ともだち妖怪100人できるかな   作:彩辻シュガ

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第3章 おかしな友達
プロローグ ヤマトボケルの朝ぼらけ


 

 

 

「昨日は疲れたから今日は家で寝る」と言ったら、雨村モミジはしばらく気落ちしていたものの、天野ケータと顔を合わせるとすぐ元気になった。

 

 奴はまだ性格がジメジメしているが、段々快方に向かっていると言えよう。それもこれも妖怪(ヤマトボケル)の功績だ。

 

 自分への褒美として、ヤマトボケルは台所の棚から取り出した真打饅頭を頬張る。淹れたてのお茶。先日カバーを洗濯したクッション(モミジの私物)。完璧な布陣だ。

 

 テレビを点けると、ちょうど体操をやっていた。

 

 〈身体をゆっくり回す運動〜。いっちにーいさーんし、ごーろっくしっちはっち……〉

 

 健全なボケは健全な肉体に宿る。この体操番組を見るのが最近の日課だ。

 

「運動してねえじゃねーか」とかいうツッコミは求めていない。

 

 窓の外で洗濯物が揺れる。太陽の光に照らされて、夢のように煌めいていた。良い朝だ。

 

 しかしながら、いつの時代も、平和な時間は長く続かないものである。

 

 

『────いーれろいれろ』

 

 

 歌うような囁き声。

 

『いーれろいれろ、いーれろいれろ……』

 

 居留守は効かなさそうだ。鬱陶しい。ヤマトボケルは舌打ちをした。テレビを消して、玄関に向かう。

 

 玄関のドアは金属製オートロック完備。けれども、結局は人間の狭い視野で作られたものでしかない。ドアの隙間全てから、邪悪な妖気が液体状になって染み出している。

 

 幸い、相手の霊格は大したことがなさそうだ────というより、ヤマトボケルはこの薄暗い妖気に心当たりがあった。つい最近対峙した妖怪だろう。

 

『いーれろいれろ、いーれろいれろ、いれろ〜いれろ〜いれずんば〜!!』

「さーてテレビの続き見よーっと」

『待ってぇぇぇ!! 思わせぶりなことしてごめんでもおしっこ漏れちゃうニャン!! 早く開けろニャァァァァァ!!』

 

 ヤマトボケルは悩んだ。

 

 猫が喚き散らかすのを聞き流しながら、たっぷり30秒悩んだ末に、無言でドアを開けた。

 

「……お手洗いはあちらです」

「ありがとおおおぉぉぉぉぉぉ……!!」

 

 毘沙門天さながらの神速ステップで廊下を駆け抜けた青い影を見送ると、ヤマトボケルはやれやれと肩をすくめ、ドアの鍵を掛けた。

 

 玄関用の対妖怪お札を通販で買おう、とヤマトボケルは考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 激しい水流が巡る音の後、少ししてから、リビングにガブニャンが入ってきた。ご丁寧にも、ハンカチで手を拭きながら。

 

「ふー……危ないところだったニャン……」

「早く帰ってくださいよ。見て分かる通り、私は今忙しいんです」

 

 ガブニャンはヤマトボケル周辺をじっくり観察した。結果、休日のリラックスフィーバータイムにしか見えないことが判明した。

 

「相席するニャン」

「お断りします」

「あ! 前クールのドラマがもう再放送してるニャン!」

「おいチャンネル勝手に変えんな貴様ふざけるなよ」

「………………そっちが素ニャのか、お前」

 

 ガブニャンの口には、吸血鬼らしい悪辣な笑みが浮かんでいた。ゆるいハニワなんて装っているが、コイツはなかなか血気盛んな輩だ。

 

「お前、どうして雨村モミジに構ってるニャン? お前は怪しいニャン。何か隠してる気がするニャン」

「そんな隠すだなんて………………はっ! まさか、私がモテアマスを倒して実験室をめちゃくちゃにした挙句コアの水晶玉を持ち去ったことがバレた!?」

「あれお前かァァァァ!!」

「な、何故知っているのです!?」

「お前がさっき自分で言ったニャン!!」

「ツッコんでんじゃねえよ猫野郎!」

「どうしろってんだー!!」

 

 ヤマトボケルのツッコミゲージが2増えた。

 

 ウキウキペディアによれば、ヤマトボケルはツッコまれると『ツッコミゲージ』が増え、10になったとき恐ろしい姿に変わってしまうのだ。実にしょぼいモブサイコ100である。

 

 しかしながら、自分の目的はヤマトボケルではないと思い出したガブニャンは、感情をなるだけ抑えることにした。

 

「今日は雨村モミジにリベンジしに来たニャン」

「そうですか。帰ってください」

「オレっちの力が通用しない相手なんて初めてだったニャン……その上、計画の穴を指摘されて憐れまれるなんて屈辱ニャン!」

「帰ってください」

「オレっちはこの家に潜み、ヤツの寝首を……」

 

 マントの襟を掴む。

 

 ガラス窓を開ける。

 

 投擲。

 

 ガラス戸を閉めた途端、猫妖怪は蜂の巣をつついたように大暴れした。

 

「ニャー!! 薄情者ぉ!! お前も妖怪なら、人間に完全敗北を喫したオレっちのクソデカ感情が理解できるはずニャン!! いれろいれろいれろー!! いれなきゃ目ん玉ほじくるぞー!!」

「近所迷惑なので帰ってください」

「うわぁぁぁぁん!! やだやだやだー!! いれてくれなきゃヤーダー!! バカ!! ハニワ!! 簡単な顔!! お前の祖先はでーべーそー!!」

「チッ……うるせえなコイツ……」

 

 家に入れるのは論外だが、その辺の暇な妖怪に見つかって、変に手を組まれても迷惑だ。人間も妖怪も、暇を持て余すとロクなことをしない。目の前の吸血猫が良い例だ。

 

 妖Tubeに晒して再起不能にしてやる選択肢もあるが、ヤマトボケルもそこまで非情な暴君ではない。

 

「ガブニャン」

 

 ヤマトボケルは窓を開いて外に出た。ゆらめく洗濯物をくぐって、ガブニャンに歩み寄る。

 

「モミジに無駄なちょっかいを出さないと約束してくれるなら、家に入れてあげましょう」

「は? オレっちはリベンジのために来たって言ったよね? お前バカなのかニャン?」

 

 さあ、取り出したるはタネも仕掛けもない野球バット。

 

 おおきく振りかぶって────ストライク!! 

 

「ニャアァァァァァァァ!! 覚えてろぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 ホームラーン!! ヤマトボケル選手、素晴らしいホームランです!! レフトとライトをバントしてスリーアウトを満塁!! 秋のホームランを制しました!! 彼こそがホームラン王だー!! 

 

 ガブニャンは乾いた青空の彼方へ飛んでゆき、見事なお星様になりましたとさ。

 

 ヤマトボケルは両手を合わせてパンパンと埃を払うと、バットを担いで家に戻った。

 

 チャンネルを戻すと、体操番組は終わっており、いまいちテーマの分かりづらい5分間のコマ撮りアニメが放映されている。

 

 お茶が冷めてしまったが、まぁいい。束の間の平和を取り戻せたのだから。

 

「………………あのアホ先祖、出べそでしたっけ」

 

 他神(たにん)のヘソなんて気にしたことがなかった。というか知りたくもない。

 

 妖魔界のどこかで、太陽の神がくしゃみをした。

 

 

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