学校が違えば、給食のメニューや味付けも微妙に異なる。
これまで僕にとって給食の時間とは、“すぐ近くで複数人が物凄く楽しそうに食事するのを、わざわざ机をくっつけてまで見聞きしなければならない”という自分の無能と愚鈍を再認識させられる時間だった。
なので、前の学校における給食の味なんてほとんど覚えていない。別に生活に支障はないし、それより今は────
「この揚げパンとフルーツミックス、超美味しいです!」
「でしょ? 今日の献立最高だよね! 唐揚げもあるし、コンソメスープだし!」
「モミジくん。牛乳飲み終わったら、畳んでここに入れてね」
「あっ、はい。わかりました」
前の学校では瓶だったから、こういうのは新鮮だ。
最初に牛乳を飲み終わったフミカさんが教えてくれた通りに紙パックを畳んで、口を四角く開いた状態のパックに入れる。
「ここの給食は美味しいですねぇ」
「前の学校のはどうだったの?」
「えっ」
カンチさんに興味津々な視線を向けられて、僕は戸惑ってしまう。特に良い思い出がないとはいえ、自分が元いたところの給食を不味かったと言うのは気が引けた。
「……た、タコめしとか、出てました」
「タコめし!?」
「ごはんに、タコの足切ったやつが入ってて……たこ焼きのごはんバージョン? みたいな」
「なんだそれ、ウマそう!!」
クマくんたちがまだ見ぬタコめしに思いを馳せて、楽しそうに喋る。そうか、この地域では出ないメニューなのか。
正直、僕としては、給食のタコめしは味が薄くてあんまりだ。スーパーでタコの刺身とかを買って、自分で白米と醤油とで混ぜた方が早いかな、と思ってしまう。学校給食の一番悪いところは、調味料を持ち出せないことだ。
しかし話に水を差したくないので黙っておく。
給食中は自然と話題が食べ物中心になる。話はいつの間にか、タコめしからパンに変わっていた。
「この学校、給食にパンと米が交互に出るから、パンを取っておいて野良の犬猫にあげる子もいるんだよね」
「へー」
「でもまぁ、揚げパンは流石にね。糖分高すぎてお腹壊しそうだしさ」
とカンチさんは苦笑いした。
野良犬と野良猫か。確かに、町を歩いているとよく見かける気がする。もしかしたら、あの中に妖怪が紛れ込んでたりして。ジバニャンさんやガブニャンさんだって、猫の妖怪だし。
今日は用事で『遠征』とやらに出かけており、ケータ先輩のそばにはいないジバニャンさん。代わりにウィスパーさんが、先輩にしきりに話しかけていた。
「野良犬といえば……」
早めに食べ終わったフミカさんが、紙ナプキンで皿を拭き取りながら、沈んだ声で話し出す。
「『人面犬』、また出るようになったらしいの」
「ええ!? マジ!?」
「都市伝説ってそういうもんじゃない? 旬が過ぎても、しばらく経ったらまた流行る……吸血鬼のときと同じでさ、小学生をからかいたいやつの仕掛けなんだよ。きっと」
「……そうなのかな」
フミカさんの話にクマくんが驚き、カンチさんはいつものように冷静に意見する。
ただ、ケータ先輩は何か腑に落ちない様子だった。ちらっとウィスパーさんを見て、執事もアイコンタクトを受けて首肯する。
これは、もしかすると。
「犬の妖怪さん……?」
「あれ、モミジくんは『人面犬』知らないの?」
「あっ、えーっと、はい。恥ずかしながら」
人面犬、と呼ばれるくらいだから、人の顔をした犬なんだろう。問題は犬種だ。大型犬、中型犬、小型犬。レトリバーやハスキー、ダックスフント、サモエド、秋田犬、チワワ、パグ、マルチーズ、コーギー、柴犬………………
「……っていう感じで、高校生ぐらいの人が話しかけられることが多いみたいなんだけど……モミジくん?」
「あ、はい!」
「なーに思い詰めてるんだよモミジ。人面犬なんて実在しないから大丈夫だって」
「そ……そうです、よね」
カンチさんたちには、妖怪が見えない。見えないから、最初からいないことになっている。いる可能性がある前提が、みんなにはない。だから、人面犬の話も本気では信じてないのかもしれない。
……妖怪は、こんなに近くにいるのになぁ。
僕は、余ったおかわり用の唐揚げを、食缶からつまみ食いするボケルさんを眺めながら、そう思った。
