ARMORED CORE 3 Replay ~ Stray Crow~ 作:神父三号
《ソラ。これが私の"使命"です》
フレデリカの声と共に、管理者の人型特殊兵器がライフルからレーザーを放った。
ソラは戦意を奮い立たせて集中力を取り戻し、鋭い一撃をなんとか回避する。
「!?」
敵がいない。
回避に意識を割いた一瞬のうちに、消え――
反射的にフットペダルを踏み込む。
ストレイクロウが僅かに前進した直後、特殊兵器が空から降ってきた。
「……ぅっ」
坂道を下りつつ素早く機体を反転させたソラの喉から、呻きが漏れる。
純白の装甲に似つかわしくない、禍々しく赤黒いレーザー刃。
ACのそれよりも遥かに分厚い刃が、さきほどまでストレイクロウが立っていた床を、深々と貫いていた。
「……!それが何だってんだ!」
ソラは怯まずにマシンガンを撃ち鳴らした。
敵は回避行動を取る素振りすら見せず、防御スクリーンで弾幕を全て受け止める。
再び、こちらへライフルが向けられた。
ビビビビッ。
レーザーの4連射。
ソラは操縦桿を素早く微細に捻り、最小の動きで全て躱した。
連射速度も弾速も、ACのレーザーライフルの比ではない。
しかし、回避はできた。
これならば戦える。
敵は坂道の最上段からじっと、ストレイクロウを静かに見下ろしている。
「……分かったよ。付き合ってやるよ、"最終フェーズ"って奴に」
ソラは再び意識を深く、深く研ぎ澄ませた。
これまでの極限の戦いで何度も体験してきた"全能の感覚"、そのさらに奥深くへと自ら突入する。
ストレイクロウの全身に己の神経を、血流を同化させるように。
火器管制を全武装マニュアル射撃に切り替える。
到底、FCSのロックオンを待っていられる相手ではないと判断したからだ。
AP残り2200。相手はほぼ万全。
絶体絶命の窮地と言っていい。
それでも。
これが本当の本当に、最後の戦いだ。
「来い、フレデリカ!!」
管理者の最後の使徒が、仰々しく飛翔する。
そして再びブレードを展開し、まるで瞬間移動のような速度で迫ってきた。
だが、ソラの目はしっかりとそれを捉えている。
身をかがめて薙ぎ払いを避け、斬り上げる。
躱された。
そう認識すると同時に、右斜め上空へマシンガンを放つ。
今度は命中、しかし敵はまた超高速で動き始めた。
急停止と急加速。
常軌を逸した速度の緩急に加え、何らかの特殊機能によって形成したであろう残像が1つ、2つ、3つ。
4つ目に発砲。命中。しかし、敵は構わず突進してくる。
ブレード――ではなく蹴りだ。
ロケットで迎撃するも止まらない。
ズガッ。
マシンガンを持った右腕で、コアへの直撃を防いだ。
ソラの全身が激しく揺さぶられる。
異常な高出力の一撃でACの姿勢制御システムが悲鳴を上げ、無様に空中へと弾き飛ばされた。
「……っ!!」
視線を一瞬モニター上部へ走らせる。
AP残り1000。
落下の隙をライフルが狙っている。
オーバードブースト起動。
床に激突する直前で機体が飛翔し、敵の射撃を躱しきる。
そのまま急加速の中で体勢を整え、坂道を駆け上がっていく。
迎撃のレーザーが何発も撃たれた。
直進しつつも避け、ブレードで弾き、今度はこちらから斬りかかる。
「あぁっ!!」
"MOONLIGHT"の青白い刃が閃き、敵の胴体を深々と斬リ裂いた。
特殊兵器の防御スクリーンが迸る。
さらに追撃――の前に敵がブレードを振るった。
しかしどれだけ鋭かろうと、AIの無機質な斬撃など読むに容易い。
マシンガンの銃身で腕を弾いてブレードの軌道を逸らし、構わずに斬りつけた。
《…………》
零距離。
ストレイクロウと特殊兵器が、ソラとフレデリカが、一瞬向かい合う。
『私は、私の"使命"を最後まで果たします。あなたも、あなたの"使命"を全うしてください』
ほんの一瞬の間に、かつての彼女の言葉がソラの中で蘇った。
だが、もはや関係ない。
フレデリカが管理者の何だろうと――管理者そのものだろうと、ソラには関係ない。
高く飛ぶための、障害でしかない。
ならば粉砕して、飛び越えるだけだ。
「消えろ……!」
ソラは3度目の斬撃を見舞おうとして、やめた。
敵が動かない。
これは、あの時と同じだ。
