ARMORED CORE 3 Replay ~ Stray Crow~ 作:神父三号
敵機の数や種類も必ずしもゲーム通りではありません。ご注意ください。
《作戦領域に到達。ストレイクロウ、出撃してください》
「了解」
コーテックス本社の作戦室に待機する専属オペレーターからの通信に応じ、双発式戦略輸送機から1機のACが出撃した。
まだパーツも初期配備品から更新されていないそれは、しかし腕部のエンブレムだけは独自の物を貼りつけていた。
淡い光条の下を、翼を広げて飛ぶ烏。
ソラのAC"ストレイクロウ"のエンブレムだった。
レイヤード第一層第二都市区、セクション303。時刻は17時。
西の空に傾き始めた太陽が、不法占拠された建物をぼんやりと照らしていた。
閉鎖と再開発が既に決まっているセクション303有数の生産施設、クレストのジダン兵器開発工場である。
《コードキーを送信します。正面ゲートのロックを解除してください》
「了解……拍子抜けだな」
《はい?》
「本当に立てこもるつもりなら、ゲートと床を溶接するくらいはすべきだろうに」
ソラはオペレーターのレインにそう返すと、ACの頭部COMによって正面ゲートへのアクセスを開始した。
依頼遂行のために、クレスト本社から工場施設のコードキーが提供されている。
現場職員よりも上位のアクセス権が付与されたそれは、不法占拠者達の持つ権限では止められない。
ゲートのロックが解除されるのは、時間の問題だった。
「…………」
ACやMTも容易に出入り可能なサイズの巨大ゲートが、ゆっくり持ち上がり始める。
ソラはその場でACを旋回させ、周囲を伺った。
工場の外には、兵器の部品が入っていると思しきコンテナが大量に搬出され、山のように積み上げられていた。
本当に不法占拠で要求を呑ませようとするならば、工場内に運び入れてクレストとの交渉の材料に使うべき物だ。
「不法占拠、か」
《……クレストは『説得に応じない』と言っていましたが》
「説得したかも怪しいな。立てこもっているのは事実なんだろうがな」
《…………》
おそらく、それほど強引な占拠ではないのだろう。
職員達は今後もここで働き続けることを考えた上で、工場閉鎖に対して緩やかな抗議をしているだけかもしれない。
ジダン兵器開発工場は、工場での労働経験があるソラから見てもかなり大きな施設だった。
施設の規模が大きければ当然、労働に従事している市民も多い。
閉鎖後の再開発の際は、大規模な人員整理もあるだろう。
再び雇用されるかも分からない職員達にとっては、生活のためにやっていることなのだ。
「ゲート解放。内部に突入する」
《……了解です》
ソラはACを歩かせ、工場に侵入した。
やはり工場の内部はほぼもぬけの殻で、申し訳程度にバリケード代わりのコンテナが設置されているだけだった。
ACが戦闘機動を取ることも容易な広さがある。
肩部レーダーが、コンテナの向こう側にいくつかの機体反応を検知した。
不法占拠者の作業用メカだ。
ソラが目標に向けて機体を動かそうとした時、さらに反応が数個追加された。
占拠者が慌ててメカを起動させたようだ。まともな迎撃態勢も取れていない証拠である。
そして、レーダーに映らない影が工場の奥へとばらばら動くのを、ACの望遠カメラが捉えた。
メカに乗っていない生身の職員も、相当数いるらしい。
《数はいるようですが、ACとは比較になりません。……作戦を遂行してください》
レインのどこか沈んだ声が、ソラの行動を促す。
ソラはACを操作し、前方を塞ぐコンテナに向けてライフルを発砲した。
戦闘用の砲弾を受けてコンテナが吹き飛び、内部の部品類が散乱する。
《き、来たぞ!》
頭部COMが敵機の通信を傍受し、その動揺を伝えてくる。
ソラはさらに砲撃を撃ち込み、コンテナが形成するバリケードを蹴散らしていく。
コンテナの向こうに、2機の改造クレーン車が見えた。
すぐさまACのFCSがその動きを捉えて、1機をロックする。
《え、AC!?くそっ!そこまでするのかよ!!》
クレーン車はじりじりと下がりつつ、ACに向けて発砲してきた。
その改造は、粗末なものだった。
工場で製造しているとおぼしきMTのレーザー砲を、ただくくりつけただけである。
照準など定まりようもなく、ソラがACを動かしていないにも関わらず、射撃は外れて2本の熱線が工場の壁面を焼いた。
「…………」
ソラはACのブースタを吹かし、加速を開始した。
再びの敵からの発砲。今度はさきほどよりもマシな射撃だったが、それでも戦闘機動を取るACにはかすりすらしない。
