ARMORED CORE 3 Replay ~ Stray Crow~ 作:神父三号
ペースは多分上がりませんが、あと少しですので、頑張って完結まで続けます。
侵入路探索・2は明日更新予定です。
セクション301西部、レイヴン共同墓地。
「クソ親父、死んじゃった」
灰色の空に、ぽつりと声が上がった。
ただ事実を復唱しているだけの、少女の小さな声だった。
その場に居合わせた誰もが黙して俯く中、車椅子に腰かけた赤毛の少女は、父の墓の前で小さく嗚咽した。
………
……
…
「……レイヴン。レジーナさんは、立ち直れるでしょうか?」
専属補佐官に連れられてレジーナが帰った後、ソラはレインと一緒に墓地のベンチに座っていた。
先の大型兵器との戦闘で死亡したトルーパーの墓参りに来たのは、何も娘のレジーナに求められたわけではない。
ただ、同じ瀬戸際の戦場に立った者として、腹を割って言葉を交わした者として、最低限の義理は果たしておこうと思ったのである。
この後は、他のレイヴン達の墓も見て回る予定だった。
既に散った者達に何かをしてやれるというものでもないが、そういう機会があっていいとソラは考えていた。
見上げる空の雲は、いつも通りの分厚さだ。
何の面白みもない、息が詰まるような作り物の景色。
「俺は物心つく前から孤児院で育った。親を亡くすってことの痛みが本当の意味では分からない。悲しいことだとは思うけど、心の底から共感してはやれない。レインはどうだ?」
「私は……」
レインは携えてきた分厚い封筒を強く抱きしめた。
「今でも連絡を取り合っている両親がいます。まだ、無事なようですが」
「そうか」
「……ですが、レイヤードがこんなことになってしまった以上、いつまで無事でいられるかと思うと……」
重たい沈黙がベンチの上を包んだ。
第二都市区で有数の人口を誇っていたセクション群が、管理者の力の前にたった半日で地下水に沈んだのだ。
そしてこのセクション301すら、存亡の危機に立たされた。
もはや地下世界に、安全な場所など存在しなかった。
「それでも、レジーナはレイヴンだ。自分で望んでなったわけじゃなくても、管理者に適性を認められて、これまでその力を磨いてきた。レイヴンに相応しい実績を上げ続けてきた。これからのことを思えば……トルーパーの死は乗り越えないとやっていけない」
「……はい」
レインは沈痛な表情を隠しきれていなかった。
目を伏せ、何かに耐えるようにじっとしている。
同じ様子を、ソラはこれまで日常的に見てきた。
ガレージに詰めている整備士達も、こういった仕草をするようになっているのである。
誰もが、自分自身や大切な人の命を奪われる危機に立たされている以上、それも仕方のないことかもしれない。
彼らに対してソラは、何もしてやれることがなかった。
「…………急に黙ってしまいすいません、レイヴン。これからの話をしましょう。本来はブリーフィングルームで話すべきことですが、資料を持参してきましたので」
「急ぎの報告事項があるのか?」
「ええ」
レインが封筒から取り出したファイルを受けとり、ソラはその中身を改めた。
先日撃破した大型兵器に関する報告書のようだ。
確かに本来は専用住居で話す内容だが、レイン自身も気分を変えたいのだろうと思い、そのまま話を続けることにした。
「まず先の戦闘の事後報告からです。戦闘中、大型兵器がACの防御スクリーンを貫通する攻撃をしかけてきたのを覚えていますか?」
「ああ、垂直ミサイルから徹甲槍が降り注ぐ攻撃だな。あれで一気に俺達は態勢を崩された」
「戦闘終了後にビルの残骸から敵の使用した弾薬を採取できたのですが、レイヤードに普及している兵器と明らかに異なる点がありました」
「……ん」
ソラはレインのつけている付箋のページをめくった。
「……未確認の重金属粉?」
「はい。今まで確認されたことのない金属粉で、徹甲槍全体がコーティングされていたようです。組成はまったく未知の物ですが、放射性物質とも異なる強い毒性を持つ可能性があるらしく」
「これが防御スクリーンに干渉して、そのまま貫通するような効力を発揮するのか?」
「まだ確実な検証結果は得られていませんが、他に目立った特徴がない弾薬でしたので、その可能性が高いと思われます」
防御スクリーンによる強靭な防御力は、戦場におけるアーマードコアの優位性を支える大きな要素だ。
だが、管理者がこれを強引に突破する方法を備えているのであれば、これほどの脅威はなかった。
もっとも、ACの設計図や運用思想は元々、管理者が作り上げて人類に提供したものだ。
