼ同時刻。第一層第二都市区セクション311において、区画を管轄するミラージュの支社が異常事態を観測しました」

 

ため息めいた咳払いを1つし、担当官は言葉を繋げる。

 

「既に資料に目を通された方もいるでしょう。セクションに緊急時の生活用水として備蓄されている地下水が突如開放され、都市部に流入したのです」

 

スクリーンに映っていた映像が、大きく遠ざかっていく。

それは湖ではなかった。都市が丸々1つ、地下水の中に沈んでいた。

 

「流入原因は緊急偵察に派遣されたミラージュの部隊により、管理者権限で封鎖されているはずの各部機密ブロックからと断定されました。通常の制御装置からの操作では流入を抑制できず、セクション311は緊急事態発生からわずか1時間強で高層建築を含む都市の大部分が水没状態になって、現在もこの異常が継続しています」

「すまない、質問だ!居住する市民の避難は?」

「……えー、はい。このセクション311は、先日まで頻発していた管理者権限のセクション封鎖の一環で、都市機能の停止が完了していた区画でした。幸いなことに緊急の避難活動、救助活動の必要はなく、また、ミラージュに余力がなかったことや既存の循環システムで解決できるレベルを遥かに逸脱していたこともあり、非常事態ではあったものの、この2日間効果的な対処はされていませんでした。ですが……あー……」

「さらなる異常が、発生した?」

 

言い淀む言葉を引き継ぐようにソラが声を発すると、担当官は袖で汗を拭い、唇を噛みしめて頷いた。

 

「その通りです。すみません、スライドをいくつか飛ばします。……そして本日の昼過ぎ。隣接のセクション312でも同様の地下水流入事件が発生しました。こちらは以前に管理者の部隊の攻撃によって都市部に致命的なダメージを受け、半ば管理を放棄されたセクションです。市民の多くは既にセクション313へ強制退去済みで、それでも少なからず要救助者が出てはいますが……えー……とにかく。この連続する地下水の流入を重く見たミラージュは我々コーテックスと緊急会議を行い、レイヴンへの情報共有のためにこの度の非常招集が決定しました。……しかし、本非常招集の開会直前、さらに……その。また新たな異常が……」

「コーテックス、もういい。たらたら話しやがって。続きは俺達が仕切るから引っ込め。……おいエース!前に出ろ!」

 

憔悴しきって動揺した言動を続けるコーテックス担当官の様子に業を煮やしたロイヤルミストがストップをかけ、横の席に向けて鋭い一声を放った。

最前列中央に座っていた青年が求めに応じて席を立ち、ロイヤルミスト共々スクリーンに巨大な影を落としながら前へと歩み出てくる。

ソラはBBが座っている席へと視線を向けた。

最古参の老兵は背中を丸めたまま、2人の若きトップランカー達の様子を静かに注視していた。

 

「……申し訳ありません、エース」

「構わない。あくまで現場の当事者は私達レイヴンだ。そもそもこれは、レイヴンが一堂に会して話し合うための非常招集だ。後は任せて貰おう」

 

金髪碧眼の端正な容貌を持つ長身の青年は、担当官に後ろへ控えるように促し、マイクとリモコンを引き継いだ。

 

「レイヴン諸君、久しぶりだな。A-1ランカー"エース"だ。既にAランカー3名は今回の件について、コーテックスから話を聞いている。事態があまりにも深刻で逼迫しているため、ここからは実際に現場で指揮を執る私達が説明を行う」

「……んぁ?ちょっと待て。Aランカーサマが、現場で指揮?」

「そうだ、スパルタン。あなたの歴戦の腕前も、頼りにさせてもらわないといけない」

 

エースはスパルタンの横槍に律儀にも応じながらリモコンを使い、スクリーンに映し出されたスライドを数枚飛ばした。

 

「単刀直入に言う。今から約30分前、セクション311、312と同様の地下水の流入がセクション310においても発生。未だ市民が数多く生活する区画でも、水没が始まった」

「…………は?え、それって!?」

「すまないが、市民の避難及び救助はもはや不可能だ。避難指示を出しはしたが、ミラージュ、コーテックス共にそれ以上の対応をする人手も時間もない。……話を先に進めよう。我々にとって今回の事件最大の問題は、管理者の実働部隊がこの都市水没に合わせて多数、セクション310に出現したこと。そして、この部隊がセクション309へと続くゲートを攻撃し始めたことだ」

