ARMORED CORE 3 Replay ~ Stray Crow~   作:神父三号

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お久しぶりです。
1年以上更新を放置して、大変申し訳ございませんでした。
楽しみに待ってくださっていた方、感想やメッセージをくださっていた方、ありがとうございます。
これから毎日投稿して、完結します。
どうか最後まで、お付き合いください。


決戦の朝

午前8時。

 

グローバルコーテックス本社ビル近くにある、ACテスト場のガレージ群は、かつてないほどの喧騒に包まれていた。

降りしきる"雪"の中、整備士をはじめとする多くのコーテックス職員及びユニオン、そしてグリーンウィッチの関係者が、作業用メカや輸送車両で忙しなく往来し、来たるべき出撃に対して万全の備えをしようと努める。

邪魔な雪をかき分け、輸送機用の滑走路を使用可能にし、ACパーツや必要な資材を次から次へとガレージに搬入していく。

人々が浮かべている表情は皆一様に緊張しきっており、それ故に動作は機敏で、効率よく必要な作業をこなしていた。

 

立ち向かうべきミッションの内容は、既に全員に知らされている。

 

 

なすべきことは、ただ一つ。

管理者が存在するレイヤード中枢への、AC複数機による襲撃――

 

 

「……それにしてもホント、すっごい人の数。コーテックスの職員って、こんなにいたんだ」

 

ガレージ群の中央、レイヴン達の作戦会議用に設けられた待機用テント。

少しだけ開いた垂れ幕から顔だけを外に突き出し、赤毛の少女がポツリと呟く。

管理者の実働部隊に負わされた大怪我から復活し、この正念場になんとか間に合ったレイヴン"レジーナ"である。

 

「本社職員総出に加えて、待機中だった技術者も片っ端から呼び寄せている。そこにユニオンやグリーンウィッチの協力者も混じっているからな。これだけの数にもなろうよ」

 

少女の呟きに応えたのは、A-1ランカーの"BB"だ。

パイロットスーツを身に纏った老兵の傍らには、いつも携えている杖は無い。

代わりに背筋は真っ直ぐに伸び、猛禽のような眼差しが一際鋭く備え付け端末の画面を睨みつけている。

 

「あたしのエキドナは別に、普段通りの整備でいいんですけど」

「コーテックスとユニオンの上層部はそう思っていない。正真正銘の決戦なのだからな。そもそも、"雪"が降る中の作戦行動など前例がない。考えうる限りの対策を迅速に施す必要があるのはもちろん、ACや輸送機の整備不良も絶対に許されないのだ。特に儂らのACには、何重にも厳しく細かいチェックが入るだろう」

「ふーん……まあ、そういうことなら」

 

レジーナは雪が入ってこないようにテントの幕を閉じ、用意されている椅子にどさっと勢いよく腰かけた。

 

「……はぁ。まさか退院して依頼待ってたらいきなり、『管理者を破壊するから出てこい』なんて呼び出しくらうとは思ってなかったわ」

「レジーナさん、ほんとに怪我は大丈夫なんですか?後遺症とか……」

「んあ?大丈夫よ大丈夫!あたしを誰だと思ってるの?林檎少年!」

「……僕の方が年上で、しかも先輩なんですけど」

 

身を案じて近寄って来たアップルボーイの肩を、レジーナが軽くひっぱたいてふんぞり返る。

管理者との戦いの中でレイヴンの父親を亡くした少女は、しかしそんな暗い影を一切漂わせず、いつもの勝気な調子を取り戻しているようにソラには見えた。

 

「レジーナ、大一番だ。頼りにしてるぞ」

 

ソラがかけた声に、少女は鼻を擦って頷く。

 

「……任せてよ、先輩。これで何もかも終わりになんて、絶対させないから」

 

レイヤード中枢への侵入作戦について、生き残ったレイヴン達には当然、コーテックス本社からの正式な依頼として全てが伝えられていた。

今日の昼過ぎには、レイヤード全セクションの酸素供給が停止すること。

この作戦は、それを阻止するために行われること。

すなわち――管理者の本体そのものを明確な意思のもとで攻撃し、破壊するということ。

 

依頼を受諾したのは、BB、ソラ、アップルボーイ、レジーナ――そしてACのテストのためにこの場にはいないが、もう1人。

あとのレイヴン達はやはり、"肝心な時に撃てない鉄砲玉"のままだった。

 

