ともだち妖怪100人できるかな   作:彩辻シュガ

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りゅーくんとカレーパン(後編)

 

 

 

 紙袋はあっという間に空っぽになり、焼き立てパンは全部お腹の中に収まった。

 

「美味しかったー……」

「おなかいっぱいなのだ……」

「シェフを呼んでもらえますか?」

「パン屋にシェフとかないのだ」

「チッ……そういうのいいから……つーか私のときだけマジレスしてんじゃねえよ……」

「ぼ、ボケルさん……」

 

 よっぽどツッコミが嫌いらしい。ボケルさんはハニワの顔を歪めて静かにキレている。さっきまでは笑顔でパンを頬張っていたのに。

 

 りゅーくんはというと、特に気にせず口の周りを手で拭いている。

 

「あ、ウェットティッシュあるのでど、どうぞ……乾いたティッシュもありますけど、鼻水かみますか?」

「ありがとうなのだー!」

 

 りゅーくんはウェットティッシュで手と口を拭いてから、乾いた方のティッシュで鼻水をかんだ……が、すぐまた鼻水がにゅるんと垂れてしまう。

 

「も、もう一枚要りますか?」

「あんまり強くかみすぎるのもよくないのだ。これはりゅーくんの妖力が漏れちゃってるのだ」

「へー……」

 

 妖力って、鼻水にも含まれているんだ。妖怪って不思議だなぁ、と思っていると「私は違いますからね」とボケルさんが即座に訂正を入れてくる。

 

 食事を終えて一息つくと、りゅーくんがぽつぽつ語り出した。

 

「りゅーくんは、あるミッションのために人間界にやってきたのだ」

「ミッション?」

「龍神玉を探しているのだ。7つ揃えるとどんな願いも叶えるほどの強大な妖力を秘めた玉で、ひとつだけでも並の妖怪6匹分の妖力があるのだ」

「そんなに凄いものが人間界に?」

 

 りゅーくんはこくんと首肯すると、しょんぼりと目を伏せて語り続けた。

 

「実は……龍神玉は本来、全てが龍神様の元で管理されているはずなのだ。でも、この間、龍神様とりゅーくんの住んでるところを季節外れの大雪が襲って……それで7個のうち1個がどこかに行っちゃったのだ」

「それを、りゅーくんが探しに?」

「そうなのだ。龍神様は妖魔界でも偉い方の妖怪だから、簡単には妖魔界を離れられないのだ。だからりゅーくんが、おつかいを成功させて龍神玉を持って帰るのだ! ……でも、どこにもなくて辺りを彷徨ってたらおなかが空いちゃって……」

「そうだったんですね……」

 

 そんな理由があったのか。なら、カレーパンを食べられても全くしょうがない。むしろ毎日でも食べさせてやりたいくらいだ。

 

「この町にあるのは知ってるのだ。りゅーくんには、人や妖怪や物事に秘められたことを見抜く力があるのだ」

「そんな力が!?」

「その力を鍛えるために、今は占い師の仕事もやってるのだ」

 

 流石は龍の妖怪だ。しかし、こんな小さい子でも立派に働いているというのに僕が何もできないのはどういうことなのか。

 

 りゅーくんは、自分の頭に乗せた水晶玉を指して話す。

 

「ここ、ここをのぞくと、隠されたものが視えてくるのだ……モミジ、ちょっと覗いてみてほしいのだ」

「ぼ、僕がですか? いいんですか?」

「覗く人が変われば、何か新しいことが見えるかもしれないのだ」

 

 りゅーくんがそう言うのなら、そうなのだろう。それでは失礼して、と水晶玉にぐっと顔を近づけた。

 

 すると、どうだろう。透き通った表面が、薄紫がかった(もや)────ボケルさんたち妖怪が妖術を使ったときのものに似ている────に覆われ、やがてまた消えた。

 

 靄が消えると、映っていたのはりゅーくんの頭頂部ではなかった。そこにいたのは、長い黒髪に着物らしきものを纏った人。その人は鞘に収められた剣を抱えていた。

 

