ARMORED CORE 3 Replay ~ Stray Crow~ 作:神父三号
「ん?被弾無しのはずだが、どうして修理費がかかってるんだ?」
ブリーフィングルームで一休みした後、ソラはACのガレージに戻り、今回の依頼遂行による収支を確認していた。
チーフメカニックのアンドレイがコクピットの調整をしているのを横目に、専属オペレーターのレインから送られてきた書類をめくる。
時刻は21時過ぎ。ガレージでは十数人の整備班が忙しなくACの周囲を行き交いしていて、活気がある。
「んあ?ちょいと貸してみい」
「これだ。弾薬費は分かるが、なんだ修理費内訳の調整費用って。1000Cもかかってるぞ」
「ああ……MTとACは違うからの」
アンドレイはソラの手渡した書類を見ながら、白髭をしごく。
「ACは基本的に防御スクリーンのおかげで被弾しても滅多に傷つかんが、代わりにその防御スクリーンが機体を痛めるんじゃ」
「どういうことだ?」
「そのまんまの意味よ。スクリーン技術はまだ発展途上。出撃するだけで、攻撃を受けずともACは傷つくのよ。ジェネレータの負荷や関節の摩耗、装甲の補修と色んな細かい修理に金がかかるってわけだの」
「はぁ……なるほど」
ソラは首を傾げながら、アンドレイの言葉を咀嚼した。
レイヴンになる前に乗っていたMTならば、被弾した部分の装甲を張り替えて簡単なチェックを受ければ、大した支障もなく次の任務に出られた。
特にスクータムのような重装MTの場合、致命的な被弾さえしていなければ整備無しで連戦できるほどだ。
だが、ACはそうではないらしい。
強大な戦闘力を持つ反面、MTよりも遥かに繊細な整備を要求するようだった。
「面倒な兵器だな、ACは」
「面倒でなけりゃ、こんな大所帯の整備班なんていらんだろ?まあ、必要経費だと思って我慢してくれい」
「分かったよ。しかし、思ったより簡単には儲からねえな、レイヴンってのも……」
ソラは初仕事の報酬額を睨みつける。
ACのパーツはそれなり以上に値が張る。1ランク上の物を買おうとしても、今の所持金では不可能だった。
MT乗りの頃の蓄えも、足しにならないほどしかない。
それでも、日常的な維持費や人件費、テストにかかる修繕費をコーテックスが担ってくれる分、負担は実際よりも遥かに安く済んでいるのだろう。
「やっぱり今のまま、いくつか依頼をこなして……」
「そういやまだ聞いてなかったな。お前さん、今後どういう方向で機体を強くしていく気じゃ?」
「とりあえず60,000Cほど貯めて、レーザーライフルの"XCW/90"を買おうと思ってる。EN兵器は弾薬費がかからないんだろ?弾代も馬鹿にならないしな」
「ほう。だけど、そいつは今のジェネレータじゃ無理じゃな」
「え?」
「今積んどる"ROV6"は初期配備用のもんだからの。ACを最低限動かせる程度の性能しかねえから、レーザーライフル撃とうとしたらブースターがまともに吹かせなくなる」
「何だって……」
「ちょっと待て……あー、最低でもこの辺のランクにしとかんとな。これでもギリギリじゃが」
アンドレイが手持ちの携帯端末を操作し、パーツカタログを見せてきた。
提示されたのはキサラギ製の"ZS4"というジェネレータだった。
その価格は33,000C。レーザーライフルの購入費と合わせて、100,000C近い費用を稼がなければならない。
「……ジェネレータにまで考えが及んでなかったよ」
「わはは、元MT乗りにありがちなことよ。MTは内装入れ替えるなんてせんからな」
「100,000C稼ぐまで初期装備のままってのは……どうなんだ?」
「無理だの」
「チーフがそう言う根拠は?」
「今回の収支で分かったろう?ACはどんだけ慎重に扱っても、出撃すれば必ず色んな費用が発生するもんじゃ。そんで依頼には不測の事態が付き物よ。1回10,000Cの依頼を10回こなせば……なんて勘定はやめといた方がええ」
「……なるほど」
「それによ、レイヴンに回ってくる依頼は、今回みたいな簡単なもんばっかじゃない。今の初期配備品で対応できるようなのを選り好みしてたら、仕事がなくなっちまうわい」
「つまり、稼いだ金の範囲で細かく機体をアップデートしていった方がいいってことか?」
「うむ。もっと言えば、今の状態で金が溜まるまで我慢なんてのを長く続けてたら、他のレイヴンと鉢合わせしたらそこでお終いじゃ」
「……確かに」
ソラはアンドレイの意見に頷いた。
ACが戦闘中に撃破される可能性が高いのは、やはり対AC戦だ。
依頼で不意に同じレイヴンに遭遇することを考慮すれば、少しずつでも機体を強化していくべきだった。