一方、レイヤード中枢のデータを人類が手に入れたのとほぼ時を同じくして、管理者の巨大兵器は第三層の蹂躙を中断していた。

現在はセクション503に鎮座し、周辺を機密ブロックから沸き出した超高性能MT部隊が護衛している。

今日の昼過ぎには、全てが終わるのだ。

もはや都市への攻撃を続行する必要もないと判断したのだろう。

それとも、人類の中枢への侵攻に対してなんらかの備えをするためか――

 

「おとう……ううん、クソ親父が死んじゃってから、病室のベッドの上でずっと考えてたわ。あたしはこれから、何のために戦っていくんだろうって。レイヴン続けていけるのかなって」

「レジーナさん……」

「いっぱい考えたけど……あたしファナ先輩やワルキューレさんみたいに頭良くないから、結局答えなんて出なかった。だから、答えが見つかる前に死ぬのは、絶対に嫌。あたしはクソ親父の分まで戦って、生き延びるって決めたんだから」

「……フフ、ハハハ」

「な、何よ爺さん。あたし、笑われるようなこと言ってないわよ」

 

端末からレジーナに視線を移したBBが、しわくちゃの顔面に笑みを形作る。

歴戦の老兵の重い眼差しを、レジーナはしっかりと正面から受け止めていた。

 

「いや、それでいい。それでこそ、レイヴンだ。B-2ランカー"エキドナ"」

「むっ!あー、そうそう!それなんだけどさ。あたしってD-1ランクだったはずなんだけど、何で入院してる間に勝手にB-2にされてるわけ?」

「それは専属補佐官から説明されたでしょ?レイヴンの数が減りすぎたから、ランクを見直すことになったんですよ」

「分かってるわよ!でも何で、林檎少年があたしより上のB-1なの!?あたし、アリーナであんたにちゃんと勝ってるし!」

「いたっ!ぼ、僕は君が入院してる間もずっと管理者や企業と戦ってたんだから、当然ですよ!アリーナにしたって、今やり合ったら僕が勝ちます!」

「何ですって!?」

「そもそも、僕はソラさんと同期ですよ!?君の先輩なんだから、もうちょっとこう……」

 

この期に及んでくだらない喧嘩を始めた少年少女を眺めながら、ソラは肩をすくめた。

BBと顔を見合わせ、軽くため息を吐く。

2人の様子はおおよそ、地下世界に生きる人類の存亡をかけて死地に赴く、レイヴンの姿ではない。

しかし、それでいいのだとソラは考えていた。

 

今日で終わらない。終わらせない。

必ず生きて、明日を掴む。

 

そう決意しているから、アップルボーイもレジーナもじゃれていられるのだ。

虚勢ではない、強かな傭兵の余裕が、今の2人には確かに備わっていた。

それは、漲る覇気からも伝わってくる。

彼らもまた、レイヤード最強の武力を振るうに相応しい人間ということだ。

 

「レイヴンもすっかり世代交代が済んでしまったな。この正念場に臨むのが、お前達のような小童とはな」

「仕方ないだろ。エースもロイヤルミストも、もういないんだ。だけど、こんなところで終わるつもりはねえよ。BB、あんただってそうだろ?」

「……不思議なものだ。儂はもう、レイヴンとして生きた証さえ残せれば、悔いはないと思っていた。そこに、この管理者の引き起こした騒乱だ。この命も潮時が近いだろうと感じていた。だが……お前達を見ていると、まだまだ老い先長く感じるわ」

「『ここで死ぬ』と決めた場所以外では死なない。前にあんたはそう言ってた。だから、『まだここでは死ねない』……そういうことだろ」

 

BBはクククと喉を震わせて笑った。

その笑みには、少しだけ若さが戻っている。

 

「ストレイクロウ。この作戦が済んだら、儂に一戦付き合え」

「……ああ、いいぜ。俺もA-2なんて半端なランクより、トップランカーの方がキリがいいからな」

「ハハハ。ほざけ、若造」

 

ソラの携帯端末が鳴った。

愛機のAC"ストレイクロウ"の、整備完了の報せだ。

 

レイヤード中枢への侵入作戦の開始は、午前10時。

もう作戦の打ち合わせは全て済んだ。

あとは出撃まで、自身に割り振られた専用のガレージで待機するのみだ。

 

「じゃあ、俺はガレージに行くからな」

「うむ、行ってきな?」

「しばくぞ」

 

レジーナの軽口を適当にいなし、ソラは外に出た。

テントの中からは、レジーナとアップルボーイの笑い声が聞こえてきた。

 

 

………

……

 