 

静まり返っていた中央講堂に、俄かに動揺が広がった。

レイヴン達が落ち着きなくざわつき始め、しかしロイヤルミストが静かにしろと一喝したことでなんとか収まった。

 

「呑み込めてねえ奴がいそうだから、俺がもっと分かりやすく言ってやる。管理者の手駒共がこのまま地下水の流入に合わせて各セクションのゲートをぶち抜いていけば、セクション309、308、307……最終的に到達するのはここ、俺達のいるセクション301だ。今俺達が立ってるこの区画が、地下水に沈む」

「ば、馬鹿言うなよ!非現実的だ!」

「そうだぜ!だいたい、いくら管理者直属の高性能MTでも分厚いセクションゲートを突破するなんて……」

「……管理者の部隊の中に、AC用輸送機を越えるサイズの大型水中兵器が存在していることをミラージュの偵察が確認している。その攻撃性能は未知数。だが、もはや人類に対して明確に害意を剥き出しにしている実働部隊が、無意味な攻撃行動をするだろうか?」

 

エースがそう言ってスクリーンへ映し出した画像は、暗い水面により暗く巨大な影を形作る何らかの兵器を撮影したものだった。

周辺の半ば水没した高層ビルとの比較からして、影だけでも確かにACやMTより遥かに大きい。

一度鎮まっていたレイヴン達の動揺が、再び大きくなり出した。

 

「……あ、あの!エースさん、ロイヤルミストさん、発言いいですか?D-4ランクのアップルボーイと言います」

「ああ、どうぞ。アップルボーイ」

「実働部隊の最終的な目標がこのセクション301だとして、どうして管理者はこんな遠回りな攻撃をしてくるんでしょうか?あまり詳しくないですけど、緊急用に備蓄された地下水って、どのセクションにもあるんですよね?この301までの都市を全部水に沈めるのが目的なら、一斉に全セクションの機密ブロックを開放すればいいだけでは?」

「……まあ、考える脳味噌があるなら当然の疑問だな。だが、それに対する答えは決まってる。『今うだうだ考えても無駄なことは考えるな』だ。分かったら黙ってろ」

「えぇっ、す、すいません……」

「ロイヤルミストの言い方は横暴だが、一理ある。管理者が何故こんな迂遠な攻撃方法を取るのか、は確かに考察する余地があるかもしれない。しかし、目下の問題はこの逼迫した現状に、我々がどう対処するかだ。そこで……何だ?」

 

続けようとしたエースに先ほどの担当官が歩み寄り、何事かを耳打ちした。

 

「懸念は当たった。セクションゲートがつい先ほど突破されたとのことだ。そして、セクション310は高層建築以外の全域が水没した。時を同じくして309でも各機密ゲートから地下水の流入が始まったらしい。つまり管理者の力をもってすれば、約30分強でセクションを1つ潰せるということだ。この侵攻ペースでいけば、夜明け前には私達のセクション301が水没し始めるだろう」

「……ははは。いや、そんなまさか」

「そもそも、地下水の備蓄がここまでの全セクションを沈めるほどあるわけがない。特に、この301は基幹セクションで面積も通常のセクションより大きい。ありえない、ありえないぞ」

「確かにな。少し様子を見た方がいいかもしれない、管理者の意図がまだ不明だ」

「そもそも、コーテックスの都合で非常招集を連発しすぎじゃないか?俺達レイヴンはコーテックスに所属はしていてもあくまで立場は独立傭兵で、大人数で馴れ合うべき間柄じゃない。こういった集会を頻繁に開くのは……」

「黙れ馬鹿共!!」

 

ロイヤルミストの怒声が、講堂全体に轟いた。

 

「今ちょうど0時だ!朝方にはこのセクション301も危ないっつってんだろうが!戦場に出るのか、出ねえのか!俺達が前に出てきて仕切ってるのは、それを聞くためだ!!出る奴は作戦会議に参加!出ねえ奴は今すぐここから失せろ!!」

