ともだち妖怪100人できるかな   作:彩辻シュガ

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夜行さんはソロキャン派

 

 

 

 僕は夜が好きだ。何故なら、料理とか、洗濯とか、掃除とか、宿題や予習復習、まだ行ってないけど塾とか、そういうやることが全部終わっているから。

 

 そして、同時に僕は夜が嫌いでもある。だって、夜は必ず明けてしまい、朝がやって来てしまうから。朝なんて来ないでほしい。

 

 でも、朝が来ないと先輩たちには会えないしなぁ。

 

「あーあ……どうして夜って明けてしまうんだろう……」

「夜明けを待ち望んでいる人が多数派だからでファイナルアンサーです」

「ですよねー……」

 

 ベランダに出て呟くと、屋根の上から返答があった。ボケルさんは、屋根の上に座っているらしかった。いいな、屋根。一度でいいから、友達と屋根の上で夜景を眺めながら語り合いたい。

 

 みんなは、朝が来てほしいんだろう。明日が来てほしい。来てもらわなきゃ困る。そう考えるのが普通なんだろう。僕はというと、眠っている間に僕か世界のどっちかが無くなってしまえばいいと願う毎日だ。

 

 ……でも、世界が滅んだらボケルさんも、先輩たちも、みんないなくなっちゃうってことだよな。それは嫌だな。

 

 なんで僕はこんなことを考えているのだろうか。他の人は、もっと楽しいことを考えたり、この時間を有効活用しているはずなのに。

 

「どうして僕は“普通”になれないんでしょうか……」

「ならなくていいんじゃnあーれー!!」

「ボケルさーん!?」

 

 ボケルさんが屋根から落ちた。べちょっ、と跳び箱2段に失敗したくらいの感じで、ハニワが地面に激突する。

 

「ボケルさん無事ですかー!?」

「五臓六腑以外は無事です」

「それ重傷じゃないですか!!」

「ツッコむな!」

「え、あっ、ごめんなさい」

 

 今すぐ1階に降りて救助しなくては。

 

 そう思ったとき。

 

 視界の右端から、家の前にある道の向こうから、光がやってくる。

 

 車のヘッドライトとは違う。それよりか細く、乱雑で、光の動きが不安定。

 

 目を擦ってよく観察していると、やがて光源が現れた。

 

 光源は、青い火の玉だった。ガスコンロの炎とは違い、生き物のように常にうねっている。3つか4つの火の玉が浮遊し、絡み合い、前へ前へと向かっていた。まるで魚の群れだ。

 

 その火の玉の後を歩く人影があった。一切の足音を立てず歩くその人の髪は、夜闇でも目立つ赤毛で、昼の空と同じ色の襟巻きを巻いている。火の玉は、その人を先導するための灯りの役割を果たしているのかもしれない。

 

 不意に、赤毛の人は立ち止まった。

 

「────()()()()()

 

 誰が誰に言ったことなのか、はっきり理解する前に、その人は僕のすぐ眼前に瞬間移動していた。

 

 重力なんて通用しないとばかりに、ベランダの柵の上に、下駄で器用に立つ何者か。身長と同じサイズの大きな刀が金色に鈍く光る。

 

 部屋に戻るなんて考える余裕はなくて、僕はガラス窓に背をくっつけるしかできない。

 

 近くで見て気がつく。その赤毛の中から、一対の黒いツノが生えていることに。りゅーくんは龍だけれど、この人は完全に人型。

 

「ま、さか……鬼?」

「ご名答。私は鬼の妖怪『夜行(やぎょう)』と申します」

 

 夜行、と名乗る妖怪は、眼帯で覆われていない金の右目に僕を映す。愉快そうに笑い、次にとんでもないことを言い放った。

 

「私は人に見られることが嫌いでして。私の姿を見た人間からは、目玉を頂く決まりなのです」

「ひぇっ」

 

 う、奪う? 目玉を奪うだって? ガブニャンさんとは別種のバイオレンスに、脳の血管がことごとく凍りつく。

 