 

午前9時。

 

「初めてのACはどうだ?デュミナス」

《いや、驚いたよ。フロート脚部にしたのもあるだろうけど、MTのカバルリーとほとんど変わらない感覚で動かせる。それでいて、機動性も運動性も桁違いだ》

「そうか、そりゃよかった」

 

ソラはACのコクピットの中で整備の最終確認を自ら行いつつ、通信機に向かって声をかける。

応答する相手はすっかり馴染みの協働相手となった、特殊工作傭兵"デュミナス"だった。

 

《さすがはグローバルコーテックスの整備士達……この短時間でよく一からACを組んで、操縦感覚まで完璧に調整してくれたものだよ。これなら私も、作戦の足手まといにはならなくて済みそうだ》

「相手は管理者の本体だ。出撃するレイヴンは、1人でも多い方がいいからな」

 

今回の決戦にあたり、協力を志願したデュミナスはグローバルコーテックスによって、レイヴンとして正式に登録された。

管理者が選んだのではなく人類が自ら任命した、最初のレイヴンである。

そして、レイヤード中枢への侵入作戦に参加する、5人目のレイヴンでもあった。

彼女が乗り込むフロートACには、他のACに関わる整備士の数倍の人員があてられ、急ピッチでアセンが組まれてテスト場で動作試験が行われていた。

 

《……やれやれ。巡り廻って、こうしてまた自分がACに乗っているなんてね》

「?どういうことだ?」

 

通信機の向こうで、デュミナスが乾いた声で笑う。

 

《私が中等教育を受け始めた頃……いきなり管理者からメールが来た。『レイヴン試験に参加しろ』ってね。それで何も分からないままACに乗せられて……要は君達と同じだよ》

「……それって」

《一人ぼっちの試験だった。殺す気で撃ってくる武装勢力のMTが怖くて、作戦領域からすぐに逃げ出したよ》

 

デュミナスの昔語りを聞きつつ、ソラは自分の記憶を掘り返していた。

確かレイヴン試験への参加要請は、管理者によるレイヤード市民への最上位命令だったはずだ。

その試験からの逃亡はすなわち、市民権の喪失を意味する――

 

《……そう。レイヴン試験に落ちて、私はこの地下世界にいないも同然の人間になったんだ。それで、生きていくために何でもやって……気づけば知る人ぞ知る特殊工作傭兵"デュミナス"さ。実は今回のレイヴン登録時にコーテックスに伝えた市民の管理番号も、でっちあげの偽造だったりするんだよね。元の番号は抹消されてるから。……コーテックスは気づいてるだろうけど》

「……たいしたバイタリティしてるな。身一つで名を上げる奴ってのは、やっぱり違うもんだ」

《お褒めの言葉ありがとう。まあ、『人に歴史あり』ってことだね》

 

感慨深く呟くデュミナスに、ソラはコクピットの中で独り頷いた。

自分は管理者によって選ばれ、レイヴン試験に合格して、戦いの果てに今ここにいる。

デュミナスはかつて試験から逃げて市民権を失い、しかし今や人類が自ら選んだ最初のレイヴンとして、再びACに乗り込んでいる。

お互いに異なる生き方をしてきて、それでも立場等しく、戦友として同じ戦いに臨もうとしていた。

人に歴史あり。それはきっと、地下世界で生きている全ての人間に言えることだろう。

そして、死んでいった者達にも――

 

《大丈夫、今回は逃げないよ。せっかく晴れてレイヴンになったんだ。初めての依頼は確実に成功させないと、後が続かないからね》

「……おう」

《ああそうだ、この会話は通信記録から消しておいてくれよ?君と私、2人だけの秘密ということで》

「別に釘刺さなくても、他の奴にべらべら喋る気はねえよ」

《フフフ、そうしてくれるとありがたいな》

 

何故か楽しそうなデュミナスの声音に、ソラは首をかしげた。

 

《私の自分語りで最終チェックの邪魔をして、悪かったね》

「構わねえよ、こういうの慣れてるから。理由はよく分かんねえけど……俺が関わる奴らって、やたらと自分の身の上話を聞かせてくるんだよな」

《だろうね》

「なんだよ、だろうねって」

《君にはそういう雰囲気があるってことさ。……貴重な素質だよ、人と関わって生きていく上では》

 

持ってまわったよく分からない言い回しだが、どうやら褒めてくれているらしい。

ソラは少しだけ照れ臭くなり、デュミナスとの会話を中断して、ACの最終確認に改めて意識を向けた。

束の間の沈黙が、コクピットを包み込む。

 

