ともだち妖怪100人できるかな   作:彩辻シュガ

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シュレディンガーのじんめん犬(後編)

 

 

 

「かわいい!! すっごいかわいいです!!」

「えー……」

「顔がオッサンで体はプードルなんて! うわぁ毛並みモフモフじゃないですか! それで顔はオッサン? かわいいですね!」

「えー………………?」

 

 人面犬って聞いたときはどんな怖い妖怪かと内心戦々恐々としていたが、普通にかわいい妖怪じゃないか。ファンシーグッズにもよくあるキモカワ系だ。

 

 なーんだ! 心配することなかったな! 

 

「い、いやぁ……ぼ、坊っちゃんはお世辞がお上手で……」

「え? 100%本心ですが……?」

 

 何を言っているんだろう、この妖怪さん。

 

 じんめん犬さんは後ろ足で立ち上がると、しばらくの間ケータ先輩の方に目を泳がせていた。

 

 もしかして、いきなり「かわいい」なんて言ったもんだから気持ち悪がられてしまったのかもしれない。第一印象を悪くしてしまった。

 

「け、ケータさん……? この子は?」

「最近妖怪が見えるようになったモミジくんだよ」

「ああ、取り憑かれない体質の。話は伺ってますが……」

「……ね、ねぇモミジくん」

「はい?」

「じんめん犬が可愛いって本気で言ってるの?」

「え? 当然じゃないですか」

 

 本気以外に何があるのだろう? 僕は産業廃棄物以下のお先真っ暗コミュ障人間だが、『かわいい』に嘘をついたことは一度もない。人として最低限の道理だからだ。

 

 ケータ先輩は何故か眩しい苦笑いを浮かべると、隣にいるウィスパーさんと何度か言葉を交わしてから、じんめん犬さんに向き直った。

 

「ま、まぁモミジくんのことは置いといて……ところでじんめん犬。最近何かあった?」

「えっ?」

「若い子によく話しかけてるって噂が立ってるんだけど……」

「また警察のお世話になっても知りませんよ?」

「それは……その……」

 

 じんめん犬さんは押し黙る。言うべきか、言わないべきか、苦悩と焦りを発散するように手をすり合わせ、視線をあちこちに飛ばしていた。

 

 しかし、決心がついたのか、ケータ先輩に目を合わせて言う。

 

「あの……少し長くなりますが、オッサンの話に付き合ってくれませんかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 道端じゃなんですし、と言われてやって来たのは、学校からほど近いさんかく公園。

 

 僕たちはベンチに座って、僕と先輩でじんめん犬さんを挟む形になった。ヤマトボケルさんは、「ゆきだるまつくーろー、ドアを開けてー」と歌いながら、砂場で城建設に着工していた。

 

「ケータさんはご存知でしょうが、私は元々人間だったんです。ちょっとした事故でトイプードルと合体し、妖怪になりました」

 

 そうだったのか。でも、死んだ人がお化けになって出てくる話はよく聞く。実例を見たのは、初めてだけど。

 

「私は昔、サラリーマンでした。妻と娘がいて、上司と部下の板挟みに遭っていた、ごくごく普通の会社員です……もっとも、死の直前にリストラされたんですけどね」

「ご家族がいらっしゃるんですか?」

 

 じんめん犬さんは頷いた。

 

 会社にリストラされた直後に亡くなるなんて、家族の心境は穏やかではないだろう。今はどうしているのだろうか。

 

「……話はまさにそこなんですよ。実は私、ずっと家族のことが気がかりで。妖怪になって第二の人生をエンジョイしまくってたくせに何を今更とは思われるでしょうが……怖かったんです、今もですが……家族の様子を確かめるのが」

「怖い?」

「生活が苦しくなったんじゃないかと心配する気持ちはあります。しかし………………もし、妻が別の人間と再婚していたら、そうでなくとも私が亡くなったことで済々されていたら……そう考えると、何とも言えない気持ちになるんです」

「でも、気になるならちゃんと見に行ってハッキリさせた方がいいんじゃ……」

 

 ケータ先輩の言葉に、じんめん犬さんは頷くけれど、眼差しの暗さに変化はない。

 

「情けない話ですが……私にとって、状況を確定させてしまうのが一番恐ろしいのです。だってそうなったら変えようがない。そのときに見た光景も、受けたショックも、永遠に刻まれる……」

 

 誰かの夫であり父親だった人は、人間らしい大きな溜息をついた。

 

