朝が来て、夜が更け、ついに肝試し当日が来てしまった。
荷物はバッチリだ。ハンカチ、ティッシュ、水筒、絆創膏、スマートフォン、懐中電灯、のど飴、折り畳み傘。
ひとつだけ問題があるとするならば────
「どうやって抜け出すか……考えてませんでした」
「普通にドアから出ればいいのでは?」
「鍵を開ける音でバレちゃいますよ。うちの両親、眠りが浅いんです」
途方に暮れ、ベランダから月を眺める。ヤマトボケルさんは爪楊枝を口に突っ込んでいたが、果たしてハニワに歯はあるのだろうか。
すると、そのとき。すぐそばから、夕方に一度お別れしたはずの声が聞こえてきた。
「モミジくーん……」
呼びかけは潜められているが、静かな夜の空気を通って届く。
慌ててキョロキョロ見回して、左を見たときに僕は目を丸くした。
「けっ、ケータ先輩?」
「もうすぐ出る? ちょっとそこで待っててほしいんだけど……」
偶然にも、ケータ先輩もベランダに出ていたのだ。執事のウィスパーさんも、隣にフヨフヨ浮いている。暗闇だと彼はより妖怪っぽく見えた。
先輩は何やらズボンのポケットあたりをゴソゴソしてから、メダルらしきものを取り出し、こう言った。
「オレのともだち、出てこい『うんがい鏡』! 妖怪メダル、セットオン!」
『フシギ、SHOW-KAN!』
ナレーションみたいな音声が流れ、黄色い光────前にヤマトボケルさんが出てきたときと同じような、逆円錐状に広がる光の輪っかが伸びたかと思うと、それはすぐに消える。
天野家のベランダに出現したのは、額縁が紫色の丸い鏡。たぶん僕の首より下くらいの大きさだ。鏡面の上の方にある、つぶらな目と小さな舌が可愛い。
「ぺろ〜ん。鏡の世界へご案内〜……げっ!」
あれ、気のせいだろうか。うんがい鏡がヤマトボケルさんを目にした瞬間、顔を顰めたような。
しかし瞬きすると、鏡妖怪は舌をぺろっと出した可愛らしい表情に戻っている。
「うんがい鏡は、鏡と鏡の間をつなぐ力があるんだよ」
「なるほど。それで、かげむら医院までひとっ飛びするんですね」
ケータ先輩は、いろんな妖怪と友達になっているようだ。他にはどんな妖怪がいるのか、猫妖怪がいるなら犬や兎は、とか凄く気になるけど、質問している時間はない。
うんがい鏡さんはその薄い体で、あちらのベランダから此方へと、優秀なバランス感覚により容易く飛び渡ってくる。
近くで見ると、意外と大きく、意外と鏡だ。ちゃんと僕の顔が映っている。
しかしうんがい鏡さんの視線は、僕の少し後ろを刺していた。
「じーっ……」
「うんがい鏡さん?」
「いっ、いえ何でもありませ〜ん。それではご案内〜」
やっぱりこの鏡、ヤマトボケルさんのこと見過ぎじゃないか? と思ったが、唐突に視界一面が光で漂白され、思考が途切れた。
思わず目蓋を強く閉じて、光が収まってから一拍置いたあとに目を開く、と。
「わっ!? ほんとに着いてる……!! すごい、魔法みたい!!」
「え? アホウドリ?」
「ヤマトボケルさん! 僕、生きてて良かったです!」
「ぐえっ」
勢い余ってヤマトボケルさんに激突した。痛くはない。
目の前には確かに、『かげむら医院』の看板が下がった廃墟が鎮座している。さっきまで、絶対に家のベランダにいたはずなのに。
鏡を通って瞬間移動なんて、本当にアニメやゲームや漫画の世界みたいだ。感動で胸がドキドキしている。
これまで、妖怪だとか妖怪ウォッチだとかメダルだとか友達だとか、そういう未知の概念に翻弄されまくって脳が状況に追いついていなかったけど、ようやく物事を正面から受け止められた気がする。
「かがみ、鏡を通ってきたんですよ! 奇跡も魔法もあるんですね! やったー!」
「お待たせー……モミジくんどうしたの」
「ヤマトボケルが息してないニャン」
「初々しい反応でうぃすねー」
「はっ!! すみませんっ!!」
「げふっ、ごほっ……うんがい鏡くらいではしゃがないでください……」
ハニワにも呼吸器系はあるようで、ヤマトボケルさんは顔の下あたりを押さえてゼェハァと息を吐く。大変申し訳ない。
少し遅れて鏡を通ってきたケータ先輩たちにも、怪訝な顔をされてしまった。生まれ変わったら貝になりたい。
僕がうずくまっている間に、先輩はうんがい鏡さんと話していた。
「帰りの際はお呼びください。ぺろ〜ん」
「ありがとう、うんがい鏡。じゃ、また後でね」
ハッ! そういえば僕、うんがい鏡さんにお礼言ったか? 言ってないな? 感極まって言ってないな? なんて無礼者なんだ僕。呪われてしまえ。
よーし今から言うぞお礼。「多大なお心遣いを賜り恐縮です」。簡単だ、噛むまでもない。せーのっ、
「ケータくん! モミジくん! お待たせー!」
ぐわーっ!! 木霊さん!! あと他の2人も!!
「雨村くん、なんか落ち着かない感じだけど……」
「もしかして怖いのかよ〜」
「大丈夫だって、こういうのは結局“大山鳴動して鼠一匹”で終わるんだからさ」
今田くんが親しげに肩をポンと叩いてくれるけど、僕はネズミどころじゃなかった。僕は山が鳴動しようが何しようが、うんがい鏡さんにすぐお礼を言わなきゃならないのだ。
でも、みんなに妖怪は見えてないから、ここでうんがい鏡さんに話しかけたらヤベーやつと思われるかもしれないし。
「ほら、早く行こうぜ!」
「どうする? 二手に分かれる?」
「いや雨村くんもいるし、別に5人一緒でも……」
やばい、押し流されていく。だが、お優しいうんがい鏡さんは、不躾な僕にも笑いかけ手を振ってくれるので、みんなに分からないよう僕も小さく振り返した。
ケータ先輩はちゃんとお礼が言えてるのに僕は出来てない……社会的動物として終わってる……ゴミ以下……いやゴミに失礼でしょそれは。
そして僕は、成す
「はぁ………………」
「モミジくん、足元気をつけてね」
先輩……優しい……僕は優しくないのに……あ、のど飴要りますか?
「……吸血鬼はいないかもだけど、ここ、本当に妖怪が出るから」
────マジすか先輩。
◇うんがい鏡
種族 フシギ
ランク C
分類 イマドキ妖怪
好物 中華
古い鏡に魂が宿った存在。鏡と鏡の空間を繋げる能力を持つ。進化すると『うんがい三面鏡』となり、時空すら越えられる。複数の個体が各地に点在しているため、ケータや妖怪たちの移動手段になっている。
『3』ではポケットうんがい鏡なるものも登場し、いつでもどこからでもワープが可能となる。便利。お世話になってます。
◇かげむら医院
おつかい横丁にある廃病院。院長は死後妖怪となり、日夜合成妖怪の実験に励んでいる。ケータも一度実験体にされかけた。
ちなみに『3』では、院長の息子がメリケン妖怪として登場している。院長の過去を描くクエストは必見。