 本気で言っているのか。いや妖怪が人を食べたりするのはそういうものだが、今まで見てきた妖怪が穏当すぎてそんな印象が抜け落ちていた。

 

 鬼の手が迫る。

 

「せ、せめて麻酔を……」

 

 次の瞬間。

 

「ハニワ大切断!!」

 

 飛び上がってきたボケルさんが、黒い刀で夜行さんの()()()()()

 

 襟巻きが落ち、鬼の右目が見開かれた直後、夜行さんの首がポトリ、と僕の足元に転がる。

 

「……怪我はありませんか」

「けっ怪我!? 今まさに死傷者が出ましたけどいやありがとうございま、でもく、首が!! 首、落ち、落ちて!?」

 

 今ちょうど普通に話していた人が、目の前で斬首される経験をしたことがあるだろうか。僕はこれがお初だ。

 

 たとえ危ない鬼だとしても、ショックは大きい。

 

「妖怪が、首を斬られたくらいで死ぬはずがないでしょう。ましてや私は鬼です」

 

 ボケルさんの声じゃなかった。もっと穏やかで静かで冷たい、そう、ついさっきまで聞いていた。

 

「……ひとまず、私の首、拾っていただけますか?」

 

 恐る恐る見下げる。

 

 夜行さんの首が、ジトーっとした眼差しで僕のことを見上げていた。

 

 声にならない悲鳴が、自分の耳をつんざいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に目を取られると思いましたか? それは結構。妖怪は人間を怖がらせてナンボです」

 

 マジックペンのキャップを閉めるみたいに、易々と首を元の位置にくっつけながら、夜行さんは平然と話す。

 

 僕はお茶を運んできたお盆を盾のように構えつつ、夜行さんの様子をうかがった。

 

「それにしても、さっきの斬撃は少々痛かったですね。間抜けな風体の割に強いじゃありませんか、貴方」

「どういたしましてー」

 

 ボケルさんは横になって、僕が定期購読している漫画雑誌をペラペラめくっている。さっき剣を振るっていたが、体調は大丈夫だろうか。

 

「ボケルさん、屋根から落ちた怪我の方は……?」

「10円ガム食べたら治りました」

「10円ガムにそんな力が!?」

「妖怪は人間より幾分か丈夫なのです。適当に飲み食いすれば、この通り致命傷も全治3秒」

 

 夜行さんが頸動脈を指して説明してくれたが、だとしても10円ガムに治癒効果があるとはどうしても思えなかった。そもそもガムに栄養はない。どういうシステムなんだ。

 

「改めまして、私は夜行。今日は夜の散歩をしていました」

「あ、雨村モミジです……こちらはヤマトボケルさん」

「ヤマトボケル……ああ、秘宝妖怪の。それであの力ですか」

 

 夜行さんは納得したように頷く。

 

『秘宝妖怪』、というワードは以前にも、ヤマトボケルさんの口から聞いた。でもどういう意味なのかは知らない。とにかく普通の妖怪とはまた違うのだな、とは察している。

 

「しかし、妖怪が1匹で夜の散歩とは珍しい。百鬼夜行ならたまにその辺でやってますが」

「そうなんですか!?」

 

 百鬼夜行なら知っている。なんか、たくさんの妖怪たちが行列をなして街を練り歩く現象のことだ。ボケルさんの口振りでは、そんなすごいことが、この町では頻繁に行われているらしい。

 

 だが、夜行さんは肩をすくめて言った。

 

「私はソロが好きなんです。焼肉もカラオケもひとりが良い。ミスがあっても無駄な諍いが起こりませんし、自分のペースで進められますから気が楽です」

 

 妖怪も焼肉とかカラオケとか行くんだ。こんな人を脅かすような鬼の妖怪から横文字を聞くとは思わなかった。でも気持ちは分かります。

 

「言うなれば、私は百鬼夜行ではなくソロ鬼夜行(きやこう)……すなわち“ソロ()()ン”派なのです」

 