創造主が自分の創造物を破壊する方法を知り尽くしていたとして、何ら不思議はない。
「今回戦闘をズルけた腰抜け連中が、ますます戦場に出てこなくなるな」
「……そうですね。今回のような特殊な機動兵器だけでなく、通常の実働部隊MTに搭載される可能性もあるわけですから」
「逆にこの徹甲槍をかき集めて、ACの兵器として応用することはできないのか?」
「採取できた絶対数が足りませんし、この金属粉がどういう作用によって貫通効果を生んでいたのか、それも分かっていません。再現して武装に転用するのは、ほぼ不可能でしょう」
「……結局、管理者サマはすごいってことを再認識しただけか」
「はい。また、水中に没した大型兵器の残骸を回収するプランもありましたが、ミラージュ支社からの妨害によって回収作業はできていません」
「ミラージュが?何でだよ。戦闘のあったセクション303は元々クレストの管轄だろ」
「分かりません。コーテックスが管理者の大型兵器を保有するのを危惧したためでしょうか?……ただ不可解なのは、今回被害のあった各セクションにおける市民の救助活動への協力についても、ミラージュは拒んでいるという点です」
「……何でそんな」
「さらには、このセクション301に対する物資の流通協力を打ち切るという通達までありました」
ソラは大きくため息をつき、頬を擦った。
ここに来てミラージュがグローバルコーテックスの妨害をするのは、何故だろう。
コーテックスの影響力増大を恐れたのか、あるいは救助活動や大型兵器の検証によって管理者の怒りに触れることを恐れたのか。
それとも、もう他者の面倒を見る余裕すら無くし、ただ息を潜めるだけになってしまったのか。
いずれにせよ、今回の戦闘がもたらした影響は計り知れなかった。
「……俺達は、やっていけるのか?」
「セクション301の物資確保ルートはミラージュ以外にもあります。管理者が定めた緊急時用の備蓄もです。戦闘及び日常生活にただちに影響が出ることはありません。しかしながら……」
「このまま事態が改善せず悪化していけば、いずれ……か」
「……はい」
重苦しい空気が、ソラとレインの周囲に充満していた。
いや、重苦しいのはレイヤード全体と言っていいだろう。
もう、地下世界に住む人類全てに後がなくなりつつあるのだ。
ついに狙われたグローバルコーテックス。
クレストとキサラギは既に倒れ、ミラージュもまた存在感を失いつつある。
メディアは終末論めいた報道を垂れ流し、市民は明日死ぬかもしれない恐怖を抱えて生きている。
このままでは――
誰もがそう考える時期に来ていた。
「レイヴン。それと……それともう1つ。その……極めて重要な依頼が件のミラージュから……」
「……ソラ?こんなところにどうして?」
不意に横からかけられた声に、ソラは頭を上げた。
そこにいたのは、これまで何度も協働してきたB-3ランカー"ワルキューレ"だった。
「一度席を外しましょうか?」
「ああ。悪いな、レイン」
レインが遠方に去ったのを見届けた後、金髪がまぶしい妙齢の女レイヴンが入れ替わりにソラの隣に座ってきた。
ワルキューレと会うのは、クレスト本社の防衛戦以来だ。
雷雨の降る中、彼女が管理者の力の前に慟哭していたのをソラは覚えていた。
「ごめんなさい。話の途中に」
「ロイヤルミストが心配してたぜ。いや、怒ってたって言うべきかな」
「知ってるわ。四六時中メールが届いてたもの。何でも人に押し付ける面倒くさがりな癖に、メールをまめに打つのだけは飽きないんだから」
「ははは……」
ワルキューレは手提げ籠を携えていた。
花束を誰かの墓前に捧げていたのだろうか。
「あなた、こんな時にどうして共同墓地に?」
「墓に来るんだから墓参りに決まってるだろ?まあ、レジーナの奴の付き添いっていうか付き合いだけどな。それと、今回の大型兵器戦で死んだ連中には、馴染みの奴もいた」
「……そう。真面目なのね」
「あんたこそ」
「私は……言い訳に来ただけよ」
「言い訳?」
「そう、これからすることの言い訳」
「何だよ、これからすることって?」
隣で押し黙ったワルキューレに続けて声をかけようとして、ソラは息を呑んだ。
そのレイヴンはまるで絶対の窮地に立っているかのように虚ろな空気を漂わせていた。
死の気配、とでも言うべきだろうか。
茫洋とした瞳は墓石の群れを見ているのではなく、何かもっと遠くの、決して届かぬものを眺めているように思えた。
「あなたはこの世界のことを、どう思ってる?」