「…………よし、確認終了。これで準備は万端。あとはもう、出撃を待つだけだ」

《それは良かった。じゃあ最後にもう一つだけ、自分語りをさせてほしいな》

「ん……まあ、話したいことがあるなら、この際だから聞くけどよ」

《それはどうも》

 

一拍の間を置いて、デュミナスは語り始める。

 

《"デュミナス"の名前を使うのは、これで終わりにしようと思っている。自分の生き方に、ひと区切りをつけたいんだ。この決戦を乗り越えたら、私はレイヴンとしてゼロからスタートするつもりさ》

「…………」

《というわけで、予定しているレイヴンネームは"ゼロ"だよ。これも今はまだ、秘密にしておいてくれ》

「は?単純すぎるだろ、何だそのネーミング……初等教育のガキんちょかよ」

《"ソラ"なんて名乗ってる男には言われたくないね》

「なんだと」

《そっちこそ何さ?》

 

ソラは何か言い返してやろうと思うも、自分のレイヴンネームを決めた時のことを、ふと思い出した。

真っ赤な頬の同期の少年に"アップルボーイ"と半ば適当に名付けた時に、自分もその場の勢いで"ソラ"と名乗ったのだ。

それがレイヴンとしての、"ソラ"の始まりである。

到底、彼女のネーミングセンスをどうこう言える立場ではない。

 

ソラは今まで何だかんだで、勢い任せに生きてきた人間だった。

レイヴンになるまでにしたってそうだ。

衝動的に地下世界の教育課程から抜け出して軍事工場に潜り込んで働き、偶然出会ったスパルタンに師事してMT乗りの傭兵を始めた。

紆余曲折はあったが、それでもまだ20年と少ししか生きていない。

ようやくギリギリ子供扱いされなくなった程度の、学の浅い青年である。

気の利いたことを言ったり、洒落たネーミングなどできるわけもなく――

 

そこまで考えて、ソラはあることが気になった。

 

「……デュミナス、あんた歳いくつだ?」

《あのね、レディに唐突に年齢を聞くものじゃないよ》

「俺は今年で、22だな」

《…………》

「…………」

《…………はぁ》

 

こしょこしょと囁くような小声で告げられた数字に、ソラは思わず笑った。

デュミナスもつられて笑う。

 

今日は地下世界の命運が決まる、大事な日だ。

なのにレイヴン達は皆、笑っている。

 

それは皆が、未来を見据えているからだった。

 

 

………

……

 

 

「出撃まで、あと15分か……」

 

明らかにソワソワとし始めた目下の整備士達を、ACハンガーの通路の上から眺めながら、メカニックチーフのアンドレイがソラの隣で呟いた。

 

「ずずず……ずじゅるるっ」

「爺さん、コーヒーくらいもっと静かに飲めよ。きたねえな…」

「ずず……うむ……」

 

紙コップのコーヒーを啜る老整備士の肩を叩きながら、ソラは愛機のAC"ストレイクロウ"を眺める。

ストレイクロウは、全身の装甲が大量の整備用ライトに照らされて、ピカピカと光り輝いていた。

 

「パーツは全て最高精度の新品に交換。普段の倍以上の人員で、操縦系のプログラムから爪先の裏のボルト一本に至るまで何重にもチェックしとる。アセンは同じでも、運動性と追従性くらいは上がっとるはずじゃ。まぁ、この大一番じゃからな。本当はワシが隅から隅まで、全部この目で見てやりたかったがのう……」

 

アンドレイの呟きには、どこか自嘲の色があった。

だが、それも仕方ないことだ。

ここ数日、レイヤード中枢へのルートデータを得るために、ストレイクロウは通常では考えられない頻度での連続出撃を行ってきたのだ。

当然、専属のメカニック達は延々とそれに付き合い続けてくれていた。

既に見知った顔の整備士達が何人も過労で倒れ、搬送されていくのをソラは見ている。

それでもこのメカニックチーフが老体に鞭打ち、ここまでソラについてきてくれたのは、ひとえに整備士の長としての意地故だろう。

このガレージこそが、自分達の戦場だ――アンドレイは常々そう言い、実際にそれを行動で示してきた。

 

「……ありがとう、チーフ」

「かっ!今さらなーにをかしこまっとる!この数日、散々ぱら超ブラック労働させおって!おかげで何人メカニックがぶっ倒れたことか!」

「ははは……悪いな、ホント」

「笑いごとじゃないわい……まったく」

 

アンドレイはぶつぶつと言いながら、コーヒーをぐいと飲み干した。

 

「ふぅ……いや、ワシらはええんじゃ。整備士ってのは替えを用意しようと思えばいくらでも出来る。が、レイヴンはそうはいかんじゃろ」

「…………」

「お前さんが仮眠もろくに取っとらんのは、知っとるぞ。……本当に大丈夫なのか?