既視感にレイヴンの本能が、最大限の警鐘を鳴らす。
ズァァッ。
特殊兵器が大爆発した。
白い閃光が、咄嗟に離れたストレイクロウを呑み込もうと迫る。
しかし、戦場が勾配のついた坂道だったのが幸いし、ギリギリのところでストレイクロウは球状の爆発の範囲外に逃れた。
「……芸がねぇな。この前の赤い化物と同じ攻撃じゃねえか。今さらそんなものに……っ!?」
ソラは異変に気づいて、息を呑む。
特殊兵器の巨大なバックユニットが、展開していく。
2枚の翼が分かたれて6枚に増え、赤黒い輝きを帯びた。
さらにそれらは大きく震えながら、凄まじい勢いで噴射炎を放ち始める。
あのバックユニットは、機動性を高めるための追加ブースタか。
ならば、またしかけてくる。
ソラがそう考え、大きく目を見開いた直後。
残像が残され、再び敵が消えた。
また急停止と急加速による攪乱だ。
しかも、先ほどより速い。
ソラの目が残像の軌跡と、その先を追う。1つ、2つ、3つ、4つ。
さらに速くなった。5つ、6つ。
まだ見える。残像を残しつつ空中を縦横無尽に駆け巡る本体が見えている。
まるで慣性も重力も存在しないかのような、でたらめな動きだ。
だが、翼が発光している分、むしろその軌道を追いやすい。
12個目の残像にソラはロケットを放ちながら、操縦桿横のレバーを引き上げた。
外れた。構わない。それでも見えている。
感じる。次で来る。
ソラの直感の通り、特殊兵器は左斜め上方で動きを変えた。
時間の流れがまるで遅くなったように、ソラが向けた視線の先で禍々しい天使がゆっくりと突っ込んでくる。
ソラの集中は、人間という種の極致に達していた。
今の自分なら、蹴りにもブレードにも対応できる。
オーバードブーストで躱して、反撃を――
ザンッ。
敵が荒々しく着地し、ストレイクロウが木の葉のように吹き飛んだ。
そのまま坂道の壁面に激突し、コクピットモニターがひび割れて表示を乱す。
「……ぇ、は?」
ソラの口から思わず、気の抜けた声が漏れた。
蹴りでもブレードでもなかった。
翼だ。あの翼に轢かれたのだ。
ブレードよりも遥かに大型故に、回避しきれなかった。
迂闊だったのだ。
あの翼を、ただの追加ブースタだと決めつけてしまった。
レーザーブレードと同じ色に発光している意味を、もっと深く考えるべきだった。
たった一度のくだらない、しかし致命的な判断ミス。
口の中に、鉄の味が沸いた。
「がふっ……ぺっ……!」
口に溜まった血を吐き捨て、モニター上の情報を素早く確認する。
頭部損傷。右腕部破損。コア損傷。
火器管制システム異常。
姿勢制御システム異常。
残りAP、0。
防御スクリーン、消失。
ソラは壁面に激突したまま突っ伏していたACを、何とか起こす。
ひび割れたモニターの中央で、管理者の天使がゆっくりと立ち上がるのが見えた。
「く、そっ……!」
トリガーを引き、中型ロケットを放つ。
だが、砲弾はまるで見当違いの方向に飛んだ。
モニターに表示されている、マニュアル射撃用の弾道予測ガイドがまったく機能していない。
武装をマシンガンに切り替える。右腕が上がらない。
相手に銃口が向かない。
《…………》
特殊兵器の青く鋭いカメラアイが、こちらを見据えてきた。
ライフルが向けられる。
幸い、脚部は破損していない。
左腕もブレードも生きている。
オーバードブーストもだ。
まだ、戦える。
ビッ。
レーザー。1発だけだ。
躱した。
ビッ。
2発目。
躱せなかった。
システムの不具合で姿勢制御が崩れたためだ。
右腕の関節に直撃。
防御スクリーン無しのACでは、特殊兵器の高出力レーザーになど耐えられるはずもない。
右腕が容易く床に転がり、マシンガンも失った。
ソラは思わず機体を後ろに下げようとした。
壁際だ。下がれない。
ビッ。
3発目のレーザーで、頭部を撃ち抜かれた。
ひび割れたモニターが乱れに乱れ、もはやまともに敵の姿すら映せなくなった。
極限まで研ぎ澄まされていた集中が無惨に崩れていくのを、ソラは感じていた。
「なんとかっ……なんとかなれ、頼むっ……!」
ソラはモニターを復旧させようと、コンソールを必死に叩く。
息が荒くなる。
唇の端から、血が垂れた。