「この世界?」
「そう。管理者が作って、管理者が壊そうとしているこのレイヤードのこと」
「…………」
「クレスト本社があっという間に陥落したあの日からずっと、そんなことを考えていたわ。もしこのまま管理者が何もかも壊して終わりなら、私達の……いえ、私の人生に何の意味があったんだろうって。レイヴンとして誇りを持って生きてきたことに、何の価値があったんだろうって」
「……そんなこと」
「分かってるわ。意味のない問いであることくらい。でも、世界の終わりなんてものが現実味を帯びてきているのよ。考えたって、いいわよね」
ソラはワルキューレの言葉に答えられなかった。
あの日、雨の中で彼女が泣いていた時と同じだ。
レイヴンの存在意義を真摯に問うワルキューレの言葉は、彼女の心の表象である。
生半可な答えなど、出すべきではない。出せるわけがない。
「私は……全てが終わってしまう前に、私の人生に答えが欲しいのよ。レイヴンに選ばれて、これまでやってきたことの意味が、成果が、どうしても欲しい。どんな形でもいい。自分が納得できるならそれでいい。だから」
ワルキューレはふらふらと立ち上がった。
「……アリーナ。ロイヤルミストみたいなバカほどじゃないけど、私もアリーナが好きだった。レイヤードで最も高みを飛ぶ存在、トップランカーになりたいってずっと思ってた。Bランクまで来たんだもの。もうじき、Aになれたかもしれない。だから」
続く言葉を、ソラは待った。
だが、続く言葉はなかった。
ワルキューレは空っぽになった籠をベンチに置いたまま、共同墓地の出口へと歩き始めた。
「ワルキューレ?」
「ソラ。レイヴンの先輩として、最後におせっかいさせて。墓場に来るのはもうやめなさい。レイヴンたるもの、前だけを向いて飛ぶべきだわ。エグザイルに勝ったあなたなら、できるはずよ。……ロイヤルミストのこと、お願い。さよなら」
ワルキューレはそのまま、去っていった。
墓地の反対側から、レインがゆっくりとベンチに戻ってきている。
「……あんたはどうなんだ。墓場に来て、何の言い訳だよ」
その問いに答える者がいなくても、ソラには何となく彼女がどこに向かうのか分かっていた。
戦場だ。
レイヴンとして生きた証を残すための戦場に、彼女は向かったのだ。
最後の戦場に。
………
……
…
―――――――――――――――――――――――――――――――――
レイヴン、我がミラージュ及びレイヤードの全市民を代表しての極秘の依頼だ。
第四層エネルギー生成区の東端に位置するマグナ遺跡へ向かってほしい。
このマグナ遺跡は、公にはレイヤード建設当初に稼働していたエネルギー生成施設の遺構ということになっているが、実際には遺跡の奥深くに、管理者の元へと続くゲートが存在する。
この侵入ルートはかつてミラージュが地下世界最初の"企業"として力を発揮し始める前、ミラージュの前身となる組織の指導者が、管理者より与えられた最重要機密だ。
実際に使用された例は未だかつてなかったが、ついにその封印を解く時が来た。
実働部隊の襲撃、人工気象システムの異常、そして先日起きた都市部への地下水の流入――管理者の暴走による地下世界の被害は、拡大する一方だ。
アクセスプログラム実行も失敗に終わり、キサラギに続きクレストの本社も壊滅して力を失った今、もはや我々が管理者そのものを攻撃する以外、現状を打開する手は無いと考えている。
レイヴンへの依頼はただ1つ。
遺跡内部のゲートから続く侵入路を探索し、最奥の管理者を攻撃することだ。
報酬に関しては、そちらの言い値で支払おう。
金銭のみならず、どのような代価であっても、必ず用意することを約束する。
なお、万全を期すために今回の依頼にはこちらが選抜した僚機を同行させる。
協力して作戦にあたってくれ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
………
……
…
夕暮れ時。
専用住居に併設されたブリーフィングルームに1人、ソラは佇んでいた。
窓から差し込む人工太陽の夕焼けを横目に感じながら、じっと待っていた。
ピー。ピー。
「……もしもし」
《ご連絡ありがとうございます、レイヴン"ソラ"。私に何か?》
どこか機械的な態度の女性の声が、携帯端末のスピーカー越しに、ソラの鼓膜に届く。
「あんたに話があるんだ。ユニオン副官、フレデリカ・クリーデンス」
フレデリカ・クリーデンス。
グラン採掘所の戦闘以降関わりを持った、非合法の地下組織"ユニオン"の副官にして、管理者の補佐を行う"AI研究所"の職員。