レイヴンが引き受ける依頼は、一般的なMT乗りのそれとは難度が違う。
小さな性能差が、そのまま依頼の成否や自身の生死に直結することは充分に考えられた。
「助かる、チーフ。方針を変えるよ。レーザーライフルはあきらめる」
「おうおう。年長者の意見を素直に聞けるのはええことじゃ。生き残るためにもな」
「ついでに年長者の意見とやらをもう一つくれ。最初は何を買うべきだと思う?」
携帯端末を返し、ソラは尋ねた。
アンドレイは軽く白髭を捏ね回した後、端末を操作してパーツカタログをめくっていく。
「まず武器じゃな。武器がよくなりゃ、その分敵を早く片づけて被弾を減らせる。今のライフルは正直ACの武器としては弱っちい。乗り換え先は、そうだのぅ……ミラージュの"RF/220"ってロングレンジライフルがええな。値段よし、威力よし、射程よしの傑作だ」
「29,000Cの奴か。まあ、それなら……」
「あとよ、今ACの肩に単発の小型ミサイルユニットついてるが、これ使っとらんじゃろ?」
「……そういえば、使ってないな。使う機会がなかったというか、試験も工場の依頼もライフルで事足りた」
「だろうな、戦闘ログに残っとらんかったし。どうせなら思い切って売っちまうとええ。単発ミサイルがないとまずい局面なんて、そうそうないわ。いや、実は初期配備品の中では使えねえ武装じゃねえんだが……活かすのに工夫がいる」
「工夫?」
「この"S40-1"はなぁ……まあええか、売っとけ売っとけ。今のライフルも売れば、そのままお目当ての"RF/220"が買えるわい」
ソラはアンドレイの言う通りにガレージ内の取引用端末を操作し、パーツの売買手続きを済ませた。
新しいライフルは、明日の昼前には届くようだ。もっともコーテックスに追加費用を払えば、品の到着まで1時間とかからないらしい。
様々な依頼に対応するための措置だろうが、今回は必要ないと判断した。
「これで良し。新しいライフルの調整は任せた。できたら、明日の午後にはテスト場で試したい」
「おう、後悔はさせねえ。ベストな選択したわ、お前さんは。あとよ、次買うならジェネレータにしとくといい。これはACの心臓じゃからな。買い替えればはっきりと違いが出る。初期配備品はやっぱり最低限のもんだから、出来るだけ早く変えとけ」
「了解、ジェネレータだな。最初の内は、あんたの言う通りにするよ。まだ色々試せるほど余裕はないしな」
「わはは、若い割に素直じゃなぁ。レイヴンは皆、お前さんみてえのだと良いのにな。前の奴なんてよ、俺はやめとけって言ったのにあんな見た目だけのガラクタに手ぇ出して……」
「最初の内だけだよ。結局傭兵は、自分で考えられるようにならないとダメだろ」
「その通りじゃ。よしよし、じゃあついでにもう一個ベテランの意見聞いとけ?」
「なんだよ」
アンドレイがしわくちゃ顔をぐっとソラに近づけ、にんまりと笑った。
「アリーナじゃ」
「……アリーナ?ああ、興行の」
「そうだ。駆け出しの資金稼ぎは、あそこで勝つのが一番手っ取り早い。何でって?弾薬費も修理費もコーテックス持ちで、丸儲けだからな」
………
……
…
翌日の朝。
「アリーナ報酬は賞金の他にも、ランクが昇格した際等に褒賞パーツの支給があります」
「その上、弾薬費も修理費も要らないんだって?そこまでしてレイヴン同士戦わせて、コーテックスに何の得があるんだ」
「それは……管理者の意思ですので分かりかねます。あえて言うならレイヴンの客観的なランク付けには貢献していると思いますが」
「で、ランクが上がったら当然賞金も上がる、と。……これアリーナだけで食っていけるんじゃないか?」
「いえ、アリーナへの参加はレイヴンランクによって制限がかかります。ランク内での順位変動はアリーナの結果によりますが、昇格には依頼の遂行数も影響する上、降格制度もありますので、完全なアリーナ専門にはなれません」
ソラは専属補佐官のレイン・マイヤーズと待ち合わせ、コーテックス本社内の通路を歩いていた。
「アリーナは週に数回、午前10時に戦闘開始です。対戦形式は、オーダーマッチとフリーマッチの2種類に分かれます」
「何が違うんだ?」
「オーダーマッチは管理者が指定した組み合わせで対戦を行います。基本的に同ランクのレイヴンと対戦し、勝敗によってランクが変動する場合のみ上位ランクまたは下位ランクを相手取ります。フリーマッチは、2人のレイヴンの合意と申請の元に開催されます。こちらはランク制限はありません」
レインと直に顔を合わせるのは、適性試験以来だった。