そんなことがあった数時間後、僕はケータ先輩たちと下校していた。
「え!? ケータ先輩、人面犬とも友達なんですか!?」
「うん……ていうか、結構付き合い長いかな……」
あの様子からしてもしかしたらとは思っていたが。さすが先輩、僕にはできないことを平気でやってのける。
「そういえば……最近じんめん犬には会っていませんね。再び都市伝説が広まり出したということは、何か派手な行動を起こしているはずです」
「うん。本人に話を聞いた方がいいかもね」
妖怪は人間には見えない。しかし、人に見える妖怪は力が強いか、自分から姿を見せているかの二択なのだと、以前ウィスパーさんが教えてくれた。じんめん犬さんはどちらなのだろう。
ウィスパーさんとケータさんがやり取りをしている間、僕はウォッチで辺りを照らしていた。
今は太陽の光も現役の夕方。だが、ボケルさんたちを見る限り、妖怪というものは、朝は寝床でグーグー眠っているわけではなさそうだ。
「いないなぁ……」
強いて言うならば、電柱の側に、こちらに背を向けた状態のプードル犬が座っているだけだ。
「………………ここにはいないのかな、人面犬」
プードル犬が振り向く。
「呼びました?」
曇った四角い眼鏡。眉間に皺。酒気で赤くなった目元には隈。うちの両親も大概だがここまでではない、全体的にくたびれた表情────の、
「で、出た……!! いました人面犬……!!」
「うわっ、ホントだ!?」
マジックか何かでそこだけすり替えたように、プードルの顔だけが人間だった。
喋るハニワや猫と出会った僕ですら、そいつは奇妙で、理解不能で、恐怖を煽り、不安を覚え、本能が警鐘を鳴らすレベルで気味が悪くて────
「かわいい!!!!」
「「ええええええええ!?」」
妖魔界のどこかにある和風建築の小屋に、その占い師はいた。
人間の信じる科学法則を捻じ曲げ、なんか良い具合にフワッとした感じで怪奇現象を成し遂げる妖怪たちでも、占術の力に頼る者は大勢いる。
ましてや、占い師が神性を秘めた龍の子であれば、尚更のこと。
「次の方、どうぞなのだ」
りゅーくんが促すと、入ってきたのは1匹の猫妖怪。一般的な猫妖怪の特徴に違わず、丸い瞳と2本に分かれた尻尾を持っている。
人間が髪をかき上げるのと同じような動作で、わざわざ手動でマントをたなびかせてから、猫は正面の椅子に座った。
「お名前をどうぞ、なのだ」
「ガブニャンだニャン」
「ガブニャン、今日は何を占ってほしいのだ?」
「フッ………………」
ガブニャンは、ニヒル風の笑みを浮かべて3秒ほど黙っていた。
「……………………オレっちはこれから、大きな障害に挑むニャン」
「へー」
「それが上手く行くかどうか、どうすれば上手く行くか、聞きに来たニャン。金に糸目はつけないニャ」
ここに他の妖怪又は人間がいたのであれば、「カッコつけるなら占いに頼らなきゃいいのに」とツッコんだのだろう。
だが、りゅーくんは幼くともプロの龍だ。お客様に余計なことを言ったりしない。
「カッコつけるなら占いに頼るななのだ」
「グサッ!!」
ガブニャンは見えない槍に貫かれ、椅子ごと背中から倒れた。
10秒ほどしてから、あたかも崖を素手で登ってきたかのように歯を食いしばりながら、ガブニャンは起き上がる。
「……と、とにかく見てほしいニャン」
「わかったのだ」
水晶玉に妖力を集中させる。遠く、広く、深く、鋭く、水を澄ませるように、予知のイメージの解像度を上げる。
妖力の靄が弾けた瞬間、水晶玉に
「見えたのだー!」
「本当かニャン!?」
「ガブニャンの運勢は最高なのだ! 今年も来年も再来年も、未来永劫花丸大吉!!」
「ニャんだってー!?」
「ラッキーカラーは全部の色! ラッキー妖怪は全ての妖怪! ラッキーアイテムは森羅万象! 何をやっても完璧!! 犬が歩いても箸が転んでも棚から牡丹餅が降ってくるのだ!!」
「やったぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ただしハニワを連れた小学生にボコされた瞬間運気が霧散するから気をつけるのだ!!」
「終わりじゃねえか!!」
でも占いの代金は払った。同情と憐憫により半額にされた。