ソラが知る限り、このレイヤードで最も管理者に近い人物である。
束の間の沈黙が1人きりの室内に満ちる。
静寂を破ったのは、ソラの唸り声だった。
「あー…………悪い。なんか気が抜けた」
《なぜですか?》
「いや、なんていうか、あんたの声を聞いたら……なんでかな」
《ごゆっくりどうぞ》
いつかどこかで聞いたような、けれども中々思い出せないフレデリカの声。
機械的ながら何となく落ち着く、しかしざわつきも覚える不思議な声を聞きながら、ソラは頭の中で渦巻いていた思考を一度整理するように努めた。
結局、言葉が喉から出るまでに十数秒かかってしまった。
「……まずは世間話、ってわけじゃないんだが。今、あんたらユニオンはどうしてる?」
《はい。ユニオンは現在、第一層第二都市区セクション302を拠点としています》
「セクション302って……俺達の301のすぐ隣のセクションじゃねえか。確かこのどたばた騒ぎの中で封鎖されたはずだが」
《ええ。所管のクレスト支社も実働部隊の襲撃を受けながら封鎖地区の哨戒を続行するわけにもいかないらしく、穏便に勢力を集結することができました。コーテックスの働きのおかげで地下水の流入被害も受けていません。キサラギの残党とは別行動を取っていますが》
「構成員が大型兵器の映像を提供してくれたから、まだ活動は続けていると思っていた。グラン採掘所での戦闘以降あんたらの動きがいまいち分からなくなっていたが、まさかこんな近くにいたとはな」
《その節はお世話になりました。ユニオンの指導者に代わり、改めてお礼を申し上げます》
別にいい、とソラは返した。
グラン採掘所の一件は、キサラギからの依頼を受けて遂行しただけのことなのだ。
キサラギから成功報酬をもらった時点で、決着がついた話である。
「今後、ユニオンはどうしていくつもりだ?」
《計りかねている、という表現が相応しいでしょう。主にミラージュの動向についてです》
「そうか……そうか」
ソラは携帯端末を手にしたまま、空いている方の手でブリーフィングルームの備え付け端末に触れた。
そこには、ミラージュから受けとった依頼メッセージが表示されている。
「……悪いけど、腹の探り合いをするのは苦手なんだ。率直に話させてもらう。ここからがあんたと話したかった本題だ。何ていうか……ユニオン副官としてのあんたじゃなくて、管理者に繋がる特務機関"AI研究所"職員のあんたと、なんだが。……ただ、これから話す内容をユニオンの指導者に情報共有するなとは言わない。あんたの判断に任せる」
《分かりました。どうぞ》
部外者に軽々しく話すべきではないかもしれない。
だが、この相手は信用できると、どこか頼りに感じているのも確かである。
ソラは一度息を大きく吸い込んだ。
「ミラージュから俺に対して、管理者を攻撃してほしいって依頼があった。第四層エネルギー生成区の東端、マグナ遺跡に秘密の侵入ルートがあるそうだ」
《…………》
「正直、俺には決心がつかない。理由は2つだ。まず1つ目だがミラージュは以前、アクセスプログラム実行の際に俺を消そうとしていた節がある。理由は分からないが、今回も同じことになるかもしれない。依頼自体が俺を誘き出すための嘘ってことも考えられる」
《…………》
「……2つ目。単純に、レイヤードに対する影響があまりにも大きすぎる。管理者そのものを脅かす行為だ。攻撃が成功しようが失敗しようが、恐ろしいことになるだろう」
フレデリカは黙ってソラの話を聞いていた。
そしてソラが話し終えてから数拍の間を置き、なるほどと小さく応答した。
《グローバルコーテックス上層部は本件について何と?》
「俺の意思を尊重する、だそうだ。……要は丸投げだな。逸脱行為なんて範疇を遥かに飛び越えた話だ。レイヤードの秩序に重大な影響があるとか何とか言って却下してくれればよかったんだが、管理者による依頼審査が停止している上に、このセクション301自体、先日の大型兵器の侵略で危険に晒された。このまま事態が改善せずに悪化していけば……って懸念もある。管理者への不信感もあって、是とも非とも決めづらいんだろうよ」
《そうでしょうね》
「部外者に意見を求める話じゃないのは、重々承知だ。だが、管理者の補佐を務めていたあんたなら、この件に関して何か助言をくれるんじゃないかと思った。情けない話だがな」
《話の趣旨は理解しました。まず、その依頼がミラージュの罠かどうかについてですが》
フレデリカが言い淀むことなく言葉を続けていく。