前回と同じくシワ1つないスーツをぴしっと着こなしていて、やはりクールで生真面目そうな印象の強い女性である。
「こちらへどうぞ」
案内されたのは、大きなスクリーンが設置された部屋だ。
試験の際に使用した会議室よりも一回り小さいが、置かれている椅子は映画館のようなリクライニングシートだった。
アリーナの中継自体はソラの住居でも見られるらしいが、問い合わせたレインに誘われて、コーテックス本社での観戦をすることになっていた。
「あと10分ありますね……何か飲まれますか?」
「アイスコーヒー。ブラックで」
「分かりました。では私もコーヒーを」
端末を操作し、レインが注文を行う。
1分とせずに壁面のハッチから紙コップが2つ出てきた。
ソラが手渡されたコーヒーを飲んでいると、レインが一緒に届いたシロップとミルクをコーヒーに投入した。
「…………」
「……あの、何か?」
「いや、あんたもブラックだと思ってた。なんとなく」
レインはソラの発言に一瞬眉をひそめ、だがすぐにいつもの落ち着いた表情に戻って紙コップを傾ける。
「……ブラックはちょっと」
「へえ、意外だ」
「あの、そろそろ始まりますので」
強引に話題を打ち切って、レインが手元の端末を弄る。
室内の照明が落ち、スクリーンに光が灯った。
映し出されたのは、巨大な円形の空間である。
「このセクション301の東端にある、ACアリーナです」
「広い空間だな。それに、何の障害物もない」
「本日の対戦はオーダーマッチですので。フリーマッチならば、双方合意の下である程度の障害物を設置できます」
「対戦カードは?」
「少し待ってください」
レインがまた端末を操作すると、スクリーン上に対戦予定者の情報が映し出された。
「ランクE-9"アデュー"とランクE-10"アップルボーイ"ですね」
「あいつか……」
ソラの頭に、レイヴン試験を共に受けた真っ赤な顔の少年が思い浮かぶ。
ソラはレインに端末を借り、より詳細な情報を確認した。
「……なんだ、あいつまだ1つも依頼受けてないじゃねえか」
「あなたにはMT乗りとしてのキャリアがありましたが、彼は一からのスタートです。企業も、何の実績もないレイヴンには慎重になります」
「だから、アリーナに参加して実績作りか。そういうスタートもありか」
「対戦相手のアデューもあなた達より少し前に試験をパスしたばかりの新人です。ACはどちらも初期装備。オッズは……五分ですね」
「オッズ?賭博の対象になるのかよ」
「はい。オーダーマッチ限定ですが、コーテックスを胴元にした勝敗予想が。知りませんでしたか?」
「アリーナの様子が市民に配信されてるのは知ってたがな。そこまで興味がなかった」
レインと話していると、部屋の両端に設置されたスピーカーから不意にビー、ビーと警報音が鳴り始めた。
そして2人のレイヴン"アデュー"と"アップルボーイ"のエンブレムが映し出され、それぞれの簡単な来歴が表示される。
続けて相対する2機のACを再現した3Dモデルが何度か回転。
けたたましい警報音が鳴り止んで、代わりに戦闘開始を煽る、どこか調子外れのファンファーレが響き渡った。
「……まるで見世物だな」
ソラが呻くのと同時にアリーナの両端のゲートが開放され、2機のACがブースターを吹かして飛び出してきた。
青いACがアデュー、赤いACがアップルボーイ。装備はほぼ同一ながら、対照的なカラーリングである。
「始まりましたね……どちらが勝つでしょうか」
「レインはコーテックスにもう2年いるんだろ。当ててみればいい」
「いえ……遠慮します。……こういった賭け事は、好きではありませんので」
「俺もだ」
ソラとレインが見守るスクリーンの向こうのアリーナでは、激しい射撃戦が展開されていた。
ライフルの砲弾が間断なく撃ち交わされ、時折放たれるミサイルがコアの迎撃レーザーによって爆発する。
新米のソラの目から見ても、アデューとアップルボーイの戦闘はあまり高度なものではなかった。
お互いに距離を取って近づかず、時折思い出したようにブースターを吹かして機体を左右に揺らしては単調な撃ち合いを繰り返すだけだ。
表示されたAPが、ライフルとミサイルの応酬によって両者共に少しずつ削られていく。
最低ランクのレイヴン同士の試合らしく、見世物としては退屈といってもいい、見栄えの悪い消耗戦である。
もっとも、今のソラ自身が戦ってもこの2人とそれほど変わらない動きしか出来ないだろうが。
「そろそろ決着か……」
食い入るように戦闘を見つめながら、ソラは思わず呟いていた。
APをすり減らした2機のACの内、片方が動きを変えたのだ。
