ともだち妖怪100人できるかな   作:彩辻シュガ

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エピローグ 家に帰るまでが肝試しです

 

 

 

「………………あれ?」

 

 木霊文花は、病院の外に出ていた。

 

 それ自体は、不思議でも何でもない。文花たちはかげむら医院の“吸血鬼のウワサ”を確かめるために肝試しとしてやってきて、そして結局それは嘘だと判明し、少しのガッカリ感と予定調和の安心感に満たされながら出てきた。そのはずなのだ。

 

 だが、何か大事なことを忘れている気がする。ニセモノの棺桶を発見した後から今までの記憶が、どういうわけだか混濁していて鮮明に思い出せない。

 

 まるで、映画の2つの場面の間にあったはずの別のシーンをカットしたみたいに不自然だった。いきなり景色が切り替わって、前後が繋がっていないような、そんな感じがする。

 

「フミちゃん? 何かあった?」

 

 隣を歩くケータが声をかけてくれるが、文花は「何でもないよ」と笑顔で返した。

 

 この頃、違和感を覚える出来事が多発している。いや、それはずっと前からそうだったのかもしれないが、よりその違和感が強くなっているのだ。

 

 その時期は、ケータが変わった腕時計を着け始めた時期と一致している────というのは、流石に考えすぎだろうか。

 

「結局さ、噂の正体なんてこんなもんなんだよ。みんな退屈で普通な日常に刺激が欲しくて、“一大事ごっこ”をしたいから、こういう都市伝説や怪談が、科学技術が発展した現代でも流行るんだ。………………それに、ニセモノでも充分リアクションしてくれる純粋なヤツもいるしねー」

「も、もうその話はいいだろ! いつまでイジってんだよ!」

 

 カンチはクマをからかう良いネタを得たので楽しそうだ。まぁ、明日になればそれもすぐ忘れるだろう。小学生の日常は、想像の数十倍忙しない。楽しいことはまだまだやってくるのだから。

 

 文花は、ぎゃあぎゃあ言い合う2人をぼんやりと眺める少年を見つめた。

 

 転校生の雨村モミジ。クールな雰囲気があったが、話してみたら意外と慣れない環境に緊張しているだけの、優しそうな子だ。

 

 病室から引き返すときだって、何故だかしきりに文花たちの体調を気にしていた。頭が痛くはないかとか、貧血の症状は出ていないかとか。

 

 ────そして、彼は()()()()()()()()()()()()()()

 

 新学期初日、つまり彼が転校してきた日には着けていなかった。モミジが時計を持ち始めたのはその翌日からだ。

 

「モミジくん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「ど、どう、どうしたんですか?」

「……その時計って、どこで買ったの? 転校する前から持ってたの?」

 

 モミジは目をパチパチさせると、暫く何かを思案するように────正体がバレかけたスパイが、どう誤魔化すかを考えあぐねているように────目を泳がせたり、時計を着けた左手を顎の下に当てたりする仕草を見せた後、こう答えた。

 

「ひとから貰ったものなので、詳しいことは……ごめんなさい、分からなくて」

 

 絞り出すような声だった。

 

 ああ、嘘だと思った。以前ケータに同じ質問をしたときと、全く同じ答えなのだ。

 

 ううん、大したことじゃないから気にしないでと返す。本当は、すごく気にしている。

 

 ケータと同じ時計を持っている人間は、実は他にもいるのだ。たとえば、隣のクラスの未空さん。たとえば、USAから転居してきたジェリーさん。2人とも、ケータと親しげに話している姿をよく見かける。文花はこの2人と接点がないので、なんとなく話しかけづらかったが。

 

 自分のすぐ背後で、とても大変なことが駆け巡っている気持ちになったのは、これで何度目だろう。それに親友が関わっているのかもしれないという疑念は、拭い去るどころかどんどん強くなっている。

 

「……あ、あの、木霊さん。肝試し、その、誘ってくれてありがとうございました」

 

 遠慮がちに礼を述べるモミジ。終始挙動不審(特に今夜の肝試し中はずっと)なモミジだったが、文花たちに感謝し、気遣う感情が本物なのはよく理解できた。

 

 文花はそういうことに敏感だった。空気とか、ノリとか、人の心の動き、そういう“目に見えない”モノに。

 

「い、今田くん、と熊島くんも! 今日、すごく楽しかったです、本当に。ありがとうございます」

「そう? なら良かった。……あ、ぼくのことは『カンチ』って呼んでよ。同級生なんだし、下の名前でよくない?」

「じゃあ俺のことも『クマ』って呼べよ!」

「か、カンチさん。クマさん。あり、あ、ありがとうございます……」

 

 瞬間、カンチが噴き出した。さっきよりずっと、表情に愉快な色を上塗りしている。

 