《ミラージュが管理者への侵入ルートを知っている、というのは事実だと思います。ミラージュとクレスト――古くからある二大企業の創始者達は、管理者からレイヤード中枢の所在地を聞かされているはずですので》
「あんたは知らないのか?」
《私にその情報は開示されていません。我々"AI研究所"はただでさえ管理者に近い立場にあります。管理者の居場所まで把握してしまえば、レイヤードの秩序維持に重大な影響が出る可能性があると懸念されたのでしょう》
「なるほど……少なくとも管理者に行きつく独自のアテは、ミラージュにはあるわけだ」
《ええ。以前ユニオンが依頼したクレスト中央データバンクへの侵入援護を覚えていますか?クレストがそうであるように、ミラージュもまた自社のデータバンクに管理者への侵入ルートを秘匿しているはずです》
「ああ、そういやそうだったな。……もう随分前の話に感じるな」
ソラは携帯端末を片手に、ブリーフィングルームの天井を仰いだ。
多数のレイヴンが入り乱れて戦った、クレストとユニオンの一大抗争。
あの戦闘の裏にフレデリカの情報提供があったことは、わざわざ問いただすまでもない。
ミラージュやクレストが管理者の居場所を知っていて、フレデリカはそれを知らないというのはあの一件からも分かる話である。
《また、ここ数日第四層エネルギー生成区の東部でミラージュの小規模な軍事行動が散発しているのを"AI研究所"では観測しています》
「マグナ遺跡に対する先行偵察か?実働部隊が居合わせたら激戦は必至だしな」
《クレスト本社の陥落以後、ミラージュの行動方針は明確です。本社に戦力を集中させて防衛網を張り巡らせたクレストとは裏腹に、ミラージュは各関連セクションに大きく戦力を分散させようとしています》
「本社への集中攻撃を懸念してのリスク管理ってところか。どれだけ数を揃えて固まっても、クレストの時みたく特攻兵器を降らされれば一貫の終わりだ。正しいようには思うが……」
《しかし、あまりに戦力を小分けにしたため、かえって各地で攻撃行動を取る実働部隊への抵抗力を失っています。すぐさま再起不能には陥らないにしても、今後徐々に勢力をすり減らしていくことでしょう》
「状況が悪化していってるのは、ミラージュも例外じゃないと。ならやっぱり、マグナ遺跡への侵入作戦は本気の賭けなのか?」
ソラはフレデリカの話に頭をひねった。
《しかしながら》
「ん?」
《ミラージュが指定したマグナ遺跡に、その侵入ルートが確かに存在している保証はありません。騙し討ちのためにあちらにとって都合のいい場所を指定してきた可能性はあります」
「……それかアクセスプログラムの時みたく、管理者への攻撃を成功させてから、その場で用済みの俺を消すか。ご丁寧に、僚機をつけてくれるらしいしな」
僚機の候補は既に分かっている。
D-1ランカー"リップハンター"かB-2ランカー"ファンファーレ"、あるいはその両方だ。
どちらもソラにとってはミラージュ派閥として馴染み深い、レイヤード屈指のレイヴンである。
フレデリカに相談するという体を取りつつも、ソラには彼らとの対峙はもはや避けられないという、ある種の確信めいたものがあった。
『この地下世界には、地下世界の神様が決めた、人間の限界がある。それが分からない人達だけが、いつまでも無駄なことをしている。そういうことよ』
管理者へのアクセスプログラムを巡った戦闘から帰還する道中、リップハンターがソラに語った言葉。
それがずっと、ミラージュの動向を考える度に、しこりのようにソラの中で引っかかるのだ。
《加えて、レイヤードの心臓部たるエネルギー生成区は紛争の経験が少なく、元々常駐する部隊の乏しい場所です。事前に管理者に察知されて何らかの迎撃を受けた場合、侵入作戦を強行できるほどの戦力は整っていないように思われます》
「確かにそこまで考えると、怪しい匂いはしてくるな。判断が難しいところだ」
フレデリカは、この依頼が真である可能性と偽である可能性の両方をソラに提示していた。
あとは、ソラが自分で考えろということだろう。
《レイヴン、依頼受諾の決心がつかない理由はもう1つありましたね。管理者への攻撃がレイヤードに及ぼす影響について、ですが》
「……ああ」
《管理者への攻撃が仮に本当であるとすれば、作戦が失敗した場合は、管理者から何らかの報復措置が取られるでしょうね。それがミラージュに対してなのか、グローバルコーテックスに対してなのか、あるいはレイヤード全市民に対してなのかは分かりませんが》