いくつかのサポートシステムを切断し、サブカメラとセンサーの感度を最大にすると、なんとかモニターが復旧した。
すぐ目の前に、特殊兵器が立っている。
ソラは、言葉にならない引きつった声をあげた。
膝蹴りをくらい、ストレイクロウが尻餅をつく。
《終わりですか》
管理者からの、いや、フレデリカからの通信。
「な、何だと……ふざけんな、まだこれから……!」
《頭部ロスト、右腕部ロスト、コア損傷。火器管制システム異常。姿勢制御システム異常。残りAP、0》
フレデリカはまるでこちらのモニター表示が見えているかのように、ストレイクロウの異常箇所を正確に読み上げた。
それはソラにとって、死の宣告に他ならなかった。
「っ……はぁ、はぁ……!」
《もう、終わりですか》
そうだ。
言葉にするまでもなく、終わりだ。
負けた。
一瞬の判断ミスで、今までの全てが水の泡になった。
自分の戦いも、BB達の戦いも、グローバルコーテックスやユニオンの戦いも。
《…………》
純白の天使がストレイクロウのコアに、ライフルを突きつけてきた。
「……っ、っ……!」
ソラは口を開いた。
だがもはや、威勢の良い言葉一つ出てこない。
自分は死ぬ。
死ねばもう、満身創痍の他のレイヴンではこの特殊兵器には敵わない。
管理者は破壊できない。
そしてレイヤード全土の酸素供給が停止し、人類は滅亡する。
全身の力が抜けていく。
二度と絶やさないと誓っていた心の灯が、確定した死の前にあっけなく消えた。
ソラは俯き、目を閉じた。
もうどうにもならない。
死ぬ。終わりだ。死ぬ。
死――
《結局あなたは、あの頃のままですか》
「…………え?」
《あの頃の……孤児院で空を見上げていた頃のままですか》
《初めて学校に登校した日に、教師に地下世界の現実を告げられた頃のままですか》
《……偽物の空を、無力に睨みつけるだけですか》
管理者。
地下世界の神。
管理者。
全ての人類を管理する者。
管理者。
全ての人類を、見守り続けてきた者。
《ソラ。あなたの目指すものは……"本物の空"は、私のすぐ頭上にあります》
空。
偽物の空ではない、本物の空。
決して諦められない夢。
ソラは、言葉にならない唸り声をあげた。
消えかけていた"意思"と"力"が、無限の勢いで沸き上がる。
必死の想いで、コンソールを叩いた。
肩のロケットとミサイルをパージ。
ジェネレータの余剰エネルギーを、レーザーブレードへと集中させる。
そして、メインシステムの駆動系のみを、戦闘モードから通常モードに切り替えた。
ブースタ及びオーバードブーストの最高速度が50%低下。
代わりに姿勢制御のレッドアラートが、イエローアラートに回復。
ストレイクロウが、全身を軋ませながら立ち上がった。
「はぁっ、はぁっ……!!……っ……うぉおおぉぉおおっっ!!!」
ソラが雄叫ぶと同時に、フレデリカがライフルを下げて距離を取った。
6枚の翼がまた赤黒く発光し、内蔵された大量のブースタが勢いよく炎を噴き出す。
先ほどと同様に、フレデリカがあまりの急加速で消失した。
空中に天使の残像が、20を超えて無数に現れる。
だがソラはもう、目で追っていなかった。
レーザーブレードを発振させる。
フットペダルを踏み込みながら、操縦桿を捻った。
翼を広げて右側面から突進してきたフレデリカを、ストレイクロウが最小の跳躍で躱し、空中で姿勢をわざと崩して、すれ違いざまに斬った。
《…………》
フレデリカが再び消える。
またも大量の残像が発生し、今度はいずれもがライフルを構えていた。
どういう仕組みか、残像の群れがあらゆる角度から連続してレーザーを放ってくる。
しかし、ソラはとっくにオーバードブーストを起動していた。
時速300㎞程度の緩い加速だが、充分だ。
空間すべてに広がったソラの感覚がレーザーの射線と発射順を的確に把握し、ストレイクロウを弾幕から逃がしきった。
正面にフレデリカが突如現れ、ブレードで突きかかってくる。
ザグッ。
突きを当てたのは、ソラの方だった。
フレデリカの防御スクリーンがバチバチと乱れ、ダメージの蓄積を物語る。
そのまま零距離で放たれた上段回し蹴りを、ソラはまたもACの姿勢を崩して躱す。