「ロイヤルミスト、抑えろ」

「まったく嫌になるぜ……この期に及んで俺が声を張り上げねえといかないなんてな。……ちっ、ワルキューレの奴が来てれば、あいつにやらせたのによ」

「……まあ、そういうことだ。申し訳ないが今ここで、レイヴン諸君に依頼受諾の意思確認をさせてほしい。依頼主はグローバルコーテックス。戦場は夜の水没都市。目標は正体不明の大型兵器及び数十機の高機動型MTで構成された、管理者の実働部隊撃破だ。クレスト失陥を目の当たりにしたミラージュは、戦力温存のために防衛部隊の派遣を既に断念しており、少数の偵察支援のみで参加する。事実上、我々レイヴンのACしか戦力はない。報酬はコーテックスが支払えるだけ支払う。必要ならば本社が備蓄しているACパーツも、可能な限り融通するとのことだ」

 

苛立つロイヤルミストを制しながら、エースが講堂をぐるりと見渡し、宣言する。

 

「これはあくまで、各レイヴンに対するコーテックスからの依頼だ。それを踏まえて、もう一度言おう。この戦場に出るのか、出ないのかだ」

 

数十秒に渡る長い沈黙が続き、1人、また1人とレイヴン達が席を立ち始めた。

そして、講堂の分厚い大扉から退出していく。

ある者は躊躇う素振りを見せながらも。ある者は頭を抱えつつ。ある者は全てを諦めた表情で。

中には、何食わぬ顔で去る者達もいた。

 

「ソラさん、どうしますか?」

「……そう言うお前は?アップルボーイ」

「僕は……出ます。こんな緊急事態なんだから、1人のレイヴンとして自分に出来ることをしないと。僕がやらないと皆死んでしまう……そう思って頑張ります」

「よーし、よく言った!それでこそ男だぜ、林檎少年。当然、俺も出るぜ。トップランカーサマに名指しで頼られちゃあ、受けないわけにはいかんわな。要はグローバルコーテックスの存亡がかかった一戦ってことだろ?やってやるってんだ」

「……あっ。でもよく考えれば、実働部隊を撃破しても、地下水の流入自体が止まらなければ結局終わりですね……」

「んあー、確かに……って、うぉいっ!嫌なこと気づかせるなっつーの!」

「いたっ、すいません!」

「ったく、せっかくテンションアゲてたのに……んで?ボウズはどうすんだ?ん?」

 

同期がすがるような表情で、恩師が全てを分かったような笑顔で、ソラを見つめてくる。

答えなんて、決まっていた。

昼間に、ファナティックの墓前に誓ってきたばかりなのだ。

 

「俺も依頼を受ける。まだ死にたくない、死ぬわけにはいかないんだ。……絶対に勝って、生き残る」

「……はい!頑張りましょう!」

「へっ、そうこなくっちゃな」

 

中央講堂に残ったレイヴンは、13人だった。

 

A-1、エース。

A-2、BB。

A-3、ロイヤルミスト。

B-1、グランドチーフ。

C-1、ソラ。

C-2、トルーパー。

C-4、OX。

D-3、パイソン。

D-4、アップルボーイ。

D-5、サバーバンキング。

E-1、ゲド。

E-5、ビルバオ。

E-6、スパルタン。

 

「……決まったな。半数以上が参加か。思っていたより多いぞ、ロイヤルミスト」

「いいや。雑魚はともかく、ファンファーレ、ノクターン、リップハンターがしれっと出ていきやがった。クソったれ共が……飼い主のミラージュに止められてやがるな」

「作戦への参加はあくまで自由だ。咎めはしない。それに、不測の事態に備えて301に残る戦力も必要ではある」

「はっ……ただの臆病者だ、あいつらは」

「いいさ、それでも。………諸君!」

 

エースが良く通る声を一際大きく張り上げる。

 

 

「この場に残ったレイヴン諸君に、敬意を表する!戦おう!そして、必ずや勝利しよう!高く飛ぶために!!」

 

 

クレスト陥落から、僅か2日後のことだった。

グローバルコーテックスの存亡を賭けた一戦が、始まろうとしていた。

 

 

 




ゲーム本編ではミラージュの依頼を受けて自然区の水没都市で戦う依頼でした。
ストーリーの都合上、大幅な改変が入っています。ご了承ください。
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