「レイヤード全市民に対して?どうしてそこまで……」
《そう判断する根拠は、管理者が現在レイヤード全体に対して無差別に攻撃を加えているからです。三大企業のみならず、実働部隊の攻撃対象には人類のあらゆる施設・居住区が含まれています。攻撃対象を限定していない以上、報復対象を限定するとは限りません》
「どんな報復が予想される?」
《現状の破壊活動以上の報復を、具体的に予測することはできません。単純に人類を殲滅する最適解を選ぶとすれば、レイヤード全土の酸素供給システムの停止になるでしょうが》
「……レイヤード中の酸素が止まる?無茶苦茶なこと言うなよ」
ソラは自分の声が震えていることに気付いた。
フレデリカの発言はあくまで機械的だ。だからこそ、真に迫るものがあると言えた。
「……参ったな。じゃあ、作戦が成功した場合は?」
《分かりません》
「あんたの予測でいい」
《予測など、できようはずもありません。人類は地下に潜ってからずっと、管理者がいる世界を生きてきたのですから。管理者が機能を停止した場合、この世界がどうなるのか、誰にも見当がつきません》
「レイヤード全体の管理システムの大元だもんな。やっぱり酸素が止まるとか、レイヤードがいきなり爆発して消し飛ぶなんて馬鹿げたこともあるのか?」
《馬鹿げたこと、で終わらないかもしれないから、予測ができないのです。この件に関しては"AI研究所"の職員であっても、市井の一市民と同じ発想しか持てません》
「そんなもんか。あんたでも、分からないものは分からないか」
《はい。ですが、地下世界の支配者へ反逆するということは、そういうことではないですか?》
「……そうだな。きっとそうだ」
ソラは改めて、備え付け端末に表示されたミラージュの依頼メッセージを睨みつけた。
嘘か本当かも分からない、成功しても失敗してもレイヤードがどうなるか分からない依頼。
コーテックスはソラに任せると言った。
だが、ソラのような一傭兵が判断するにはあまりにも荷が重すぎる依頼だ。
意思を尊重すると言われても、物事には限度がある。
これほどに誰かの意見が欲しい、と思ったことはなかった。
携帯端末の向こうには、フレデリカ・クリーデンスがいる。
現状において、これ以上の助言をくれる相手は他にいないだろう。
あとは、自分が決めなくてはならない。
あとは、自分が――
《レイヴン"ソラ"、判断するのはあなたです。いつだって、誰だってそうです。もし管理者がこの世界に君臨しているとしても、最後に自分の行動を決めるのは、自分自身であるべきですから》
「…………俺は」
ソラは自分の判断をぽつりぽつりと、顔も知らない相談相手に告げた。
………
……
…
その日の夜、ソラはグローバルコーテックス本社を訪れていた。
エレベーターで上がったのは最上階の展望フロア。
初めて来る場所だった。
眼下にはセクション301の平野が広がっており、本社周辺の施設群や点在するレイヴン達の専用住居が淡い光を放っている。
気まぐれでやって来たわけではない。
呼び出されたのだ。
「あら、いらっしゃい」
ガラス張りの傍のベンチに腰かけ、缶コーヒーを傾けていた長身の女性が振り返り、声をかけてくる。
夜だというのにサングラスをかけているその女性はレジーナのような赤毛で、あまり見ない派手な色合いの上着を纏っていた。
「何の用だ。こんな所に呼び出して」
「ご挨拶ね、ソラ。とりあえず座ったら?」
警戒を隠さないソラに対して、女性はベンチの背もたれに体重を預け、悠然とくつろいだ姿勢を見せる。
だが、ソラはその招きに応じなかった。
羽織ったジャケットの裏には、拳銃も隠し持っている。
そうせざるをえないほど、ソラにとって危険な相手だからだ。
D-1ランカーの"リップハンター"。
生身の彼女と対面するのは、初めてのことだった。
「……用件は手短に頼む。レイヴン同士の直接接触には制限があるからな」
「ああ、規約のことね。あんなもの、真面目に守っている人いるのかしら」
「少なくとも、あんたと俺の間柄なら守るべきだろう」
「ふふ、まあ当然の反応ね。その割にしっかり呼び出しには応じるあたり、律儀な子。……心配しなくても、この場では殺さないわ」
「この場では、かよ」
「そんなに不安なら、その胸元の銃をつきつけて話してもいいわよ?」
リップハンターは全てを見通していた。
その上で、一切余裕を崩さない。
レイヤード屈指の実力者として、MT乗りの時代から名の知れた歴戦の傭兵だ。
生身の青年傭兵1人くらい、どうとでも出来る自信があるのだろう。