 映像はところどころ暗くて見えづらく、さらには激しく揺れている。揺れの原因が、人の背後で暴れている大波のせいだと気がつくのに時間はそうかからなかった。

 

「……海?」

 

 海が荒れている。髪があちこち色んな方向に振り回されているから風も強い。海も空も、全体的に硬質で、その人を閉じ込める檻のように感じた。

 

 少なくとも、本日は風が少ない良い天気であるさくらニュータウンの現在を映したものではない。

 

『────、お前は生きなさい』

『待て! あなたが死ぬ必要はないでしょう! この船の頭は私だ! 私の命をもって責任を────』

『私だって死にたくはない!』

 

 映っている人の声と、もうひとつの声。どちらも逼迫している。

 

『忌々しいことに、あなたの御父上も、兵たちも、私が死ぬことを望んでおられる! ()()()()()()()()()()()()()()()()()になんて、お前にはなってほしくない!』

『それならば、尚更……!!』

『────しかし、私は常世に行かねばならぬ』

 

 一転、声は静かになった。正面の人は己の身ごと剣を強く抱いて、表情こそ見えないものの、キッとこちらを見据える。

 

『私は……お前に自由に生きてほしい。今が無理だとしても、10年後、20年後……嗚呼、もしかすると死後かもしれん。たとえお前が物の怪と化しても、お前自身が納得した結果ならそれでよい』

『馬鹿なことを言わないでください! 私は、私は、私は────!!』

『ひとつだけ……約束してくれ』

 

 もうひとりの慟哭を敢えて無視して、その人は言い放つ。

 

『いつか常世に逢いに来て、お前の話を聞かせてくれ。何でもいい、お前が面白いと思うものならば。お前は、たとえ私の肉体が腐り落ちても、私を同胞と呼んでくれるだろう?』

『待って、行かないで、嫌だ────』

 

 もうひとりの声は消え入りそうになっていた。でも、海の唸り声の隙間から聞こえてくる。その人の悲痛な叫びが。

 

 剣を抱えた人が背を向ける。海と向き合って、そして、そのまま────

 

 

 

「いくぞ必殺、ひゃくれつ肉球ー。にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃー!」

「ぎゃあ!?」

 

 背中に衝撃。すんでのところで足の方向を変えたので、りゅーくんを押し倒さずに済んだが、手をつかなければあわやおでこから地面に激突するところだった。

 

「な……なんですかぁ!?」

「いかがでしたか、私のモノマネは」

「モノマネ……? 誰の……?」

「あー、そうですか、まだ知らないんでしたっけ。モノマネの対象は知名度が高ければいいってものでもありませんね」

 

 ヤマトボケルさんが何やら語っているが、僕はさっき見た映像のことが気になって仕方なかった。さっきの2人はどうなったのだろう。生きていたら良い。そうだったらいいのに。

 

 ベンチに座り直してりゅーくんの水晶玉を覗いたが、もう何も映らなくなっていた。

 

「続きが見たいのに……」

「どうだったのだ? 龍神玉、見つかりそうなのだ?」

 

 あっ、そうだ。僕は龍神玉を探さなきゃいけないのだった。ついつい、あの映像に引き込まれてしまってすっかり忘れていた。

 

「あの、りゅーくん。龍神玉ってどんな大きさなのか分かりますか?」

「んー、多分、今りゅーくんが頭に乗せてるのと同じ大きさなのだ。龍神様のオーラを秘めた、この世のものとは思えないほど美しい水晶なのだ」

「なるほど………………」

 

 りゅーくんの頭の上の水晶玉を見る。両手で収まるサイズ。これが町中に転がってたらすぐ見つかりそうなものだけど────

 

 そのとき、僕の脳内にある記憶が浮かんできた。今までどうして忘れてたのかと言いたくなるくらい、新鮮な記憶だ。

 

