「ニャーKBの生写真はすべからくガブニャンのモノニャン!!」
「オレっちもガブニャンだニャ!!」
「オレっちも!!」
「オレっちもー!!」
ニャーKBでも随一の人気メンバーであるフササの生写真を巡り、五十に渡るガブニャンが、文字通りのキャットファイトを繰り広げる。
欲望に忠実な他の個体を冷たく見やり、一匹のガブニャンが一喝した。
「静かにしろニャ!! ちょうど今、“完成”したところニャン!!」
ごぽごぽ、ふつふつ、ごぽごぽ。
釜の蓋で閉じられ、ネオングリーンの培養液で満たされた、10メートル超の高さがある円筒形の水槽の中に、完成した“ブツ”がいる。
布を継ぎ接ぎした雪だるまのような形。無造作にくっつけられた複数の腕は、如来か観音の慈悲深さとは対極にある。異物の混合物に更なる異物を注入したので、ゾンビめいた身体は毒々しく青紫に変色していた。
日の当たらない、地獄の底を思わせる実験室で、ソイツは死んだように沈んでいる。
「ガブニャン菌を注射し、その辺で拾った妖力ありそうな水晶玉もぶっ込んだことで、コイツは最強の妖怪になったニャン……問題は、強すぎてコイツがオレっちたちの言うことを聞かなさそうってことニャン」
しかし、どうせコイツは市中に放って好きに暴れてもらう係だから、複雑な指示など必要ないだろう。
コイツは一度解き放れたが最後、ガブニャン菌で周囲を汚染し続け、全てを破壊し尽くすまで止まらない暴走機関車。一回切りの最終兵器。
「倒せるとしたら、吸血鬼の嫌う太陽の加護を受けた神器くらいだニャ。ま、そんなヤツが重役出勤する頃にはもう手遅れ────」
刹那、鮮紅の閃光が一筋。
水槽を、
「ギニャー!?」
培養液の大洪水。突然の事態に対応できるほどガブニャンは冷静な性格ではなく、更に言えば猫と吸血鬼は流水をひどく嫌う。
「ニャニャ!? 何が起きた!?」
「おいお前頭踏むなニャン!!」
「オレっちだけでも生き残るニャン!!」
「卑怯だニャ!!」
必然、ゾンビ災害が起きたかの如きパニック状態。
そんな中、まだ状況を把握する余裕があった個体が、真っ先に“それ”を目にした。
その者は、人間の形を取っていた。髪は黒。血赤の鎧を纏い、手に持つ一振りの刀は宵闇に染まっている。それが腰掛けていたのは、緑色の培養液が滴る、倒れ伏した最終兵器妖怪モテアマス。
「……強すぎる力ゆえに、生みの親に持て余された
「な、何者ニャン!? どこから侵入してきた!?」
侵入者は、小学生4人と妖怪3匹のはずだ。こんな、病院と最高にミスマッチな武士の格好をした奴は、完全に未確認である。
水のせいで、どのガブニャンも体勢が崩れている。迎撃しようにも不可能だ。一体コイツはどこから来た何なのだ?
鎧のモノは、ガブニャンの問いにはすぐに答えなかった。モテアマスの大きく開いた傷口から、妖力源の水晶玉を素早く回収すると、次に剣の切っ先を一番手前にいるガブニャンに突きつける。元々血色の悪い青い顔が、もっと青褪めた。
「“本体”はどれだ。言え。2秒以内に言わねばまとめて斬────」
「こ、ここここにはいないニャン!! 本体は小学生どもを吸血しに行ったニャン!!」
「嘘なら殺────」
「嘘じゃないニャァァァン! ニャー!! 溺れるうううう!!」
「………………チッ」
忌々しげに舌打ち。
あっぷあっぷと猫なのに犬かきを試みてまで脱出を図るガブニャンを憐憫の目で見下ろしてから、鎧はひとっ飛びして、出入り口のドアを蹴破った。人間の細い足からはとても考えられない、強靭な脚力だ。
「あっ、コラー!! オレっちたちも助けろニャン!!」
「………………」
鎧のモノは暫く気怠げな視線を投げかけていたが、やがてガブニャンたちに背を向けた。
「……………………足つくだろ、その程度なら」
ぽつりと漏らした声は、階段の奥に吸い込まれる。
水深約30センチメートルの洪水に揉まれ、ガブニャンたちはいつまでも苦痛に喘いでいた。
僕たち
なんで3人かというと、ウィスパーさんが脱落してしまったのだ。僕たちを逃すために……
『ケータくん! ここは私に任せて早くお逃げください!』
『うんわかった!! ありがとうウィスパー!!』
『お前のことは一生忘れないニャン!!』
『そこは嘘でも引き止めてくれますぅぅぅぅ!? ってギャー!! 噛まれたー!!』