反撃でライフルを1発撃ち込む。
何の装甲も持たないクレーン車が1機、操縦席のガラスを盛大にぶちまけ、沈黙した。
さらにもう一度、ライフルの砲声が轟いた。
外れようもない。残るもう1機が、火を吹いて爆発した。
「工場の奥に侵攻する」
短くオペレーターに伝え、ソラはさらに奥へと進んだ。
《ちくしょう!やっぱりやめとけば…》
《く、来るなぁ!》
ACがライフルを1発撃つ度に、改造クレーン車が簡単に吹き飛んでいく。
時折撃たれる反撃のレーザーも、劣悪な射撃精度のせいで何の障害にもならない。
ソラは無感情に、FCSがロックする作業用メカに向けてひたすら引き金を引いた。
レーダーに表示されていた反応は瞬く間にその数を減らし、気づけば残り1つとなっていた。
《た、助けてくれ……》
工場の最奥、搬出用ハッチの手前に作業用逆脚MT"ディギー"が佇んでいた。
怯えたようにハッチにへばりつくそれは、もはや武装をこちらに向けてすらいない。
今回の不法占拠の主犯らしかった。
《お、俺達はただ生活のために……それがどうしてこんなっ……》
ACのコクピットに流れ込んでくる、悲痛な通信。
それを遮るように、ソラはライフルを撃ち込んだ。
砲弾が一撃でMTの逆脚をもぐ。
クレーン車よりはマシな手応えだが、それでも戦闘用MTに比べて遥かに脆い。
《ぅぁぁ……みんな、逃げ、ろ……》
火花を吹いて頭を垂れたディギーにもう一度、ライフルが放たれた。
《目標の全撃破を確認……帰還してください》
レインからの通信にソラは言葉を返さず、ACを工場の入り口へ向けて翻した。
ACが受けた損傷は、ない。
工場内には作業用メカの残骸が、無惨に散らばっている。
正面ゲートの外にはクレストの対人制圧部隊が待機していて、ソラのACと入れ替わるように内部に突入していった。
残存する生身の不法占拠者たちも、1人残らず"処理"されることだろう。
それは戦闘とすら呼べない、ただの虐殺だった。
………
……
…
―――――――――――――――――――――――――――――――――
FROM:クレスト
TITLE:礼状
ご苦労でした。迅速な対応を感謝します。
多数のための少数の犠牲。厳しいようですが、これが現実です。
セクション303における再開発事業は、既に管理者が決定した事項なのです。
今後とも、我々に力を貸していただき、
共に秩序を、そして管理者の治めるこのレイヤードを守る存在として―――
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「相変わらずだな、クレストは」
形だけの感謝と管理者への礼讃が延々と綴られたクレストのメールを、ソラは最後まで読まずに削除した。
部屋の照明を落としたまま、着たままのパイロットスーツの襟元を緩めて、椅子の背もたれに体重を預ける。
企業の依頼や連絡事項を確認するためのブリーフィングルームには、ソラ1人だけしかいない。
つい先ほど、クレストの依頼から帰還したばかりである。
防音がしっかりと行き届いたこの部屋は、隣接するガレージの喧騒も聞こえてこないため、戦闘の熱を冷ますにはうってつけだった。
「はぁ……」
思わず、ため息が漏れる。
レイヴンとしての初仕事は、ソラに自分の置かれている現実を改めて叩きつけていた。
MT乗りをやっていた頃と、表面的には変わらない。
汚い依頼であれ何であれ、傭兵らしく報酬のために遂行するだけである。
だが、あの頃と決定的に違っている点があった。
それは乗っている兵器がMTではなくACであること、そして何より、自分のもたらす影響力の大きさである。
「…………」
ソラは携帯端末を取り出し、新着のニュースを確認した。
あの工場から帰還して数時間、今回こなした依頼のことが既に大々的に報道されていた。
曰く、クレストが所有するジダン兵器開発工場にて一部の職員による武装蜂起が発生した。
曰く、派遣されたレイヴンにより、工場は迅速に制圧された。
曰く、蜂起に使用された戦闘用MTから見て、他企業のなんらかの関与があった可能性がある。
曰く、クレストは自社の経済活動に対する不当な妨害を決して認めない。今後、類似の事例が発生した場合は徹底的な対処を行う。
虚実の織り交ざった報道には、労働者への見せしめと他企業への牽制の意図が、はっきりと表れていた。
これが、今回の依頼においてクレストが望んだ、本当の"成果"だろう。
そしてそれは、ソラがレイヴンとしてもたらした"影響"でもあった。