「大丈夫。なぜだか分かんねえけど、今はやたらと冴えてるんだ。欠伸の一つも出やしねえよ」

「……むぅ」

「それに……大一番だからな。眠いとか疲れたとか、そんなこと考える気にもならねえ」

「管理者サマへの直接攻撃……か。やれやれ」

 

アンドレイはうなだれ、やるせなさそうに首を振る。

この老人が、管理者に選ばれてコーテックスの整備士になったことを誇りとして生きてきたのは、ソラも重々承知していた。

 

「第三層を荒らしとった巨大兵器……急に止まったらしいな」

「……ああ。本社からの通達の通りだ」

「なのに、コーテックスとユニオンは巨大兵器でなく、管理者そのものを攻撃する……それはつまり、そういうことだの?」

 

アンドレイの真剣な眼差しを見つめ返しながら、ソラは頷いた。

今日の昼過ぎにレイヤードの酸素供給が止まることは、余計な混乱を避けるために、コーテックスとユニオンの上層部及びレイヴンとその専属補佐官にしか伝えられていない。

このガレージ群で忙しなく動き回るほとんどの人間は、知らされていない機密事項だ。

しかしそれでも、レイヤードの危機に真摯に向き合ってきた者達の多くは、無意識に理解しているのだろう。

 

この作戦が成功しなければもう、人類に先が無いことを。

 

「嫁と子に、云十年ぶりに『愛しとる』と言っといた方がええか?」

「冷たい爺さんだな。もう少し頻繁に言ってやれよ」

「今から入れる保険は?」

「ねえんじゃねえか。あってもどうせ詐欺だろ」

「タイヤのチューブでも咥えとくか?」

「意味分からねえよ。まあ咥えとけばいいんじゃねえの」

 

いつものくだらない問答に、老整備士はガハハと笑った。

ソラは携帯端末で時間を改める。

 

出撃まで、あと5分。

 

「……のう、ソラ」

「なんだよ、チーフ」

「お前さんにずっと聞きたかったことが、1つある。初めてお前さんのためにACを整備した時から、ずっと疑問に思っとったことじゃ」

「そんな前からかよ」

「あの時、お前さんがはぐらかして答えんかったからな。じゃが、この際だから聞かせてもらおうかと思うてな」

「……?」

 

アンドレイは言った。

 

「このAC、どうして"ストレイクロウ"などと名付けた?"クロウ"はその辺でゴミを漁る、弱っちい烏のことじゃろ?管理者によって選ばれた誇り高き渡り鴉――"レイヴン"とは違うものじゃ。そんな情けない生き物の名前を、どうしてこの最強の機動兵器に付けた?」

「……ああ、それか。そういや、言ってなかったっけな」

 

ソラは"ストレイクロウ"のコクピットに向かいつつ、答えた。

 

 

「"本物の空"が見たいんだ、俺は。この地下世界の天井を眺めながら死ぬなんて、嫌なんだ。だから……この偽物の空の下でいる限り、俺はどれだけ高く飛んでも"迷い烏"なんだよ。本物の"渡り鴉"じゃないってことだ」

 

 

ブォーーーーーーー。

 

けたたましいサイレン音が、ガレージ群に響き渡った。

出撃に向けての、最後の合図だ。

 

ストレイクロウの頭部カメラに火が入った。

ハンガーからその巨体が身を乗り出し、ガレージの前で待機する双発式戦略輸送機へと重々しく向かう。

 

コクピットモニターの下方には、敬礼してACを見送る大勢の人達が映っていた。

どたどたと走ってきたアンドレイが、その群れに滑り込むようにして混じり、びしっと堂に入った敬礼を向けてくる。

ソラは微笑みながら、コクピットの中で彼らに敬礼を返した。

 

 

「……そうだ。"迷い烏"のままじゃ終わらねえ。いつか、本物の空に辿り着くために。本物の――"レイヴン"になるために」

 

 

降り注ぐ雪をものともせず、滑走路から5機の輸送機が離陸する。

管理者の待つ、レイヤード中枢に向けて。

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