「長らく、仕事に達成感を感じたことがありませんでした。俺は家族を養うために働いているんだ、一家の大黒柱なんだという自負だけが活力でした。しかし、今……妖怪として、それなりに好き勝手に生きて余裕が生まれて、自分を顧みたとき……知ってしまったのです。私にとって『家族を守る』というお題目は、所詮、男のプライドを守るためだけのハリボテだったのだと」

 

 再び、溜息。

 

 ボケルさんのお城が崩落した。

 

 これは、シュレディンガーの猫というやつだ。箱の中がどうなっているかは、箱を開けなければ分からない。家族の様子を自分の目で確かめなければ、最悪の想定とマシな想定を両立させることができる。不安は募るが、決定的な傷は100%回避できる。

 

「ははーん、なるほど読めましたよ。つまりじんめん犬、アナタは、『父親が欠けていても平気な家族』という現状を突きつけられるのが怖いんですね。それを目の当たりにしてしまえば、自分が壊れてしまうから……」

「はい。高校生に話しかけていたのは、それでも気になってしまったから……でも、気持ち悪がられて逃げられると、安心してしまうんです。また現実を知らずに済んだと……ロクデナシでしょう。笑ってください」

 

 ケータ先輩もウィスパーさんも、なんと声をかけていいか分からずに、じんめん犬さんをただ見つめていた。それは僕とて同様だった。

 

 同様だったが、ここでつい口を出してしまうのがコミュ障たる所以だ。

 

「ぼ、ぼぼ、僕も分かります、その気持ち」

「え?」

「僕も、現実を見たくないときがあります……い、今は友達がいますけど、前は学校に行くのも、学校に行きたくないと考える自分のことも嫌で、毎晩寝るたびに、『このまま目覚めなければいいのに』って思ってました、から……」

「モミジくん……」

 

 このまま目覚めなければ。時間が止まってしまえば。朝を迎えなければ。そうしたら、学校に行かなくて済むし、世界に適応できない自分がいる世界を見ずに済む。

 

 毎日そう考えていた。自分が寝ている間に世界が滅びてくれないか、と。

 

 僕に、じんめん犬さんの全ては理解できない。でも思考のプロセスはなんとなく知っている。

 

「じ、自分語りなんてしてごめんなさい」

「いいよモミジくん。うん……そうだよね。じんめん犬は無理しなくてもいいんじゃないかな」

「ですが……」

「この先どうするかは、じんめん犬が決めることだよ。でも、どんな選択をしても、それでどんな気持ちになっても、そのときはオレが話を聞くからさ。だって『ともだち』じゃん」

 

 ケータ先輩、すごい。そんなセリフがさらっと出てくるなんて。僕は素直に感動してしまった。

 

「友達なんだからなんでも相談して」って、単純な言葉だけれど、口に出すのは難しい。僕は完璧な回答を出せる自信がないから。でも、ケータ先輩は違うんだ。自信の有無に関係なく、“友達の力になりたい”って気持ちが強いんだ。その辺で二の足を踏む僕とは全然違う。先輩は凄く偉い。

 

「ケータさん……モミジさん……ありがとうございます」

 

 じんめん犬さんは、手首で眼鏡を押し上げ、目から溢れた涙をクルクルした毛並みの手で拭った。

 

 ボケルさんのお城は完成していた。シンデレラ城だった。

 

「こ、こちら……つまらないものですが」

 

 じんめん犬さんが僕に差し出してきたのは、彼の妖怪メダル。

 

「あ……ありがとうございます、でも僕は何も……」

「私の顔を見ても『かわいい』なんて言う物好きな人は初めてです……とても嬉しかった。こんな中年の話を聞いてくれるんですから」

「じんめん犬さん……」

 

 じんめん犬さんは「それじゃあ」と別れを告げてベンチを降り、また犬のように四足歩行で歩き始めた。トイプードルの背中から、哀愁が漂っている。

 

 ふと、じんめん犬さんは砂場で立ち止まる。シンデレラ城の周囲にはお堀と垣根ができていた。

 

 じんめん犬さんは座り込んだ。おすわりの姿勢だった。

 

 何やら力んでいた。

 

 ケータ先輩とウィスパーさんに遅れて、僕は顔を青ざめさせた。

 

 パトカーのサイレンが猛スピードで近づいてくる。停車した。

 