ソラは腹をくくり、リップハンターのベンチに浅く座った。
「ここは私のお気に入りの場所なの」
「そうかい」
「ええ。本社に用事がある時は、いつも立ち寄るようにしているわ」
「どうしてこんな何もない場所に。301の平野なんて、見ても面白くないだろ」
「下の眺めは、ね。私が見に来ているのは、上の眺めよ」
リップハンターはそう言って、上方を指差した。
夜の偽物の空には、いつもの灰色の薄雲と、"天体"と呼ばれる照明がまばらに灯っていた。
「ミラージュの本社ほどじゃないけれど、ここは空が近い場所だわ」
「空が好きなのか」
「ふふふ、まさか。レイヤードの偽物の空が好きな人なんて、いないでしょ」
「…………」
「見ていても何も面白くない。ただの映像と水滴の塊が、決まったルールでただ浮かんでいるだけ。何十年も見続けていれば、飽き飽きする眺めだわ」
「そんな飽き飽きするものを、わざわざ暇があれば見に来るのかよ」
「そうよ?どうしてだと思う?」
知るかよ、とソラは低く呟いた。
「この空がまさに、人間の限界だからよ」
「何?」
「ミラージュもクレストもキサラギもそう。どれだけ社屋を高く築き上げても、レイヤードの天井を突き破ることはできない。最強の武力を与えられているレイヴンだって、高みを目指してどれだけ飛ぼうとも、いずれ天井に突き当たる。人間の限界を教えてくれるもの――それがこの偽物の空よ」
「……つまんねえ考え方だ」
「そうかしら。限界の存在を知って初めて、人間は本当の意味で世界を理解する。世界に対して、自分の立ち位置を考えるようになる。私はそう思うけれど」
「あんたはスパルタンに並ぶMT乗りの最高峰だったはずだ。レイヴンになってからも、それは変わってない」
「だからこそよ。前に言わなかったかしら。レイヴンになってからも、私はMT乗りの頃の駆け上がる充実感をやり直しているだけ。ミラージュ派閥であることも同じよ。別に、何か新しい体験をしているわけじゃない」
「あんたの考え方や生き方の問題だろ、それは。人間の限界なんて言葉で、一般化しないでくれよ」
「あなたは違うとでも?」
「……違う」
何故こんな場所で、こんな話を、こんな女としているのだろう。
ソラはそう思いながらも、回る自分の舌を止められなかった。
「俺はまだ、限界なんて感じていない。まだまだ先がある。そう思ってる」
「本当に?」
「あ?」
「先なんてものが、本当にあるとでも?レイヤードが、こんなことになっているのに。あなたはもう、地下世界屈指のレイヴンになっているのに」
リップハンターは余裕の笑みを崩さず、缶コーヒーに口をつけた。
真横から見ると、派手に着飾るに相応しい美貌の女性だ。
口元の黒子に、視線が自然と吸い寄せられてしまう。
だが、本質的に合わないと感じる何かが、ソラの神経を逆撫でしてきていた。
「まだ自分に先があると信じているなら、どうして管理者への攻撃依頼を断ったのかしら?」
「……何だよ。結局それを言いに来たのか。ミラージュの罠の可能性が高いと思ったからに決まってるだろ。リツデンでは、まんまと使い潰されそうになったからな。同じ手は食わない」
「あなたにとっての"先"は、誰かが与えてくれるものなの?」
「何度も言わせるなよ。ミラージュの誘き出しに乗ってやるほど、馬鹿じゃねえんだ」
「……そう。確かにね。あの依頼は罠だったわ」
リップハンターはそう言って、空になった缶コーヒーをソラと自身との間にそっと置いた。
「私とファンファーレが、依頼を受けてマグナ遺跡にやってきたあなたを2人がかりで殺す。そういう作戦だったの」
「わざわざ明かしてくれてありがとうよ。企画倒れに終わって残念だったな。それとも、ここで俺を殺してみるか?」
「それもいいけれどね。部屋の外にはファンファーレも待機していることだし」
ソラはちらりと、展望フロアの入口に目をやった。
気配はない。だが、彼女の言っていることが事実ならば――
「……私とあなたって、何度協働したかしら」
「急に何だよ」
「初めては確か、ナイアーブリッジの建設現場だったわね。高級MTの部隊を危なげなく片づけたのを見て、才能あるレイヴンだと思ったわ」
「…………」
「次はグラン採掘所の防衛戦。その次はガルナット軍事工場への襲撃。そしてレヒト研究所の防衛に、最後は……リツデン情報管理施設。1年と少しの間に、あなたは瞬く間に実力をつけていった」
「……それが?」