「ぷっ、くくく……『クマさん』って! それ動物のクマじゃないんだから!」

「あっ、ご、ごめんなさい」

「ねっ、ねえクマ、ちょっと森の中からぼくのイヤリング拾ってきてよ」

「うるせー! まっすぐ家に帰らねえと母ちゃんにバレて叱られんだろ!」

 

 カンチは腹の底から笑い転げていて、クマはますます憤るし、モミジは無自覚でネタを投下してしまったものだからオロオロするばかりだ。

 

 やりとりを見ていた文花とケータは、2人で笑い合った。新学期が始まり、転校生というビッグイベントを経ても、こうやって友達としょうもないノリで笑う楽しさは変わらない。

 

 ずっとこれが続けばいいのに、と願わずにはいられない。

 

 空に月が浮かんでいる。夜空の空白、巨大な穴のようなそれを見ていると、その向こうに人知の及ばぬ世界があるんじゃないかという気になった。

 

 お願いです、お月様。ずっとみんなが仲良しで、誰も欠けずに幸せに生きられるようにしてください。

 

 特に、ケータくん。時々奇行も多いけど、根本的には友達思いで行動力のある普通の友達。少しくらい、友達に言えない秘密があっても構わないし、怒らないから………………どうか、ずっとケータくんと友達でいさせてください。

 

 そう願わなければ────ある日どこか遠くに連れ去られてしまいそうな、強い予感がした。

 

 誰も気づいていなくても、文花はそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、わすれん帽」

「オホホホッ。お安い御用です」

「さすがにガブニャンになった記憶が残ってたら夢に出そうだしね……」

 

 ふわふわと飛び去っていく、緑色のつば付き帽子。赤いリボンと紫くちびる、それからアンテナみたいなふたつのギョロ目が可愛い妖怪さんだ。妖怪『わすれん帽』といって、人の記憶を食べる力を持つのだとか。

 

 ケータ先輩は、よくわすれん帽さんに頼るらしい。妖怪によって引き起こされた様々な事件の対応には、みんなの記憶を消さなきゃならない場合もあるそうで。

 

「妖怪に取り憑かれて変なことを言ったりやったりして、その人の今後の人間関係に影響が出たら大変だから。よっぽどじゃないと呼ばないけど」

「ケータきゅんが取り憑かれたときはよく呼んでますよね〜」

「い、いいじゃん別に!」

 

 鏡と鏡をつなぐ妖怪、吸血鬼の妖怪、記憶を消す妖怪。この世には、いろんな妖怪がいる。

 

 そのとき、僕の膝あたりがちょんちょんと触られた。見下げるとジバニャンさんがいる。

 

 はいこれ、と手渡されたのは、ジバニャンさんの妖怪メダルだった。

 

「な、なんで? いいんですか貰っちゃって」

「そういえば渡してなかったと思ってニャン。今日はお前のおかげで何とかなったし、そのお礼も兼ねてニャン」

「あ……ありがとうございます」

 

 連続して2枚も妖怪メダルを貰えるなんて。コレもキラキラしてて良い。どちらのメダルも落とさないよう、ポケットではなく荷物の中にしまう。

 

「ガブニャンみたいな厄介な妖怪とか、困ったことがあれば遠慮なく呼ぶニャン。………………ハナホ人のときは勘弁してほしいニャけど」

「え? ハナ……なんですか?」

「な、何でもないニャン! こっちの話ニャン!」

 

 ジバニャンさんは可愛い肉きゅ……手をパタパタ飛ぶように振って答えた。

 

 カンチくん、クマくん、文花さんと別れたあと、僕たちは今日の怪事件についていろいろ話していた。

 

 先輩曰く、あのかげむら医院にはマッドサイエンティストの妖怪『やぶれかぶれ院長』がいるらしい。それなりに強いようなのだが、隙を突かれてガブニャンにされてしまったのだろう、と。あそこがガブニャンに占拠されたのは、院長がガブニャンになってしまったからかもしれない、とか。

 

「それにしても……ヤマトボケルはどこに行ってたの? あんな良いタイミングで出てくるなんて……もしかして、実は病院から出てなかったんじゃ」

「ギクっ!!」

「あそこって、普段は沢山の妖怪がうろついてるし……オレたちが逃げている間、別の場所にいた他のガブニャンをやっつけてたとか……」

「ギクギクギクっ!!」

「いやいやケータくん。いくらヤマトボケルがハイスペックで実力も確かな秘宝妖怪だからといって、そんなこたぁござぁせんよ。ピンチのときに圧倒的強さで助太刀してくれるなんて、そんなヒーローじみたこと、フユニャンじゃないんですから」

「でも今明らかに『ギクっ』て……」

 

 ウィスパーさんが「ナイナイナイナイあるわけない」と否定する。サポートのプロフェッショナルたる執事のウィスパーさんが言うんだから、きっとそう……なのだろうか? 