「お父さんダメでしょ、こんなところでトイレしちゃあ……」

「い、いや違います、私、犬なんで!! 犬なんて野糞するものでしょう!?」

「はいはい、話は署で聞くからね」

「立ちション及び野糞常習犯、確保しました!」

 

 パトカーの後部座席のドアが閉まる。

 

 バックガラスに、犬耳をつけたオッサンの顔が張り付く。

 

「しんみり締められると思ったのに!! チックショォォォォォォォ!!」

 

 パトカーは走り去った。じんめん犬さんの遠吠えが、いつまでも秋空に響いた。

 

 後に残された僕たちは、しばらく立ち尽くしていた。最高傑作の近くで排泄されたボケルさんは打ちひしがれている。

 

 大きな雲が視界に入って、やがて通り過ぎたとき、ようやくケータ先輩が口を開いた。

 

「か……帰ろっか」

「……は、はい」

 

 

 

 

 

 

 

「じんめん犬さんが心配です……まさか警察に連行されてしまうなんて」

「そこは大丈夫だよ、何回も釈放されたり脱獄したりしてるし」

「それに、モミジくんもメダルを貰ったでしょう? どこにいても、妖怪電波が届く範囲なら好きに呼び出せるのが、妖怪ウォッチとメダルの利点でうぃす」

「あ、そっか」

 

 そういえば、ウォッチの召喚機能はまだ使用したことがない。どういうときに使えばいいのか分からないのだ。

 

 僕はポケットからボケルさんとジバニャンさん、ガブニャンさん、りゅーくん、そして本日貰ったじんめん犬さんのメダル5枚を取り出してみた。ボケルさんに、メダルは全部肌身離さず持っておけと言われていたのだ。

 

 でも、呼び出すっていつ、どんなとき? 身の危険に晒されたとき? それっていつだろう。

 

 そんなことを考えていると、ケータ先輩が両腕を頭の後ろで組みながら話した。

 

「でも、じんめん犬があんなこと考えてたなんてなぁ……オレ、お父さんが急にいなくなるなんて考えられないよ。じんめん犬の子供も、きっとじんめん犬のこと心配してるよね」

「だと良いんですけどね〜……モミジくんはいかがですか?」

「はいっ?」

「モミジくんのお父さんの話って聞いたことないな。どんな人なの?」

 

 ど、どんな、と言われましても。会社員で、少なくとも平均的な食欲があって、日曜日は大体家にいるとか? 

 

 あとは、中流家庭の出身だけど努力して一流大学に入り努力して大企業に就職し努力して今のポジションを獲得したということしか知らない。それは1ヶ月に3回くらいのペースで語ってくるのでよく覚えている。

 

「ぼ……僕のお父さんは、えと、じんめん犬さんとは違う感じです」

「うぃすー……意外とおdisりがお上手ですねモミジくん……」

「ちっ、違います! 父は仕事の方が楽しいと言いますか、仕事を楽しむためのオマケが家族と言いますか」

 

 自分で実際に言ってたし。「支えるべき家族がいて初めて、会社ではスタートラインに立てるんだ」って。お母さんはお母さんで、周囲には結婚しろとしつこく言われたから結婚したって言ってたし。

 

 母と父は利害が一致したから結婚して、僕が生まれたのだ。

 

「結婚ってそんなに必要なんでしょうか……ずっと友達同士じゃダメなのかな」

「────モミジくんもなかなか闇が深いと言いますか……」

「え、何か言いましたか?」

「い、言ってないよ!! ウィスパーちょっと引っ込んでて!!」

 

 ケータ先輩は右手でウィスパーさんの口を塞ぎ、左手で頭頂部のほにょほにょした部分を鷲掴みにしていた。ウィスパーさんは息苦しそうに暴れている。

 

 なんで唐突にわちゃわちゃし出したのかは気になるが、それよりヤマトボケルさんが僕の頭の上で寝ているので頭がめっちゃ重い。

 

 今日はちょっと長めにお風呂に入ろう。

 

 

 

【現在のともだち妖怪 5/100】

 

 






◇じんめん犬
種族 ブキミー
ランク E
分類 イマドキ妖怪
好物 カレー

おっさんとトイプードルが合体して生まれた、キングオブブキミーな妖怪。モテモテになるのが夢。頑張れ。進化すると顔が増えてコワモテになる。実写化したときのキャストは遠藤憲一。

アニメでは良い意味でも悪い意味でも優遇されている。アニメ無印と『!』はYouTubeで全話無料公開しているので是非ご覧ください。ちなみに作者はイケメン犬も好き。
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