「ミラージュから聞いたわ。クレスト本社でエグザイルを討ったのもあなた。大型兵器の侵攻阻止で、最後まで踏みとどまる姿勢を見せたのもあなた。……教えてちょうだい。どこからそれだけの力が沸いてくるの?何があなたを駆り立てているの?」
「……同じことを、キサラギの代表にも聞かれたよ」
ソラはガラス張りの向こう、偽物の夜空を見つめた。
「俺には……夢がある」
「夢?」
「あんたには、教えてやらない。偽物の空を見て、それを限界に感じているあんたみたいな奴には」
「…………ああ、そういうこと。分かったわ、何となく」
「何が分かったってんだよ」
「ふふっ、うふふ……ククク……」
勝手に肩を震わせ始めたリップハンター。
ソラは一瞬拳銃を取り出そうとして、だが息を荒く吐くだけにとどめた。
「ソラ。ミラージュにもう一度同じ依頼を出させるわ。今度こそ、依頼を受けなさい」
「……!?」
「今までのやりとりでよく分かったわ。あなたと私が相いれないってことが」
コーヒーの空き缶に、リップハンターの手が伸びた。
凄まじい握力が、硬い空き缶を握り潰す。
「……はっきり言うわ。人類の繁栄はもう終わり。ここからは衰退の時代よ」
「そんなこと、誰が決めた」
「管理者が、よ。人間の限界はここだって、他ならぬ管理者が宣言したの。私達は、従うしかない」
「俺はまだ、自分に限界なんて感じちゃいない」
「……はぁ。既にミラージュは、これまでとは別の道を探り始めているわ。狂った管理者の下で、それでも人類が細々と生き長らえる道を。だからもう、あなたは危険なのよ」
「何が"だから"なんだよ」
「あなた、ユニオンとは懇意なんでしょ?あの異常者達にその力を使われる可能性がある。これから先、ユニオンが本気でことを起こそうとするならば、その尖兵になるのはおそらくあなただものね」
ソラは黙りこくった。
今後、しびれを切らしたユニオンが管理者に真っ向から挑む可能性は、なくはない。
もしそうなれば彼らは確かに、管理者のACを数度退け、かつフレデリカ・クリーデンスと繋がりを持つ自分に声をかけてくるだろう。
その時どう応じるのか――それはソラ自身にもまだ判断がつかない。
ミラージュから見ればそれはまぎれもなく、管理者を脅かしかねない不確定要素ということだ。
「管理者がそんなに大事かよ。俺達を今、こんなにも苦しめてる管理者が」
「言うに事欠いて……そんなの当たり前じゃない。管理者あってこそのレイヤード、管理者あってこその人類よ」
「………それでも、俺は」
「それでも、それでも……ね。分かったわ、もういい。やっぱりあなたには依頼を受けてもらうわよ、ソラ」
「何でだよ」
「気に食わないの。あなたみたいにいつまでも自分の可能性を、世間知らずの子供みたいに信じている馬鹿が。なまじ大きな力を持っているから、余計にね」
立ち上がったリップハンター。
自信に満ちた確固たる足取りが、展望フロアの入口へと遠ざかっていく。
「あなたの夢を、終わらせてあげる。私がこの手で」
リップハンターを出迎えるように、ドアの陰から痩せぎすの男が姿を現した。
ただならぬ気配を纏ったその男は、彼女の言う通りB-2ランカーの"ファンファーレ"だろうか。
2人はそのままフロアの外に出て、戻ってこなかった。
眺めのいい場所に、ソラだけが1人残された。
「……ふざけんな。何もかも分かった風な口利きやがって。ただ諦めてるだけじゃねえか。何も偉くねえんだよ、てめえらは」
ソラは吐き捨てながら、ベンチの背もたれを殴りつけた。
見え透いた挑発だ。
乗ってやる義理などない。
だが。
「やってやるよ。全部返り討ちにしてやる」
だが、内心では心揺れていた。
リップハンターの挑発にだけではない。
ミラージュの依頼を、自分が一度は断ったという事実にも。
仮に罠だとしても、真正面から踏み潰せばいいのだ。
自分には、その力があると信じていた。
そう信じるだけの実績を、既に積み上げてきていた。
だからいつも通り、ただ依頼を受ければよかっただけなのだ。
そのはずだった。
しかし、選択を突きつけられ、恐れたのだ。
失敗を。管理者の怒りを。
あるいは成功を。管理者無き地下世界の行く末を。
どちらに転がっても、自分に背負えるものとは思えなかった。
「……くそったれ」
それが自分の限界だとは考えたくなくて、ソラは1人怒りに震えるのだった。
色々とミッション展開に独自性を持たせようとあがいてきた結果、いわゆる騙して悪いがではなくなってしまいました。
本作ではアクセスプログラム実行時に騙されかけてるので、またすんなりとしてやられるのはどうかなと思ったためです。
身から出た錆です。