「ウィスパーさん……せっかく仲良くなれたのに……ううっ」
「諦めるのはまだ早い! フミちゃんたちを元に戻す方法が必ずあるはずだ! なんとかして探そう!」
「ケータ先輩……!」
そうだ、落ち込んではいられない。ただ逃げて生き延びるだけなら、うんがい鏡さんを呼び出せばいい。でも、そうじゃない。みんなのガブニャン化を解かなくちゃいけないし、このまま放置していたら、世界はガブニャンで埋め尽くされて永久不滅のお猫様天国……
「うがああああああああああ!! 僕は煩悩だらけの産業廃棄物です死んで償います!!」
「モミジくん!?」
こんなときに何を考えているんだ僕は。恥を知れ。そして死んでくれ。先輩たちはこんなに頑張って、友達を助けようとしているのに。
「ジバニャン、どう!? 何か見つかった!?」
「あ、あったニャン!!」
ジバニャンさんは走りながら、ウィスパーさんの形見である妖怪Padでガブニャン撃退法を調べてくれていたのだ。そして遂に判明したらしい。
「ガブニャンを倒すには、ニンニクと小麦粉、カビの生えたパンを混ぜて作ったワクチンが有効らしいニャン!! 本体を倒せば、他のガブニャンも元に戻せるって書いてあるニャ!!」
「………………カビの生えたパンってどこにあるんですか?」
「教室の机の中じゃない? クラスに最低ひとりは、給食のパンを机の奥に追いやってるカビパン職人がいるし」
「……………………」
嘘だろ、みんなそんなにガサ……雑……いいかげ……よしやめよう、失礼なことを考えるのはやめにしよう。
ふと気付くと、後ろから追ってくる気配が消えている。なんとか撒いたらしい。一旦安心して、袖で汗を拭い、息をつく。
とりあえず今後の作戦を考えよう、という空気になった瞬間。
「後ろがガラ空きニャー!!」
ケータ先輩の頭上に影。黒マントを羽織った青い猫が降ってくる。
先輩が振り向く。回避が間に合わない。間に合わないなら速めるにはとにかく先輩をこの場からどかす、しか、ない。
「先輩危ない!!」
渾身の捨て身タックル。大した重量のない僕でも、本気でぶつかれば同じ身長の先輩をそれなりに吹っ飛ばせた。
「モミジくん!!」
鋭い牙が迫る。頭を壁に、足を床で挫いたので立てない。牙が刺さったとき僕は死ぬ……いや、死なないのか? 先輩たちが元に戻してくれるかもしれないから。
どうせなら、そんな可能性もなくサクッと死にたいなぁ。僕だけ死んだことにして埋葬してくれないかな、先輩。駄目か。
死に直面して感覚が鈍磨しているのか、時間が極端に引き伸ばされているように感じる。なのに、走馬灯は流れない。僕の人生、神様視点ではやっぱりつまらないんだろう。だから走馬灯すら流してくれない。
つまらない人間の、つまらない人生だったと我ながら思う。
ヤマトボケルさん、どうしてるかなぁ。僕が“取り憑かれない”体質なんかでごめんなさい。せっかく目をかけてくれたのに、友達になってくれたのに、恩も返せず死んでごめんなさい。生きててごめんなさい。
あーあ、僕、なんにも良いことせず、やっと出来た友達の利益にもなれず、終わるんだなぁ。どうしようもなさすぎて笑えてきた。
「……あはは」
途端に、時間の流れが元に戻る。
ガブニャンの牙が肩に深く食い込んだ。
「いっ……!!」
痛い!!
と叫ぼうとしたそのとき。
「ギニャアアアアアアアアアア!? 痺れるぅぅぅぅぅぅ!!」
服を貫通した牙を通して、ガブニャンに電光が直撃する。光の勢いは炎や滝のように激しく、ガブニャンはあっという間に全身真っ黒焦げとなった。
焦げた煙を発しながら、地に墜ちるドラキュラ猫。まるでいつかのヤマトボケルさんみたいだ。
痙攣する短い猫足を暫く呆然と見つめて、数秒が経過。そしてようやく僕は、今の事態の答えに辿り着く。
「………………あっ!! もしかして、僕は妖怪に取り憑かれないからガブニャンの力も効かないのかも!?」
「よ、妖怪に取り憑かれないぃぃぃぃ!?」
「お前そんな特殊能力隠し持ってたニャン!?」
「い、いって、言ってませんでしたっけ!?」
「「聞いてない!!!!」」
他のガブニャンに見つかる可能性にも構わず、ケータ先輩とジバニャンさんが大声で驚倒する。病院では静かに、なんて注意は当然飛んでこない。
なんてこった。情報共有すら出来ないコミュ障で、大変申し訳ない。