ガブニャンに襲われて出来た噛み傷だが、意外と堪えるほどの痛みはない。蚊みたいに、麻酔成分とか入っているのだろうか。腕も普通に回せる。
体力と妖力を消耗して動けないガブニャンは、あっさりジバニャンさんによって縄打たれ、ジタバタともがいていた。
「にゃ……ニャん、だと……!? オレっちの力が効かないなんて……!! 獲物を手下に追わせてここに誘い込み、待ち伏せしている本体のボクが油断したところを一噛みして一網打尽という完璧な計画が……!!」
「全部説明してくれてるニャこいつ……」
「本体……? つまり本物のガブニャン?」
本物。オリジナル。一番最初。この騒動の元凶。
……ってことは。
近くでドサドサッ、と、子供くらいの大きさのモノが倒れる音がした。
ロケットみたいに飛び出したのは先輩だった。
「フミちゃん! クマ! カンチ!」
後を追うと、曲がり角の向こうで木霊さんたちが倒れている。すぐさま駆け寄った。
名前を呼ぶ。頬を叩く。身体を揺さぶる。返事はない。多少顔色が悪いが、体温はあるし心臓も動いてるから生きている。
「……気絶してるだけ、です。おそらく」
「良かったぁ………………」
先輩は溶けるように床にへばりついた。よっぽど心配していたらしい。
「うぃすー……おや、私、元に戻って……」
「あ、ウィスパーも無事だったんだ」
「なんですかそのうっっっすい反応は!?」
「復活早々うるさいやつニャン」
ウィスパーさんも、浮き方がグラついてはいるものの寝起きって感じで、深刻さはない。
「ガブニャンはどうなったんです?」
「そうそれ! 実はモミジくんがさ……」
唐突に、がぶっ! と噛みつかれたような痛みが腕に走る。
「
「ギニャアアアアアアア!!」
でも、噛んだ側のガブニャンの方が痛そうだ。またしても全身焦げている。
「ぐぬぬぬ……お、お前、何者ニャ!?」
ガブニャンが猫のように背を丸めて威嚇する。この能力は自分で制御できないとはいえ、正直痛そうで不憫なので、まず怪我をどうにかしてやりたい。
「ど、どうしましょう、ここから何すればいいんですか先輩」
妖怪の対応、こういうのはエキスパートである先輩に聞くべし。
「こういうときは……交渉かバトルか、かな」
「なるほど……?」
「穏便に話を済ませたいなら交渉して、どうしても上手くいかなさそうなときはバトルで決着をつけるんだよ」
「じゃ……じゃあ、“交渉”で。行ってきます」
「ひとりで大丈夫?」
「………………ぜ、善処します」
何せ、自分のせいで満身創痍になってる相手ですから。そのくらい自分で責任取らないと、産業廃棄物どころか………………産業廃棄物より不要な存在って何? 僕しかいなくない?
兎にも角にも交渉だ。ガッツリ睨みつけられつつ、僕はガブニャンさんに近づく。
「は、はじま、まして、あっ、あめ、雨村モミジです」
「シャー!!」
威嚇されてしまった。もう駄目だ。家に帰って寝たい。そのまま目覚めたくない。
どうしたら、ガブニャンさんに話を聞いてもらえるんだろう。どうしたら、人間を襲うのをやめてくれるんだろう。
そもそも、ガブニャンさんがこんなことをしている理由は何だっけか……ああそうだ。
「ガブニャンさん……チョ、チョコボーが毎日食べたいのなら、僕が協力しますから……」
「はぁ?」
「ひょえっ」
猫に凄まれるなんて人生初だ。そろそろ泣きたい。
でも、な、なんとかしないと。なるべく相手の目線に立って、相手の益になるような提案を考えるのだ雨村モミジ。
考え込んでいると、ふとあることが気になって、そのまま尋ねた。
「ぜ、全人類ガブニャン化計画でしたっけ」
「そうニャン」
「あ、の、ずっと思ってたんですけど、
「当然ニャン。元の自我は薄れて、オレっちになるんだから」
ガブニャンさんは警戒の眼差しを保ったまま、呆れたように返す。
「そ、その、それなら、全人類ガブニャンになったら、皆がチョコボーを食べるだけで、作る方がおろそかになりそうなんですけど。役割分担とかって考えて………………」