回し蹴りの勢いに乗って再び振るわれたブレードの一閃は、既に跳び下がっていたストレイクロウにかすりもしなかった。
《…………》
通信機の向こうでくすりと笑う声が聞こえた――気がした。
防御スクリーンを明滅させるフレデリカが、ゆっくりと飛翔する。
2基のバックユニットが本体から切り離され、禍々しい光を纏ったまま高速で宙を舞う。
ストレイクロウに向けられたライフルが、絶え間なく大量のレーザーを撃ち下ろしてきた。
気休め程度のブースタを吹かしつつ跳びはねて連射を凌ぐソラ。
その回避行動の隙を突き、バックユニットが2方向から同時に突っ込んでくる。
ソラはそれらを造作もなく空中で躱し、反撃の刃で斬って捨てた。
弱った本体からさらに分離したユニットは防御力に乏しく、出力を高められたレーザーブレードの前にあっけなく両断されて、爆散した。
着地したソラは発振させたままのブレードを、空中のフレデリカに向けて突きつけた。
フレデリカが応じ、禍々しいレーザー刃をぎらつかせてソラに迫る。
振り下ろされた刃を半身で避け、殴るように斬りつける。
至近でのライフルの発砲。読んでいた。当たりはしない。
細身の胴体を蹴りつけて仕切り直し、再び剣を交える。
ソラとフレデリカは何度も交差し、息を合わせて踊るかのような応酬を繰り広げた。
性能差は歴然。
やり取りの度に、ひびだらけのモニターに各システムのアラートサインが増えていく。
しかしソラのブレードは、フレデリカを的確に捉え続けた。
やがて、ライフルを握っていた天使の右腕が、防御スクリーンの限界を超えて斬り飛ばされる。
《…………》
フレデリカはソラから離れ、高く舞い上がった。
天使がその剣を頭上に掲げる。
赤黒い刀身が機体の色同様に白く染まっていく。
本体もまた、一際白く輝いた。
メインブースタがまるで失った翼の代わりを務めるかのように炎を激しく噴射して。
消えた。
残像すら残さない、超高速移動。
人間の目で捉えるなど、絶対に不可能な速度だ。
ソラは待った。
息を肺一杯に吸い込み、操縦桿を握る手に力を込める。
坂道に残っていた柱が片っ端から斬り裂かれ、崩れ落ちていく。
それでもなお、ソラは息を止めて待った。
そして。
――左。ブレード起動。
《……見事です、ソラ》
何故かは分からない。しかし、分かっていた。
左側への出現は、フェイクの残像。
本命は、背後からの奇襲。
ソラは完全に読みきり、振り向きざまの一撃で、フレデリカの胴体を両断した。
純白の天使が、管理者最後の使徒が、ついに地に堕ちる。
「ぅぐ、がはっ……」
途端に、ソラの口と鼻から、大量の血が溢れ出た。
さらに視界を、沸き上がる赤色が染める。
目からも血の涙が流れ出していた。
人間の限界を遥かに超えたレイヴンの底力に、肉体が耐えられなかったのだ。
「まだ、だ……ま、だ……」
ズタボロになったストレイクロウはもはやブースタを吹かす余力すらなく、2本の脚でゆっくりと坂道を上がっていった。
まだ、やるべきことがある。
まだ、終わっていない。
ソラは朦朧とする意識の中で、機体を前に動かし続けた。
そしてついに、ストレイクロウが坂道の最上段へと辿りついた。
《D-CFFF-FRED、停止確認。シールド、解除。セキュリティシステム、解除》
光り輝いていた巨大なコンピュータユニット――管理者の本体が、その光をかき消した。
小さな浮遊ユニットが1機、どこからともなく現れ、ACの目の前に着陸する。
「……ぅ、ぁ……」
姿勢制御システムが、断末魔のアラートと共に強制停止した。
膝から崩れ落ちたストレイクロウを浮遊ユニットがそっと受け止め、そのまま空中へと運んでいく。
《基幹ユニット、開放》
途切れ行く意識の中で、赤く染まった視界の中で、ソラは1つの優しい光を見た。
何をすべきかを、地下世界に生きる人間の本能が告げてくる。
最後の力で、トリガーを引いた。
ザグン。
《基幹ユニットの破壊を……確認しました。最終フェーズ……クリア……》
《地上への……ゲートロック……解除権限を…………に移譲》
《本命令の実行を……もって……再生プログラム……全工程を、終了します……》
《……ソラ……聞こえますか?……私の声が、まだ……聞こえていますか……?》
《ありがとう》
明日完結です。