「あー!! もしかしてアレかも!!」

「……? どうしたのだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰宅して、靴を揃え、手洗いうがいは後回しで自室に上がる。

 

 学習机の上に、スマホとハンカチとティッシュくらいしか入らないような小さなカバンが置かれていた。それのジッパーを開ければ、ひとりでに煌めく神秘的な水晶玉がお出迎え。

 

「ありました! りゅーくん、これですか?」

「そうなのだ!! これ、龍神玉なのだ!!」

「やっぱり……」

 

 肝試しの後、ボケルさんから唐突に渡された、この綺麗な水晶玉。普通に置いていたら転がって割れそうなので、使っていないカバンの中に収納していたのだった。

 

 速やかに龍神玉をりゅーくんに返却する。僕より二回りも小さな両手で玉を持つと、りゅーくんは目をキラキラさせて感謝した。

 

「おまえが持っててくれたのだ? ありがとうなのだ!」

「お、お礼なら、ボケルさんに言ってください。拾ったのはボケルさんなので」

「ハニワ……おまえ、変だけど良いやつなのだ!」

「そうです私が変なハニワです」

 

 ボケルさんが変な踊りをしている横で、僕とりゅーくんは龍神玉を見ながら軽く話をした。

 

「そのまま持つの危ないでしょうし、大事なものなら袋に入れた方がいいですよね……このカバン、どうぞ」

「ほんとにいいのだ?」

「つ……使ってないやつでしたし……僕の部屋で眠らせておくより……龍神玉を入れてあげた方がカバンも喜びますよ」

 

 元々水晶玉を入れていた小さなカバンを手渡すと、りゅーくんは龍神玉をそれにしまって、肩にかけた。大部分が床にべったり着くので、ヒモを調節してからもう一度渡した。

 

「これで龍神様も安心するのだ。おまえたちのお陰で何とかなったのだ」

「いえっ、いや、僕は本当に何もしてません」

 

 本当に何もしていない。カレーパンを買えたのは偶然だし、龍神玉を拾ったのはヤマトボケルさんだ。

 

「……これ、おまえにやるのだ!」

 

 そう言ってりゅーくんが差し出したのは、彼の妖怪メダルだった。

 

「え………………いいんですか?」

「カレーパンのお代のかわりなのだ。りゅーくんの力が必要になったら呼ぶのだ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 貰えるなら貰っておくが、何度も言うように今日の僕は大して頑張っていないので、こんなものを貰うと罪悪感が湧いてしまう。

 

 ましてや、ともだち契約をするほど役に立ったとは思えない。……でもケータ先輩、「相手が『ともだち』と思ってくれるなら友達でいいんだ」って言ってた。素直に受け取るべきだろう。

 

「ま、また、困ったことがあったら、言ってくださいね」

「そうするのだ! じゃあ、また来るのだ!」

 

 どろんっ、と煙を巻いてりゅーくんが消える。きっと龍神様の元に帰ったのだろう。

 

 僕はりゅーくんのメダルを、他の3枚のメダルと同じように、小物入れに収めた。

 

 ようやく変なダンスが終わったボケルさんは、タオルで顔を拭きながら歩み寄ってくる。

 

「良かったですね。記念すべき4枚目のメダルですよ」

「いやぁ……でも、ボケルさんは『ともだち妖怪100匹を目指せ』って言ったじゃないですか? まだまだですよ、僕なんて」

「………………アレ覚えてたんですか、テキトーに言っただけなのに」

「……」

 

 テキトーだったのか。めちゃくちゃ重要なセリフだったはずなのに。

 

 

 

【現在のともだち妖怪 4/100】

 

 






◇りゅーくん
種族 ニョロロン
ランク C
分類 イマドキ妖怪
好物 中華

甘えん坊な龍の子ども。頭の上の水晶玉で他人の秘められた力を見抜くことができる・・・・が、自分自身を見ることはできない。努力家。

以前はペット禁止の家に住んでいたらしく、今はノコギリクワガタを飼っている。
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