仕掛けたのは赤いAC、アップルボーイのエスペランザである。
ライフルを連射しつつ、ブースターを吹かして一気に距離を詰めていく。
動きの変化に気付いたアデューは、ACを後ずさらせながらライフルで牽制する。
だが、アップルボーイは被弾に構わず突進し、そして――
「あっ」
レインが小さく声を上げて口元を覆う。
レーザーブレードが発振され、ACのコアを薙ぎ払っていた。
APの数値が一気に0になり、青いACが急停止してその場に膝を折る。
そして戦闘終了を告げるサイレンが、アリーナに力強く轟いた。
勝ったのは、アップルボーイだ。
そのAPは残り1000を切っていた。紙一重の決着である。
「……相手は死んだのか?」
「いえ、アリーナで使用される武装は威力に制限を受けます。APも防御スクリーンの限界より早く0になる仕様で、決着後の攻撃も禁止です。唯一危険があるとすればチャージングによる防御スクリーンの出力低下ですが、今回のようなケースならばパイロットは生きています……おそらくは」
「……最後のはアップルボーイの気合い勝ちだった。あいつの思いきりが良かったな」
ソラは大きく息を吐き、リクライニングシートの背もたれに背中を預けた。
観戦していただけだというのに、思ったより疲労していた。
AC同士の戦闘を見るのは、初めてのことだった。
この激しい削り合いを、今度は自分が当事者として行うことになるのだ。
そう思うと、ため息をつかずにはいられなかった。
「今回アップルボーイのオーダーマッチが組まれたということは、あなたの番も近いと思われます」
「だろうな」
「オーダーマッチへの参加は、管理者に申請することである程度頻度を増やすこともできますが……」
「だからチーフは、金稼ぎはアリーナが手っ取り早いって言ってたわけか。けど、これはこれで結構大変そうだな」
「……身の危険を感じたら、途中で棄権もできるはずです。あまり無理はしないでください」
「ああ、そうだな」
ソラは紙コップを取り、コーヒーを口に含んだ。
アイスコーヒーは、すっかりぬるくなっていた。
レインもまた、音を立てずに紙コップを傾ける。
暗い室内のスクリーンには、アリーナの端で膝を着いて煙を上げる青いACだけが映っている。
ソラがぼうっとそれを眺めていると、専任の整備班と思しき車両が数台、ACの元へと向かっていた。
中継映像は、そこで切れた。
「……あの。先日は、失礼しました」
レインが暗闇の中、不意にソラへ声をかけてきた。
「感情的な通信をしてしまいました。軽率な行為でした。申し訳ありません」
「別にいい。オペレーターの仕事は初めてだったんだろ」
「……コーテックスがどういう組織で、レイヴンの仕事がどういうものかは分かっていました。所属してからの2年は、依頼終了後の事務処理をしていたので」
「書類上の数字と、現場のオペレーションは違うってだけだ」
「……はい」
「レイヴン試験は管理者の最上位命令だって言ってたな。あんたらオペレーターの任命もなのか」
「……そうです。拒否権は、基本的にありません」
「なら、仕方ない。慣れてくれ。俺も、これから慣れていくところだ」
レインが再び、紙コップに口をつけた。
ソラも同じようにする。
ほぼ常温になったブラックコーヒーは、あまり美味しくはない。
苦味のついた水のようなものだ。
「さっき勝った赤いACに乗ってる奴……アップルボーイだけどな」
「え?」
「レイヴン試験じゃ錯乱して棒立ちして、敵のMTに撃たれまくってたんだよ。まあ、俺もACの操作に慣れずにだいぶ撃たれたけど」
「……そうなんですか」
「最初の説明受けてる時も、今にもちびりそうなくらい怯えてたろ」
「ええ。とても試験をパスできるとは、思えませんでした」
「だけど生き残ってレイヴンになって、今日のアリーナでもきっちり勝った。これで多分、企業からの依頼も入り出すんじゃないか?この前まで学生で、林檎みたく顔真っ赤で、震えてたのにな」
「…………」
ソラは携帯端末を取り出して、アップルボーイの情報を検索した。
アリーナのランクが初期値のE-10からE-9に繰り上がっている。
それは彼がレイヴンとして、羽ばたき始めた証だった。
「まあ、あれだ。俺達も負けてられないってことだ」
残りのコーヒーを一気に飲み干し、ソラは紙コップをくしゃりと握り潰した。
「照明つけてくれ。いい刺激になった。ガレージに戻る」
「……レイヴン」
「ん?」
「ありがとうございます」
暗闇の中で感謝の言葉が、ぽつりと呟かれた。
その後、ソラはレインに見送られてコーテックス本社を後にした。