ともだち妖怪100人できるかな   作:彩辻シュガ

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第2章 ガブニャンとの出会い
プロローグ 肝試しの前日準備


 

 

 

「ただいまー……」

「お帰りなさい、お母さん」

「……お父さんは帰ってきてる?」

「うん。夕飯、お風呂入ってからにしますか?」

 

 お母さんは黙って頷いた。目が曇ってるし、ネクタイが若干よれている。これは相当疲れてるな。あまり喋らせない方がいい。

 

 脱いだスーツとネクタイを受け取って、お風呂場にまっすぐ向かう母を見送ってから畳む。30分前にお父さんが帰ってきたときと同じことをする。

 

 リビングに戻ると、既にテーブルに着いて焼き鮭とご飯と味噌汁(レンチン済み)を食べているお父さんが、テレビのチャンネルをポチポチ変えている。

 

「モミジ、お茶入れてくれるか?」

「はーい」

 

 この流れ作業も、何百回と繰り返して板についていた。電気ケトルでコップに麦茶を入れて、父の目の前に置く。

 

 一日頑張って働いた大人には、無理に話しかけずそっとしておくのが吉。自分の分の夕食はもう食べたので、早いところ部屋に戻って明日の用意をしよう、と考えていると。

 

「モミジ、学校はどうだった?」

「……あー」

 

 昨夜と今朝は奇跡的に聞かれなかった質問だ。転勤のゴタゴタで、2人とも疲れていたのが功を奏したのだろう。でも今日は流石に逃れられないか。

 

「普通、でしたよ。友達も出来ましたし」

 

 まさか、これを嘘ひとつなく言える日が来るとは思ってもみなかった。なんだか目頭がジーンと熱くなる。

 

 父はこれを聞いて、疲れた表情をパッと笑顔に切り替える。大人って凄い。

 

「そうか。それは良かった。……ま、モミジは元々()()()()()()()()()()()()()()()だもんな。お父さんやお母さんが心配する必要なんてなかったか!」

「……言いすぎですよ、もう」

 

 照れる演技をやって、食べ終わった皿を台所に持っていって、備え付けの食洗機に入れる。これも流れ作業。

 

「僕、先に部屋に戻ってます」

「おう、おやすみー」

 

 寝るとは言ってないけど、まぁいいか。

 

 手すりをしっかり握りながら階段を上がる。前の家より明るい階段だ。

 

 2階の一番奥にあるのが自室。木目がプリントされた、エセ木造のドアを開けると、パステルとネオンの癒し空間が僕を迎えてくれた。

 

「ヤマトボケルさーん! ただいま戻りました〜!」

 

 と言いながら、僕はベッドの上に座らせている巨大なパンダぬいぐるみに、ほとんどタックルするみたいに抱きついた。

 

 だいぶ前、4歳か5歳のときに動物園のお土産として買ったこのぬいぐるみは今も現役だ。現実のパンダみたいに、白いところが若干赤茶けている。

 

「おつかれサマンサー……何してるんです?」

「パンダにハグしてまーす……」

「見れば分かります。あなたの親は、話すだけで疲れるような人間なんですか?」

「えー……っと」

 

 僕はやっとパンダから離れて、ヤマトボケルさんに正座で向き直る。

 

「そ……そんなことはな……」

「本音は?」

「ダル……ちょ、ちょっとダルいです」

 

 前までは本当にそんなことなかったのだ、多分。でも、今はこの通り、自分の部屋にハニワの妖怪が住む生活を送っている。

 

 ……なんというか、その。親に構ってる暇がない、と言いますか。それよりヤマトボケルさん(かわいいもの)を眺めていたいと言いますか。

 

「駄目ですよね、こんなの。親を大切にしてない子供なんて親不孝です。ただでさえぼっち卒業したばかりのコミュ障なのに……」

「それは別にど〜でもいいんですが」

「よ、妖怪的に親不孝はアリなんですか……?」

「そもそも、親孝行とか親不孝なんていう概念自体、私の素晴らしいボケに比べれば、些末でしょうもないものでしょう」

 

 ヤマトボケルさん、変わってるなぁ。今だって、喋りながらコーラ飲みながらブレイクダンスしてるし。もしかして、妖怪ってみんなこう? みんなこんなこと出来るのかな。

 

 ウィスパーさんとジバニャンさんのことを思い返す。すぐ隣の家で、ケータ先輩とウィスパーさんとジバニャンさんが暮らしていると考えると不思議な気持ちになった。

 

 隣に妖怪と、妖怪が見える同い年の子がいたのに、今日まで気がつかなかった。あちらとこちらを隔てるものなんて、壁と塀と少しの空気しかないのに。

 

 これまでも気づいてなかったことが、この世には沢山あるんだろう。11年間の人生の中で、何度僕は妖怪を通過したのだろう。なんだかそれって、すごく損した気がする。

 

 でもまぁ、これから取り戻せばいいか。人生50年ってよく言うし。今までは、あと何十年も生きなきゃいけないことが苦痛でしかなかったけど、今は少し、明日からの人生が楽しみだ。

 

 よし、まずはアレにチャレンジする。アレ。いつか友達を家に招いたらやろうと思ってたアレをやる。

 

「ヤマトボケルさん、そ、そっ、その、おね、お願いがありありありまして」

「はい」

「あの────ばっ! 『ババ抜き』! お時間ありましたらやっていただけないでしょーか!」

「………………ババ抜きの誘いで土下座されたの、初めてです」

 

 この後めちゃくちゃババ抜きした。神経衰弱もした。楽しかったです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 月夜にカラスが痛ましく鳴き喚く。黒猫が駆け抜ける。無数の黒い蝙蝠が混雑して空を覆う。

 

 愛を唄う虫達は沈黙し、かつては仮にも人の肉体と精神を休める場であったモノを見上げた。

 

「ガーブガブガブガブ!! この病院はオレっちが乗っ取ったニャン!!」

 

 ひび割れを蔦で縛るかのように誤魔化すコンクリート造りの廃墟に、場違いな子供らしい高笑いが反響する。

 

「だが、ここまでは計画の第一段階にすら入ってない……全てはここからニャン」

 

 刃のように鋭利な光が牙の上を伝う。闇に浮かぶ目の光は、自然の道を踏み外したミドリ色。

 

 病室も手術室も、今はその用途を知る者はなく、血に飢えたケモノ共の“寝床”と化した。

 

 ここは病院でも、はたまたマッドサイエンティストの夢の跡でもない。これから始まる、血の惨劇の震源地となるのだ。

 

「始めるニャン────『全人類ガブニャン化計画』を!!」

 

 吸血鬼の哄笑は、真っ青な夜と真っ赤な月を引き裂いた。

 

 

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