そこまで言うと、縛られている吸血猫が目を点にした。さっきまでは恐怖対象だった、牙の生えた口をあんぐり開ける。顔はより青くなっている気がする。
「た、確かに!!」
………………考えてなかったんですね? 僕たちを追い込む戦略は立ててたのに。
でも、これ言うとガブニャンさん怒るかもだし、黙っておこう。
「オレたちを追い込む戦略は立てられたのに、そこは考えてなかったんだ……」
「先輩!?」
「ニャアアアア!! 恥ずかしい!! オレっちの完璧な計画にこんな落とし穴があったニャんて!! 殺すなら殺せニャー!!」
先輩の言葉がトドメになったらしく、ガブニャンさんは縛られた状態で悶絶し、その辺をゴロゴロ転がり続けた。
ケータ先輩って、割と素直な人なんだなぁ。新発見だ。妖怪と付き合うには、自分の意見や感情を上手に出せる方がいいのかもしれない。実際、ガブニャンさんはノックアウトされている。覚えておこう。
「ガブニャンさん……人間を襲うのは、やめてくれませんか? チョコボーが沢山食べたいのなら、一緒に他の方法を探しますから……」
考える限りでなるべく一番穏当な提案をする。
ガブニャンさんは手を使えない状態で、足だけでよろよろと立ち上がり、僕を見上げた。
「確かに、お前はガブニャンに噛まれてもガブニャンにならない……はっきり言って計画の邪魔ニャン」
「うっ」
そこまで言われると余計に凹む。怪我をさせたのは完全にこちらが原因なので強く言い返せない。
項垂れていると、ガブニャンさんはニタリと笑う。そして、さながらスポーツの試合で圧勝したときの余裕ある声で告げた。
「………………だったら、お前にチョコボーを作らせればいいニャン!」
「は、はい?」
「お前以外の人間をガブニャンにして、オレっちの分もそいつらの分も、チョコボーはぜーんぶお前につくってもらえば解決するニャ!」
「え、あ、なるほど………………はい!?」
ガブニャンさんは、もう自分が地球の覇者になったかのようにふんぞり返っている。
ガブニャンさんの新たな企ては、さっきより改善されていたし、さっきより状況が悪化する見込みとなった。どうやらこの猫に計画中止の選択肢はないようだ。
ケータ先輩たちもコレはヤバいと思ったのか、完全に拳を構えて戦闘態勢に入っている。ああ、僕が無能なばかりにすみません。
「この病院に今いる奴ら全員をもう一度ガブニャンにしたら、次は全世界ニャーン!!」
なんて視野の広い猫妖怪なのだろう。
と思っていたら、隙を突かれて縄抜けされ、挙げ句の果てには後ろ足による肉球キックを顔面にプレゼントされた。
視界がスパークする。脳が揺れる。
「
ノイズのかかった視界の中に、先輩たちに飛びかかるガブニャンさんの姿を捉える。
手を伸ばす。今度こそ間に合わない。間に合わせろ、足が動かない、まずい時間差で肩に痛みが────
「必殺・弥生文化アターック!!」
「ギニャアアアアアアアアアアア!?」
直後、土気色の何か丸いモノが吸血猫の横っ腹に激突。
今日何度目かの断末魔を上げて、ガブニャンさんはまたしても墜落。逆立ちの状態で、頭だけが床に埋まる姿勢で刺さった。
僕の身体の免疫反応によって破れかけていた、吸血鬼の象徴たる黒マントが、ついに木っ端微塵になり暗闇に散る。その様は、一気に飛び去る蝙蝠のようだった。
5秒経過。6、7、8、9、10秒。ガブニャンさん起き上がれない。
「な、何が起こったんですか……?」
衝撃でふらふらする頭部を片手で押さえながら、僕は腰と膝に力を入れて体勢を直す。
ベージュ色の乱入者かつ救世主は、丸まっていた状態からすっくと二本足で立った。
変わった髪型。赤い鎧。おとぼけたハニワ顔。
「や………………ヤマトボケルさん!!」
「ふー、久々に大技を出しました」
用事でリタイアしたはずのヤマトボケルさんが、そこにいた。
一仕事終えた彼は、どこからか取り出した(ウィスパーさんもそうだがどこにそんなもの収まるのか)ビーチチェアとパラソルとバニラアイス付きソーダで休憩を取り始める。