MT乗りとして、無名の傭兵として活動していた頃とは比較にならないほどに、自分はこの地下世界の情勢と太く繋がっていた。
「これがレイヴン、か……」
ソラは携帯端末を机の上に放り投げ、ノーマルスーツを脱ぎ捨ててインナー姿になった。
今日はもう、何もする気が起きなかった。
依頼遂行の報酬や、発生した費用のことなどは、明日考えればいい。
そう思い、シャワーを浴びに行こうと椅子から立ち上がった時だった。
ピー。ピー。
机の上の携帯端末が、着信音を響かせた。
相手は、自分の専属オペレーターだった。
《お疲れ様です、レイヴン》
「……ああ、あんたもお疲れ様。もう次の依頼の話か?」
《いえ……あの、報道はご覧になりましたか》
「ああ、さっきの戦闘の件がもう出てた。手際のいいことにな」
《あの工場に、戦闘用MTはいませんでした。他企業の関与があったとはとても……》
「報じてるのはクレスト御用達のメディアだ。分かってやってるんだろうよ」
《ええ……そう、でしょうね》
レインは言葉を濁し、そのまましばし沈黙していた。
ソラは椅子に座り直し、相手が話し始めるのをじっと待った。
《……レイヤードは》
端末の向こうでレインが口を開く。
《レイヤードは、AIシステムである管理者の手によって統治がなされています。このレイヤードにおいて、管理者の存在がいかに重要なものであるか、知らないものはいません》
「…………」
《今日排除作戦が行われたセクション303も、再開発を決定したのは管理者です。当然今回の様な事態は、管理者も想定の上でしょう》
「だろうな。工場の閉鎖に対する労働者の反発なんて珍しいことじゃない。クレストが今回わざわざACに制圧させたのは、あの兵器開発工場がかなり大規模だったからだろう。見せしめには最適だ」
《……実は今回のようなトラブルは近年、レイヤードの各地で増加傾向にあるようです》
「人口が増えてきてるのも理由の1つかもな。それに、滅多に報道されないが下の第三層……貧困層の労働事情は俺の知る限り、この第一層よりもっと酷い状態だ」
《このレイヤードという機構自体に、限界が来ているとは考えられないでしょうか》
レインはソラと言葉を交わしながらも、何かを確認するような、あるいは自分自身に言い聞かせるような口調で言葉を繋いでいく。
《それでも、管理者は絶対の存在です。我々レイヤード市民の日常は、管理者によって維持されているのですから。だから、今回の件もきっと……いえ、ですが……》
スピーカーから響くレインの声が、少しだけ震えた。
《……すいません、レイヴン。お疲れのところを、長話してしまいました。では、また連絡事項があれば……》
「レイン」
《……はい、何でしょう》
「言いたいことは、最後まではっきり言った方がいい。どうせ、俺しか聞いてない」
長い沈黙の後、携帯端末から小さく息を吐く音が聞こえてきた。
真っ暗なブリーフィングルームだからか、その音はソラの耳によく響いた。
《……今回、彼ら不法占拠者の辿った末路は、管理者の決定に反することの当然の報いなのだと思います。企業の厳しい対処も、理解はできます。ですが、それでも……私個人としては……》
「…………」
《彼らに、同情を禁じえません》
喉から無理やり絞り出したような声だった。
通話が切れ、ブリーフィングルームに再び静寂が戻った。
「…………」
ソラは、通話を終えた携帯端末に表示されている専属オペレーターの名前を、じっと見ていた。
レイン・マイヤーズは管理者によって選ばれた、コーテックスのオペレーターだ。
同じく管理者によって選ばれたレイヴンであるソラを補佐するのが、彼女に与えられた役割である。
しかしまだ経験が浅く、レイヴンの補佐をするのはこれが初めてだと言っていた。
レインやソラのように選ばれて特別な役割を与えられる人間がいる一方で、選ばれずに何の甲斐もなく死んでいくだけの人間もいる。
管理者が管理し、企業が争う地下世界"レイヤード"において、それは否定しようのない現実だった。
「……気にするなよ。気にしてたら死ぬぞ。死んだら終わりだ。だから、気にしねえのが一番だ。それでいいんだ、俺も、あんたも」
ソラは強く握りしめた携帯端末に、1人語りかける。
理不尽で、不条理な世界だった。
それでも、生きていくしかない。生き抜くしかない。
そうしていれば、きっといつか――
ソラはレインに短いメールを送り、ブリーフィングルームを出た。
迷い烏はまだ行く先も見えず、羽ばたき始めたばかりだった。