 

 ヤマトボケルさんは口笛を吹いている。曲名不明。あんまり上手くなかった。でも口笛を吹くハニワは可愛いと思う。

 

 それから、ケータ先輩がうんがい鏡さんを召喚してくれて、僕たちは元いた家のベランダに戻る。

 

 うんがい鏡さんによる転移2回目。ああ、なんだかすごく不思議な感じだ。何回でもやりたい。

 

「うんがい鏡さん、ありがとうございます」

「ぺろ〜ん。どういたしまして〜」

 

 よかった、今度は言えた。

 

「モミジくん、また明日!」

「……はい、学校で」

 

 ケータ先輩たちが窓を開けて部屋に戻るのを見送った後、僕たちも部屋に戻る。

 

 荷物を下ろし、電気を点ければ、いつもの自分の部屋が待っていた。

 

 吸血鬼に追われるなんて特別な体験をしたのに、僕以外の世界はちっとも変化していない。さっきまでの肝試しが、本当に現実だったのかすら疑わしくなる。

 

 それでも、リュックの中を探れば、今日貰った2枚の妖怪メダルがちゃんと入っている。

 

 ガブニャンさんと、ジバニャンさん。肝試しで得た、大切なもの。

 

「……や、ヤマトボケルさん。実はですね、僕、ガブニャンさんの力が効かなかったのです」

「そうですか」

「取り憑かれない体質だから……ガブニャンさんに噛まれても、ガブニャンさんにならなくて。それでボコボコにしてしまったんですけど……」

 

 今日あったことを話す。ヤマトボケルさんがいないときに起こったこと。そのとき、僕が感じたことを。

 

「……えっと、ジバニャンさんが僕のおかげで助かったって言ってくれました。それでその……も、もしかしたら、これは自惚れなんですけど、その………………」

 

 ヤマトボケルさんは興味なさそうに、目を合わさずに聞いていた。僕は話すのに必死だったから、そのくらいがちょうどよかった。

 

「……僕、最初にヤマトボケルさんと出会ったとき、自分は妖怪の力ですら変われないつまらない人間なんだと思ったんです、けど……も、もしかしたら、ですよ、この使えない体質が、誰かの役に立つこともあるんじゃないかなーって、自信……? みたいなのが、ですね」

 

 もしかしたら。もしかしたら、この取り憑かれない体質は、妖怪と接する上でほんの少しは役に立つんじゃないか。みんなに感謝されて、生きることを認められて、僕自身も自分が生きることを無条件で肯定できるようになるんじゃないか。

 

 そうなったら……もっと“普通”に生きられるんじゃないか。そう、今日の一件で感じたのだ。

 

 だが、ヤマトボケルさんは存外にキッパリと切り捨てる。

 

「役に立たないからって生きてはいけないこともないでしょう」

「それはそうですけど……」

「私のボケだって役に立ちません」

「そっ、そんなこと……」

 

 見ていて可愛いし。

 

「役に立ちません……が、私のボケはそれだけで既に完璧で素晴らしいからやってるのです。利益や価値や意味なんて求めてませんし、他人にそれを判定されるなんてもっと不快です。ボケが濁ってしまう」

「それでツッコミが嫌いなんですね」

「あなたはつまらない人間ですし、価値も意味もありませんし、あと友達になりたいって言ったら『顔見知りから』って返すような腰抜けです」

「うっ………………」

 

 その件は、なんとお詫びすればよいか。しょんぼり肩を落としていると、ヤマトボケルさんは静かに続けた。

 

「……価値があったらあったで、都合良く利用されて、擦り切れたら使い捨てられるだけですよ」

「ヤマトボケルさん………………」

「ところで話は変わりますが、前々から思ってたんですけどヤマトボケルって名前はいいづらいですね。もう省略して『ボケルさん』とお呼びなさい。ついでにその辺で拾った水晶玉を差し上げます」

「わ……わかりました。ありがとうございます」

 

 話題転換がやや強引。そんなヤマトボケルさんは、やっぱり僕の友達なのだ。

 

 

 

 

【現在のともだち妖怪 3/100】

 

 






◇フミちゃん
本名『木霊文花』。ケータのクラスメイトで友達。成績優秀かつ容姿端麗であり、ケータの憧れの少女。妖怪は見えないが霊感が強く、妖怪に取り憑かれて酷い目に遭う確率が高い。

ゲーム版無印と『2』では、ケータが男主人公でフミちゃんが女主人公だった。アニメと『3』には、フミちゃんが主人公の世界線を描いた話がある。

余談だが、作者は本作の初代ウォッチ使いをケータとフミちゃんのどちらにするか、ギリギリまで迷っていた。
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