「助けてくれてありがとうございます! ほ、本当にいなくなったときはどうしようかと……」
「お前このハニワ野郎!! オレっちたちが苦労してるときに、どこで油売ってやがったニャン!?」
「……………………」
「おい!! 聞いてんのかニャン!!」
僕は感謝と安堵だけでいっぱいいっぱいだが、ジバニャンさんはそうじゃないらしい。頭から湯気と火花を散らしながらヤマトボケルさんを問い詰める。
「ヤマトボケル!? 聞いてるニャン!?」
「聞いてる聞いてるぅ♪」
振り向いたヤマトボケルさんは、ヘッドフォンとサングラスをかけていた。
当然、水に油をドボドボ追加する所業にジバニャンさんはご立腹だ。
「音楽じゃニャくて
「チッ………………助けてくれてありがとうの一言もねぇのかジバ野郎」
「おおん!?」
「ジバニャン、もうコイツやっちまいましょう。どうぞハリセンでうぃす」
「ちょっとみんな喧嘩しないで!! そんな場合じゃないでしょ!?」
ケータ先輩が妖怪たちを宥める。
ホッとしてロクに動けない僕とは対照的に、ケータ先輩はちゃんと事後処理に動こうとしている。木霊さんたちを少し離れたところに寝かせながら、先輩はヤマトボケルさんたちに言った。
「ヤマトボケル、さっきはありがとう。モミジくんも、助かったよ」
「ぼ、僕は、ほんとに何もしてなくて……」
「まあ私のボケが必要になりましたら、また呼んでください」
「とりあえず、ガブニャンが起きたらもう一度話を聞いて、あとこの病院にいた他の元ガブニャンも……」
そのとき、野菜を引っこ抜くように、ガブニャンさんが自力で床から脱出する。
僕とヤマトボケルさんにやられた傷はもう治っているらしく、青い毛並みは綺麗さっぱり元通りになっていた。妖怪はやはり丈夫らしい。
「あ、ガブニャンさん! 痛いところありませんか? 絆創膏とか……」
「要らないニャン!」
ぱしっ、と差し出した手を弾かれる。
「雨村モミジ……名前は覚えたニャン」
「ど、どうも………………」
「勘違いしニャいでよね!! お前をオレっちにとっての“宿敵”として認めてやるだけニャン!!」
「てっ、宿敵!?」
「首洗って待ってろニャー!!」
ガブニャンさんは、ぎりぎりと軋むような音がしそうなくらい僕を思いっきり睨みつけると、速攻で回復させたマントを翻して夜の闇に消える。
まるで嵐だった。青い嵐は、反省の兆しを見せずに退散してしまった。
「宿敵って……ええ……?」
友達ができたら、次は宿敵。僕の人生、急に忙しくなりすぎじゃないか?
「………………あれ?」
何かが足元に落ちている。どこもかしこも古びた病院の中、これだけがあの棺桶のように新品そのもので、キラッと光る。
それは、カジノのコインみたいなメダルに、ガブニャンさんの姿が描かれたもの────即ち。
「妖怪メダル! ……でも、なんで?」
ガブニャンさんは、僕のことを“宿敵”と呼んだ。『ともだち』ではないのだ。
見解を求めると、先輩は走り疲れが色濃く出た顔で苦笑いした。
「うーん……『昨日の敵は今日の友』ってコトじゃない?」
「そ、そうなんです、ね……?」
妖怪にとっては、宿敵=友達なのか。また新しいことを知れた。
割れた窓から、薄く月光が差す。それにメダルを翳すと、青く反射してより輝いた。
「………………また会えるかなぁ、ガブニャンさん」
「会えるんじゃないですかー?」
殴りかかってくるウィスパーさんとジバニャンさんを片手で退けながら、ヤマトボケルさんが言う。
そうですね、と僕は笑った。
今日、ガブニャンさんには散々困らされたけど、それでも僕なんかと仲良くしたいと思ってくれるんだから、きっと良い妖怪さんだ。
そのときのために、チョコボーをいっぱいストックしておこう、と心に決めた。
◇弥生文化アタック
身体をアルマジロのように丸め、猛スピードでスピンしその勢いでタックルする、ヤマトボケルの必殺技である。嘘である。