『ン』はどこから来たんだろう。

 

 ボケルさんはというと、漫画雑誌のページを先月号のページと一枚一枚たない違いに重ねて静電気でくっつける遊びをしながら夜行さんに質問する。

 

「ソロだとインパクト薄くないですか?」

「何を言いますか。夜も明るい現代社会、それゆえに、人の暗闇への恐怖は昔に比べてひどく膨張しています。1匹だろうが集団だろうが、未知の恐怖を味わったという経験さえしてくれればいいのです」

「ちなみにあの人魂っぽいものは?」

「ヨップル社の新作ドローンですよ。カラーバリエーション豊富でカメラ付属。いい時代になりましたねぇ。昔は皆、自分で妖気を固めて、それっぽいものを作ってましたから……」

「確かに。まさかエルダ魔導鏡が工場で大量生産される日が来るとは………………おかげさまで、現代においても“見える”人間が絶えないのは良いことです。私の素晴らしいボケを広められる」

「……ウォッチを魔導鏡と呼ぶと年齢(とし)がバレますよ」

「こりゃまたうっかり」

 

 ……妖怪トークが弾んでいらっしゃる。業界用語が多すぎてついていけない。

 

 しかし、ボケルさんが他の妖怪と和気藹々に盛り上がるのを見るのは、初めてかもしれない。ウィスパーさんに対しては、いつもボケにツッコまれてキレたりしているが、こうやって普通に話す姿は見たことがなかった。

 

 それにしても、妖怪ウォッチって、昔は魔導鏡って呼ばれてたのか。知らなかった。左腕に巻いた妖怪ウォッチを見るが、鏡っぽさはあまりない。昔はコンパクトみたいな形で、今は時代に合わせて時計に改良したとか? 

 

 さて、妖怪トークがひと段落したのか、湯呑みを置いて夜行さんがこちらに向き直る。

 

「人間には解らない話でしたね。失礼しました」

「いっ、いえ、勉強になります!」

「………………たまには、人間に仕えて教え導くのも悪くありませんね。それもまた妖怪らしい在り方です」

 

 そう零すと、夜行さんはやおらに立ち上がり、僕に向かって何か小さなものを投げた。

 

「わっ!?」

 

 真剣白刃取りの構えで受け取って、両手を開くと、夜行さんの妖怪メダル。

 

「不要不急でなければ呼びなさい。また散歩がてらお邪魔することもあるでしょう」

 

 そう言うと、夜行さんは軽やかにガラス窓を()()()()、人魂と共に夜の街に消えた。

 

 ベランダに出ても、彼の姿はどこにも見当たらない。神出鬼没という四字熟語は真実そのものだったらしい。

 

「行ってしまいました……なんか、その、とても妖怪っぽい方でしたね、夜行さん」

「夜行は古典妖怪ですからね」

「古典妖怪?」

「300年以上前、つまり江戸幕府の時代から生きる妖怪のことです。古来より人間界に伝承が残るメジャー妖怪で、妖怪の基本かつ規範。いわゆる大御所です」

 

 ボケルさんは、10円ガムを膨らませながら解説する。

 

「じゃあ秘宝妖怪って何でしょう?」

「キンキラキンでゴージャスでトレジャーな感じの妖怪のことです」

「………………」

 

 説明、急にフワッとしすぎじゃなかろうか。

 

 

 

【現在のともだち妖怪 6/100】

 

 






◇夜行
種族 ウスラカゲ
ランク S
分類 古典妖怪
好物 すきやき

人気のない夜の街を徘徊するのが趣味の鬼妖怪。頭と胴体を離すことができる。人に見られるのが嫌いらしい。

ひょうきんで和風なビジュアルが多い古典妖怪の中では、かなり正統派イケメン寄りで人気も高い。まぁ鬼で眼帯で刀使いで敬語で闇属性なんてそりゃ好きになる。

本作に登場した夜行は、『3』のエンマノートクエストに出てきた夜行とは別個体である。
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